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四方紀集  作者: 宗園やや
ラーメンがタダだった話
1/48

01

鬱蒼とした森の中、馬に跨って進む三人の旅人。

真上に登った太陽は温かく、木漏れ日が細い道に斑模様を作っている。

それはとても素敵な風景なのだが、白馬に跨っている少女にはそれを楽しむ余裕が無かった。

空腹なのだ。

昨日の晩で食糧が尽き、今日の朝から何も食べていない。

自分達は世界中を当ても無く進む旅をしているが、それ自体は楽しい。

綺麗な風景、新たな発見、素敵な出会い。

それらは旅をしなければ出来なかった体験だ。

だがしかし、定期的に訪れる食糧難がとても辛い。

大型の獣を仕留めた時や大きな村に立ち寄った時に食料を溜め込むのだが、馬に乗せられる重量は決まっている。

なので、人里に中々辿り付けなかった場合、こうして胃が空っぽになってしまうのだ。

最初の内は辛さに耐え切れずに愚痴っていたが、旅慣れた今は意識して口を噤んでる。

無駄口を叩くと喉が渇くから。

飲める水も滅多に出会えない貴重品なのだ。


「村が見えて来たぞ」


少女の前方で軍馬に跨っている屈強な男が言う。

腰に大きな刀を差していて、前をしっかりと見据えている。

その視線の先には竹を組んで作られた柵が有る。


「お、やった。早く何か食べたい!」


丈の短いオレンジ色の着物を着て、少し大き目のズボンを穿いている十台半ばの美少女が笑顔になる。

むっつの緑色の宝石がブドウの形になっている髪飾りで前髪を留め、ポニーテールを馬の歩調で揺らしている。


「それに、やっと布団で寝れるよ。森の中の野宿は動物と毒虫に注意しないといけないから熟睡出来ないのよね」


夜に出会う獣は、なぜか目が光っている。

そして、旅人達を襲う気満々になっている。

その恐怖を思い出して身ぶるいする少女。

すると、スラリとした馬に跨って殿(しんがり)を務めている優男が肩を竦めた。


「良く言うよ。毎日イビキかいて朝までぐっすりじゃないか」


「な!イビキなんかかかないもん!嘘吐かなでよ!」


「イビキは眠っている間にするもんだから、コノハ本人が気付かないのは当然。たまーにフゴフゴ言ってるよ」


「嘘よ、嘘嘘!全くカラスはいっつもふざけるんだから!好い加減にしてよね!」


カラスと呼ばれた優男とコノハと呼ばれた美少女が大声での言い合いを始めたので、村の入口を守っている数人の男達が何事かと動く。


「おいおい。こんな所でケンカを始めるな。不審者だと思われると、入村を拒否されるぞ」


屈強な男が呆れて言うと、ハッとして口を閉じる二人。


「じゃ、分別の有るクラマに交渉をお願いしよう」


悪びれずにヘラヘラと笑うカラス。

普段から入村交渉はクラマの仕事じゃないとコノハが言っている間に三頭の馬が村の入口に着いた。


「三人、入村を希望する」


屈強な身体のクラマが門番に伝えると、皮の鎧を着た一人の男が馬の前に立った。


二季村(にきむら)へようこそ。どの様な御用事ですか?」


「数日程、身体を休めたいのだが」


門番はコノハを一瞥した。

子供とも言える年齢の少女が旅をするのは珍しいので、こんな視線には慣れている。


「確認の為、もう一度窺います。貴方達三人は旅人で、短期の滞在を希望するんですね?」


「そうだ」


「分かりました。馬はここで預かりますが、前金として一頭につき五百()頂きます」


「な!ご、五百歩ぅ!?」


思わず大声を上げるコノハ。

普通の村での馬の預かり賃の何十倍も提示されたからだ。


「我が村は御覧の通り森の中に有りますので、馬に乗った旅人は殆ど訪れません。施設の維持の為に、どうしても割高になってしまうんです」


「理由が有るなら仕方ないだろう。まさか、一日五百でもあるまい」


クラマが擁護する様に言うと、門番の男が頷いた。


「今日を入れて十日間有効です。それ以降はエサ代を頂きますが」


「一日五十歩か…。それでも高いけど、馬を連れて村内を歩く訳には行かないからしょうがない」


渋々了承し、馬を降りるコノハ。

馬に乗って旅をする人は、預ける場所が有るのなら馬を預けなければならない。

強制ではないが、馬泥棒の不安も有るので、安全に馬から離れたければそれが一番なのだ。

村の子供が馬にイタズラをして蹴られたりする事故も予想されるので、村人との諍いを避ける為にも預けた方が良い。

カラスとクラマも馬を降り、鞍に括り付けていた大きな荷物を持つ。

そして賃金と共に馬を門番に預けた。

コノハは黒いなめし革で編まれた背負い鞄を背負っていて、一番に村に入る。


「くんくん。良い匂い。何の匂いかなぁ」


空腹のせいか、美味しそうな匂いに反応するコノハ。

腹がぐぅ~と鳴る。


「お?このトリガラダシの香りは、もしかしてラーメンか?久しぶりだなぁ。食おう食おう」


両手に荷物を持っているカラスがだらしなく口元を綻ばせた。

コノハも賛同して匂いの元を探そうとしたがクラマに止められた。


「待て待て。まずは宿だ。大荷物を持ったまま食い物屋に入る気か?」


クラマも両手に荷物を持っている。

飲食店は狭い事が多いので、場合によっては通路を塞いで大迷惑になる。

その上、長旅の垢がこびり付いていてちょっと臭う。


「しょうがないなぁ。じゃ、カラス。早速宿を探して頂戴!」


「りょーかい」


十代の少女に命令された優男は、足取り軽く近くの村人を捕まえて宿の場所を訊いた。

そして村で唯一の宿屋に入る三人。


「誰か居るか!」


クラマが大声を出すと、頭髪がちょっと寂しくなって来ている男性が奥から出て来た。


「いらっしゃいまし。どういった御用件で」


「数日ほど泊まりたいのだが」


宿に来たんだから宿泊に決まってるだろう、と心の中でつっこむコノハ。


「数日、ですか?」


番頭の瞳がコノハに向く。

顔を見た後、前髪を留めているブドウ型の髪飾りに視線が上がる。


「短期宿泊の旅人様、で宜しいでしょうか」


「うむ」


「でしたら、一部屋一泊六百歩です」


番頭が示した宿泊費に頬を引き攣らせるコノハ。

都会の宿でも、一泊百歩も有れば上等な部屋に泊まれる。


「えっと。この宿は物凄く素晴らしいサービスでもしてくれるんですか?だからこの値段とか?」


引き攣り笑顔の少女に首を横に振る番頭。


「いえ。この村は御覧の通り森の中に有りますので、滅多に…」


「あー、はいはい。それは村の入り口で聞きました。ちょっと待ってくださいね」


番頭の言葉を遮ったコノハは、男二人と円陣を組む。


「どうする?六百はさすがに無いよね?他の宿が有ったとしても、多分同じくらいの値段だよね?大金を取る理由が村の事情みたいだから」


「そうだなぁ。次の村までは、前の村からと同じくらいの距離が有る。旅費は節約したいねぇ」


地理に詳しいカラスが自身の細い顎を撫でる。


「持てるだけの保存食を買い込んだのに足りなかったからね。クラマはどう思う?」


ポニーテールの少女に意見を求められた筋骨隆々の大男は、少し考えてから応えた。


「コノハが良ければ、村外れで野宿するか。その場合は領主の許可が居るが」


「野宿に許可が居るの?」


「ああ。浮浪者が勝手に住み着いたら困るからな。村にとっては旅人も浮浪者も同じ他所者だ。排除対象になる」


筋肉男の言葉に頷くコノハ。


「じゃ、野宿しましょうか」


その決定に男二人も頷く。


「お邪魔しました。私達は別の所に泊まります」


美少女の慇懃無礼な笑顔を見て、番頭がバツの悪そうな顔をする。


「この村に他の宿はございませんよ?お嬢様の様な御方が野宿なさるのは少々危険かと」


その言葉を聞いて、やはり足元を見られていたんだなと思う一向。

コノハの髪飾りは宝石と貴金属で出来ているので、金持ちだと思われたのだろう。

こう言う事も有るので最初は外していたのだが、最近は敢えて着けている。

ここで足元を見る様な店は怪しい裏の顔を持っている事が多いから。

相手の視線や態度でトラブルを避けられるのだから、逆に着けていた方が安心なのだ。


「ご心配無く。危険に対処出来なかったら旅なんか出来ません。では」


宿から出ようとする一行を呼び止める番頭。


「分かりました。では、二部屋一泊五百歩に勉強させて頂きますので」


「半額でも御断りです」


きっぱりと言う美少女。

とうとう番頭は根負けする。


「私共としても、貴重なお客様を逃したくは有りません。物置で一泊五十歩。これで如何でしょうか?」


「ものおきぃ~?」


あからさまな不満顔をするコノハの前に出るカラス。


「布団は有るよね?」


「はい、勿論でございます」


頷いたカラスは、諦めた様な表情でコノハの肩に手を置いた。


「夜露が凌げて布団を借して貰える。それだけに五十歩は高いけど、野宿よりマシじゃないかな?」


「まぁそうだけど。じゃ、泊まる?クラマはどう思う?」


「五十歩なら旅に支障は出ないだろう」


クラマも賛成みたいなので、コノハは物置に宿泊する事に決めた。

財布を握っているクラマが番頭に代金を払う。


「ありがとうございます。では、こちらへ」


宿の裏手に案内され、狭い板間に通される一向。


「ごゆっくり」


この状況では皮肉にも取れる一言を残して去って行く番頭。

旅の疲れ以上の疲労感に襲われたコノハは、黒皮の背負い鞄を床に下した。


「溜息が出るわよ、全く」


「物置にしては物が無いな。埃も少ない」


クラマも両手に持っていた荷物を置く。

木箱が数個置いて有るだけのこの部屋は狭いが、三人が寝転べるスペースは十分に有る。


「俺達みたいに駄々をこねる客をしょっちゅう泊めてるんだろうさ。普通、六百歩なんか出せないからね」


荷物を置いたカラスは、無遠慮に木箱の蓋を開けた。

中身は陶器の椀と皿。

こんな所に置いて有る以上、大した価値は無さそうだ。


「取り敢えず、何か食べに行きましょうか。お腹が空き過ぎて考えるのが面倒になっちゃってるから」


「そうしよう」


「さんせー」


荷物から貴重品を抜いた一行は、英気を養おうと再び村の中へと歩み出した。

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