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(後)


 ぼたり、と目の前の小山から丸っこい白黒毛玉が転がり落ちた。

 しばらくの間落ちた姿勢で停止。のち、また懲りずにのたのたと山に登ろうとする子パンダの姿に、私は頭を抱えて身悶える。


 いやああああああっ!

 なにこれなにこのかわゆいイキモノ!!

 たまらんっ、どんくささがまたたまらんっ、下の子たちも、どうしてそんな小山になってるの! 重くないのっ、やめてひとかたまりになるのはああああっ!!

 さっき落ちた子がようやくパンダ小山のてっぺん辺りに辿り着いた。と、また違う子がぼとりと落ち。以下、エンドレス。

 うあああああ私を悶え殺す気かッッ!!


 包帯でグルグル巻きにされた右足を庇い、転がりつつ、ジタバタ暴れるという器用なことをしていた私は、背後から近づく危険に気づかなかった。


「……それくらい私共のことも熱心に見つめてほしいものですね」

「妬けるなぁ」

「ぎゃっ!!」


 庭で遊ぶ子パンダたちがよく見えるように、表に面した廊下に寝っ転がっていた私に覆い被さる兄弟。両側から挟み込まれて身動きができなくなった。


「ふふ、ちいさきものらは可愛らしいでしょう? 今でもあのように我らの何分の一ほどの大きさですが、」

「生まれたばっかりのときはこんななんだぜ~」


 こんな、と言いながら弟のほうが両手で掬うような形をつくる。

 そ、それは手のひらサイズ……!


「まだ毛も生えてなくてな、桃色の地肌が見えてるんだよ」

「徐々に白と黒の毛皮になるんですが」

「目もろくに見えないのにさ、よたよた動こうとするのが、」

「また可愛らしいんですよ。――ご覧になりたくは、ないですか?」


 なりたい! なりたいとも!

 兄弟から交互に語られるちいさきもの、つまり子パンダの様子に私はヨダレを垂らさんばかりだ。

 手のひらサイズの子パンダ! おっきくなったらこいつらのようにふてぶてしくなるのだ、可愛いうちをじっくり堪能したい!!


「ふふふ。私も早くこの手に抱きたいものです」

「兄者に似ても俺に似ても男前だろうし、嫁に似てたら、もう外界になんか出したくなくなるだろうなー!」


 ………はっ……?

 マボロシの子パンダを抱っこしているつもりになっていたら、いつの間にか自分が兄に抱っこされていた。横座りに投げ出された足を、弟が撫でてくる。怪我を心配するようなものではなく、ねちっこい意図をもって――罠! 罠かっ!!

 まだ昼間ですよ!

 そこに子パンダたちがいるのですよ! やめんかっ、この色情パンダども!

 私と双子の間で密かに展開される、めくるめく年齢制限への攻防。

 誰かたーすーけーろおおおぉー! という私の叫びを聞き届けたのかどうか、


「よめさま~、これあげる~」

「よめさま~」


 ワサワサと音を立てながら、竹を持った子パンダたちがやってくる。

 舌っ足らずに、よめさまよめさまと私を呼ぶ子らに、嫁じゃなーい! と反論したいけど、できない。かわゆすぎて……!

 彼らの長である双子が、私を嫁、嫁と呼ぶものだから、みんな真似するのよ。

「嫁じゃないのよー?」と教え諭しても、「うん、セナっておなまえだよね、よめさま~!」純真そのものの瞳で言われました。

 ……………。

 もうちょっとこの子たちの分別がついたら、キッチリ訂正しよう。


「おけが、したでしょう~? たくさんたべて、なおしてね~」

「いっぱいね~」

「あらー、いいの? みんなのご馳走分けてもらってもー」

「いいの~」

「よめさまだから~」


 のたのたとやってきては、私の前に彼らの主食である竹を置いていく。山盛りになった竹を前に幸せな笑みを浮かべつつ、礼を言う私。子パンダたちはみぃみぃと猫に似た笑い声を立てて、コロコロ転がるように移動し、また小山になった。

 くそう、足さえ動けばあの小山にダイブして一緒にゴロンゴロンしてやるのに……!

 ありがとうありがとう、すごく嬉しいの、でもね、よめさま、

 竹は食べられないんだ……!!

 どうしようこれ。


「中に穀物を積めて蒸し焼きにしましょうか」

「ちょうど嫁のために物資が届いたからな。ご馳走作ってやるぜ」


 子どもたちの監督者として、真っ昼間から不埒な行為に走るのは諦めたらしい。双子は私に送られた竹を持ち上げて、そう提案してくれる。

 クッションや敷物に私を埋もれさせて、足の包帯を巻き直す。至れり尽くせり、というか。

 こういうところはなんの不満もないのよ。

 パンダだけど美形だし。

 パンダだけどいい男だし。

 パンダだけど気は利くし。

 パンダだけど――パンダのときはもふもふしがいがあって、ちっちゃい子たちと戯れるのとはまた違う萌えがある。どーんとぶつかっても大丈夫な安定感とか。

 ――ただ。


「嫁には体力つけてもらわねーとな!」

「ふふ。嫁御に似合いそうな綺麗な着物も用意したんですよ。あとで着て見せてくださいね」


 頭をクシャクシャして、スルリと顎を撫でていく指先が、別の意味を持っていなければ。


「嫁言うな!」


 もう何回目かになる否定を繰り返す。

 しかも、なんで二人いっぺんの嫁なんだ……!

 人の話をちっとも聞かず、仲良く台所へ向かう二人を睨んでいると、「よめさま~」と庭から子パンダたちが短い手足を振ってくる。そのかわゆさにヘラリと笑って手を振り返し――




 前略、父上様、母上様。

 このまま双子パンダと子パンダたちに囲まれ生活するうちに、なし崩しにほだされてしまいそうな自分がいて、少し怖い瀬名なのです……。





ほだされちゃえ。

あともう少々オマケがあります~。



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