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だそくのに


 嫁には、ここは峡谷に隔たれているため外部との接触が出来ない、と、説明していたが、実のところそうではなかったりする。

 天高く伸びた竹林が邪魔をして多少面倒なのだが、空を行く鳥族や竜族が来ないわけではないし、年に一度くらいは一族のものだって顔を見せる。


 そして――


 離れの堂に運びこまれた荷をひとつずつ確認し、質も調べたのちに俺は兄者に向かって頷いた。それを待っていたように、商人が言葉を発する。


「頼まれていた品は以上で間違いございませんか」

「確かに」


 書類に印を押し、本日の取引はこれで終わり。

 外界を隔絶して生活している我らだが、こうしてときどき商人を呼び、物品のやり取りを交わしていた。

 商人は本来人材派遣のようなことをしているらしいのだが、うちは人手の代わりに商品を都合してもらっている。彼は根っからの守銭奴……もとい、商売人で、金になればそれで良いという立ち位置を貫いているため、取引の他は必要以上にこちらに関わろうとしない。

 なので兄者も俺もある意味安心して、ここへの直接の出入りを許しているのだ。

 荷を移動させようと持ち上げた後ろで、兄者と商人の世間話が続いていた。


「……しかし、今回はずいぶん毛色の違う品ばかりのお求めでしたね。花の香りの石鹸、白の絹、大熊猫どのが普段は召し上がらない食材の数々――どなたかお客人でも?」


 落人が来たことをうすうす感づいているだろうに、あえて遠回しに尋ねてこちらの反応を窺う商人。相変わらずなんというか、営業用の笑みが黒い野郎だ。白ウサギのくせに。

 だが、黒さならうちの兄者だって負けてはいないのだ! それに関しては嫁の保障付きだからな!


「ああ。客ではないがな。客人と言えば――そちらの落人、ユーナどのと仰ったか? いかがお過ごしだ。よろしければこちらにも遊びにいらして下さいと伝えてくれ」

「アレは客などではありませんので。遊ばせている暇など無いのですよ。お言葉だけ、有難く頂戴しておきます」


 兄者の、そっちがそうならこっちだって、という意図で持ち出された兎族にいる落人の娘の話題は、予想通り間髪入れずの拒否にあう。にこやかに交わされる言葉の間に漂う、ドス黒い空気。嫁がここにいれば、「陰険大合戦ッ!」と慄いて叫びそうだ。今頃他人の立ち入れられない中庭で、ちいさきものらと“ゴロンゴロン”している嫁を思い、遠い目になる。早く俺もゴロンゴロンしたい。


 嫁はちっちゃくて折れそうなほど手足も身体も細いのに、とても丈夫で元気だ。兄者と俺がいっぺんに可愛がっても壊れない。賑やかに怒鳴りつけて暴れる様子がまた可愛らしいのだ。身体は柔らかで甘い。つい肉食に戻りそうになる。

 今はまだ、兄者と俺、二人の嫁だということに戸惑っているようだが、そのうち落ち着くだろう。なんたって、二人分愛情注いでいるからな! 相乗効果で四倍なんだ!

 どうやら嫁は俺達二人に同等の思いを持っているようだし。これが、どちらか一方だけに偏るようなら、たぶんうまくはいかないんだ。今まで一族の女とはそれで長続きしなかった。

 兄者と俺は、二人で一人だから。

 別々のものだと認識しつつ、ひとつの存在だと理解している嫁は、本当に貴重なんだ。


 落ちてきたとき、見知らぬ場所で心細そうにしていた彼女のためには、他所の落人仲間と会わせてやった方がいいんだろう。だが、独占欲の強い俺たちは、たとえ同郷の者だとしても――いや、同郷だからこそ、会わせたくないと思っている。


 彼女の視界に映るのは、俺たちだけでいい。

 彼女が思いを返すのは、俺たちだけでいい。


 本当なら、(へや)の奥深く隠して、俺たちだけのものにしたいんだ――


 そんな昏迷した考えを読んだわけではなかろうが、商人が独り言のように呟いた。


「あまり縛り付けると逃げられますよ。彼女たちは、思いがけない行動をとるときが多々ありますから」

「……経験論か? 白兎の」


 悟ったような彼の忠告に、兄者は含みのある笑みを浮かべた。

 ――白兎は先日、保護していた落人に厳しくしすぎて家出されたらしい。彼なりの可愛がり方は娘には通じなかったようだ。

 おしゃべり雀が聞きもしないのに噂話を撒いていくので、それなりに情報は手に入っていたりする。

 兄者の揶揄に、刹那、営業用の仮面が剥がれ真顔になったが、流石と言うべきか。彼はすぐに見慣れた作り笑顔で、暇乞いを告げた。


「では、またのご利用をお待ちしております」


 一礼して、ジャラリと鍵を鳴らし、どこにも繋がっていないはずの扉を開ける。壁に一歩踏み出し――溶けるように姿を消した。

 あーあ、可哀想に。帰宅した商人の八つ当たりを、訳もわからず受けるだろう落人の娘に、憐憫を覚えた。ガンバレ。何ならうちで引き取ってやってもいい。嫁には出来ないが。


「珍しく口数が多かったな。……それとも、誰かに依頼を受けたか」

「嫁の情報を売るつもりか。 帰さねえ方が良かったか」


 眉をひそめた兄者の言葉に、すでに閉ざされた扉を睨んだ。


「いや、いずれ知られることだ。あちらの弱みもわかったし、しばらくは静観と行こう」


 嫁を奪おうとする輩が来るならば、蹴散らせばいい。謀は頭のいい兄者に任せて、俺は嫁を喜ばせることだけを考えよう。さしあたっては今夜の飯か。何がいいか聞いてみるか。新鮮な食材も入ったから、大抵の要求には応えられる。

 嫁、嫁~と呼び掛けながら堂を出る。兄者は石鹸のひとつを手にし、香りを調べていた。日常的に女が使う細々としたものも購入したから、きっと喜ぶ。


「これならそんなにキツクもないし、自然な香りだから、ちいさきものらも嫌わないだろう。セナも気に入ればいいが」

「ケショースイ! ホシツがああ! とか叫んでたからな。早く持って行ってやろうぜ兄者」


 むう、と照れ隠しにふくれた顔をして、だけど、最後ははにかんで微笑み、礼を言う嫁を想像して、兄者も俺も幸せな気分になる。


 落人が何故、何処からこの世界に来るのか、我らには解らないが。

 彼女に関してだけは、分かるような気がする。

 それはきっと、兄者と俺のためなんだ――――





( 兎の忠告という不吉な予言が的中するまで、あと少し。 )


「よめさまどこ~」

「かくれんぼなの~?」

「おひるね、してる~?」

「よめさま~」


 逃亡した瀬名をもたもたと探しているちいさきものらに愕然。

(前)に続く……。



※兎世界の方に特別(無断)出演して頂きました。

 こんなの○○さんじゃないわ! と思われましたら深月の筆力不足orz

 汐井様、失礼致しました!

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