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四方紀集  作者: 宗園やや
旅が始まった話
10/48

03

田舎の村には不釣り合いな赤塗りの柱に白い壁。

不要な程に広い部屋の床には、異国から輸入した豪華な絨毯が敷かれてある。

その上で向かい合って座る二人の男。


「領主様。これを…」


がっちりとした体付きの男が拳大の小袋を差し出す。


「ん…」


小さく頷いた痩せぎすの男がそれを受け取り、さり気無く中を確かめる。

黄金色の金属が紙張りの窓から射し込む淡い光を反射させて輝く。


「うむ」


満足気に唸った痩せぎすの男は、派手な刺繍で彩られた着物の懐に小袋を仕舞う。


「では、早速手続きにかかろう」


「お願いします」


「これから忙しくなるぞ、建築屋」


「お任せください」


笑んだ二人が杯を傾ける。


「領主様。しかしなぜ村の人口を増やすんですか?」


建築屋の質問を受けた領主は急に不機嫌になり、酒を一気に飲み干す。


「ワシはな。戦で蛮族の将の首を十二も取った英雄なんだ」


「はぁ、存じております。鬼神の如き働きだったとか」


空になった領主の杯に酒を注ぐ建築屋。


「その報酬が、こんな田舎の村の領主の座だ。経済的にも政治的にも意味の無い村だ」


領主は苦虫を噛み潰した様な顔をする。


「襲って来るのは蛮族ではない。寝惚けた熊や狼くらいだ。全く、やってられるか」


何が華瞭村(かりょうむら)だ、華が良く見えてどうするのだ、と悪態を吐きながら自棄気味に杯を呷る領主。

やつあたりだ。


「こんな田舎の村では、税を重くしてもたかが知れている。だから家を建て、人口を増やすのだ。そうして税収を増やし、力を蓄える」


節だった拳を握る領主。

痩せぎすなので、武勲に関する話はどうにも信じられない。

がっちりとした体付きの建築屋の方が余程強そうだ。


「金が力と言うのはどうにも納得出来ないが、それも現実だ。仕方ない。そうして、ワシは必ず中央に戻ってやる。ワシは武人なのだ」


「私の方も建材の節約をし、力を蓄えるご協力をします。家の強度は下がりますが、何、領主様が中央に戻られるまで持てば良いでしょう」


再び酒を注ぎながら村を下見した時の事を思い出す建築屋。

この村は、こうして賄賂を喜んで受け取る領主が治めている割には平和だ。

村の自治に無関心な領主が殆ど表に出ないので、どんな人間が自分達の上に居るのかを村人達が分かっていないからだ。

普通の村だとそれは異常事態なのだが、村人達が現状に不自然さを感じていない。

今の領主が来る前から、そんな感じでのほほんと暮らして来たのだろう。

領主の館が無駄に豪華なのは、前の領主の趣味らしい。

今の領主は金を溜める事に腐心しているが、前の領主は税金の浪費が仕事だった様だ。

お互いがお互いに無関心で交流が無いので、対立の芽さえも産まれない。

おかげで不正がやりたい放題になっている。

余程の下手を打たなければ村人が不満の声を上げる事は無いだろう。


「うむ。ワシが居なくなった後の事など知るか。…建築屋。上手くやれよ」


「心得ております。成功した暁には、私も中央に…」


「分かっておる。心配するな」


話が終わったので肴と酒を楽しんでいると、紙張りの引き戸の向こうに人影が現れた。


「失礼します。お耳を拝借しても宜しいでしょうか?」


「何だ?」


引き戸が開き、女中が恐縮しながら部屋に入って来た。

そして領主に耳打ちする。

気だるそうに聞いていた領主の顔が一気に険しくなる。


「分かった。後で詳しく話を訊くと千角に伝えろ」


「はい」


一礼してから部屋を後にする女中。


「何か有りましたか?」


建築屋が訊くと、領主は杯を盆に置いた。


「千角が軽い怪我をしたそうだ」


「ぼっちゃんが」


「男は痛い思いをするくらいが丁度良い。騒ぐ者が愚かなのだ」


武人らしい考えに同意して頷く建築屋。


「問題は、怪我をさせた相手だな。さて、どうするか」


「と、申されますと?」


「命世と言う小娘がケンカの相手でな。そいつの兄、風弥(ふうや)が中央と繋がっているんだ」


「何者ですか?」


「元役人、だな。まだ若いが、引退して帰って来た奴だ。病気でクビになったと言った方が正しいんだろうが、未だに中央の内職をしている」


尖った顎を撫でる領主。


「万が一、奴に感付かれたらどうなるか分からんな。…これを機として不安要素を取るか」

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