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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第2卷 - 大学城編
73/105

15.ショートカット魔法

 挿絵(By みてみん)

 捷徑魔法


 昼の陽射しが廊下に差し込む中、教科書を片づけて教室を出ようとした瞬間、聞き慣れた声が私を呼び止めた。

「午後、授業ある?」

 フィクソだった。彼女は本を抱え、教室の扉のそばに立ち、じっとこちらを見つめている。

「ないよ。」

「じゃあ、一緒に授業受けに行こう。」

 彼女は当然のように言った。その言い方には、私の同意など必要ないと言わんばかりの強引さがあった。

「めんどくさい。やだ。」

 私は顔をしかめ、正直に言って本当に面倒だと感じていた。なんでわざわざ授業を一コマ余計に受けなきゃいけないんだ?そんなのは、私の予定にまったく入っていない。


「プログラム魔法に関する授業だよ。」

 彼女は声を張り上げ、私の興味を引こうとしているようだった。

「それなら、もっと興味ない。」

 私は手をひらひらと振り、あからさまに退屈そうな声で答えた。

「前に受けたことあるけど、たいして役に立たなかったよ。」

 実際、マークイス市で学んだプログラム魔法は、ここの授業よりもずっと効率的で実用的だった。

「今日の先生は違う教授だってば!」

 フィクソは少し焦りながら、自分の提案を必死に弁護していた。

 私はニヤリと口元を上げて、からかうように言った。

「で、どうせまたつまんない授業だったら?」

 彼女はムッとした表情で私を睨み、唇をぎゅっと結んで何か言い返そうとしている様子だった。そして、少し考えたあとでようやく口を開いた。

「そ、そのときは……晩ご飯、おごってあげる!」

「よし、約束だ!」

「ちょっと!わざとでしょ!」

 フィクソは怒って足を踏み鳴らし、私の服の裾をつかんで、小さな拳で軽く叩いてきた。その力はまるで羽根のようにかすかだった。



 午後の陽射しがまぶしく芝生に降り注ぐ中、私は約束通りフィクソと共に、ほとんど空っぽの教室で講義の開始を待っていた。教室はやたらと広いのに、生徒はまばらで、それぞれの角に数人ずつ散らばって座っているだけ。全体で十人にも満たない。

 この静まり返った雰囲気に、私は思わず疑念を抱いた。この教授の授業、本当に時間を割く価値があるのか?


 退屈さに飽き始めたその時、一人の小柄な老人が教室の入口に現れた。男性としては特に華奢な体格で、両手を背中に組み、ゆったりと歩いてくる。その姿は教室に入ってきたというより、庭を散歩しているかのようだった。

 だらしない見た目はひときわ目を引いた。浅い灰色の巻き髪はまったく整っておらず、顔中を覆うような大きな髭は、お菓子でも隠せそうなくらいもじゃもじゃだった。

 老人は生徒たちの視線を一切気にせず、そのまま講壇へ向かった。挨拶も自己紹介もなく、机の上の分厚い本を開き、そのまま講義を始めた。


「この人がプログラム魔法の教授、ウルリッヒよ(Ulrich)。変わってるでしょ?」

 フィクソが肘で私をつつきながら、小声で得意げに囁いた。

 私はちらっと老人を見て、小さく答えた。

「確かに、変人っぽいな。」

 彼女はくすっと笑い、それから真面目な顔に戻って講義に集中した。


 ウルリッヒ教授の導入はごく普通で、まずはプログラム魔法の基礎の復習から入った。しかし、私にとってはまったく新鮮味のない内容で、むしろ退屈で仕方がなかった。私は椅子に座っているだけで精一杯で、思考はすでにどこかへ飛んでいた。

 やはりこの授業は、私のプログラム魔法への印象——つまり「単調で面白みに欠ける」——を変えるものではなさそうだった。


「魔法の使用過程——集中、ドライブストーンの解読、魔力の出力、融合、設定の導入、安定化、そして発動。」

(聚精會神、解碼驅動石、匯出魔力、融會貫通、導入設定、穩定、釋放。)

 ウルリッヒ教授は講壇の前で、落ち着いた口調ながらも重みのある声で話し、黒板にそれらの手順を書き記した。その字は、彼のだらしない外見からは想像できないほど整っていた。

「ドライブストーンの解読には全神経を集中させ、魔力を出力させる。体と魔力の均衡を取ることが重要だ。」

 その声には威圧的ではないが、不思議な説得力があった。

「初心者はこの工程でよく失敗し、魔力が暴走して怪我をする。」


 そう言って教授は教室を一巡するように見渡した。まるで、これは決して遊びではないと暗に警告しているかのようだった。

「そして設定の導入——ここが魔法陣の細部を決める最も重要な部分だ。安定化させれば、いよいよ発動可能となる。

 工程の速度を決定づけるのは『解読』と『導入』の二段階であり、これは個人差が大きい。特に魔法陣の細部の処理には、各自の理解力が問われる。」


 彼の言葉には、私の興味を少しだけ引きつける力があった。しかし次の瞬間、彼が発した一言が私の意識を一気に引き戻した——「ショートカット魔法」。

「老夫の研究する『ショートカット魔法』は、設定導入の工程を大幅に短縮し、比較的威力の小さい魔法を最速で発動させることを目的とする。」

 その一言で、まるで脳内に火が灯ったような衝撃が走った。プログラム魔法の最大の欠点は、何といっても準備の煩雑さだ。

 敵が武器を振りかざす間に、まだ魔法陣を描いている——それが魔法使いが戦場で護衛を必要とする理由だった。魔法使いは大砲のような存在であり、強力だが脆弱。しかしショートカット魔法は、その問題に革命的な解決策を提示していた。


 教授の説明が進むにつれ、私の関心はどんどん深くなっていった。あんなに退屈だと思っていた授業が、まさかこんなに面白いとは。

 夢中になって聞いていると、突然、校内のチャイムが鳴り響いた。ウルリッヒ教授は一瞬立ち止まり、それから何も言わずに本を閉じて出口へ向かって歩き出した。講壇には、チョークで書かれた言葉だけが残された。

 教室の生徒たちは慣れた様子で無言のまま荷物を片付け、それぞれ帰っていった。


「面白かった?」

 隣から声がして、私は振り返る。フィクソがじっとこちらを見ており、その顔には微妙な笑みが浮かんでいた。

「確かに……ちょっと興味出たかも。」

 私はうなずきながら答えたが、心の中では次回の授業が待ち遠しくなっていた。この変わり者の教授が、次に何を教えてくれるのか気になって仕方がなかった。

「ほらね、言ったでしょ。」

 フィクソは教科書をしまいながら、得意げにあごを上げた。その視線は、まだ黒板に残るチョークの文字に向けられていた。


「そういえば、競技場って知ってる?」

 彼女がふいに聞いてきた。口調は軽かったが、目には何か期待のような光が宿っていた。

「知ってるよ。」

 私はノートをカバンに押し込みながら、気のない返事をする。

「ウルリッヒ教授には、一番弟子がいるの。『フォーフィンガー(四指)』って呼ばれてる。あの人、競技場の番外ランク資格を持ってるんだよ。」

「魔法使いがタイマン張れるってのは、なかなかのもんだな。」

 私は思わず眉を上げ、その「フォーフィンガー」という人物に少し興味が湧いてきた。

 私たちは荷物をまとめ、肩を並べて廊下を歩いた。午後の陽射しが窓から差し込み、ふたりの影を長く伸ばしていた。

「ねえ。」

「ん?」

「……プログラム魔法のこと、そんなに好きなの?」

「なんで急に?」

 フィクソは眼鏡を押し上げ、視線を廊下の先へ向けた。私の問いには、さほど意外でもなさそうだった。

「今日の授業、いつにも増して真剣だった気がしてさ。」

「私はいつも真剣だよ。」

 その返答はあまりにもあっさりしていて、彼女にとっては当然のことのようだった。

「でも今日はちょっと違った。……うーん、」

 私は言葉を探して少し黙り込む。

「ウルリッヒ教授の話を聞いてるとき、目がキラキラしてた。心から、この学問が好きなんだなって伝わってきた。」

 フィクソは俯き、灰青色の長髪に指を通しながら、小さな声で答えた。

「……おばあちゃんが、魔法使いだったの。子どものころ、魔法を使う姿を見て憧れたんだ。でも、両親は魔法使えないから。」

「じゃあ、なんでおばあちゃんに直接習わなかったの?」

「すごく遠くに住んでて……何回も会ったことないの。」

 彼女の声には少し寂しさがにじんでいたが、すぐに前向きな表情に変わった。

「だから、大学都市に留学して、自分の力でプログラム魔法を学びたいと思ったんだ。」


「……小フィ。」

「なに?」

「プログラム魔法が得意な人、目の前にいるよ?」

 私はニヤリと悪戯っぽく笑い、少し挑発的な口調で言った。

 フィクソは目を細め、眼鏡越しに私を一瞥しながら冷たく返す。

「本当にすごい人は、自分ですごいって言わないものよ。」

「ちょっ……ほんとだってば!」

 私は思わず声を荒げた。

「で、前のプログラム魔法のテスト、何点だったの?」

「満点。」

 フィクソの目が見開かれ、一瞬で疑いの表情が興奮に変わった。

「教えて!」

「お願いしてみな。」

「お願いしま~す、先生ぇ~」

 彼女はわざと語尾を伸ばし、からかうような声で言った。

「やめろって、変な呼び方するなよ!」


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