03
「説明と言っても難しい事は何も無い。この村はやはり廃村で、住人が居なかった」
雨の中、気絶している少年を肩に担いでいるクラマが歩く。
その後ろに続くコノハは、鍋を両手で持ち、そこに雨水を溜めている。
雨の勢いが激しいので、面白い様に水かさが増えて行く。
「殆どの家は朽ち掛けていたが、所々人の手が入っていた。馬留め小屋が生きていた様にな。そこにこいつ等が住み着いていた」
「その子達がこの村の住人じゃないの?」
「何も無かったらそう思っただろう。だが、こいつらは俺達に襲い掛かって来たんだ。後ろから、不意打ちでな」
一軒の家に近付き、入り口の引き戸をいきなり蹴破るクラマ。
「えええええ?何やってるの??」
少年に刃物を突き付けられた時でも冷静だったコノハが驚く。
「こう言った廃村に浮浪者が住み着く事は良く有る。そう言った者が旅人を襲う強盗になる事も良く有る」
家の中に入ったクラマは、板間にびしょ濡れの少年を置いた。
この家はボロボロな外見だったが、中には生活感が有った。
雨漏りもしていない。
しかし掃除は適当にしている感じで、隅に埃が積っている。
なるほど、馬留め小屋と同じだ。
「俺達を襲ったと言う事は、こいつ等はそう言った奴だった訳だ。だから退治した。それだけだ」
囲炉裏を指差すクラマ。
察したコノハは、靴を脱がずに板間に上がり、囲炉裏の状態を確認する。
火の子は死んでいるが、灰は新鮮だ。
コノハが裸足にならなかったのは、クラマの話が物騒だったから。
万が一戦いになった場合、コノハの閙は家を燃やしてしまうので、すぐに外に出られないのは不利になってしまうのだ。
また、この家が本物の廃屋なら、板間がささくれている可能性が有る。
足の裏に棘が刺さったら痛くて歩けなくなる。
「退治って、殺しちゃったの?その、強盗?浮浪者か。その人を」
「ああ。そのガキが最後の一人だ。まだ潜んでいる奴が居るかも知れないから、多分だがな」
言うなり、蹴破った引き戸を更に破壊するクラマ。
その光景に若干引くコノハ。
「その戸に何か恨みでも有るの?」
「焚き木にするんだ。今後住み着くかも知れない浮浪者対策にもなる。家の中が丸見えなら潜めないだろう?」
「そう言う物なの?」
「うー、ん…」
戸を細かい木片にしている音で少年が目を覚ました。
「お、気が付いた?」
「待て」
少年に近付こうとしたコノハに叱る様な声色を向けるクラマ。
「そいつは強盗の一人だと言ったろう。お前が相手をする相手ではない」
領主以外の悪い奴を相手にする場合、状況によっては名前で呼び合わない。
悪人には悪人のネットワークが有るらしく、そこでコノハ達の名前が広まると仕事がし難くなるから、と言う理由で。
クラマがコノハをお前呼ばわりしたのは、そうしろと言う意思表示だ。
「そうだけど、この子はそんなに悪い子じゃないよ。私に怪我をさせない様に気を使ってくれたし」
木片を両手に持ったクラマが板間に上がって来る。
「閙でこれに火を点けてくれ。そう言えば人質になっていたな。何度も言うが、危険を感じたら先手を取れ。痛い目を見てからでは遅いんだぞ」
「私が先手を取ったら相手を消し炭にしちゃうじゃない。嫌よ、そんなの」
燃え易い配置で囲炉裏に木片を並べ、そこに右手を置くコノハ。
数秒後、木片から煙が上がる。
「そうしろと言ってるんだ。殺される前に殺せが旅の鉄則だ。殺されるのは嫌だろう?」
「嫌に決まってるじゃない。でも、人殺しはもっと嫌。だって…」
囲炉裏から手を離すコノハ。
湿気のせいで火付きが悪いが、軽く息を吹き掛けたら火の勢いが増した。
「…まぁ良い。おい、ガキ」
雨合羽の下から食料を取り出しているコノハが無言になってしまったので、少年に顔を向けるクラマ。
「お前の仲間は何人居るんだ?」
板間でうつ伏せになっている少年も無言。
「これで最後だ。お前の仲間は何人居るんだ?」
もう一度訊くクラマ。
しかし無言。
「仲間は売れない、か。それも良いだろう。お前を助けに来ないと言う事は、お前が最後の一人か、お前を見捨てて逃げたと言う事だろうからな」
少年の首根っこを掴み、無理矢理立たせるクラマ。
後ろ手に縛られている為、少々ふらついている。
「すぐ戻る。お前は料理をしていてくれ」
雨水を沸騰させて消毒しているコノハは、立ち上がって雨合羽を脱いだ。
「その子をどこに連れて行くつもり?まさか、殺しちゃうの?」
「こう言った輩の始末は俺の仕事だからな。お前は気にするな」
「気にするに決まってるじゃない。その子は悪い子じゃないから、殺すのだけは止めてあげてよ」
「そう言う訳には行かない。こいつを生かして置いたら将来の被害者が発生する。改心させるヒマが無いからな。始末するのが世の為人の為なんだ」
生きるか死ぬかの瀬戸際なのに、少年本人は静かだな。
と思って良く見たら、クラマの大きい手が少年の下顎を握っていた。
あれでは喋れない。
「お願いだから、殺すのだけは止めてあげて。そのまま逃がせとは言わないから」
「どうするつもりだ?」
「それを言ったら彼のチャンスにならない。ね?」
「言い出したら聞かないからな。仕方ない」
観念したクラマは、少年の顎から手を離した。
「お前を殺すのは止めるとしよう。彼女に感謝するんだな。ただし、逃げたら殺すぞ」
少年をその場に座らせたクラマは、彼の正面でアグラを掻いた。
「お、お前達は一体何なんだ?」
怯えと戸惑いを混ぜた表情で言う少年。
応えるのはコノハ。
「教えない。君の身の上話も聞きたいけど、知らない方が良いよね。私達と君は無関係。お互いに何も知らない」
千切った香草と三人分の干し肉を雨水で茹でているコノハは、少年に強い視線を向けた。
「今日は誰とも出会っていない。この会話も気のせい。それで良いよね?」
「あ、ああ」
目の前の大男に睨まれ、萎縮しながら頷く少年。
そして時間が過ぎ、簡単な味付けの汁物が出来上がった。
「じゃ、馬留め小屋に戻りましょうか。君は馬留め小屋に戻ったら解放してあげる」
火の始末をしたコノハは、鍋に蓋をして囲炉裏から外した。
クラマは後ろ手に縛られている少年を立たせる。
「雨、上がってくれないかなぁ。この辺りって雨が多い地域なの?」
囲炉裏の始末をし、雨合羽を着たコノハは、握り締めた自分の左手を見詰めながら少年に訊いた。
「さぁ…。普通だと思うけど…。他の所の天気なんか知らないし…」
少年は何だか憔悴し切っている。
無理も無いか。
仲間が殺されたみたいだし、自身も殺され掛けたのだから。
「こいつの仲間がまだ居るかも知れないから、背後の気配に注意してくれ」
そう言ったクラマは、少年と共に家を出て行った。
沸騰している鍋を右手で持ったコノハは、鍋を雨合羽の下に隠してから家を出る。
周囲に視線を巡らせてみたが、雨足が強いので何も見えない。
この状態で襲われたら寸前まで気が付かなさそうなので、集中して警戒する。
雨具を着ていない少年が可哀そうだが、最初からびしょ濡れだったから関係無いか。
そして馬留め小屋に着くと、コノハの真似をして雨合羽の上で座っていたカラスが驚いた顔をした。
「ん?何でそいつがまだ居るんだ?」
「お嬢さんが殺すなと言うからな。仕方有るまい。で、これからどうするんだ?」
コノハはカラスの横に鍋を置き、それから少年の正面に立った。
念の為に腰の剣に手を掛け、いつでも少年を切り殺せる体勢になるクラマ。
「じゃ、君を開放するけど、ひとつ約束して。今後は他人に迷惑を掛けないで欲しいの。つまり、盗賊を辞めてくれって事」
複雑な顔をしている少年は、渋々と言った感じで頷いた。
「そうしないと俺は殺されるんだろ?」
「彼は悪者を殺したがっている。盗賊相手だと、彼を止める理由が無い」
クラマを指差した後、改めて少年の顔を覗くコノハ。
雨に濡れているせいか、唇の色が悪い。
「でも、ここで盗賊から足を洗えば、君は普通の男の子になる。彼は一般人には手を出せない。だから君は解放されるって訳。どうする?」
「…他人に迷惑を掛けないでって言われても、どうすれば良いのか分からない」
「盗賊としての生き方しか知らないって事?」
「うん」
「そうねぇ…。人が居る村に行って、仕事と住む所をくださいってお願いすれば良いよ。君はまだ若いから、受け入れて貰える可能性は有ると思う」
言ってから上目使いでクラマの表情を窺うコノハ。
大男が頷いたので、自分の発言に間違いは無い様だ。
「どうする?」
訊くと、少年はコノハから視線を外した。
「…分かった。ここで殺されるよりマシだ。お前の言う通りにしてやるよ」
「約束だよ?じゃ、君を開放するけど、私は口約束を鵜呑みにするほど優しくはない。だから君に呪いを掛ける」
雨合羽の下から左手を出し、手を広げるコノハ。
少女らしい小さな掌の上にオレンジ色の宝石が乗っている。
「約束を守るなら、お守りになる。約束を破ったら、悪い事を起こす。そんな石を君にあげる」
「悪い事って何だよ」
「本当に善良な真人間になるのなら、何も心配はいらない。この場を適当に誤魔化す為のウソを吐いたのなら大変な事になるけど」
意味有り気にニヤリと笑ってから少年の懐に石を入れるコノハ。
「自分にやましい所が無いのなら大事にして。きっと君の役に立つから」
コノハの視線での合図に応え、少年の両手を縛っていた縄を解くクラマ。
「さようなら。信じてるからね」
「…」
手を振る少女に無言で背を向けた少年は、雨の中へと駆け出して行った。
「おいおい、本当に逃がしちゃうのかよ。しかも手土産まで渡しちゃってさ。最後のあの態度、絶対改心してないぞ」
座ったまま雨の方を見詰めるカラス。
その優男を呆れた目で見下ろすポニーテール少女。
「相変わらずカラスは幻術系の閙に弱いわねぇ」
「え?アレ、閙だったのか?」
「私の閙を凝縮した物よ。実際は真っ赤な炎なんだけど、幻術で宝石みたいに見せてるの」
鍋の蓋を開けるコノハ。
温かい湯気が上がったので、再加熱は必要無いみたいだ。
疲れたので、今日はもう閙を使いたくない。
「懐から出さなければ熱を持っている事に気付くはず。私の閙は見せたから、それがどう言う物かは理解出来ると思う」
「今はまだ幻術の効果で熱には気付かないだろうが、気付いたら湯たんぽ代わりになるだろう。雨で体が冷えているから有り難い筈だ」
縄を畳み、食器の用意を始めるクラマ。
「なるほどなぁ。コノハは幻術まで使える様になったのか。若い子は良いねぇ。成長が早くて」
「おっさんみたいな事言わないでよ。カラスは見た目だけが取り柄なんだから」
雨合羽を脱ぎ、それを敷物にしたコノハも地面に座る。
「じゃ、悪い事が起こるってのはどう言う事?幻術に詳しくない俺に教えてよ」
「アレはね、懐に入れたり手で持ったりして何かに触れていれば安定するの。でも、悪い事を恐れて投げ捨てたりすると」
遠くで爆発音。
「…一気に閙が解放されるって訳」
「なるほどね。しかし、捨てるの早過ぎだろ、あいつ」
立ち上がり、出入り口から顔を出すカラス。
雨の向こうで黒い煙が上がっている。
「やっぱりあいつは改心してなかったって事か。しかし凄い威力だな。あいつ死んだんじゃないか?」
「空中に放って数秒後に爆発だから、直撃はしていない、筈。運が悪くて大火傷だろうけど、この雨だから大丈夫、な筈」
とっさの思い付きでやった事なので、思った通りに出来たかの自信は無い。
だからシドロモドロになってしまうコノハ。
「運が悪くて大火傷、ねぇ。運が良くても鼓膜は破けているだろうな。まぁどうでも良いや。仕返しに戻って来る元気はない位に怪我をしてるだろ」
元の位置に座るカラスに不安げな顔を向けるコノハ。
「改心してると信じてたからアレを持たせたんだけど…。怪我、してるかなぁ」
「明らかに無事で済む規模じゃないな。仲間が居る所に戻ったのなら一網打尽だろうし」
「あ…」
「今気付いちゃった?半端に命を助けるのは時には残酷だって事を知ったのも成長だよ。さぁ、メシにしよう」
クラマが黙々と準備をしていた干し肉と香草の汁物に口を付けるカラス。
本日最初の食事が冷えた身体に染み渡る。
「助けた方が、残酷…?」
始めて知る概念にショックを受けたコノハは、白馬の嘶きで我に返るまで茫然としていた。




