大長老の異世界ハッキング2 〜神託のタピオカ大混乱〜
*平和な日々編『現在』の話*
「――レン。てめえ、今度は大長老に何を売りつけましたか。白紙に戻しなさい、今すぐにだ」
新緑が美しくきらめく玉座の間。
アルヴィスは青白い顔をして机を両手で叩き、完璧な「表の声」の声のまま、かつてないほど激しく声を震わせていた。
彼の前に直立不動で立つ生真面目な大長老は、両手に巨大なガラス瓶を抱え、涙を流しながら誇らしげに胸を張っている。その瓶の中には、ドロリとした不気味な黒い液体と、蛙の卵を数倍に巨大化させたような、謎の『真っ黒い球体の塊』が大量に蠢いていた。
事の始まりは数日前、レンが「最近プリンの材料費が高くてさ、大長老、親父のデータベースから抽出した『異世界で一世を風靡した漆黒の聖水』のシステムデータ、格安で買い取らない?」と、大長老に持ちかけたことだった。
先の『音頭』の一件でレンの言葉を「絶対の神託」と全知全能レベルで信じ込んでいる大長老は、二つ返事で宮廷の予算を支払い、そのデータを完全再現。大樹の芋の澱粉を丸めて、漆黒の黒蜜で煮込んだ異世界の最終兵器――【タピオカ】を大量錬成してしまったのだ。
「何を仰いますか、アルヴィス様! これはレン殿から『モチモチとした食感の神の咀嚼』として授かった、次世代の聖なるマナにございます! 漆黒の精霊球をストローという中空の槍で吸い上げ、噛み砕くことでマナが融和するのです!」
「中空の槍で吸い上げるなと言っているでしょう! 不気味です! 全員万死に値しますよ!」
完全に「裏」の素のパニックに陥るアルヴィス。
だが、時すでに遅し。
大長老の「これは王の魔力を高める新システムである」という大真面目な全域インストールにより、宮廷の近衛騎士や小精霊たちの間で、すでに恐ろしい流行が巻き起こっていた。
窓の外を見下ろせば、厳格な近衛騎士たちが、白銀の甲冑を纏ったまま、極太のガラス管を口にくわえ、ズゾゾゾゾッ!!! ポンッ!!と、凄まじい吸引力で黒い球体を吸い上げ、「……っ! この弾力、まさに不屈の意志……!」と、大真面目な顔でモグモグと咀嚼している。宮廷の至る所から「ズゾゾゾッ」「ポンッ」という奇怪な吸引音と破裂音が響き渡り、静寂だったエデンの気品は根こそぎ灰になっていた。
「大長老のハッキング能力、本当に優秀だねえ。俺の小遣い稼ぎもこれで大成功だわ」
玉座の隣の特等席で、レンがこれ以上ないほど意地の悪いニヤニヤ顔でミルクティーを飲みながら煽りを入れてくる。
「レン……っ、てめえ! お前の小遣い稼ぎのせいで、我が近衛兵たちが全員、謎の黒い弾力球を吸い上げるだけの狂信者になってしまったではないか……っ!」
「あはは! でもさ、食感のシステムは100%再現されてるよ。ほら、食わず嫌いしてないで、お前も吸ってみなよ、アルヴ」
レンが差し出した、極太ストローの刺さった特製タピオカミルクティー。
アルヴィスは「……っ、私は王だぞ。あのような奇怪な不審物、絶対に口に――」とツンと顔を背けたが、漂ってくる濃厚な紅茶と黒糖の甘い香りに、彼の「大甘党システム」が物理的に抗えなかった。
アルヴィスは猛烈に顔を赤くしたまま、奪い取るようにしてストローをくわえ、思い切り吸い込んだ。
ズゾゾッ、ポンッ!
口の中に飛び込んできた、強烈な黒糖の甘みと、これまでに体験したことのない「圧倒的なモチモチの弾力(マッスル食感)」。
(――っ!? 歯ごたえが、マナの反発のようだ……っ!)
アルヴィスの金と黒の瞳が一瞬でとろけるように見開かれ、我を忘れてモグモグと咀嚼を始めた。
「――っ、美味すぎる……!! なんだこの弾力は……っ!」
「あはは! 案の定ドハマりじゃん! 喉に詰まらせんなよ、王様?」
「……フン、これほどの手際、万死を免ずるに値します。……ですが、この黒い球体は吸い上げる際の風圧の計算が少々、見通しが甘いですね。……ズゾゾッ、ポンッ。……美味い、です……」
結局、誰よりも綺麗な姿勢で「ズゾゾゾッ」とタピオカを吸い上げ、完璧にマナの侵食を許してふにゃりと緩んでいるアルヴィス。
レンの小遣い稼ぎによって、宮廷中が「モチモチの咀嚼音」に包まれるという、教団の急襲よりもシュールで甘い、翡翠の揺籠の平和すぎる日常の一幕だった。




