9.政変の夜
政變之夜
二週間前、つまりクーデターの夜に時間が遡る。
夜は静まり返り、窓の外から聞こえるかすかな風の音だけが、冬の足音を語っていた。トムリン一家三人は城主邸の居間で、貴重な穏やかなひとときを楽しんでいた。暖炉の火が勢いよく燃え、オレンジ色の輝きが部屋の隅々に広がり、その夜に一抹の温もりを添えていた。
トムリンはソファの中央に座り、厚い本――『国富の性質と原因に関する研究』――に没頭していた。
それは再編集された古代の書の複製で、内容の多くはすでに欠損していたが、トムリンはそれでも真剣に読み進め、眉を軽くひそめ、書中の何か難解な概念について考え込んでいるようだった。
彼の娘イリサは父のそばに寄り添い、復刻された古い漫画を手に抱えていた。表紙には華やかなドレスを着た姫が、愛らしい笑みを浮かべていた。イリサはその物語に夢中になり、時折小さく笑い声を上げ、単純な喜びにすっかり引き込まれていた。
もう一方の肘掛け椅子には、イヴェットが半ば横たわり、暖炉の温もりに誘われてうとうとしていた。彼女はもともと本を持っていたが、今は膝の上にだらりと置かれ、かすかな寝息とともに軽い眠りに落ちていた。
トムリンは本を閉じ、視線をページから妻へと移し、優しく呼びかけた。
「ねえ、愛する人。」
「…」イヴェットは反応しなかった。
彼は少し声を大きくした。
「愛する人、ここで寝ると風邪ひくよ。」
イヴェットは眉をひそめ、肘掛け椅子で少し身じろぎすると、目をこすりながら気だるげに答えた。
「寝ちゃった…」
イリサは我慢できずに笑い出した。
「ママ、いつも読んでるうちに寝ちゃうよね。」
イヴェットは気にせず微笑み、立ち上がって大きく伸びをした。暖炉の火が彼女の姿を照らし、優しい輪郭を描き出した。
「今年はなんだか寒くなるのが早いね。」
「そうだね、ひょっとしたらもうすぐ初雪が降るかも。」
トムリンは本を置き、立ち上がって体をほぐした。
「冬嫌い。寒いもん。」
イリサはぶつぶつ言いながら、トムリンが座っていた場所に横になり、子猫のようなくつろいだ姿勢で漫画を読み続けた。
「じゃあ、僕たちは先に寝るよ。妹ちゃん、遅くまで起きてないでね。」
「はーい。」イリサは気のない返事をしながら、目はそのままページに留まっていた。
夫婦は互いに微笑み合い、廊下へ向かった。柔らかな明かりが二人の背中に降り注ぎ、穏やかな光景を映し出していた。
「愛する息子はいつ帰ってくるの?」
「手紙はもう送ったよ。彼はもう帰る途中のはずだ。」
「今年は彼の誕生日、ちゃんと成人式をやってあげないとね。」
イヴェットは真剣な期待を込めた口調で言った。
トムリンは足を止め、彼女を振り返り、突然こう言った。
「愛する人、ありがとう。」
「なんで急に感謝するの?」
イヴェットは一瞬驚き、眉を上げて彼を見た。
「ラファエルに対する君の接し方、ちゃんと分かってるよ。」
イヴェットは黙り込み、視線を少し逸らした。
「彼が君を完全に受け入れていないにもかかわらず、君はいつも母親として懸命に振る舞ってきた。」
イヴェットは答えず、ただ手を上げて垂れた髪を耳の後ろにかけ、遠くに視線を移した。まるで彼の視線を避けるように。
その温かな瞬間は、突然の激しいノックの音で破られた。
「お嬢様、私です!」
ドアの外から、緊張した女性の声が響いた。
イヴェットは眉をひそめ、その呼び方と声で部下だとすぐに分かった。トムリンが立ち上がってドアに向かおうとすると、彼女は手を上げて彼を制し、自分で素早くドアに向かった。
「私が開ける。」
彼女は急いでドアに近づき、開けると、冷たい風の中に立つ女性がいた。彼女は顔に不安を浮かべ、言葉もまともに紡げない様子だった。
「どうしたの?」
「お嬢様……その……」
女性は早口で話し、緊張のあまり言葉がまとまらなかった。
イヴェットは彼女の肩を軽く叩き、微笑みながら言った。
「メロウェン、落ち着いて。とりあえず中に入って話そう。」
そう言って彼女の手を引き、部屋に招き入れようとした。
だが、メロウェンは首を振ってイヴェットをまっすぐ見つめ、強くその手をつかみ、低い声で言った。
「事態は深刻です。」
イヴェットは眉をひそめ、家族を驚かせたくないと思い、声を抑えて言った。
「分かった。じゃあ、外で話そう。」
ドアを閉めようとしたその時、後ろからトムリンの声が聞こえた。
「待って、コートを羽織って。」
彼はハンガーから厚手のコートを取り、優しく自然な動作でイヴェットに着せた。 「ありがとう。」 イヴェットは彼をちらりと見つめ、口元に小さな笑みを浮かべた。
「長く話さないでね。外は寒いから。」
トムリンはそう言い残し、ドアを閉めた。
イヴェットとメロウェンは脇にあるベンチに腰を下ろした。冷たい風が吹き抜ける中、彼女の表情は依然として落ち着いていた。
「お嬢様、今日、城内の雰囲気がおかしいんです。」
「何か異常は?」
イヴェットは鋭い視線を向けながら尋ねた。
「夜になったのに、衛兵隊が巡回に出ていないんです。」
「誰かがサボってるんじゃないの?」
イヴェットは淡々と言ったが、口調には探るような響きが含まれていた。
メロウェンは首を振って、さらに重い表情で答えた。
「それだけじゃないんです。今日、商店の半分以上が早々に閉まり、通りはひどく静かでした。私たちの仲間からの報告では、雰囲気がおかしい、何か見張られているような感覚があると言っていました。」
イヴェットはしばらく考え込み、続けて尋ねた。
「マルコムの動きを監視している人はいる?」
「はい、そちらからは全て正常だと報告が来ています。」
「なら、まずは警戒を強めて。何か異常があればすぐに私に知らせて。」
「了解しました!」メロウェンは頷き、立ち去ろうとしたその瞬間、遠くから低くくぐもった爆発音が聞こえてきた。音はそれほど大きくなかったが、二人を警戒させるには十分だった。
「すぐに状況を確認しなさい!」
イヴェットは冷たく命令した。
「はい!」メロウェンはまるで敵と対峙するかのような表情で、足早に夜の闇へと消えていった。
イヴェットは一瞬の躊躇もなく、勢いよく跳躍して軽やかに屋根に登った。城全体の景色が彼女の目に広がった。
遠くの数か所の街区で激しい炎が燃え上がり、黒煙が夜空に突き上げていた。揺らめく炎の合間から、路地で二つの勢力が激しく戦っているのがかすかに見えた。剣の冷たい光と炎の輝きが交錯していた。
彼女は眉をひそめ、頭の中でそれらの場所の配置を素早く思い返した。心臓が急に重くなり、背筋に冷たいものが走った。これらの場所――彼女は低い声でつぶやいた。
「この場所って、トムリンの親衛隊の駐屯地じゃない?」
間違いない。相手は準備を整えてやってきたのだ。トムリンの部隊の休息場所をまず襲撃し、彼の力を一気に削ごうとしている。
彼女の瞳に冷たい光がよぎり、素早く屋根から飛び降り、風のような速さでドアを押し開け、議論の余地のない口調で叫んだ。
「トムリン!イリサ!こちらへおいで!」
夜は深く、マルキス城の通りは人影もなく、まるで街全体が息を潜めているようだった。両側の家々の戸や窓は固く閉ざされ、厚い木の板がわずかな灯りを遮り、ただ暗闇だけが残っていた。
冷たい風が通りを抜け、地面のゴミや枯れた落ち葉を巻き上げ、空中で舞いながらサラサラと音を立て、さらなる侘しさを添えていた。
遠くから、重く乱雑な足音が近づいてきた。それはまるで死寂とした通りに押し寄せる洪水のようだった。通りの端に大勢の集団が現れ、整然とは言えない隊列を組んでいた。隊列の前方には、二十頭近い凶暴な恐狼が低く唸り、月明かりに照らされた鋭い牙が冷たく輝いていた。
最前列には、屈強な体格の男が立っていた。彼は豪華な鎧をまとい、胸当てにはハンターギルドの紋章が刻まれ、威厳に満ちていた。背中には巨大な両手剣が背負われ、剣の柄が肩から突き出し、静かな旗印のように、絶対的な力と威圧を象徴していた。
その時、脇の路地から一人の人影が素早く飛び出し、隊列の前方へと走った。彼は片膝をつき、息を切らしながら顔を上げて叫んだ。
「副会長、報告です!」
「話せ。」
「城内の駐屯地は完全に制圧しました!」
先頭の男は頷き、口元に冷たい笑みをわずかに浮かべた。
「よし、よくやった。」
この男こそ、ハンターギルドの副会長――マルコムだった。彼の視線は猛獣のように冷たく、前方の無人のような通りを鋭く見渡した。
彼の背後の隊列は乱雑で、装備や姿勢から見ても、急ごしらえの軍勢であることが明らかだった。そこには彼の親衛隊が、統一された革鎧を着て整然と動く一方で、装備のまちまちな傭兵たちがいた。中には簡単な斧や弓だけを背負った者もいた。さらに、第三の勢力から派遣された援軍も混ざり、異国風の装いと武器を持ち、明らかに場違いな雰囲気を漂わせていた。
マルコムは隣にいるもう一人の部下に振り返り、いつも通りの落ち着いた、しかし背筋を凍らせるような口調で言った。
「城主の家は包囲できたか?」
「完了しました。」
部下は即座に答えた。
「なら、突入だ。」
マルコムは声を張り上げ、冷たく命じた。
「城主一家は生け捕りにしろ。それ以外は――一人も残すな。」
「了解!」部下は命令を受け、騎馬の足音が夜の闇に素早く消えていった。
隊列は前進を続け、足音が静寂の通りに響き渡った。しかし、隊列の内部は雑然としていて隠しようがなかった。傭兵と援軍はお互いに馴染みがなく、歩調もリズムも揃わず、時折、誰かが小さく悪態をついていた。
その時、脇の路地から二人の酔漢がふらふらと現れた。彼らは明らかに泥酔しており、足元がおぼつかず、大きな声で騒いでいた。
「なんだ、この大勢は?」
一人が頭を振って、困惑した口調で言った。
「今日、なんか特別なイベントでもあるのか?」
隊列の兵士たちは一瞬顔を見合わせ、数人が無意識に武器に手を伸ばし、行動を起こそうとした。
その中の酔漢の一人が目を細め、隊列の先頭を見ると、突然マルコムを指さして驚いたように叫んだ。
「おや? 副会長じゃないか?」
マルコムは彼が自分の配下のハンターだと気づき、すぐに手を上げて部下の動きを制した。彼の視線は穏やかで、顔には微塵の動揺も見られなかった。
もう一人の酔漢が大笑いしながら続けた。
「副会長、なんでこんな大人数でパレードしてるんだ? 狩りにでも行くのか? ヒック――」
そう言って、彼は大きなゲップを響かせた。
マルコムは深く息を吸い、忍耐が限界に近づいていたが、それでも力強い声で、かすかな威圧感を漂わせながら言った。
「お前ら二人、明日は狩りの予定があるだろ?」
「うーん……そうだったかな……」
酔漢の一人がだらだらと答えた。
「そうそう、忘れてた! ハハハ!」
もう一人が大笑いした。
マルコムはついに我慢を失い、怒鳴った。
「お前ら二人のバカ、さっさと家に帰れ! 明日遅刻したら、ただじゃおかねえぞ!」
酔漢たちは突然の怒気に驚き、互いに支え合いながら、よろめきつつ夜の闇に消えていった。
二人を見送り、マルコムは冷たく鼻を鳴らし、低い声でつぶやいた。
「このハンターども、ほんと手に負えねえ。」
実際、今回のクーデターでは、ハンターたちのほとんどが関与しないことを選んだ。自由な身である彼らは、ギルドとの関係は従属というよりも協力に近いものだった。彼らにとって、誰が会長の座に就こうと関係なく、ギルドが安定した仕事と報酬を提供し続けてくれればそれでよかった。
マルコムもそのことを理解していた。彼にできるのは、ハンターたちに中立を保ち、静かに家にいるよう求め、行動に介入しないようにすることだけだった。それが彼にコントロールできる最大の範囲だった。
マルコムの軍勢は間もなく城主邸に到着した。四周の高壁はすでに彼の部下によって厳重に包囲されており、壁の内外は静まり返り、戦闘の音は完全に消えていた。夜風に漂う血の匂いだけが、通りに広がっていた。
周辺の通りには、三十体を超える遺体が無造作に横たわっていた。あるものは顔が判別できないほど損壊し、あるものは目を見開いたまま絶命していた。城主邸の庭も同様に死体が散乱し、十数体の遺体が壊れた石畳や折れた花壇の間に混在していた。
双方の兵士の遺体が混ざり合い、鮮血が暗赤色の小川となって蛇行していた。この全てが、つい先ほど起きた激しい戦闘を無言で物語っていた。
「報告!」 一人の兵士が息を切らせながら邸内から駆け出し、急いでマルコムの前に跪いた。
「話せ。」 マルコムの声は低く、威厳に満ちていた。
「城主邸は完全に占領しました。」
「人間は?」 彼は尋ね、視線には焦りと苛立ちが滲んでいた。
「一人を生け捕りにしました。」
「連れてこい。」
間もなく、二人の兵士が血まみれの捕虜を引っ張って現れた。それは女性の衛兵だった。全身に傷が無数にあり、血痕が彼女の鎧を深紅に染め、ひときわ目を引いた。彼女の両脚は力なく、兵士に無理やり引きずられ、背後の地面には長い血の跡が残っていた。
一人の兵士が乱暴に彼女の髪をつかみ、頭を無理やり持ち上げた。火明かりに照らされた彼女の顔が浮かび上がり、頑なさと怒りに満ちた目がマルコムをまっすぐに見据えた。
マルコムは目を細め、冷たく尋ねた。
「こいつは誰だ?」
兵士は困惑したように首を振った。
「分かりません。」
マルコムの顔が陰り、苛立った口調で言った。
「分からないなら、なぜ俺の前に連れてきた? さっさと殺せ!」
兵士が刀を抜いて捕虜を始末しようとしたその時、マルコムの背後の部下が急に表情を変え、彼女の正体に気づいたようだった。慌ててマルコムの耳元に何かを囁いた。
マルコムの目に冷たい光がよぎり、手を上げて制止した。
「待て。」
彼はゆっくりと女性衛兵に近づき、両手を背中に回し、傷だらけの彼女の姿をじっと見つめた。口元に冷笑を浮かべながら言った。
「メロウェン、だな? イヴェットの腹心が、こんなみじめな姿に落ちぶれるとは。」
メロウェンは力を振り絞って頭を上げ、燃えるような怒りの視線で彼を睨みつけた。まるで彼を焼き尽くさんばかりだった。彼女の唇は噛み締められて血が滴り、しかし一言も発しなかった。
「トムリン一家がどこに行ったか、知ってるか?」
マルコムは少し身をかがめ、挑発と軽蔑を滲ませた口調で言った。まるでハンターが瀕死の獲物を弄ぶように。
メロウェンは依然として沈黙を守り、妥協の兆しは微塵もなかった。彼女は突然地面に血混じりの唾を吐き出し、鮮紅色の液体がマルコムの靴に飛び散り、眩しい赤の染みを作った。
マルコムは靴を見下ろし、目が一瞬にしてナイフのように冷たく鋭くなった。彼は体を起こし、低く冷ややかな声で言った。
「始末しろ。」
兵士は一言も発せず、手にした刀を力強く振り下ろし、彼女の命を終わらせた。マルコムは一瞥もくれず、背後の軍勢に向かって叫んだ。
「追え!」
その命令とともに、部隊は素早くいくつかの小隊に分かれ、猟犬のように四方八方へ散っていった。街全体が巨大な狩場と化した。




