第八葉:雨の街道、神の遺産と不在の理
鉱山街を外れ、隣町へと続く泥濘の街道。霧雨が、二人のフードを静かに濡らしていた。
アルヴィスは、一歩後ろを飄々と歩くレンの気配を意識しながら、金と黒の瞳を鋭く光らせる。
先ほどレンが見せた『物質の再構成』。あれは精霊の力を借りる魔術ではなく、世界の法則そのものを書き換える異質の力だった。
「……レン。いい加減、貴方の『裏』を詳しく聞かせてもらいましょうか」
アルヴィスは歩みを止めず、前を向いたまま、冷徹な声で問いかけた。
「昨夜から貴方は、創造神の血を引くだの、世界のシナリオだの、突飛なことばかり口にしている。『ぷりん』という未知の菓子も含めて、貴方の存在そのものがこの世界の理から外れている。……一方的に私の情報を握られているのは、統治者として、何より一人の男として、酷く不愉快ですのでね」
一見、理路整然とした詰問。
だが、その本音は「これ以上てめえに舐められたままでいられるか」という、アルヴィス本来の負けず嫌いな性格からくるものだった。
レンは短く笑い、刀の柄に手を置いたまま、アルヴィスの隣へと並ぶ。
「お、やっと俺に興味を持ってくれた? いいよ、隠すつもりもないしね。……で、何が知りたい? 元・王太子様」
「貴方が言っていた『親父の残した遺産』についてです。この世界を創ったとされる創造神は、神話の時代に眠りについた、あるいは世界そのものに溶けたと言われている。……神は、もういないのではないですか?」
アルヴィスの問いに、レンは少しだけ目を細め、雨の空を見上げた。その横顔には、いつもの軽薄さはなく、数千年の時を生きてきたデミゴッドとしての深い哀愁が滲んでいる。
「半分が正解……俺はハーフってとこかな。結論から言うと、創造神はもう、この世界にはいない。死んだわけじゃなくて、別の世界に『還った』んだよ」
「別の世界……?」
「そう。俺のもう一人の親――お前たちの言葉でいう『異世界からの転移者』を連れてさ。親父はその人と一緒に、向こうの世界へ行っちゃった。ここは、親父がその人のために創った、いわばお気に入りの箱庭みたいなもんさ」
レンは淡々と、世界の創造主が「一人の人間のために世界を創り、そして去っていった」という、どんな聖典にも記されていない真実を口にした。
「親父がこっちの世界を去る時、俺に遺していったのが、この世界のシステムを裏側から操作する権能さ。物質を無から生み出したり、お前の『薄暮』の呪いを無効化できるのも、俺がこの世界の『管理者』の血を引いてるからだよ」
レンはアルヴィスの顔を覗き込み、ニヤリと笑った。
「でもさ、親父にとってお前の存在だけは『想定外』だった。光と闇が混ざり合ったマナなんて、親父の設計図には無かったんだよ。だから、お前が禁忌を侵した瞬間、世界がバグって教団の計画が動き出しちまった。……だから俺は、お前っていうバグを修正するために、こうしてお前に会いに来たわけ」
世界の不在の神、そして異世界の影。
あまりにも壮大な真実を突きつけられ、アルヴィスは絶句した。
だが、彼はすぐにレンの言葉の『矛盾』を見逃さなかった。
「……なるほど。私を『バグ』と呼び、修正すると言いましたね。ですが、貴方は昨夜、私の背中を守ると言った。本当に私を排除するつもりなら、出会い頭にその管理者の力で消し去ればよかったはずだ。……なぜ、私に手を貸すのです?」
アルヴィスの金と黒の双眸が、レンを真っ向から射抜く。
今度はアルヴィスが、レンの計算の『裏』を引きずり出す番だった。




