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(中)


 白のニットワンピース、黒いレギンスというモノクロファッションが悪かったのか。

 今になってそう思う。


 友人たちと、飲みに行った帰り道、見事な満月に見惚れて――階段を踏み外した私は、何故かぱっくり開いていた穴に転がり落ちた。

 まったく、どうしてあんなところに穴があったんだか。責任者出てこい。

 穴の中、悲鳴を上げるタイミングを逃してぽかーんと口を開けたまま落ちていると。

 ふっと視界が切り替わるように暗闇が途切れ、ボフンと弾力のあるマットレスにも似た感触が私を受け止めたのだった。


「――――ふぎゃっ!!」


 グシャッとかゴツンとか、予想していた音ではなかったことを不思議に思った。

 存在を激しく主張する心臓と、ひきつった自分の呼吸音に、生きていることを実感して、おそるおそる顔を上げる。

 そうして目に飛び込んできたのは――白黒の毛皮。

 野っ原に重なるように寝そべっていた、二体のパンダのお腹の上に、どうやら私は落下した模様。

 え、パンダ? 何故パンダ? ヌイグルミが何故、っていうかでかいヌイグルミだなあ。長い間落ちてたわりに、衝撃少なかったけど、これがダメージ吸収してくれたのかしら。

 受け止めてくれたもふもふを撫でていると、もがくようにそれが動いた。


「くすぐったいです」


 はッ、喋った……! 着ぐるみ、着ぐるみだったのね!? どうしよう、思いきり下敷きにしちゃったよ!


「ごっ、ごめんなさい、大丈夫ですか、落下速度と距離と時間を計算すると、内蔵破裂いやああああっ?!!」


 中身が潰れてないか確かめるように、手のひらをぶつかった辺りに這わせた。……なんで温かいのかしら。


「積極的なんですね」


 中の人声いいなー。

 色男声だ。着ぐるみっててこんなだと、直に耳にしたらさぞかし……、


「お前に怪我はないのか」


 同じ声が違う口調で頭の後ろから聞こえて、首を捻る。

 お腹に私の下半身を乗っけたまま、もう一体のパンダさんが上体を起こしていた。

 ――その時点で、なんか変だな、とは思っていた。

 中に人が入っているにしては、なんと言うか、こう、バランスが。ぐにゃぐにゃと柔らか固くて。月明かりの下じゃよくわからないんだけど、キラリと光った瞳は作り物のようには見えなくて。

 起き上がる、毛皮の内の筋肉が波打つのが感じ取れて――にい、と笑ったお口から覗く歯が――あれ、そこは中の人が見えるはずでは? もしくは開かないはずでは。


「ふふ、ものの話には聞いていましたが。落人とはなんと可愛らしい」

「それになんかいい匂いするぞ」


 いえ、それはさっきまで飲んでいた果実酒の匂いだと。

 遠慮なく人の首筋をふんふん嗅いでくる、一匹の鼻面を押し退けようとして、温かい息に触れた。

 そこでようやく、ようやく、なんだかとってもおかしい状況にあることを、私は認めたわけですよ。


「あー……あのぅ、ええと……ココハドコデスカ」


 でもって、あなた方は何だ。

 同じしぐさでパンダたちは顔を見合わせた。

 頭上には丸い月。サワサワと葉擦れを起こす竹林。ぽっかり空いた草原に、私とパンダとパンダ。

 私が落ちたはずの階段も、ご近所の街路も全く見当たらない。

というか、どこから落ちてきたワケ、私。

 頭の中は疑問符で一杯、胸に満ちる不安が、白黒の毛皮を撫でる手を震わせた。

 その怯えを感じたのか、丁寧な口調の方のパンダが私を包むように抱きしめる。

 幼子を宥めるような抱擁に、気恥ずかしさを覚えつつ、背中を叩かれて次第に落ち着いた。「兄者ずるい~」とぼやいた声も、頭を撫でてくれて。

 この二人――この二パンダ? ――は、兄弟らしい。

 自分より少し大きな温かいイキモノに挟まれて、恐怖を覚えても良さそうなものだったけれど、私は逆に安堵していた。

 もう大丈夫、と両パンダを見上げて頷くと、彼らは微笑んだようだった。


「俺はテイ」

「私はケイ」

「佐々原、瀬名です」


 月夜にパンダと自己紹介だなんて、愉快すぎる。

 まだ酔いが残っていたのかもしれない。その異常さに戸惑いもせず、私は笑顔を向けた。

 確かめるように私の名前を繰り返していた二人は、ふるり、と身を震わせる。淡い光が目前に溢れて――瞬きのあと、近くで見るには健康に悪いほどの、美貌がそこにあった。動悸とか息切れめまい的な。

 ……え? あれ? パンダさんたちは?

 キョロキョロしても、もふもふパンダさんは見当たらず、腰が引けそうになる美青年が二人――私の手をそれぞれ取って、口付けを落とす。


「――ようこそ、我が地へ」

「我らが花嫁どの――」


 …………ナンデスカソレ。




 落人、と言うそうだ。ある日異世界からこちらへ落ちてくる者のことを。

 ここは獣人が支配する世界。獣から人の姿に変わる種族の生きる世界なのだ。

 私が落ちたこの辺りは、大熊猫の地。彼らは個人主義で、家族で固まったり群れを作ったりはしないそう。だから、国という形態を持たず、ただ自分たちを『大熊猫の一族』と称している。

 しかも、全体的に個数も少なく――他者との交流も極端にないため、幻の種族とも言われているらしい。

 私を捕獲、いえ、保護した双子パンダ兄弟は一族の長で、唯一住居を定め、まだ一人立ち出来ない一族の子らの面倒を見ていた。

 ようするに、託児所?

 連れて帰られた屋敷で、一ヵ所に固まるようにして寝ている子パンダを見たときは、あまりの可愛さに狂喜したのは私です。

 異世界だとか、動物が人に変わるとか、もとの世界に帰れないとか、諸々の不安ごとを忘れられたのはよかったんだか悪かったんだか。


 今更だけど、落人は大抵の場合、上位種と呼ばれるこちらの権力者に保護され、生活して行く術を会得するそうなのだ。

 だから、私もちっちゃい子のお世話をして、それを仕事にするのが妥当ですよね?


 ――何故、落下当初から『嫁』認定されていたのですか。


 こっちは何にもわからないものだから、落人イコール嫁、そういうものかと思って、うっかり流されてしまったじゃないか!


 他に職業選択の自由があるなら最初に言っとけえええ!!





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