爆走! 荷馬車レース 〜王様の腹黒ドライビングテクニック〜
*平和な日々編『現在』の話*
それは、新王アルヴィスとレンが、身分を隠して人族の隣町へと「買い出し」に出かけた道中の出来事だった。
二人が乗る木製の古い荷馬車が、長閑な街道をパカパカと穏やかな速度で進んでいる。
アルヴィスはフードを深く被り、慣れた手付きで馬の手綱を握っていた。
だがその隣で、レンは神のデータベースを弄りながら、ひどく間の抜けたあくびを噛み殺している。
「あー、平和だねえ。システムに一ミリのノイズも入らないわ」
「……当然です。教団は滅び、世界は融和したのですから。私はこのような、無用な争いのない平和的な日常を模索し続けていたのですよ、レン」
アルヴィスが統治者としての高貴な美論を語った、その時だった。
ドドド、と背後から激しい地鳴りのような蹄の音が響き、白銀の派手な甲冑を纏った地元の野良騎士たちの騎馬隊が、二人の荷馬車を追い抜いて行った。
彼らは荷馬車のボロさを見て、大声で嘲笑いながら罵声を浴びせてくる。
「ハハハ! どきな、トロくさい百姓め! この街道は俺たち『白銀の疾風(※自称)』のレース場だ! 追いつけるもんなら追いついてみろ!」
挑発的な言葉とともに、泥を跳ね上げて爆走していく騎馬隊。
アルヴィスは、その跳ね上がった泥を無詠唱の魔術壁で完璧に弾き落とすと、特に怒る風でもなく、フッと冷めた鼻笑いを浮かべた。
「……フン、見通しが甘い哀れな連中だ。レン、放っておきなさい。王たる者が、あのような品性の欠片もない無駄な速度レースに巻き込まれるなど、興が削がれます」
あくまで優等生として、平和的な大人のスルーを決め込むアルヴィス。
だが、その隣で、レンがニヤリと不敵に駆動した。
「え〜、いいの? アルヴ。実はさ、あのならず者たちが向かってる隣町の宿場、今日限定で、親父のレシピを120%再現した『限定いちごタルト』っていう最高峰のスイーツが作成される予定なんだけどさ。……あいつらの馬の速度だと、俺たちがこのペースで走ってたら、到着する頃には全部食い尽くされてシステムから消去になってるわ」
「――な、んだと……っ!?」
アルヴィスの手綱を握る手が、ピキリと凍りついた。
次の瞬間、フードの奥から覗く金と黒の双眸が、らんらんと肉食獣さながらの狂暴なまでの輝きを放ち始めた。完全にアルヴィスの、食べ物への執念が覚醒したのだ。
「……レン。お前、その『いちごたると』とやらの在庫は、本当に絶望的なのか」
「マジ。あと五分で完売レベル」
「……よし。――進路上のすべての不純物を、根こそぎ灰にする」
アルヴィスは完璧な王の気品をかなぐり捨て、手綱をギリィと引き絞った。
無詠唱。彼が心の中で「往け」と想った瞬間、荷馬車を引く二頭の老馬の脚と、車輪の駆動系に、光と闇の反発マナを利用した超高密度の『加速の術式』が直接付与された。
爆音。パカパカと走っていた古い荷馬車が、次の瞬間、キィィィィィン!! という人族の領域では絶対にあり得ない『異世界の爆音』を響かせ、地面から数センチ浮き上がりながらロケットのように爆走を始めた。
「うおっ!? ちょっ、アルヴ!? 加速の出力高すぎ!! 馬車が物理的にバグって空中分解するわ!!」
いつも先を読み切っているレンが、まさかの王様のスピード狂っぷりに一瞬だけ意表を突かれ、座席に必死にしがみつく。
「黙れレン! いちごたるとの売り切れなど、俺の黎明が絶対に許さん! ――前方の白銀の雑魚ども、まとめて轢き潰して通り過ぎるぞ!!」
「あはは! 最悪! お前、タルトのために笑顔で犯罪的なドライビングテクニック披露すんなよ!!」
街道の先、高笑いしながら走っていた野良騎士たちは、背後から迫る「時速200キロで大地を融解させながら爆走してくるボロ荷馬車」という、教団の襲撃よりも恐ろしい大災害を目撃した。
「ひ、あぁぁぁ!? なんだあの馬車はァァァーッ!?」
悲鳴を上げて街道の脇のドブへと馬ごと自ら転がり落ちていく野良騎士たち。
アルヴィスはその彼らの絶望した顔を一瞥することすらなく、凄まじい風圧で彼らを根こそぎ置き去りにし、光の速さで宿場町へと突っ込んでいった。
結果。無事に限定いちごタルトを五個(※アルヴィスが四個、レンが一個)を確保し、ホクホク顔で帰路についた。
「美味い……なぜ今まで作らなかったのですか……」
ふにゃりと緩んでいるアルヴィス。
元を辿れば、レンが料理長への救済として裏でこっそり販売した『異世界スイーツの全域システムデータ』が、回り回って隣町の宿場町のパティシエにまで流出し、今回の「限定いちごタルト」という最悪の供給を生み出してしまった結果だ。
すべてはレンの小遣い稼ぎが原因だった。
「お前、タルトのために国境を越えるレベルの速度違反したの、ただの自己責任だからな?」
「うるさい男ですね。黙って、明日はクレープにハチミツをトッピングしなさい」
相変わらず鋭くツッコミ合う、翡翠の揺籠のどこまでも甘く、どこまでもマッハな日常の一幕だった。




