04
「ほーこーく。この宿の宿泊客はゼロ。だから予約しなければ調理場は動きません。お風呂も事前に言わなきゃお湯を張らないってさ」
洗濯を終えて物置きに戻ると、先に帰って来ていたカラスがそう言った。
「そっか。で、夕飯はおいくら?」
「何とビックリ二十歩ポッキリ。三人分で、だから、この村にしては安い。お風呂はサービスだってさ。だから湯を張っててくれって頼んでおいた」
「おお、カラスにしては珍しく気が利くじゃない。夕飯は、どうしようかな…」
「頼むのなら早目が良いと思うけど」
床にあぐらをかいているカラスに判断を任されたコノハは、悩みながら入り口の戸を締めた。
「保存食を買いにもう一回村を回ってみて、ここより安い料理が無かったら頼みましょう。それだと夕飯が遅くなるかもだけど、良いよね?」
頷くカラスとクラマ。
「次は俺が洗濯をして来よう」
クラマが物置から出て行くと、カラスも自分の鞄から下着入りの小袋を取り出した。
「俺もさっさと洗濯を終わらせるよ。夕飯が遅れるのは辛いからね」
カラスも出て行き、物置に一人残されるコノハ。
丁度良いので自分の下着を干すか。
屋内で物を干す時は、鍋を焚き火に掛ける時に使う三本足の土台を使う。
それを木箱の上に置き、なるべく空中になる様にして下着をぶら下げた。
最後に目隠しとして手拭いを被せる。
これをすると乾きが悪くなるのだが、室内で下着が丸見えなのは気恥しい。
男二人はそんな事を気にせずに適当な所で干せるから羨ましい。
その二人が洗濯から帰って来たので、全員で宿の表側に回る。
「いらっしゃいましー。どういった御用件で」
番頭の大きい声が聞こえて来た。
自分達以外の客が来た様だ。
値段を聞いてどんな顔ををするのかが気になり、少し早足になって宿の玄関脇に行くコノハ。
「イベント見学の為に、長期滞在を希望します」
気配を消したコノハは、入り口からこっそりと中を覗く。
客は若い男三人組の旅人だった。
こちら側に背を向けている為、値段を聞いた時の驚いた顔は見えないだろう。
「長期滞在ですね。ありがとうございます。では、十日刻みで百歩になりますが、宜しいでしょうか」
「安いなぁ!何で百歩なのよ!」
逆に驚かされたコノハが思わず玄関に突入する。
番頭と男性客三人が突然の乱入者に顔を向けた。
見事に驚いている。
彼等の仰天顔を見たかった訳だが、意図していない驚かし方では面白くない。
「お嬢様達は短期滞在で、こちらのお客様は長期滞在だからです。長期滞在ですと、色々と買い物をしてくださいますので」
すぐに冷静になった番頭が腰を低くして言う。
「つまり、短期と長期、どちらからも同じくらいの金を取りたい、って事だね」
カラスがコノハの肩に手を置く。
落ち付け、と言いたいらしい。
「それがこの村のルールなんだろう。ルールを知らずに文句を言う方が悪い」
そう言ったクラマが一行の前に出る。
「所で、そのルールを詳しく知りたいんだが、どこに行けば教えてくれるんだろうか」
番頭に訊いたのに、応えたのは男性客達だった。
しかもコノハに向けて。
「君、何も知らないでこの村に来たの?もし興味が有るのなら、この村の劇場に行ってみなよ。君は可愛いから、きっと安く宿に泊まれるよ」
「劇場?こんな森の中の村に、劇場が有るの?どうしてそこに行くと安く宿に泊まれるの?」
普通、芸事の施設は都会にしか無い。
田舎の村に有るとすれば、祭り用か宗教行事用の舞台だろう。
それを劇場と呼ぶのは不自然だ。
訝しげな少女の表情から考えを察したのだろう、面倒そうに肩を竦める若者達。
「行けば分かるよ。この村は来るのが大変だから休みたいんだ。もう良いかな?」
「ああ、ごめんなさい。お邪魔したわね。劇場って所に行けば良いのね、ありがとう」
笑顔で礼を言ったコノハは、ポニーテールを揺らしながら宿屋の玄関から出た。
「劇場って所に行ってみましょう。この村にはまだ何かが有るみたいだから」
大通りを歩く村人に劇場の位置を聞きながら進む一向。
こうして歩いてみると、この村は結構広い事が分かる。
食べ物以外のお店も多い。
鉱山特需で繁栄したんだろう。
しかし、商店通りから外れて人の気配が少なくなると、半壊した建物が目立って来た。
「ああ言うのを直す為にぼったくりをしてるって話だよね?」
コノハが指差した方を見て頷くクラマ。
立ち入り禁止と書かれた立て札が壊れた建築物の入り口を塞いでいる。
「こうした現状を見てみると、どうしても必要なルールなのかも知れないな」
「そうねぇ。思ってたよりも沢山の家が広範囲で壊れてるもんねぇ。あ、アレかな?」
劇場と言う文字が大きく書かれた看板を見付けるコノハ。
他の村なら公民館と呼ばれる様な劇場の壁には、やたらとカラフルなポスターがベタベタと貼られていた。
一枚一枚違う女の子の顔が描かれているが、その全てに同じ文字がハンコで押されている。
「二季村少女隊?」
「あ、やっぱりここに来たんですね」
岡持ちを持った女の子が話し掛けて来た。
その顔には見覚えが有る。
「貴女はラーメン屋の。どうしてここに?」
大人を相手にする時は男二人に任せるのだが、子供相手には警戒されない様にコノハが対応する。
「ラーメンの出前です。ここに来るのなら、どうして札を持っていなかったんですか?」
「札?」
小首を傾げるコノハ。
すると、両手が塞がっている幼女は劇場を顎で示した。
「二季村少女隊候補生の札ですよ。旅人さんみたいな美人さんなら門番さんから貰える筈なんですけど」
そこまで言って、あっと思い出す女の子。
「出前の途中だった。ラーメンが伸びると美味しくなくなるので、もう行きますね」
「私達も行くわ。この劇場に用事が有るから」
「はい」
幼女と共に劇場の裏手に回る一向。
「こんばんはー。トウメン店ですー」
幼女が大声を出すと、裏口のドアが開かれた。
出て来たのは大きなお盆を持った小太りのおばさん。
「はい、ごくろうさん。ん?誰だい?後ろの子は」
「こんにちは。貴女がこの劇場の責任者ですか?」
おばさんが警戒する様な視線を向けて来たので、他所行きの笑顔で訊くコノハ。
大人の女性の場合は優男のカラスが対応するのだが、今はハッキリとコノハを見詰めているので他人には任せられなかった。
「いや、私はただの事務員だよ。アンタ、候補生希望者?」
「えっと、まぁ、そんな感じです。その辺りが良く分からないので、色々とお伺いしたいのですが」
「それなら中に入って待っててよ。準采さんって人を紹介するから。これを食べ終わってからになるだろうけど」
会話をしながら岡持ちからお盆にラーメンの器を移す女性。
三人前、か。
「はい。宜しくお願いします。貴女も、ありがとね」
ラーメン屋の女の子に礼を言ったコノハは、男二人と共に劇場の中に入った。
裏なので薄暗く、四人で居るには狭過ぎる。
「そっちの方にまっすぐ行くと客席が有るから、適当な所に座って待ってて」
ラーメンが乗ったお盆を持ったおばさんは、顎で指し示した方とは逆の方向へと消えて行った。
薄暗くて狭い通路に留まっていても仕方ないので、大人しく言われた方に行くコノハ達。
すると、百人くらいは入れる升席に出た。
その正面には広い舞台。
「へぇ。立派な劇場じゃない」
感心した風に言うカラス。
クラマは注意深く周囲を見渡す。
こう言う場所は警備員が居る物だが、開場前だからか人の気配は無い。
「この村は鉱山が云々と言っていたからな。そこで勤めていた坑夫用の娯楽施設、と言った所か」
「でも、今も生きてる施設みたいじゃない。二季村少女隊、だっけ?その人達が舞台に立っているのかな」
升席の適当な所に座るコノハ。
カラスもその近くに座ったが、クラマは周囲を警戒する様に通路で立っている。
そのまま十分ほど待ったら、愛想の良い男が現れた。
「いやぁ、お待たせしました。私がこの劇場の管理人の準采です」
大人の男に対応するのはクラマの役目。
「私達は旅をしている者なのだが、この村は物価が物凄く高い。それで困っていたら、ここに来てみれば良いと言われたのだが」
愛想の良い男は、座っているコノハを値踏みする様に見た。
妙に嫌な視線だ。
例えるなら、人間を商品としか見ていない人買いの目、って感じ。
「なるほど、この村の名物を知らずにいらっしゃった訳ですね。それなりに有名だと自負していたんですが、まだまだですね」
笑顔で肩を竦める準采。
カラスみたいな軽い性格な人の様だ。
だが、カラスのふざけた軽薄さとは明らかに違う。
準采の軽さは、本心を隠す為の演技みたいな雰囲気。
隙を見せない方が良い相手かも知れない。
「名物?」
「劇場の壁に貼られた張り紙は御覧になりましたか?アレですよ」
「二季村少女隊、だったかな?」
「はい。この村は、近くの炭坑に向かう人達が齎す富で大きくなった村なんですが」
「その話はラーメン屋で聞いた。だから、この劇場はそう言った者達への慰安目的で造られたのでは?と話していたんだ」
コノハの真ん前に移動するクラマ。
筋肉男も準采を警戒している様だ。
「その通りでございます。当時、この辺りは都会の様でした。一晩中篝火が焚かれ、様々なショーが企画され、酒と肉が振る舞われ」
過去を思い出してうっとりとした準采は、一転暗い表情になる。
「しかし、その炭坑も十数年前に廃坑になりました。そうなれば当然の様にこの村を訪れる労働者は減り、劇場も一旦は閉まりました」
語る準采。
廃坑の後、村の人口は緩やかに減少して行ったと言う。
と言うのも、この村の仕事は余所者向けの物が多く、訪れる者が居なくなったら失業者が出てしまうのだ。
この村に限らず、貧しい村で無職になるのは生命の危険が伴う。
なぜなら、他の職に就こうにも仕事が無いからだ。
物作り職人が増えても物を売る相手が居ない。
猟師が増えると森の動物を狩り尽くしてしまう。
この村は森の中なので、畑を広げるには大量の木を伐採する一大事業になってしまう。
仕方なく浮浪者になったとしても、食料のおこぼれが発生する隙さえ無い。
だから、仕事に就けない者は仕事を求めて他の村に移住しなければならなくなる。
このままでは高齢化の後に廃村になってしまうのは火を見るのは明らかだった。
「そこで企画されたのが二季村少女隊なのです」