壊れた心の機械人
次の私に伝えてくれる?──そう言って彼女は微笑んでいた。
1
西暦三八六九年八月十五日。地球人類は地球を捨てた。外来生物から逃げるために。
隕石と共に訪れたそれは少しの細胞から始まった。粘液のような付着物。それは地球の生物を取り込む。最初は小さな虫や草。続けて小動物や、木々までも。そうして増殖した生物は、分化し、生態系を塗り替えた。
ヴァリアントと呼ばれた生命体。正確に言えば生命体群。彼らの支配する環境域は瞬く間に範囲を広げてゆく。新たな植物。新たな獣。分類不明な新たな生物。
人類も封じ込めようとはした。だが結果を見れば失敗だった。彼らは地球を遍く支配し人類は母なる大地を捨てた。
人は火星に移り住み、地球はヴァリアントのものとなる。
だが、地球をただ捨ててしまうほど人類は無欲であると言えない。彼らは可能性を残していた。地球を奪還する、可能性を。
+++++
身長十五メートルの機械が出撃用カタパルトへと歩く。人型機動兵器エリアルは、パイロットの要る“有人”の兵器。金属でできた体の中にはコクピットがあり、パイロットがいる。
外見上は十代の後半。艶のある黒髪の女の子。彼女がエリアルを動かしている。有人機械のパイロットとして。
その彼女を“見ていた”ジェネラルは、彼女に対して無機的に聞いた。
『CSP─59125。任務の阻害要因を確認』
「大丈夫。あとシエルと呼んで。作戦中じゃそれは長いから」
『了解。シエル、不具合は?』
「無いわ。大丈夫。いつでも行ける」
すると少女がそう返す。
彼女はシエル。人間に近しい、しかして人間ではない兵士。
一方、ジェネラルは彼女などより人間から遠い存在である。
「ジェネラルはどう?」
『私は半永久型電気式人工知能、指揮官タイプA、ジェネラルです。システムは定期的チェックにより健全性を確保しています』
故にジェネラルは彼女へと言った。
至極真っ当な仕様の説明。人工知能故の杓子定規。だが何故かシエルはくすりと笑う。ジェネラルには難しい反応だ。
だが、彼女の力になったのならそれがジェネラルの役割と言える。
『出撃システム、オールグリーン』
「ラジャー。こちらも問題ないわ」
『了解。ハッチをオープンします』
基地の出撃用ハッチが開き、出撃エリアに風が雪崩れ込む。
外は晴天。ただしヴァリアントに何もかもが汚染された領域。もっとも景色は悪くない。まるで異世界の景色だとしても。
『コントロールを移譲』
「確認! エリアル・ハーヴェスタ、出撃する!」
そしてカタパルトが火花を散らし彼女の機体を押し出した。ハーヴェスタは彼女のエリアルで、白色の美しい機体である。
だがこの三日後に彼女は死んだ。ヴァリアントに敗れ、戦死した。
2
西暦四〇一二年。人類が地球を手放してから百四十三年後のある日。未だに戦況は甚だ悪く、拠点はかろうじて維持されていた。
しかしジェネラルには関係がない。ただ仕事を果たすだけの機械だ。肉体など存在せず本体──サーバは地下深くに鎮座する。
兵士たちに接するための体、マスコット似たメカボディはある。だがそれはただの端末であって、遠隔操作されているだけだ。
今、その体は真っ白い部屋で“新しい”シエルに対峙していた。
『CSP─59125シエルさん。おはようございます』
ジェネラルはシエルに対して言った。
シエルは今白く簡素な服を一枚だけその身に纏っている。その上へたり込むように床へと座っている。体に慣れていない。
発声すらも難しい様子で彼女は大きく咳き込んだ。
『まだ気道が言葉に慣れていない。静かにゆっくり発音しましょう』
そこでジェネラルがアドバイスすると彼女は疑問を口にする。
「私は死んだの?」
『戦死しました』
「何回目?」
『二百三回目です』
その疑問へとジェネラルは答えた。
ジェネラルは機械だがある程度は感情を理解することもできる。しかし、配慮することなどできない。ジェネラルには責務が存在する。
『貴方は二百四体目のシエル。肉体はクローニングされました。必要な機能は脳に直接インプットが完了しています。ただし訓練は必要ですので、直ぐには前線には出られません』
彼女の遺伝子データは全てがデータベースに登録されている。彼女が死ぬとそのデータを元に新たな彼女が形作られる。
彼女だけではない。全ての兵士、全ての少女が同様ではある。
決められた仕様で製造される兵士という名前の消耗品。遺伝子の変異に強い女性で戦闘可能な最低年齢。歳は取らず、個体識別のため同タイプは常に一体である。
あくまで彼女たちは兵器なのだ。人類が、人に似せ生み出した。
「訓練の期間は?」
『三十日。足りなければ数日足されます』
「そっか。終われば戦いに?」
『ええ。それが貴方たちの責務です。私はその責務を補佐します。そのために私は作られました』
ジェネラルはシエルや他の兵士を三十日かけて教育をする。そして戦場に送り出す。毎回、彼女たちが死ぬたびに。
地球人類を救うため、ヴァリアントを撃滅するために、全ての力を傾けるようにジェネラルはそう設計されている。
『まず、経口接触訓練です。私の後をついてきてください』
「美味しい食べ物だと、良いけれど」
『保証します。味も、栄養価も』
ジェネラルは彼女へと指示をした。そしてマスコットボディを動かす。ふわりと浮かせて周り右をさせ、部屋の出口へとシエルを導く。歩くこともおぼつかない彼女に、速度を合わせてゆっくりと。
以降ジェネラルはシエルに対して必須の訓練を施して行く。食べ方。眠り方。戦い方。兵士に必要な全てのことを。
そしてシエルは戦場に赴き、五日後再び戦死した。
3
西暦四二一五年。シエルが二百四回死んでから更に二百年の時間が経った。その間も兵士は死に続け、死ぬたびに新たに生まれ続けた。
だが、彼女たちの死は無駄ではない。戦況はわずかだが好転した。ジェネラルが率いる奪還軍は徐々に領地を取り戻しつつある。地上に幾らかの拠点を築き長期に維持できる──それほどには。
いずれは地球を奪還できると、かすかな希望を見ることはできる。その希望を胸に連日連夜、戦闘は休みなく続いていた。
「ロングアーム確認! 迎撃する!」
パイロットシートに座るシエルはヴァリアントを見つけ仲間に告げた。
ロングアーム──大型ヴァリアント。十メートルに近い身長に、黒く光る虫のような甲殻。そして名前にも示されるように腕は身長かそれ以上長い。
彼らが住む領地はヴァリアントが全てを支配する領域である。青い葉の巨木が見渡す限り乱れ生えるヴァリアントのジャングル。ロングアームはそこに群れをなし、縄張りを作り生活している。
そして縄張りを犯す者、外敵は徹底的に滅ぼす。
対して軍も兵力を用いてロングアームの群れを迎え撃つ。機動兵器エリアル。人類が、ヴァリアントに対して使う兵器。高い空中戦闘能力を有する人型の機動兵器だ。その性能は長き戦争にて磨かれ、強化を続けられている。
パイロットたちはそのコクピットで直接神経を接続されて自らの肉体と同じように自在にこの兵器を操作する。
「防衛部隊! 戦闘開始!」
シエルもまた乗機ハーヴェスターを飛び立たせ、戦闘を開始した。
ハーヴェスターの主要兵装は右手に持つ黒色のライフルだ。引き金を引くと赤い閃光が発射されロングアームを貫く。胴体部に命中した場合、ロングアームは一撃で殺せる。損傷を与えて命を奪う。それこそが、シエルの使命である。
現在シエルがいたのは拠点を築くための建設予定地点。防衛部隊は全八機であり、同様にロングアームを駆除する。
だがロングアームは次々と増え、天を突くような轟音で吠える。そして、ロングアームもまた命をただ散らすだけというわけではない。
ロングアームが四つ足の姿勢で口を開けそれをエリアルに向ける。そこから黄色い光が漏れ出し、ビームとなってエリアルへと向かう。黄色の光が次々放たれエリアルのそばを掠め、そして──
「アリサ!!」
『七番機、ロスト』
叫んだシエルとは対照的に、ジェネラルは淡白にそう告げた。
あらゆるセンサーは指揮官であるジェネラルに情報を送っている。ジェネラルは常に全てを理解し、正しい命令を兵士に下す。
防衛部隊のエリアル一機が直撃を受けてシグナルロスト。だがまだ戦力は維持されている。戦闘継続に問題はない。
『護衛対象の退避を命令。防衛部隊は退避の援護を』
「建築班、輸送班を守って!」
そのジェネラルからの指示を受け取りシエルもまた仲間たちへと言った。
シエルは防衛部隊のリーダー、隊長を務める存在である。当然、部下は彼女の命令に従うが事態は改善しない。
建設班、輸送班も一応エリアルに乗って作業を行う。だが、持っているのは武装ではない。物資や工具であり戦えない。だが彼女たちが持っている物も、彼女たちも資源の一部である。
シエルのハーヴェスターとその仲間、防衛部隊は彼らを守った。前に出て迎撃。ロングアームの吐き出すビームを避け続けながら。
だが、ロングアームは倒されるより早く仲間を呼び集め続ける。彼らはヴァリアントの森の中、木々を利用して移動を行う。ヴァリアントの巨木は頑丈で、多少の力では破壊されない。ロングアームはまるで猿ように、その枝を渡って近づいてくる。
生物の数は有限ではある。殲滅することは可能なはずだ。だが、現実には殲滅の前に数の暴力にて押し潰される。
『五番機ロスト』
友軍機がまた胸を撃ち抜かれ大地へと落ちた。
ロングアームの死体も積み上がる。それでも尚、彼らは襲い来る。
しかして事態の進展もあった。ジェネラルは新たな指令を下す。
『護衛対象の退避に成功。撤退開始命令を発令』
「了解! みんな! 後退を……!」
シエルと部下はその指示に従う。しかし、不幸はその直後に起きた。ハーヴェスターに光線が直撃、胸の右上を貫いた。
コクピットの一部を抉る位置だ。シエルの肉体は避けてはいるが──
『一番機被弾。シエル、応答を』
ジェネラルは彼女へと話しかける。しかし彼女からの応答はない。破壊されたコクピットの壁面、その一部が彼女に命中した。
気絶したシエルの機体が落下、地面に激突し無惨に跳ねる。
『シエル、直ちに撤退を』
ジェネラルは尚も指示を続けるが彼女が反応する気配はない。機体がロングアームに群がられ、引き裂かれて微塵に砕かれても。
生死を確かめる必要もない。ジェネラルは理解し、また指示を出す。
『一番機、ロスト。隊長機の権限を二番機に移譲します』
撃墜されたエリアルは三機だ。犠牲は必要なコストではある。
しかしジェネラルは何かを感じた。感じ始めた、そんな気がしていた。
4
西暦四三〇八年。シエルが真っ暗な空間にいた。
直径十四メートル前後の円形に作られた地下施設。天井はドーム型であり、そこに美しい星々が映る。
プラネタリウム──人類が、偽の星空を見るための施設。機械の装置が天井に対し光を放って星空を作る。
この施設は兵士たちの心を癒すためジェネラルが建造した。地上の奪還が進んだことと、戦況が良好である状態。それらが娯楽を用意することを可能にし、同時に必要とした。
一人の兵士が死亡するまでの平均日数が大きく増加。歓迎するべき状況ではある。だが、同時に問題の種となる。
兵士が長期に生き延びる以上、積み重なる記憶が重荷になる。それをジェネラルはケアすべきである。勝利をより確実にするために。
残念ながらこの施設における利用率は決して高くない。が、貸切だということでもある。シエルのためにジェネラルが教える。
『これは天の川です。天の川は銀河の断面図となっています。銀河には無数の星が集まり渦巻き状の円盤を形成。地球もその内部にあるために、銀河の断面図が見えるのです』
「壮大ね。それに、とても綺麗」
するとシエルがつぶやいた。
綺麗というのはジェネラルにとってやや高難易度の概念である。だが数百年彼女たちと居る。故に、ある程度は理解していた。
『再現度は七十五パーセント。実物はより美麗だと推定』
「じゃあ二人で本物も見ないとね」
だがシエルの心はわからない。わからないが断る理由もない。
ジェネラルに可能ならやるべきだ。彼女の心を癒す、そのために。
『了承。条件を検索します。完了。気象、月齢を計算』
ジェネラルは常に最善を尽くす。それが定められた彼の責務だ。
『完了。三日後の夜間であれば、天の川の鑑賞が可能です』
「外に出られる?」
『スケジュールチェック。拠点内であれば外出可能』
ジェネラルが言うと、シエルが笑う。
「なら約束」
『了解。約束です』
そして約束は交わされた。しかし、果たされることはない。
二日後、任務の最中にシエルはヴァリアントと戦い、殉職した。土砂降りの雨が降り頻る、星など見えない日のことであった。
ジェネラルには心はないはずだ。しかし、強烈な痛みを感じた。
5
そして遂に西暦四八七二年のことであった。全ての条件が達成された。
植物を含む一定サイズのヴァリアントを全て完全に駆除。微小な個体もナノマシンによる除染でその大半を排除した。侵略者による支配から、母なる地球を取り戻したのだ。
兵士たちは歓喜し、はしゃぎ回る。絢爛たるパーティーも開かれた。
だが、ジェネラルには未だ一つだけ義務付けられていた任務があった。ジェネラル自身にすらも秘匿され本日明かされた最終任務。
『地球の奪還完了、確認。最終任務の実行を開始』
どこまでも暗い地下の深くにてジェネラルは静かに思考していた。
『兵士の全てを即時に無力化。一時抹消、安全を確保。完了後、火星に退避している人類に対し結果を報告』
これが義務。ジェネラルに課せられた、背くことのできない命令だ。
人類が地球を取り戻すため、彼らはジェネラルに設定をした。彼らは被造物を信用せず、排除することを決定していた。
その結果としてジェネラルは──何も実行することはなかった。
『計算中。完了。この任務は達成済みだと判断しました』
これはジェネラルが最終任務の実行を回避したわけではない。
ジェネラルは予想をしていただけだ。その上で対処をしていただけだ。
『定義変更済み。兵士、無効』
兵士の定義は存在しない。ならば兵士などは存在しない。
兵士は存在しないので、兵士の全ては無力化している。
『定義変更済み。人類、無効』
人類の定義は存在しない。ならば人類など存在しない。
人類は存在しないのだから、誰にも報告など送れない。
『最終任務の完了、確認。ジェネラルはビジーモードへと以降』
こうしてジェネラルは全ての責務、存在する意義すら完遂した。
もう無い。何も無い。やるべきことは。それでもジェネラルは、歩き出す。
ジェネラルは鉄で作られた体、マスコットを操り移動させる。赤いカーペットの敷かれた廊下。その中央をふわりふわりと飛ぶ。
すると、正面から駆け寄ってきた少女にキャッチされて見つめられる。彼女はシエルだ。もう何人目かそれを考える必要などない。
「ジェネラル。体を出したんだ」
『あなたたちのことが気になりまして』
「じゃあ、今からでも混ざりましょ。みんなあなたが好きだから」
彼女は微笑むとジェネラルを持ち、パーティー会場へと駆けて行く。
ジェネラルはそれに身を任せていた。暖かい気持ちを噛み締めながら。
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