15.ショートカット魔法
捷徑魔法
昼の陽射しが廊下に差し込む中、教科書を片づけて教室を出ようとした瞬間、聞き慣れた声が私を呼び止めた。
「午後、授業ある?」
フィクソだった。彼女は本を抱え、教室の扉のそばに立ち、じっとこちらを見つめている。
「ないよ。」
「じゃあ、一緒に授業受けに行こう。」
彼女は当然のように言った。その言い方には、私の同意など必要ないと言わんばかりの強引さがあった。
「めんどくさい。やだ。」
私は顔をしかめ、正直に言って本当に面倒だと感じていた。なんでわざわざ授業を一コマ余計に受けなきゃいけないんだ?そんなのは、私の予定にまったく入っていない。
「プログラム魔法に関する授業だよ。」
彼女は声を張り上げ、私の興味を引こうとしているようだった。
「それなら、もっと興味ない。」
私は手をひらひらと振り、あからさまに退屈そうな声で答えた。
「前に受けたことあるけど、たいして役に立たなかったよ。」
実際、マークイス市で学んだプログラム魔法は、ここの授業よりもずっと効率的で実用的だった。
「今日の先生は違う教授だってば!」
フィクソは少し焦りながら、自分の提案を必死に弁護していた。
私はニヤリと口元を上げて、からかうように言った。
「で、どうせまたつまんない授業だったら?」
彼女はムッとした表情で私を睨み、唇をぎゅっと結んで何か言い返そうとしている様子だった。そして、少し考えたあとでようやく口を開いた。
「そ、そのときは……晩ご飯、おごってあげる!」
「よし、約束だ!」
「ちょっと!わざとでしょ!」
フィクソは怒って足を踏み鳴らし、私の服の裾をつかんで、小さな拳で軽く叩いてきた。その力はまるで羽根のようにかすかだった。
午後の陽射しがまぶしく芝生に降り注ぐ中、私は約束通りフィクソと共に、ほとんど空っぽの教室で講義の開始を待っていた。教室はやたらと広いのに、生徒はまばらで、それぞれの角に数人ずつ散らばって座っているだけ。全体で十人にも満たない。
この静まり返った雰囲気に、私は思わず疑念を抱いた。この教授の授業、本当に時間を割く価値があるのか?
退屈さに飽き始めたその時、一人の小柄な老人が教室の入口に現れた。男性としては特に華奢な体格で、両手を背中に組み、ゆったりと歩いてくる。その姿は教室に入ってきたというより、庭を散歩しているかのようだった。
だらしない見た目はひときわ目を引いた。浅い灰色の巻き髪はまったく整っておらず、顔中を覆うような大きな髭は、お菓子でも隠せそうなくらいもじゃもじゃだった。
老人は生徒たちの視線を一切気にせず、そのまま講壇へ向かった。挨拶も自己紹介もなく、机の上の分厚い本を開き、そのまま講義を始めた。
「この人がプログラム魔法の教授、ウルリッヒよ(Ulrich)。変わってるでしょ?」
フィクソが肘で私をつつきながら、小声で得意げに囁いた。
私はちらっと老人を見て、小さく答えた。
「確かに、変人っぽいな。」
彼女はくすっと笑い、それから真面目な顔に戻って講義に集中した。
ウルリッヒ教授の導入はごく普通で、まずはプログラム魔法の基礎の復習から入った。しかし、私にとってはまったく新鮮味のない内容で、むしろ退屈で仕方がなかった。私は椅子に座っているだけで精一杯で、思考はすでにどこかへ飛んでいた。
やはりこの授業は、私のプログラム魔法への印象——つまり「単調で面白みに欠ける」——を変えるものではなさそうだった。
「魔法の使用過程——集中、ドライブストーンの解読、魔力の出力、融合、設定の導入、安定化、そして発動。」
(聚精會神、解碼驅動石、匯出魔力、融會貫通、導入設定、穩定、釋放。)
ウルリッヒ教授は講壇の前で、落ち着いた口調ながらも重みのある声で話し、黒板にそれらの手順を書き記した。その字は、彼のだらしない外見からは想像できないほど整っていた。
「ドライブストーンの解読には全神経を集中させ、魔力を出力させる。体と魔力の均衡を取ることが重要だ。」
その声には威圧的ではないが、不思議な説得力があった。
「初心者はこの工程でよく失敗し、魔力が暴走して怪我をする。」
そう言って教授は教室を一巡するように見渡した。まるで、これは決して遊びではないと暗に警告しているかのようだった。
「そして設定の導入——ここが魔法陣の細部を決める最も重要な部分だ。安定化させれば、いよいよ発動可能となる。
工程の速度を決定づけるのは『解読』と『導入』の二段階であり、これは個人差が大きい。特に魔法陣の細部の処理には、各自の理解力が問われる。」
彼の言葉には、私の興味を少しだけ引きつける力があった。しかし次の瞬間、彼が発した一言が私の意識を一気に引き戻した——「ショートカット魔法」。
「老夫の研究する『ショートカット魔法』は、設定導入の工程を大幅に短縮し、比較的威力の小さい魔法を最速で発動させることを目的とする。」
その一言で、まるで脳内に火が灯ったような衝撃が走った。プログラム魔法の最大の欠点は、何といっても準備の煩雑さだ。
敵が武器を振りかざす間に、まだ魔法陣を描いている——それが魔法使いが戦場で護衛を必要とする理由だった。魔法使いは大砲のような存在であり、強力だが脆弱。しかしショートカット魔法は、その問題に革命的な解決策を提示していた。
教授の説明が進むにつれ、私の関心はどんどん深くなっていった。あんなに退屈だと思っていた授業が、まさかこんなに面白いとは。
夢中になって聞いていると、突然、校内のチャイムが鳴り響いた。ウルリッヒ教授は一瞬立ち止まり、それから何も言わずに本を閉じて出口へ向かって歩き出した。講壇には、チョークで書かれた言葉だけが残された。
教室の生徒たちは慣れた様子で無言のまま荷物を片付け、それぞれ帰っていった。
「面白かった?」
隣から声がして、私は振り返る。フィクソがじっとこちらを見ており、その顔には微妙な笑みが浮かんでいた。
「確かに……ちょっと興味出たかも。」
私はうなずきながら答えたが、心の中では次回の授業が待ち遠しくなっていた。この変わり者の教授が、次に何を教えてくれるのか気になって仕方がなかった。
「ほらね、言ったでしょ。」
フィクソは教科書をしまいながら、得意げにあごを上げた。その視線は、まだ黒板に残るチョークの文字に向けられていた。
「そういえば、競技場って知ってる?」
彼女がふいに聞いてきた。口調は軽かったが、目には何か期待のような光が宿っていた。
「知ってるよ。」
私はノートをカバンに押し込みながら、気のない返事をする。
「ウルリッヒ教授には、一番弟子がいるの。『フォーフィンガー(四指)』って呼ばれてる。あの人、競技場の番外ランク資格を持ってるんだよ。」
「魔法使いがタイマン張れるってのは、なかなかのもんだな。」
私は思わず眉を上げ、その「フォーフィンガー」という人物に少し興味が湧いてきた。
私たちは荷物をまとめ、肩を並べて廊下を歩いた。午後の陽射しが窓から差し込み、ふたりの影を長く伸ばしていた。
「ねえ。」
「ん?」
「……プログラム魔法のこと、そんなに好きなの?」
「なんで急に?」
フィクソは眼鏡を押し上げ、視線を廊下の先へ向けた。私の問いには、さほど意外でもなさそうだった。
「今日の授業、いつにも増して真剣だった気がしてさ。」
「私はいつも真剣だよ。」
その返答はあまりにもあっさりしていて、彼女にとっては当然のことのようだった。
「でも今日はちょっと違った。……うーん、」
私は言葉を探して少し黙り込む。
「ウルリッヒ教授の話を聞いてるとき、目がキラキラしてた。心から、この学問が好きなんだなって伝わってきた。」
フィクソは俯き、灰青色の長髪に指を通しながら、小さな声で答えた。
「……おばあちゃんが、魔法使いだったの。子どものころ、魔法を使う姿を見て憧れたんだ。でも、両親は魔法使えないから。」
「じゃあ、なんでおばあちゃんに直接習わなかったの?」
「すごく遠くに住んでて……何回も会ったことないの。」
彼女の声には少し寂しさがにじんでいたが、すぐに前向きな表情に変わった。
「だから、大学都市に留学して、自分の力でプログラム魔法を学びたいと思ったんだ。」
「……小フィ。」
「なに?」
「プログラム魔法が得意な人、目の前にいるよ?」
私はニヤリと悪戯っぽく笑い、少し挑発的な口調で言った。
フィクソは目を細め、眼鏡越しに私を一瞥しながら冷たく返す。
「本当にすごい人は、自分ですごいって言わないものよ。」
「ちょっ……ほんとだってば!」
私は思わず声を荒げた。
「で、前のプログラム魔法のテスト、何点だったの?」
「満点。」
フィクソの目が見開かれ、一瞬で疑いの表情が興奮に変わった。
「教えて!」
「お願いしてみな。」
「お願いしま~す、先生ぇ~」
彼女はわざと語尾を伸ばし、からかうような声で言った。
「やめろって、変な呼び方するなよ!」




