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四方紀集  作者: 宗園やや
旅が始まった話
9/48

02

暑いくらいの日差しの中、少しせっかちに村道を歩く命世。

今日は愛用の葦で組まれた籠が満タンになるくらいの香草を摘みたい。

なぜかと言うと、香草の森は微妙に遠く、何度も入るのは面倒臭いから。

だからあの森には余り人が入らず、しかし人が入った後は香草が採り尽くされているのだ。

気持ちが急き、次第に歩く速度が上がって行くオレンジ色の着物を着た少女。

周囲に広がっている畑では、良く見知った人達が農作業をしている。

香草取りに行きそうなおばさん達の顔もそこに有る。

これならのんびりとした散歩気分でも大丈夫そうだが、しかし命世の足は更に早く動いてしまう。


「急がなくても良いけど、急いじゃいけない理由も無いしね。急いでも良いよね。うん」


農道を駆け足している少女に気付いた村人達が農作業の手を止めずに顔を上げる。

こうして遠くから見ている分には、命世はかなりの美少女だ。

兄も美男子なので、村で一番顔の良い兄妹だと、村人全員が思っている。

例えるなら、病気の兄が三日月の様な儚い美しさで、元気な妹が今日の太陽の様な眩しい美しさ。

そんな少女の艶やかなポニーテールが優しい風にふわりと撫でられたと思ったら、急に身体の向きを変えた。

何事かと少女の先に目をやると、一人の女の子が命世に駆け寄っていた。

命世の一番の友人、美花(みか)だ。

二人の少女が二言三言の会話を交わした途端、全力で走り去る命世。

決して足が遅い訳ではない美花も必死で後を追うが、追い付けない。

命世は、しおらしくしていれば村で最高の女性としての名声と幸せを手に入れられるだろう。

だが、誰かにそう言われても鼻で笑ってあしらう性格の少女だと知っている村人達は、笑みを隠しきれないまま畑仕事を続けた。


「どんな状況?」


村外れでは、二十人程の子供達が何やら騒いでいた。

全力で走って来たのに息を切らしていない命世に一人の女の子が悲しそうな顔を向ける。


千角(せんかく)が…」


「またあいつか」


ふんっ、と鼻息を荒荒しく吹いた命世は、子供達を掻き分けて前に出た。


「…またお前か」


空の色の様な真っ青な着物を着た男の子が、オレンジ色の着物を見て溜息を吐いた。


「千角にお前呼ばわりされる覚えは無いよ。今度は何?」


命世と千角の睨み合い。

期待半分、面白半分の視線が二人に集まる。

この二人の対峙は、一週間に数度くらいの頻度で起こる。

だから、物凄い緊張感で怖いのだが、同時に一種の見物でもあった。


「今度、この辺りに家を建てるんだってさ。だから今後は立ち入り禁止だ」


千角の後ろに立っているノッポとチビな男の子の、ノッポの方がそう言った。


「家?ここに?どうして?誰か結婚したっけ?」


訝しげに訊く命世。

家を継ぐ権利の無い下の子が成人したり結婚したりした時、家を増やす事が稀に有る。

しかし、そんな面白そうな話題が有れば村中の噂になっている筈。

命世が聞いていない筈は無い。


「理由は知らない。でも、村の決定に従うのが村人の勤めだろ?」


千角は無意味にふんぞり返る。


「ふーん…」


命世は周りに視線を巡らす。

村の外は野生動物が出て危険なので、子供は勿論、大人も意味無く村外れに近付く事は無い。

だがここは別だ。

大きな木が一本立っているだけの見晴らしの良い草地で、砂場も有る。

周囲に獣の巣も無いので、村が誕生した当時から子供達の遊び場だったらしい。

だからここは安全な場所なのだが、しかしここに家を立てるのは不自然だと思う。

村の中には家を立てられる空き地が腐るほど有るからだ。

家の周囲に畑を興してもまだ余るくらいに。

わざわざ少し離れた所に家を建てる理由は無い。

いや、村の中から離れているせいで買い物が不便になってしまうので、むしろここには家を建てない方が良い。


「本当なの?」


片眉を上げ、(いぶか)る命世。

しかし千角は薄ら笑いで応えた。


「父上から直接言われたんだから本当だ。ここで遊べなくなるから、そのつもりで居ろってな」


千角の返事を聞いた命世は腕を組む。

彼の態度は嘘を言っている感じではない。

この近くには村の水源である川が有り、下流に鍛冶屋が有る。

鍛冶屋は沢山の火を扱うので、火事を警戒して村外れの更に外れへと離されているのだ。

実質はそこまでが村の中。

だからここは村の中の空き地と言う場所だ。

ここに家を建てるのは不自然だが、特殊な技能を持った余所者が来るのなら不思議な事ではない。


「どう言う人がここに住むの?こんな所に家を作るんだから、訳有りなんじゃないの?」


命世の質問に顎を引いて言い淀む千角。


「だから、理由は知らないって言っただろ!だけど大事業みたいだから、俺達が口出し出来る問題じゃない。大人しく従え」


「大事業ねぇ…。正式なお触れがまだ出て無いから、今日明日中に工事する訳じゃないんでしょ?」


「近い内って話だから、そんなには遠くないだろうな」


「なら、それまでは遊んでも別に良いんじゃない?ねぇ?そう思うでしょ?みんな」


命世の後ろで成り行きを見守っていた二十人弱の子供達が揃って頷く。


「じゃ、そう言う事で。遊びましょ」


「ダメだったらダメだ!」


だだっこの様に言う千角。


「僕に逆らうのか!?」


三人対二十人弱の視線がぶつかり合う。


「あんたなんかには私達をどうこう出来る権限なんか無いでしょ?あんたが偉い訳じゃないんだから」


「何だと!?」


「この村の領主である、あんたの父親からの通知が有ったら、私達は素直に別の場所で遊ぶよ。じゃ、そう言う事で良いね?」


その言葉で勝負がついたと思った命世側の子供達が思い思いに遊び場に散らばる。


「あ!…くそ」


どうしても命世の口に勝てない千角が苛立たしげに歯噛みする。

その視線が大木の枝にぶら下っている二本のロープと木の板だけで作られているブランコに向いていた。

あのブランコは枝にロープの跡がくっきりと刻まれる程の昔から有る物で、村で一番人気の遊び道具だ。

子供達のリーダーにそのブランコを管理する権限と義務が与えられるのが昔からの決まりで、今の代は命世がその役目を担っている。

立場的に村の領主の長男である千角がリーダーになりそうなのだが、命世の意外に面倒見の良い気性が子供達の推薦を受け、今の形になっている。

リーダーとなった命世は自分が独占する事無く、公正に遊ぶ順番を管理している。

更に、雨ざらしで脆くなる前にロープを交換したりしているので、子供達から絶対の信頼を受けるに至っている。

そのせいで千角がリーダーになれる可能性が完全に無くなってしまった。

ふと気付く命世。


「もしかして、あんた、ブランコを独占したくてウソを吐いたんじゃない?」


ここでの千角とのトラブルは、ブランコを中心に展開している。

三人対二十人弱になった原因もブランコに有る。

ブランコが子供達の権力の象徴みたいになっているから、命世の上位に立ちたい千角はその権利を主張したいのだろう。

千角にとっては、ブランコはただの遊び道具ではないのだ。


「な、何言ってるんだ!ウソなんかじゃないぞ!」


あからさまにうろたえる千角を見て、半身になってにやける命世。

長い前髪を生意気そうに指で払う。


「別にいつでも遊んでも良いのに。もちろん順番でね。親の権力を傘に着るから変な話になるのよ」


千角は凄く意地っ張りで、今の対立がハッキリしてからはブランコに乗らなくなった。

命世も勝ち気な性格なので、千角の気持ちは分かる。

ライバル的な立場にある相手の指示に従うのは癪に触るんだろう。

分かるが、威圧的で意地の悪い千角の喋り方を前にすると、ついケンカ腰になってしまう。


「だからウソじゃないって言ってるだろ!遊ぶのを止めさせろ!」


千角が命世の肩を掴んだ。

二人は同い年で、もうそろそろ子供のリーダー争いから卒業する十二歳。

男女の体格差が出始める年頃でもある。

そんな男になりかけの力で掴まれ、顔を顰める命世。


「痛っ!止めてよ!」


反射的に千角の腕を払う命世。

その拍子で持っていた葦の籠が千角の顔を打った。


「うっ」


ひるんで後退る千角。

顔を押さえて中腰になっている千角に申し訳無さそうに近付く命世。


「あ、ごめん、ワザとじゃないんだよ。大丈夫?」


涙目で命世を睨んだ千角は、覚えてろと捨て台詞を残して二人の手下と共に遊び場を後にした。


「良い気味。意地を張らないで楽しく遊べばケンカにならないのにね」


美花が命世の横に立って鼻で笑う。


「さ、命世。遊びましょ」


「あ、ごめん。これから香草を取りに行かなきゃ」


籠を友人に見せながら言う。

中に入っているハサミと鎌がぶつかり合って金属音を立てる。


「あ、そうだったんだ。邪魔して悪かったかな」


「良いのよ。兄さんってさ、物を食べるのが嫌いなんだ。優しいから私の作った物は食べてくれるけど、油断すると本当に何も食べないのよ」


「だからあんなに細いんだね」


「そのせいで病気になったんじゃないかなぁって思ってる。だから美味しい物作らないと」


「頑張ってね。何か有ったら言ってよね。私に出来る事なら手伝うからさ」


「うん。ありがと。じゃ、またね」


手を振って子供達に背を向けた命世は、千角が歩いて行った方を見てライバルを心配した。

しかし彼の姿はもう見えなくなっていたので、次の瞬間に命世の頭の中から千角は消えた。

今の時期に取れる香草とそれを使った料理の事を考えなければならなかったから。

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