03
「おかえり。…どうした」
宿の物置きで荷物番をしていたクラマが、とてつもない不機嫌オーラを纏いながら帰って来た美少女を見て居住まいを正した。
「不安適中よ。干し肉、干し芋、川魚の干物に至るまで、全部百歩超え。結局何も買わなかったけど、保存食無しって訳には行かないよねぇ」
「次の村まで森が続くから、狩りを続ければ行けなくはないけどね」
危機的状況なのに軽い調子で言うカラス。
しかし筋肉男と美少女にも現状を打開する案が有る訳ではないので、彼に対して真面目にやれと言う事は出来なかった。
どうしたら良いものかと考えながら適当な場所に座り、靴の修理をしたり縫物をしたりする三人。
「ちょっと宿の人に洗濯をして良いか訊いて来る。洗濯板を借りるのが有料だったら断るね」
カラスが部屋を出て行く。
男が一人居なくなると部屋がかなり広く感じられる。
「白天からの報告は無い?」
調理用ナイフの刃をチェックしながら訊くコノハ。
「まだ早い。急がなければならない理由でも有るのか?」
「洗濯が終わったら夕食の時間になるでしょ?お腹が空く前に解決出来るのならしたいのよ。あ、財布返すの忘れてた。はい」
旅費の入った小袋を受け取ったクラマは、それを懐奥に仕舞い込む。
「今日中の解決は十中八九無理だろうな。目立った不正が無いのなら、夕飯と最低限の保存食を買って、明日の早朝に出発しよう」
「早朝?どうして?」
「狩りをして食料を確保する為だ。今回は金を使い過ぎたので、毛皮が売れる動物を狩れれば猶良い。朝食抜きの運動になるが、仕方あるまい」
納得したコノハは、ナイフを鞘に仕舞った。
「村の中で食べ物に困るのは初めてだよ、全く。解決が無理ならクラマの言う通りにしましょう」
「ただいまー。井戸を使っても良いってさ。桶と洗濯板もタダで借りられたよ」
カラスが帰って来たので、今決めた明日の予定を伝えるクラマ。
「ん、分かった。なら本気の洗濯はしない方が良いよね。もうすぐ夕方だし」
「そうだな。どうしても洗濯しなければならない物を除き、乾きが早い下着のみにした方が良いだろう。順番はどうする?」
男二人がコノハを見る。
彼女は年頃の娘なので、デリケートな部分は気を付けなければならない。
旅に出た最初の頃、事有る毎にコノハ本人がしつこく説教するので、男二人は仕方なく少女を優先させている。
「じゃ、お先に。私が洗濯をしている間、二人は明日からの食糧確保の相談をして。それに合わせて調味料とかを補充するから」
黒皮の鞄を漁り、蛇の皮で造った小袋を取り出すコノハ。
これは使用済み下着専用の入れ物だ。
薄い蛇の皮を数枚重ねて編み込んであるので、余程の事が無ければ臭いが他の物にうつる事は無い。
下着自体は川や湖が有れば小まめに洗うのだが、そんなに都合良く水辺が有る訳ではないので、こう言う物が必要なのだ。
今回は村が近かったので、衛生より前進を優先していた。
洗濯物は溜まっているので着物も洗いたいが、無理なら諦めるしかない。
「ん?」
その小袋をオレンジ色の着物の懐に入れて立ち上がったその時、閉まっている物置の戸が変な叩かれ方をされた。
聞き慣れた白天からの合図。
「クラマ」
「うむ」
筋肉男に道を譲り、物置の外に出て貰うコノハ。
外に出たクラマは、戸の鴨居部分に針で刺された手紙を取って物置の中に戻って来た。
「どう?」
手紙に視線を落としているクラマに結果をせがむコノハ。
「領主邸からは不正に関する資料は発見されなかった。税金の取り過ぎもなく、倍の料金から生ずる利益は全て村の修繕に使われている」
壁に向かい、ひとり言の様に呟くクラマ。
「引き続き調査をするかどうかの窺いが立てられているが、どうするかな」
白天とは、領主の秘密を暴く隠密部隊の事だ。
決して人前に出ず、何人居るのかはコノハも知らない。
村で一番偉い領主と言う存在が関係する施設に不法侵入する犯罪集団なので、コノハが彼等の事を知っていてはいけないのだ。
そんな彼等から齎される情報を利用するのがコノハの仕事なのだが、今回はコノハの出番は無い様だ。
だから解決を諦めるコノハ。
「別に良いんじゃない?さっきの話の続きだけど、法外な値段で旅人が来なくなるのなら、それは村人達のせいなんだし」
「まぁ、そうだね」
いつの間にか床に寝転んでいたカラスが合いの手を入れる。
「その村人達が困ってないんなら、余所者が口を出す必要は無いんじゃないかな。追加で調べるのならその部分だけど、私達とは無関係でしょうね」
無意味に天井を見ながら言うコノハ。
蜘蛛の巣が張っている。
「分かった。では、ちょっと厠に行って来る」
そう言って物置から出て行くクラマ。
コノハが白天の存在を知らないと言う事になっている以上、コノハは彼等に指示を出せない。
だからクラマが白天に命令をしている。
物置から出て行ったのも、厠に行く振りをして白天に命令をする為だろう。
「所で、カラス。洗濯はどこでやれば良いの?」
「ああ、あっちだよあっち。炊事場の方に井戸が有るから、そこ。桶と洗濯板はもう置いて有る」
井戸が有るであろう方向を指差すカラス。
それだけじゃ分からないが、宿の造りは基本的にどこでも同じ様な物なので、適当に目星を付けるコノハ。
「炊事場、か。カラス。夕食はいくらで食べられるか、お風呂に入れるか、そして、他の客が居るかを調べて来て」
「えー?面倒くさーい。こんな宿に泊まれる金持ちなんか居ないよ。調理場の竈にも火が入ってなかったみたいだし」
「確かめたの?」
「まさか。井戸に案内された時、調理場が静かだったからそう思っただけ。ああ言う所って何だか妙にザワザワしてるじゃない?」
「予想、って訳ね。なら、実際に確かめて来て。お風呂はともかく、夕飯をどこで食べるかを決めなきゃいけないし」
「この村の飯はどこでも高いに決まってるよ。適当な出店で良いじゃん」
寝転んだままのカラスを冷たい目で見下ろすコノハ。
「あらぁ?仕事放棄ぃ?罰則がお望みなのかしらぁ?」
「罰則って何よ」
「カラスの分の保存食は無し、かな。この村じゃ数食分くらいしか買えないだろうし。飢えても良いなら寝てなさい」
クラマの鞄から石鹸を取り出し、小石を弄ぶ様に掌で転がすコノハ。
この鞄には三人で使う日常品が入っているので、勝手に弄っても良いのだ。
「ったく、しょうがねぇなぁ。分かったよ。行って来るよ」
渋々起き上がったカラスが物置きを出て行ったのを確認してから、コノハも物置きを後にした。




