21.サキュバス・エフェヴィン
魅魔埃菲紋
信じられないような艶やかな出会いを経験した後、余韻に満たされるどころか、言い表せない不安が私の心を強く締め付けた。
「エフェヴィン」という名の女性について、私はほとんど何も知らない。彼女の視線、仕草、さらにはその意味深な微笑みまでが、頭の中で何度も繰り返し浮かんでは消えた。この未知の存在が私を落ち着かせず、彼女の正体を突き止める必要があると悟った。
さて、誰に話を聞けばいい?
迷うことなく、頭に浮かんだのは一つの名前――ランディ。私の「何でも屋」の友人だ。一歳年下だが、この大学城では知らない者はいないほどの顔の広さを持ち、学生のゴシップから闇市場の取引まで、あらゆる情報を握っている。
そこで、商業区の目立たないカフェで彼と会う約束をした。この場所は静かで客も少なく、第三者に聞かれたくない話を進めるのに最適だった。
「サキュバスの先輩の話?」
その名前を聞いた瞬間、ランディの表情が一瞬固まった。彼は翳した足を下ろし、背もたれに体を預け、真剣な目で私を見つめた。まるで私が冗談を言っているのか確かめるかのようだった。
「知らないよ。」
彼はやっと口を開いたが、声には異常なほどの慎重さが滲んでいた。
「知らない?」私は眉をひそめ、追及した。
「冗談だろ? お前ほど情報通のやつが知らないわけないだろ?」
ランディは深いため息をつき、声を潜めた。
「サキュバスってやつはこの街最大の情報商人だ。彼女のことを少しでも漏らしたら、誰が裏で噂を広めたか、すぐにバレちまう。」
その言葉に私は言葉を失った。エフェヴィンは気まぐれで神秘的な女だと思っていたが、まさかこの街の情報網の中心人物だとは。彼女の背景は私の想像をはるかに超える深さだった。
「まじかよ……」
私は低くつぶやき、内心の衝撃を隠せなかった。
ランディは口を歪め、私の反応を予想していたかのような表情を見せた。彼は指を一本立て、テーブルを軽く叩き、意味深に言った。
「ついでに言うと、彼女はあの学年の学霸だ。めっちゃ頭いいよ。外で流れている噂は、だいたい半分本当、半分嘘。彼女のやり口は見た目ほど単純じゃない。」
「じゃあ、ほかに何か彼女について知る方法はないのか?」
「兄貴、勘弁してくれよ。彼女はこの街で俺のボスみたいなもんだ。面倒ごとに巻き込まれたくない。俺はこの街でまだやっていきたいんだ。」
その言葉に、私はさらに焦った。エフェヴィンの地位と影響力は想像以上で、諦めるなんて納得いかない。突然ひらめき、ポケットから用意していた紙袋を取り出した。中には少額の謝礼が入っており、それをそっとランディに渡した。
「頼むよ〜」
ランディは紙袋をちらりと見て、顔を上げ、無奈そうな目で私を見た。
「わかった、わかった。この金はいらないよ。」
彼は周囲を見回し、誰も会話に注目していないことを確認した。そして、ポケットからペンを取り出し、近くのティッシュに急いで数行書きなぐった。それを終えると、紙と紙袋を一緒に私の前に押し返した。
紙を開くと、目に飛び込んできたのは数文字:
「元カレに聞け、特に兄弟のやつに。」
その言葉に私は言葉を失った。意味は明白だ――エフェヴィンを知りたいなら、彼女の元カレ、特に……私の兄弟、ウォサルトに聞けというのだ。
心臓が締め付けられる思いだった。こんな話、どうやって切り出せばいい? もし彼に私と彼の元カノの間に何かあったと知られたら、絶対に面倒なことになる。
「この食事、お前のおごりだよな?」
ランディが突然私の思考を遮った。彼は目の前の食事をさっと平らげ、まるでこれ以上巻き込まれたくないとでもいうように、急いで別れを告げ、振り返らずにカフェを後にした。
彼の反応は私の不安をさらに煽り、エフェヴィンへの好奇心を一層深めた。彼女はいったいどんな人間なんだ? 情報商人、学霸、サキュバス――彼女につけられたすべてのラベルが、彼女がただ者ではないことを示唆していた。
そして私は、すでにその渦に巻き込まれているようだった。
意外なことに、その後数日間、エフェヴィンを一度も見かけなかった。彼女は私より二歳年上で、教室もまったく別の建物にあるから、会う機会が少ないのは当たり前かもしれない。
だが、時間が経つにつれ、不安が募り始めた。私たちが関係を「確認」した日から、すでに一ヶ月以上が過ぎていた。
その時、恐ろしい考えが頭をよぎった――まさか、忘れられた?
今日はウォサルトと訓練の日だ。さりげなく彼から情報を聞き出そうと決めた。
「連続突き!」
彼の声が響き、木剣が雷のように襲ってきた。私はすぐに剣を構えて防御し、剣の動きに全神経を集中した。ウォサルトの木剣は残像のように素早く動き、すべての攻撃が正確で鋭かった。
「ドン!ドン!ドン!」三回の急激な衝突音が響き、私はかろうじて最初の三撃を防いだが、四撃目はまるで幽霊のように私の予測を完全に超えた。
気づいた時には、木剣が鼻先数センチのところで止まっていた。
一瞬硬直し、すぐに体を緩め、その場に倒れ込み、長く溜めていた息を吐いた。ウォサルトも同じ瞬間に強化状態を解除し、体はまだ戦闘後の高温を保ち、目に見える薄い煙が立ち上っていた。
彼は私を見下ろし、眉を軽くひそめた。
「今日、なんか上の空だな。」
「はぁ、そうだな。まさか四連撃の連続突きすら防げないとは。」
「区区四連撃だと? じゃあお前がやってみろよ、何連撃できるか見てやる。」
「ボス、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
私は急いで話題を変え、彼の肩に手をかけ、そっと訓練場の隅に連れて行き、他の人から離れた。
声を潜め、慎重に尋ねた。
「別に変な意味じゃないんだけどさ……お前の元カノ、みんながサキュバスって呼んでる先輩って、どんなやつなんだ? 噂じゃ、この大学城の情報網を牛耳ってるって?」
「やった?」
一瞬、意味がわからず、呆然と立ち尽くした。彼が何を言ってるのかさっぱりだった。
その「やった」という言葉にどう答えたらいいか分からず、すると彼の表情が一変し、異様に真剣になった。彼はゆっくりと頭を下げた。
「正直に話せよ。」
「何を話すんだよ?」
私は思わず後ずさりし、なんとか笑顔を絞り出したが、額には冷や汗が滲んでいた。やっぱり、彼みたいな元カレにエフェヴィンの話を持ち出すべきじゃなかった!
ウォサルトが突然手を伸ばし、私の襟をつかんだ。彼から放たれる鋭い刃のような危険な気配に、冷や汗が一気に額から流れ落ちた。
私はどもりながら弁解した。
「ちょっと待て、ウォサルト、落ち着け! まだ何も言ってないだろ!」
「正直に話せば軽く済む、隠すなら厳しくいくぞ!」
「……」
「お前がまだ俺を兄弟だと思うなら、全部正直に話せ。」
頭の中で必死に言い訳を探したが、どんな話も口に出す前にためらい、最終的には深いため息とともに諦めた。
「わかった、話すよ……」
私は頭を下げ、低く言った。
「彼女と寝た……厳密に言うと、彼女に拾われたんだ。」
「待て!」
息を止め、ウォサルトの怒りが爆発するのを覚悟し、頭の中で彼の拳が飛んでくる場面まで想像した。だが、意外なことに、彼は動きを止めた。厳しかった表情が一瞬で、まるで他人の不幸を喜ぶような笑みに変わった。
彼は手を離し、体を起こし、笑いながら私の肩を叩いた。
「ハハハ、お前もやられたか!」
そして彼は教室全体に響く声で叫んだ。
「全員、こっちに集合しろ!」
「何すんだよ?」
私は驚愕して彼を見た。彼が何を企んでいるのかさっぱりだった。訓練中の他の連中が手を止め、好奇心旺盛にこちらを見た。
「何だよ、ボス?」
「急に集合って何?」
ウォサルトは私の首を片腕で挟み、まるで面白い見世物を披露するかのように、悪意に満ちた笑みを隠さなかった。
「早く集まれって! サキュバスの『被害者』がまた出たぞ!」
「マジか!? 小牛か!?」
「本当かよ?」
「ハハハ、ついにオットーの番か、こりゃ見ものだ!」
周囲の連中は血の匂いを嗅ぎつけた狼の群れのようになり、興奮して寄ってきた。私は混乱に乗じて逃げようとしたが、別の大男――大牛にガッチリ押さえられ、逃げる隙はなかった。
「お前もやられたか、哈哈哈!」
「羨ましいな、俺も『被害者』になりたいぜ!」
「お前? まず鏡見てこいよ、その顔じゃ無理だろ?」
周囲の声はどんどん混沌とし、こいつらが勝手に騒ぎ始めた。私は頭痛がひどくなり、こんなバカどもにエフェヴィンのことを聞いたことを心底後悔した。
頭がクラクラする中、大牛が突然札束を取り出し、バンッと目の前に叩きつけ、興奮して叫んだ。
「俺、2週間以内に賭けるぜ!」
「俺は1回!」
「ハハハ、やりすぎだろ、俺は3回に賭ける!」
「俺は1ヶ月に賭ける!」
「俺は2ヶ月!」
目の前の状況は完全に制御不能だった。こいつらは賭けを始め、馬鹿げた詳細を熱く語り合った。私の額の青筋がピクピク動き、このクソくらいたちをぶん殴りたくなった。
こいつら、俺の恋愛を賭けのネタにし、狂ったように笑いながら賭け金を積み上げ、まるでこの馬鹿騒ぎが最高の娯楽だと言わんばかりだった。この損友どもが俺の頭上で賭けをするのを見て、内心は無言の怒りと、完全に聞き相手を間違えた確信だけが残った。
ウォサルトは脇で見物し、まるで滑稽な劇を見ているようだった。賭けが一段落すると、彼はゆっくりとすべての金を集めた。
「よし、記録した。解散!」
彼が手を振ると、野次馬たちは潮が引くように散っていき、教室は静けさを取り戻した。私とウォサルトだけが残り、無力感と頭痛に襲われた。この騒ぎは予想以上にひどい結果に……
「今、俺が何したいか分かるか?」
「俺を殺す? 落ち着けよ。」
「もっと鋭いナイフ探してくるわ。」
彼はいつもの軽薄な笑みを浮かべ、さっき集めた賭け金から少しだけ取り出し、私に押し付けた。
「これ、補償金な。」
「補償金?」
「お前が聞く前から分かってたよ。あの女に『味わわれた』んだろ?」
「……ああ。」
「みんな慣れたもんだ。大牛なんて後で賭け盤まで提案して、誰が長く持つかってな。」
「は?」
私は白目を剥き、この損友どもの悪趣味に呆れたが、話はまだ終わらない。エフェヴィンの来歴について、まだ疑問が山ほどあった。
「で、エフェヴィンのこと、どれくらい知ってる?」
「彼女に特別な背景はない。この大学城に来てから、全部自分で築き上げたんだ。」
「美貌で?」
「半分正解、半分不正解。」
ウォサルトは笑みを消し、少し真剣な口調になった。
「抜群の容姿は彼女の才能だが、もっとすごいのはその手腕だ。大学城の上層から商業区の底辺まで、彼女には人脈かコネがある。大学城の学長よりこの街に詳しいと言っても過言じゃない。」
「めっちゃ危ない女だな。」
「ベッドの上でもなかなか危ないぜ、へへへ。」
ウォサルトは突然いつもの軽薄な態度に戻り、殴りたくなるような笑みを浮かべた。
「で、いつだ?」
「先月、飲みに行った夜。」
「よく一ヶ月も我慢してたな。」
「ただ……あの日以来、彼女に会ってないんだ。」
私は心の最大の疑問を口にした。
「彼女は数隻の船を同時に操る『サキュバス』だぞ。会えないのは普通だ。」
「じゃあ、俺、忘れられた?」
「かもしれないな。ある日、彼女が利用価値を見出した時、突然思い出すかもよ。」
彼の軽い言葉に、なぜか虚しさが込み上げてきた。
「童貞卒業の感想はどうだ?」
ウォサルトがまたあの殴りたくなる表情を見せた。
「あの夜、俺、酔っ払って門の前で放置されたんだぞ。」
「そういや、そんなこともあったな。」
彼は大笑いし、ちっとも悪いと思っていないようだった。
「次は外で可愛い子探して、補償してやるよ。」
私は白目を剥き、迷わず中指を立てた。こいつ、ほんとムカつくけど、殴るわけにもいかない。
「まぁ、からかうのはこの辺で。マジな話、あの女に二度目呼ばれなかったのは、むしろラッキーかもしれないぞ。気にするな。」
「そうか?」
「初恋があいつってのは、確かにちょっと可哀想だけどな。」
彼はまた笑い出し、その笑い声に私の拳がムズムズした。
でも、どんなにムカついても、ウォサルトは俺のボスであり、最も信頼する兄弟だ。深呼吸して、怒りを無理やり抑えた。
「行こうぜ。」
「どこ?」
「俺の兄弟が女にやられたんだ。ちょっとケジメつけなきゃな。」
彼は真面目な顔で答えたが、なんか裏がありそうだった。
「マジ?」
「冗談だよ、あんな女と対峙したくねえよ。」
彼は軽く答え、いつものチャラい笑みを浮かべた。
「……」
「よし、腹減ったな。何食いたい? 俺のおごりだ。」
彼は突然笑みを収め、私の背を叩いた。この瞬間、珍しく本気っぽかった。私は彼を見て、無奈に首を振った。悩みを一旦脇に置き、このムカつくやつと教室を出た。




