エデン大パニック! 王様、呪いの代わりに「カレーの激辛臭」を放つ
*平和な日々編『現在』の話*
かつて『翡翠の揺籠』を脅かした『純白の枷』の呪いは消え去った。
しかし今、エデン宮廷の回廊には、あの暗黒期すら生温く思えるほどの、全く別の不気味で狂暴な『黄色いマナの波動』が立ち込めていた。
スパイシー、そして強烈にホット。鼻腔を物理的にハッキングしてくるその異世界の香りの源流は、玉座の間の隣室から真っ直ぐに放たれていた。
「……はぁ、くっ、ぅ……。美味い、美味すぎるぞ、レン……っ!」
長テーブル最奥に鎮座する王アルヴィスは、高貴な宝冠を机に放り出し、額にびっしょりと汗をかきながら、木皿に盛られた赤褐色のスープをスプーンで猛烈に貪り食っていた。
レンが親父のデータベースから作成した異世界料理――『激辛スープカレー(スパイス限界突破ver)』であった。
「だろ? でもさ、アルヴ。お前それ、今週でもう十食目だぞ? スパイスの過剰摂取はマナのバランスを――」
「黙りなさい! この刺激、そして体内の魔力が沸騰するような極上の焦燥感……これぞ教団の精神攻撃を打ち破るための、新たなる融和の黎明だ……っ!」
「ただの激辛カレーだよ!!」
完全にスパイスに脳のシステムを乗っ取られた王様。
だが、アルヴィスが最後の一滴までスープを狂暴に飲み干し、ふはぁ、と満足げに熱い息を吐き出した、その瞬間。
彼の白銀の甲冑の右半分から立ち上るはずの『薄暮のマナ』が、異世界のスパイスの精霊と異常な化学反応を起こし、物理的に鮮やかな『黄金色のスパイスの霧』となって全身からブワッと噴き出した。
「お、おいアルヴ!? お前、体からものすごいカレーの匂いが放出されてるぞ! 完全にシステムがカレーの塊に書き換わったわ!」
「なっ……何のことですか、私はただ、王としての代謝を上げて――」
アルヴィスが言いかけるより早く、玉座の間に続く大扉が、バコォォォン!! と地響きを立てて物理的に叩き割られた。
「アルヴィス様ぁぁぁーーーっ!!」目を血走らせ、口元から大量のヨダレを滝のように垂らした国中の小精霊や騎士、そしてあの生真面目な大長老までもが、獣のような猛烈なダッシュで突撃してきたのだ。
彼らの本能は、アルヴィスの身体から放たれる「世界一美味そうなカレーの激辛臭」に完全にハッキングされ、狂暴な食欲の化物と化していた。
「なっ、何ですかお前たち! 狂ったのですか、近寄るな! 無礼者!」
「アルヴィス様ぁぁ! その美味しそうな香りは何事ですか! 我らに、我らにお恵みをぉぉ!」
「ひっ……! レン、助けなさい! 早く私のマナの波長を偽装しろ!」
アルヴィスは涙目でテーブルを飛び越え、レンの背後へと滑り込んだ。
レンは慌てて刀を半分抜き、テラスの周囲へ虫除けならぬ『カレー臭隔離結界』を展開する。
バチバチバチッ! と、透明な結界の表面に、大長老や騎士たちが未練がましそうに顔を押し付け、ヨダレを垂らしながら結界をガリガリと引っ掻き始めた。
「あはははは!!! 最高! お前、前回のハチミツの次は『歩くカレーのルー』かよ!! 廊下を歩くだけでテロじゃん!」
レンは床に転がるほど大爆笑し、腹筋の限界を迎えた。
「笑うな無礼者……っ! 奴らの目が、教団の暗殺兵よりも狂暴で怖いと言っているのです! 」
裏の顔の本音で怒鳴るアルヴィス。
だが、結界の外の精霊たちは、アルヴィスの美しい姿から漂う激辛スパイシーな香りにさらに熱狂し、「カレー! カレー!」と謎のシュプレヒコールを上げ続けている。
「よし、今夜の特訓は、国中のヨダレを垂らした騎士たちから槍一本で逃げ回る『スパイス消費鬼ごっこ』に決定な、カレーの王様?」
「嫌だと言っているでしょう!! 早くそれをクリエイトしたナンで誘惑して、別の広場へ誘導しなさい!!」
平和になった翡翠の揺籠の午後。
世界を救った細マッチョの精霊騎士は、呪いの代わりに「カレーの激辛臭」を放ちながら、それを特等席で大爆笑しながら煽り続ける神の仔によって、今日も最高に格好悪く、最高に美味しそうな大騒ぎを繰り広げるのだった。




