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四方紀集  作者: 宗園やや
旅が始まった話
20/48

13

砂糖菓子五個とお茶三杯を平らげ、好い加減甘味にも飽きて来た所でサウグタが戻って来た。


「お待たせしました。では、命世さん。こちらへいらしてください」


「えっと、その前にトイレに行っても良いですか?」


お茶を飲み過ぎた。

それに、中央に着いてから一度も用を足していない。


「こちらです」


通された侍女用のトイレは、芳香剤が置かれていて良い感じだった。

用を済ませ、改めてサウグタに付いて歩く。

いくつものドアを開け、数多くの何も無い部屋を通ると、階段の部屋に出た。

この階段は建物の中心の柱とは別の位置に有る。

また、木で組まれているので、明らかに今までと雰囲気が違う。

凄く偉い大王が居るエリアなので居心地良く作ってある、って事なんだろう。

その階段を登り、再びいくつもの何も無い部屋を通り過ぎる。

広過ぎる。

しかも全ての床がふかふかしている。

これがひとつの建物の内部だとは信じられない。


「ここは私の仕事部屋、秘書室です」


無言で歩いていたサウグタが、そう言ってからドアを開けた。

先ず目に飛び込んで来たのは、沢山の本棚。

そして、中心に置かれた重量感の有る机。

その机の上では書類が山積みになっている。

紙だらけで、兄さんの仕事場を大袈裟にした様な雰囲気だ。


「こちらです」


入口の他にふたつのドアが有り、入口正面のドアではなく、重量感有る机が向いている右の壁の方のドアを開けるサウグタ。

そこは皮張りでふかふかな大きな椅子と派手な装飾の机が置いてある部屋だった。

さっきまでお茶を飲んでいた部屋に戻って来たのかと錯覚したが、あの部屋には無かった花瓶が隅で存在感をアピールしているので違う部屋だ。

花瓶には花弁の多い花が活けてあるが、見た事もない派手な花だった。

そして、その部屋で控えている人間は侍女ではないと言う違いも有った。

外へと繋がる橋の上で立ち塞がった身長二メートルの筋肉男と、命世に手刀を入れて気絶させた優男が壁際で整列している。

筋肉男は小さく頷き、優男はヘラヘラと笑った。


「座らずに、この場でお待ち下さい」


命世の足元を指差したサウグタは、一人で正面のドアの向こうに行った。

いや、こんな所に残されても困るんですけど。

二人の男に見られている命世は、所在無く立ち尽くす。

視線をどこに向けたら良いか分からず、そわそわしながら部屋を見渡す。

男達が立っていない方の壁に変な絵の掛け軸が掛かっていたので、そこで視線を止めた。

絵の良さなんかサッパリ分からないが、間は潰せる。


「乱暴な事してごめんねー。元気そうで良かった」


にやけながら小声で言う優男。

男にしては髪が長めで、柔らかそうに波打っている。

触ったら気持ち良さそうだけど、あんまり好みじゃない奴だ。

どっちかと言えば、髪の短い筋肉男の方が好感を持てる。

男は強くなきゃ。

勿論、兄さんが一番だけど。

無言でそう考えていると、正面ドアが開いてサウグタが戻って来た。

ここまで来る時に命世に対してしていた様に、ドアを手で押さえて閉まらない様にしている。

それを見た男二人が姿勢を正す。


「待たせたな。ワシが西方大王だ」


ドアを潜って現れた男を見て、命世は目を剥いた。

大きい。

筋肉男より縦も横も大きい、ダルマみたいな体型。

身体の殆どが脂肪だと思われる。

髭と髪も長く、金や銀の糸で編まれた重そうな着物に垂れている。


「お前が命世か」


ふっくらとした赤ら顔の中で黒目が動いた。

この人が西で一番偉い人か。

見た目はかなり鈍重そうだが、早足で歩き、早口で喋っている。

女医はちょっとぐうたらな人だと言っていたけど、全然印象が違う。

忙しい人らしいので、その日常のせいでせっかちになっているんだろう。


「私が、命世です」


「うむ。美しく育っている様だな。お前は覚えていないだろうが、ワシはお前が赤子の時に会っている」


「そうなの?…だから何?」


「ふふ。緊張していると思ったが、そうでもないか。結構」


緊張していても、それを表に出さずに強気でいられるのが命世の性格だった。

大王の呼吸と言うかタイミングと言うか、矢継ぎ早に言葉を紡ぐテンポが命世には合っている。


「さて、本題に入ろう。命世は橋から落とされたそうだが、それは(まこと)、あー、本当の事か?」


子供にも分かる様にと言葉使いを変えた大王の後ろでサウグタが音も立てずにドアを閉める。


「本当よ。塀の所に有る門番積め所?に居た、タバコの男に突き落とされたの」


「罪人を案内する役目の男ですね」


サウグタが小声で囁くと、大王は、ふむ、と唸って頷いた。


「えっと、私みたいなどうでも良い犯罪をした奴の相手してる暇は無い、だったかな?そんな事を言われて落とされたの」


その時の事を思い出したら、なんだか腹が立って来た。

ムスっとした顔になった少女を見下ろす大王。


「となると、過去にも落とされた罪人が居ると思った方が自然かも知れないな」


秘書室に行き、重量感有る机から数枚の書類を取り出して戻って来るサウグタ。


「今年に入ってからでも、逃走を計って橋から落ちた罪人は六人も居ます。細かく調べれば、闇に消された罪人はもっと多いかと思われます」


「問題だな。今後は対策を徹底しよう。命世には詫びねばなるまい。さて、次は何を訊くんだったかな」


顎鬚を撫でながら考える大王。

それを見た命世は手を横に振る。


「いやいや、ちょっと待ってよ。私は無事だったけど、落とされて死んじゃった人が六人以上も居るって事でしょう?それだけで話が終わるの?」


「これから調査を始める問題だからな。事実関係が分かり次第関係者に謝罪する。そうそう、次は華瞭村の話だったな」


大王の態度は殺され掛けた方としては気に食わなかったが、自分の村の名前が出たので文句を飲み込む。


「現在調査員を向かわせているが、なにしろ遠いのでな。何が有ってここに送られたのかを命世の口から聞かせてくれ」


どっかりとソファーに座る大王。

ふかふかな椅子の骨組みがギシリと鳴った。

壊れそう。


「まぁ座れ」


エプロンの侍女がお茶をふたつ運んで来た。

待ってる間に散々飲んだが、トイレに行き、その後に結構歩いたので、嫌ではなかった。

が、二人の男が気になって座る事を躊躇う命世。

男達はどうして彫像の様に無言で立っているんだろう。


「ああ、そいつらは後で話に加わって貰うから、今は気にするな。説明を」


凄く気になるが、渋々大王の向かい側の椅子に座った。

その位置にお茶が置かれているから。

熱々のお茶を一口飲んでから村での出来事を語る命世。

この数日に色々と有り過ぎたので、遠い過去の様だ。

『年金を差し押さえられたので領主の家に文句を言いに行ったら罪人になった』

一言で纏めればそれだけだったが、命世はなるべく起こった事をありのまま伝えた。

大王は相槌を打ちながら聞き、サウグタは立ったまま手に持った紙に命世の言葉を書き付けている。

語り終わると、大王は立派な髭を撫でた。


「そうか。命世の話を聞く限りでは、無実だな」


「そうですか?」


大王の言葉にサウグタが異論を唱える。


「少なくとも、無断で領主の自宅敷地内に入った事は問題では?」


「命世は門を叩き、門番が門を開いている。そして、その場で数分程、領主の息子と会話をしている。不法侵入とするには無理が有る」


それでも異論を唱えようとするサウグタを、そう言う事にして置けと言って黙らせる大王。


「そもそも、そんな小事(しょうじ)で中央送り等有り得ん。中央裁判所はそこまで暇ではない。小事の処理は領主の仕事だ」


「確かにその通りです」


金色の頭を下げるサウグタ。


「それなのに敢えて中央送りにしているのは、合法的に罪人を殺害出来る裏の慣習が存在している可能性が有る。全国単位でな」


髭を撫で、さっきは軽く流した問題を深く考える大王。


「トラを利用すれば証拠は残らないしな。これは他の大王にも話を通さないといけない大事(おおごと)かも知れん」


「早急な調査を指示します」


再び金色の頭が下がる。


「そう言えば、あのトラって何の為に居るの?」


素朴な疑問を口にする命世。


「子供に言う事ではない。気にするな」


「気になるわよ。トラが居なかったら、落とされても助かる人が居る訳でしょ?私がそうだった様に」


大王の眉が微かに動く。


「確かにそうだな。だが、アレは必要だからこそあそこで飼っているんだ。そうだな、死刑のひとつだ、とだけ言っておこう」


死刑。

凄く悪い事をした罪人が受ける最も重い罰。

と言う事は、死刑判決を受けた罪人をトラの餌食にしているのか?


「命世。お前がここに送られた時点では、お前は無実だ」


残酷な想像をしている命世から視線を外した大王は、大きい身体を揺すってお茶を飲んだ。


「だが、それでは済まなくなっている。命世、お前はとんでもない事をしてくれたな」

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