18.夜間授業
晚間課程
夕暮れの残光が窓から部屋に差し込み、雑然とした空間にほんのりとした温もりを与えていた。
私は大きく伸びをして、体の疲れをほぐした。ようやく毎月の恒例行事――家からの手紙への返信を終えたところだった。
数ヶ月前、公衆の面前でゾコを殴り飛ばした件で、父親から手紙でこっぴどく叱られた。今ではその手紙の内容もぼんやりとしか覚えていないが、あの人の変わらぬ様子は今でも目に浮かぶ――口うるさいけれど、私が勝ったかどうかは気になって仕方がない、そんな人だ。
たぶん、勝ったと知ったらきっと文句を言いながらも内心では誇らしげにニヤついていたに違いない。
私はそんな言葉など気にしていない。父はそういう人だ――厳しいけれど、誇りを隠しきれない人。
それに比べて、妹からの手紙はいつも優しくて穏やかだ。今回も、「会いたいな」というたった一言に、思わず胸が締めつけられた。
自分でも驚くほど、妹に対して過剰に思い入れがある気がしてきて、私はふと我に返る。
「……もしかして、俺ってシスコンか?」
思わず頭を振ってその感情を振り払う。書き終えた手紙を丁寧に封筒に入れ、きちんと封をして机の上に置いた。
部屋を見渡すと、散らかった服や雑貨があちこちに転がっている。
「もう一年以上ここに住んでるのか……」
そう独り言をつぶやいた。声にはどこか懐かしさと、不意に湧き上がる感慨が混じっていた。
私はその山のような服の中から、今夜着ていく服を探し出し、最もイケてると思っているジャケットを選び、鏡の前で丁寧に身だしなみを整えた。
その時、最後の夕陽が部屋から消え、薄暗さが周囲を包み込んだ。本来なら蝋燭に火を灯す時間だが、私はこれから外出する予定だった。
身なりを再度確認し、机の上の封筒を手に取り、扉を開けて外へ出た。
太陽が沈んだ今からが、俺の「夜間授業」の始まりだ――。
学園区の街灯は、相変わらず魔法で制御されていた。夜になると、中央制御室で一つの魔法を唱えるだけで、通り全体の街灯が一斉に灯る。
初めて見たときはその光景に感嘆したが、今ではすっかり日常の一部だ。
私は少し遠回りして、まずは手紙を投函し、それから商業区へと向かった。
商業区の通りは学園区とはまるで違い、街灯は一つひとつ手で点灯される。光は弱く不安定で、通り全体がどこか雑然とした雰囲気を醸し出していた。
それでも、私はこの喧騒のある空気の方が好きだった。行き交う人々、露店の呼び声、屋台料理の匂い――どれもが、遠いマルクス城を思い出させる。あの庶民の生活が息づく街を。
歩き続けるうちに、私は「真夜中の回廊(午夜迴廊)」と呼ばれる場所へと辿り着いた。
完全に夜が訪れ、この場所はまるで暗闇とともに目覚めたようだった。
両脇に立ち並ぶ色とりどりのネオンサインから、黄昏のような光がゆっくりと滲み出し、まるで優しくも毒々しい霧が通り全体を包み込んでいるかのようだった。
空気にはさまざまな匂いが混じっていた。アルコールの刺激臭、香水の甘ったるさ、正体不明の食べ物の匂い――。
人々の喧騒、音楽、笑い声、グラスのぶつかる音――それらすべてが混ざり合い、まるで一つの狂騒の交響曲のように耳元で鳴り響く。
通り沿いの建物は背が低く、肩を寄せ合うように並んでいた。壁に貼られた色褪せたポスターには、過ぎ去った時代の妖しげな誘惑がかすかに残っていた。
薄暗い路地裏からは、時おり女たちの笑い声が漏れ、その声と赤い灯りの下にぼんやりと浮かぶ人影が、誘惑と危険が入り混じる幻影のような光景を作り出していた。
街には絶え間なく人々が行き交い、それぞれに異なる佇まいを見せていた。
だらしない服装でふらふらと歩き、荒い息づかいに酒の匂いを漂わせる者もいれば、けばけばしい衣装に身を包み、安っぽい香水の香りを夜風に乗せて歩く者もいた。
彼らはこの通りを彷徨いながら、何かを探している者もいれば、何かから逃げている者もいる。それぞれが語られることのない物語を無言のまま背負っていた。
道端の街灯は、まるで闇夜の狩人のように、人々の影を細く長く引き伸ばし、沈黙のうちに過去の魂を一つひとつ飲み込んでいくかのようだった。
酒場の中は、まるで外の世界とは隔絶された別世界のようだ。
煌びやかな照明と耳をつんざくような音楽が、抗えない引力となって人々を引き寄せ、やがて迷わせる。
この場所では時間の感覚が曖昧になり、自分という存在さえも、終わりのない享楽の中で次第にぼやけていく。
ここは夜の住人たちの世界。
光が溢れているにもかかわらず、人々の目はどこか虚ろで冷たい。
この通りは夜に属し、現実から逃れたい者たちに束の間の避難所を与えてくれる。
彼らは奇妙な幻想に満ちた楽しさに酔いしれ、日中の鎖を忘れるのだ。
俺はこの華やかなネオンに彩られた通りを抜け、人混みのざわめきの中で目当ての人物を見つけた――ウォーサルトとその仲間たちだ。
彼らは通り沿いの欄干にもたれ、どこか余裕のある様子だった。
いつもと違うのは、今日は周囲にいた取り巻きの姿が少なく、親しい側近だけが集まっているように見える。
ゾコの手下たちは、どうやら招待されていないらしい。
俺が歩を進めると、すぐにウォーサルトが俺の存在に気づいた。
彼は眉をひょいと上げ、あの見慣れた不敵な笑みを浮かべた――どこか世を斜めに見ているような、余裕のある笑みだ。
その肩の力の抜けた空気は、今の俺にはちょうどよかった。
俺も笑って応え、自然と夜の空気に溶け込んでいく。今夜は、俺自身のナイトライフの始まりだ。
「ボス!」
「おう、子牛、来たな。」
「全員そろった。行こうぜ。」
このバーは、通りに並ぶ他の小さな店とは明らかに一線を画していた。
二階建ての建物はとても華やかで、異国情緒あふれる装飾が灯りに照らされてほのかに輝いている。
バーの中央にあるステージでは、音楽家たちが集中して演奏しており、旋律は優雅でありながらもリズムに満ち、空間全体を徐々に熱気で包み込んでいた。
この辺りでは、ボス(老大)は名の知れた存在だ。
説明するまでもなく、店員たちはすぐに俺たち一行を丁重に二階の個室へと案内した。
その個室は見晴らしがよく、舞台を真正面から見下ろせる絶好の場所にあり、演奏も、場内の喧騒も一望できた。
俺は何も言わず、他の者の後ろに従って歩いた。何度かこの店に来たことはあるが、俺はいつも隅の席を選び、静かに周囲を観察するのが性に合っている。
皆が席に着くと、手慣れた様子で料理や酒を注文し、間もなくしてテーブルは豪華な料理で埋め尽くされた。
ぼんやりしていたその時、不意に大牛の太く日焼けした腕が俺の肩に回された。
一瞬、胸騒ぎがした――今夜の空気は、何だかきな臭い。
「小牛、今のうちに腹ごしらえしとけよ。あとでボスが絶対お前に酒を飲ませるぞ。」
「前回、俺ほとんど担がれて帰ったんだけど……今回もやられるのか?」
「へへっ、もうボスの“悪いクセ”には慣れたんじゃないのか?」
テーブルにはたくさんの料理が並んでいたが、味は平凡で特に印象に残らなかった。
俺はただ数口だけ食べ、これから始まる“酒の戦い”に備えるつもりだった。
ちょうど箸を置こうとしたその時だった。
露出度の高い服を着た美女たちが、色とりどりの酒を手に列をなして現れた。
彼女たちの姿は一瞬で場の視線を奪った。
豊満な曲線、濃い化粧、そして艶やかな仕草――そのすべてが、この空間のためだけに用意されたような完璧な演出だった。
「俺はあの赤いドレスの子にする!」
「おい、見てみろ、あの黒髪の子……まるで天使が舞い降りたみたいだ!」
「取るなよ、いちばんスタイルいいのは俺のだ!」
皆が我先にとお気に入りのターゲットを指さし、冗談と笑い声が飛び交い、場の空気は一気にヒートアップしていった。
こんな光景は見慣れているはずだった。
彼らが今夜の“お供”を目を輝かせて選んでいる姿を眺めながら、なぜか心の奥に虚しさがこみ上げてきた。
俺は端の席で黙って座っていた。
確かに俺も「見た目が派手な」女性が好みではあるが、こうして見ず知らずの美女が目の前に現れると、なぜか気後れしてしまう。
もしかしたら、俺は「色欲はあれど、肝が据わってない」タイプなのかもしれない。
やがて、一人の厚化粧の美女が音もなく俺の隣に腰を下ろした。
鼻をつくほど強い香水の匂い、露出度の高い薄着、そして柔らかい肌が俺の腕にぴったりとくっついてくる——まるで感覚を一気に攻めてくるような刺激だった。
俺は思わず体をずらしたが、いつの間にか壁際に追いやられていて、逃げ場はなかった。
「イケメンくん、ここは初めて?」
「初めてってわけじゃないけど、まだ慣れてない。」
「大丈夫よ、お姉さんがちゃんと慣れさせてあげる♡」
彼女の笑顔はさらに深まり、目尻のシワがライトに照らされてはっきりと浮かび上がる。
俺はその顔をじっと見つめながら、彼女の年齢を心の中で推測した——三十は超えてるかもな。
どんなにメイクが濃くても、時の流れは隠しきれない。
――だから残ったのか。
そんなことを思いながらも、もちろん表には出せず、礼儀として笑顔を浮かべるにとどめた。
彼女は俺の態度に気づいていないのか、素早くグラスを手に取って俺の前に差し出し、甘ったるい声で言った。
「お姉さんと一杯、飲んでくれるよね?」
胸の奥に不安がよぎる。
――今夜は、悪夢の始まりになるかもしれない。
その予感はすぐに的中した。
軽く世間話を交わしただけで、ボスが早速俺のもとへ酒を持ってやってきた。
上機嫌で、まるで獲物を見つけたかのような勢い。あの熱意に抗える者など、そうはいない。
ようやく一息つこうとしたところへ、大牛がにやにやしながら近づいてきて、容赦なくグラスを俺の手に押し付けた。
もはやこれは、終わりなき攻撃の始まりだった。
ゲームが始まると、個室の熱気はさらに高まり、罰ゲームと野次が飛び交う騒がしさ。
運良くほとんどの罰を避けてきた俺だったが、とうとうその時が来てしまった。
過去の飲み会での経験から、自分の酒量が「普通レベル」だとわかっていた俺には、ここにいる酒豪たちとの勝負など無謀そのものだ。
それでも、意地が勝ってしまう。喉が焼けるように熱くなりながらも、俺はその一杯を一気に飲み干した。
「よくやった!」
ボスが俺の肩をバンと叩き、他の連中もすぐに声を上げる。
「小牛!小牛!小牛!」
こいつら……完全に俺を潰す気だ。
その悪意に満ちた笑顔を見て、俺は悟った――これは、ほんの始まりにすぎない。
さらに強い酒が目の前に差し出され、俺は覚悟を決めてまた飲み干した。
喉が痛み、頭もふらついてきたが、情けない姿は見せられない。
歯を食いしばり、なんとか平静を装って席に座り続けた。
数ラウンドが過ぎた頃、包廂の熱気は最高潮に達していた。
ライトはちらつき、音楽のビートは耳を貫くように激しく、部屋全体がまるで音に合わせて鼓動しているかのようだった。
ボスは顔を真っ赤に染め、グラスを高々と掲げて叫んだ。
「さあ、今夜は酔い潰れるまで帰らねぇぞ!」




