02
村に入った時から気になっていた香りを辿り、一軒の屋台に入る一人の少女と男二人。
そこは老人と幼女の二人で切り盛りしている店だった。
「屋台なら荷物を持ったままでも良かったな。んー、良い匂い。この旅では初めて食べるから、コノハは初体験だろ。ドキドキだな」
「ラーメンだっけ?無いなぁ」
ニヤけながら言うカラスに向かって普通に頷くコノハ。
何か下ネタ臭いが、優男のふざけた態度にイラついていたらキリが無い。
「そんなに珍しい食べ物じゃないんだが、なぜか縁が無かったな。おやじ、三人前、頼む」
クラマの注文を受け、ヘイと返事をする老人。
料理が出来るまでの間を潰そうと周囲を見渡すコノハ。
森の中に有るこの村は緑と鳥の囀りに包まれていて、とても落ち着く。
屋台が有る大通りを行き交う人々にも笑顔が溢れており、平和そのものだ。
「素敵な村ですね。でも、森の中に有るのはちょっと怖くないですか?夜中に動物が村の中に入って来たりとか」
コノハに応えたのは、屋台の横で野菜を切っている七歳くらいの幼女。
「村の周辺には動物除けの罠が仕掛けられているから、怖くはないですよ。ただ、猿だけは罠が効きませんけど」
「あー、猿かぁ。あいつらは無駄に賢いから困るよねー」
「はいー。お客さんは旅人さんですよね?もしも猿を見掛けたら、荷物を盗まれない様に気を付けてくださいね」
「分かったわ」
しっかりしている女の子だな。
自分を挟んで座っている男二人に視線を来るコノハ。
この村には大きな問題点はなさそうだ。
働かされているとは言え、子供が賢く育つ村に悪い村は無い。
男二人も同感らしく、無言で頷いている。
まぁ、問題が有るとすれば…。
「お待ち!」
一行の前に湯気立つドンブリが置かれた。
透き通ったスープの中に細長い物が沈んでいる。
そして、薄く切った肉が三切れと、少女が切っていた温野菜がたっぷりと乗っている。
「これがラーメン?変なの。でも美味しそう。いただきまーす」
箸を持ち、初めての料理に口を付けるコノハ。
少し味が薄くて脂っこいのが気になるが、それを無視出来るくらい食べ易い。
スルスルと喉を通って行く。
「ごちそうさま。美味しかったね~」
一番に食べ終わるカラス。
優男のクセに早食いだ。
これも旅に慣れたせいだろう。
一拍遅れてクラマも食べ終わり、最後にコノハが箸を置いた。
汁まで全て飲み干す三人。
最初は野菜が多くて食べ切れないと思ったが、何とか全てを胃の中に収める事が出来た。
空腹の辛さが身に沁みたせいで、食べられる時は無理をしてでも食べ切ると言うクセが付いてしまったのだ。
まぁ、食い過ぎで太れる様な生易しい旅ではないので別に良いのだが。
「美味しかった。満足満足」
苦しい位に膨らんだお腹を擦り、満面の笑みのコノハ。
美食との出会いは旅の醍醐味と言える。
「うむ。良い味だった。おやじ、いくらだ?」
クラマは奥歯に挟まった野菜を気にしながら懐から財布を取り出す。
「へい。三十三歩になります」
驚いた拍子に物凄く派手なゲップをするコノハ。
粗相を誤魔化す様に口元に手を当てたコノハは、確認する様に訊く。
「一杯十一歩って事?」
「へい」
「まさか、森の中に有る云々って奴で高いの?」
「へい」
張り付いた様な笑顔で頷く老人。
「あのね。馬留めと宿が大金を取るのは分かる。旅人の為に有る物だからね。でも食べ物が高いってどう言う事よ。村の人が食べに来たらいくらなのよ」
「そ、それは…」
コノハの静かな怒りに気圧されて縮こまる老人。
「答えなさいよ。いくらなの?」
「ごめんなさい、お爺ちゃんは悪くないの。これは領主様のご命令なの」
老人の横に立ち、祖父を庇う様に言う幼女。
「領主様の?どう言う事?」
幼女の代わりに説明する老人。
今はもう閉鎖されているが、この付近に鉱山が有るらしい。
そこへ出稼ぎに来た者達が足を休める為に、この村が利用されていた。
しかし、遠くからやって来た者達は粗暴な男が多かった。
酒を飲んで村人に迷惑を掛けたり、ケンカをして宿や酒場を壊したりしたんだそうだ。
事態に困った領主が出した答えは、余所者からは一律で倍の料金を取る事、だった。
最初はキチンと裁判をし、違反者からのみ罰金を取っていたそうだが、それでは追い付けなかったらしい。
余所者全員から取った倍のお金で警備の人を雇って村の治安を守り、破壊された建物や柵を直したと言う。
「でも、今は鉱山は閉鎖してるんでしょ?もう出稼ぎの人は来ないんでしょ?なのに何でこんな法外な値段を吹っ掛けるの?」
「それは料金を元に戻せと言う領主様の指示が無いからです。ワシらが勝手に決まり事を変える訳には行かないので…」
納得が行かないコノハ。
だが、話の筋は通っている。
老人が説明している間、ずっとコノハの顔を見詰めていた幼女が口を開く。
「お姉ちゃんは美人さんだから、門番さんに…」
「これ、お前は黙っていなさい」
幼女の口を塞ぐ老人。
「何?」
「いえ、こちらの話です。で、お代の方は…?」
「うむむ。食べたんだから払うよ。でも、やっぱり高過ぎるわ。せめて三十歩にならない?」
「へい。それくらいなら」
クラマが料金を払い、屋台を後にする一向。
「まいどありー」
老人の愛想の良い声にうんざりするコノハ。
「普通の言葉にイラっとするわ。それはともかく、これって犯罪じゃないの?どうなの?」
応えるのはクラマ。
「値段自体は問題無い。ラーメン一杯一万歩という価格設定でも法律違反ではないだろうな」
「ホントに?そんなの誰が食べるのよ」
「うむ。客は一人も来ないだろうな。商売にならん。だから普通はそんな価格設定はしない。だが客が来るならどうだ?」
「どう、…って?」
「ラーメン一杯一万歩を納得して客が来るなら商売になる。来るのならな」
腕を組み、唇をひん曲げるコノハ。
「つまり、私達が納得したのなら違反じゃない、と」
「そうなるな。馬留めと宿は値段に納得したので問題はない。だが、ラーメンは食べた後に値段を言われた。値段の後出しには不法性が有る」
「なるほど。じゃ、そこを訴えてみようか」
コノハが頷いたらカラスが話に割り込んで来た。
「でも、それは俺等の仕事には関係無いよね。これはこの村を守る為の決まり事だから、訴えは村の中だけで済ませなきゃいけない問題なんだよ」
「そっか。じゃ…」
言葉を途中で止め、固まるコノハ。
「どうした?」
クラマが訊くと、コノハは組んでいた腕を下した。
「ちょっと嫌な予感がする。私とカラスで保存食の補給するから財布貸して。クラマは宿に戻って荷物番をしていて」
「荷物番?」
「あの物置き、扉に鍵が無かったからね。それに私が居ない方が連絡取り易いでしょ?」
「調べるのか?」
真剣な顔になったクラマは、財布をコノハに渡した。
「一応ね。村人が困ってる訳じゃないけど、旅人に対しては問題が有る訳だし」
「そうだな。分かった。では、荷物番をして来る」
クラマと別れたコノハは、カラスと共に村の大通りを歩いた。
道行く人達がコノハ達をチラ見して来る。
旅人を警戒しているのかも知れないが、それを踏まえた上でも視線が多い。
「この村は余所者を必要以上に嫌うクセが付いてるのかなぁ。変な決まりが出来る位の迷惑を被った訳だし」
「かもねぇ。こう言う村は、問題が無いのならさっさと出た方が良いね。俺達が騒動の元になるかもだし」
若い娘に愛想を振りながら応えるカラス。
「さっさと出れれば良いけどね」
「まぁね」
カラスは他人事の様に肩を竦める。
優男のそんな態度を無視し、村人達を観察し返すコノハ。
「後、人里離れた森の村にしては人口が多い。その歴史のせいかしら」
「言われてみれば。…それで気付いたけど」
言葉を切り、活気が有る大通りを見渡すカラス。
「若者の比率が妙に多いな。美男美女が目立つ」
「…アンタ、男にも興味が有ったの?」
「おめぇ、頭腐ってんのか?どう言う発想だよ」
「カラスが美男とか言うからでしょ?男が男の顔の造りを褒めるのは変じゃない?」
「ただの感想からそっちを想像する方が変だろ」
「って言うか、カラスはいつもこんな感じのふざけた事を言うじゃない。だから私はそのお返しで言っただけなんだけど」
「やーい、コノハの変態ー」
「なんでそうなるのよっ!それなら変態はカラスの方になるじゃないのよ!あーあ、ヘンタイ男きもちわるーいっ!」
歩きながら口ゲンカをする余所者を遠巻きにする村人達。
猛烈に注目されて仕舞っているのに、ついには小突き合いまで始める二人だった。




