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 拝啓、地球世界日本国の我が父上様、母上様。

 突然、姿を消した親不孝をお許し下さい。

 やむにやまれぬ事情によるものと、お二人ともご理解して下さると信じております。

 たやすく連絡も出来ない場所におります故、こうして届くとも解らぬ脳内電波を飛ばしておりますが、大丈夫、瀬名は元気です。

 ええ、元気ですとも。


 こうなって改めて思いました。

 人間、丈夫が一番だと。

 幼稚園から大学、社会人になっても皆勤賞だった私。健康かつ丈夫に産んで下さった母上様には感謝の言葉もございません。

 でなければ、一日目でとうに私は儚くなっていたでしょう。

 ええ、ええ、私がこちらへ来て数週間。皆勤賞? ナニソレオイシイノ? なんてことになっているのは重々承知しております。

 ああ無断欠勤。

 あああ冬のボーナスが。雀の涙程度でも、温泉に一泊二日くらいは出来たのに……!

 かえすがえすも口惜しい。

 何故、私はあのときあの道を通ってしまったんでしょう……。

満月キレイ、なんて上を見上げながら歩いた、ホロ酔い気分の自分を罵ってやりたい。

 通り慣れた道で階段を踏み外すなんて間抜けなことをした自分を、膝詰め談判して反省させたい。

 起きたことは起きたこと、過去は変えられないと割り切るには、いささか現状があんまりだと思うのです。



 ……ごめんなさい、こんなことを言えば父上様も母上様もご心配なされますよね。

 大丈夫、大丈夫です、瀬名は強い子。

 たとえ竹林に覆われた山岳地帯に軟禁の憂き目に遭おうが、見かけはのんびりだらだらなイキモノに囲まれこちらまで怠惰な生き物になりそうであろうが、二匹のケダモノに絡まれようが、挫けずいつか帰れる日まで、頑張って生き抜いて見せます!


 どうか父上母上様も、再び私と(まみ)える日まで、御健勝であられて下さいませ。


 娘 瀬名より






「ぎゃっっ!!」


 竹藪に身を隠し、草を掻き分け先を急いでいた私は、パンプスの靴底が落葉を踏んで滑るのを感じて声を上げた。

 なにしろ目の前はゴツゴツした石が頭を出している急斜面。

 転ぶだけならまだしも、転がり落ちた結果、スプラッタは間違いない。

 バランスを取るために振り回した腕で、咄嗟に天高く伸びたぶっとい竹にしがみついた。

 反動でワサワサ揺れる頭の上の葉に、ヤバイと頭が警鐘を鳴らす。

 ホッと一息ついている場合ではない。今ので居場所を気づかれる、てか絶対気づかれた。――早く――、


「嫁ぇ!」

「いやあああああああっ!?」


 聞き慣れてしまった声に背中を叩かれ飛び上がる。

 視線を上方に向けると、白黒のもったりしたイキモノが、短い四肢を駆使し、ものすごいスピードでこちらへ向かってきていた。

 普段はゴロゴロしてるだけのくせにどうしてこういうときは俊敏なのッ!

 ザッシザッシと土塊を蹴る音に、私の心臓が動きを速める。

 もうスプラッタも構うものか。転がり落ちれば手っ取り早く麓につくだろう。

 いささかヤケクソ気味な思考になりつつ、しがみついていた竹から手を離し、私は再び逃走を開始した。


「嫁! そんなひょろっこい手足で危ねえぞっ」

「嫁じゃないッ! 危ないのはアンタたちだ!」


 言い返す暇があるなら逃げろ私。わかってるけど言い返さずにはいられないのよ!

 どんどん縮まる距離に、焦りまくる私。当然ながら、足元なんて確認する余裕もなく。


「あうっ」


 何かの根を踏んだ足首がグキン、と妙な音を立てた。

 痛、と思う間もなく身体は宙に浮き――切り立った崖が下方に、流されたらただではすまなさそうな川が見えて――その浮遊感に、こちらへ来たときのことがまざまざと思い出される。

 そう、あのときも確かこんな風に落ちて、一歩先に突然口を開けていた穴に投げ出されたのだ。

 スローモーションで、空が遠くなって、携帯につけていたストラップが千切れ飛んで空に浮かんだのを、覚えてる。

 これが走馬灯かー、と状況にそぐわない間抜けなコメントが頭を過った。

 身投げ一直線な私は、ぎゅっと目を閉じて衝撃に備えた。


 が。


 ぼふん、と固柔らかいものが私を包み込む。これもまた、覚えのある感触。


「……懲りない人ですねぇ。そんなに落下するのがお好きですか」


 ひっ、と喉がひきつる。

 おそるおそる顔を上げると、私をスプラッタから救った毛皮――白と黒の、遠目で観察するだけなら珍妙で可愛らしいはずのイキモノが、実は近くで見れば獰猛なのよ、な雑食系の歯並びを見せてニヒルに笑っていた。

 そう、丸々した見かけと、のんびりした動作でみんな誤解してると思うんだけど、こいつらは草食ではないのだ。雑食。あれば肉だって食べます。どんなに見かけが間抜けで可愛らしくても――クマだもん。

 いわゆる、シロクロクマ。ジャイアントパンダ。大熊猫。

 動物園の人気者、パンダさんです。

 タレ目を装う目の回りの黒斑に誤魔化されているが、実は目付き鋭いの。間近だと怖いんだって!

 慌てて身を離そうとするも、ガッチリと腕を掴まれ身動きもままならない。


「兄者、嫁、大丈夫か~」


 そうしているうちに、ザシザシと枯れ葉や土を踏みしめてもう一匹がノンキにやってくる。

 嫁じゃないっつうの、という文句も出てこないくらい、私は疲労感に襲われていた。どうやら捻ったらしい足首も、熱を持って痛い。

 くっそ、また逃げられなかった……。


「テイよ、嫁御は怯えやすい。あのような追い方をすれば追い詰められるのも当然だろう」

「でも、ケイが先に回り込んでたし~」


 もたもたと太短い手を振り、兄の注意に弟は言い訳をする。

 その頭をペチリと同じく太短い手で打って叱り、兄は腕の中の私を抱え直した。

 ああ。見ているだけならほのぼのと身悶えする光景なのに。

リラックスしたクマにその人気の座をすっかり取って替わられたけど、たれたヤツも大好きだったもの。

 なのに。

 ひっそり吐いた溜め息を聞き咎められたらしい。

 全く見分けのつかない――嘘。大変遺憾なことに、見分けはつく。兄の方の毛並みがサラサラ真っ直ぐなのに対して、弟は少しフワフワしててくせ毛気味なのだ――二対の目が、申し合わせたように私を見た。

 ふるりと私を抱えていたイキモノが身震いする。

 フンワリしていた毛皮の感触が、滑らかな衣服とガッシリした腕に変わり、サラリと長い黒髪が胸元に落ちてくる。

 もったりした動物から、人間の姿になった青年は、切れ長の黒い瞳を笑ませて、私に囁きかけた。


「セナ。いけないひとですね。この山を下りるには険しい渓谷を渡らねばならないのですよ。貴女のこの頼りなく柔い手足では、無理だと何度も申しておりますのに」


 本性を知らねばウットリするような美貌に気遣わしげな色を乗せ、握りこぶしを作っていた私の手を取り、宥めるように口付けてくる。


「全くだ。ああ、足挫いちまったんだな。こんな靴で走るからだぜ?」


 反対側から全く同じ顔ながらも、野性的な雰囲気を漂わせた男が私の宙に浮いた足に触れた。

 腫れた足首から生じる痛みに眉をしかめた隙に、パンプスを脱がされ――ポイと手の届かない遠くまで投げられる。


「ああああっ!?」


 もう片方も。

 ちょ、靴! 私の靴!


「ふふ、しばらくは履き物など必要ないでしょう? 移動はこうやって、我々が抱いて行って差し上げますから」

「あんな色気のないのより、もっと嫁に似合うヤツ用意してやるからさ」


 両側からの勝手な発言に、私は身を震わせた。


「嫁じゃない! 靴返せ離せこの拉致監禁犯ども―――!!!」


 兄に肘鉄をかまし、弟に無事な方の足で膝蹴りを放つ。が、あっさり受け止められて、肩に荷物のように担がれた。


「離せ―――!!」

「まだまだ元気ですね」

「あれだけ昨夜可愛がったのにな?」

「全然足りなかったということですか」

「丈夫な嫁でよかったな、兄者」

「私にもお前にもぴったりな花嫁などおらぬと思っていたが」

「いいもの落ちてきたなー」


 下ろせ離せとじたばたしていた私が、不安定な姿勢で暴れ疲れてグッタリしても、兄弟のどこまでも自分達勝手な会話は続く。

 再び遠ざかる下界に繋がる道を見つめつつ、私は呟いた。

何でこうなった、と。




 追伸、父上様、母上様。

 性格のキツさとガサツさが災いして、彼氏いない歴イコール年齢だった私。

 何故か現在、動物が人に変わる世界で、俺様双子パンダの激しい求愛を受けております。

 どっちの子どもか分からない、ラブリー仔パンダを産む前に、何としてでも日本に帰り着きたいと思います……!




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