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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第1巻 - ハンター編(獵人篇)
7/68

5.拳で語る

挿絵(By みてみん)

 用拳頭說話


 夕陽が沈みかける頃、狩人公会の建物は、金色の光に包まれ、壮麗かつ神秘的な姿を見せていた。

 橙紅色の夕焼けが、その無骨な石壁と鉄製の装飾を柔らかく染め上げ、普段の冷厳な印象に温もりを与えていた。

 黒鉄の門は夕陽に照らされて鈍く光り、その表面に刻まれた紋様や獲物の徽章が、まるで歴史のレリーフのように際立って見える。

 門の両側に吊るされた赤い提灯も、夕焼けに照らされて濃い橙色に染まり、まるで獲物を求める狩人たちを誘うかのようだった。


 そんな光景の中、一行は公会の前に集まっていた。

 だが、その場の空気はどこか張り詰めていた。

 通り過ぎるハンターたちは、軽く会釈をする者もいれば、冷ややかな視線を向けて足早に立ち去る者もいる。

 そして、中には露骨な嘲笑を向ける者もいた。

「おやおや、これはこれは……城主様のご子息じゃないですか。これは恐れ入りましたなぁ!」

「おっと、俺みたいな下々の者が、こんな高貴なお方に話しかけるなんて、恐れ多いことだぜ……いや、違った、城主のボンボン様だったか?ハハハ!」

 その言葉を皮切りに、周囲のハンターたちも次々と嘲笑に加わる。

 彼らの軽蔑に満ちた言葉は、まるで無数の見えない棘となり、その場の空気を刺すように張り詰めさせていた。


 傍らに立つ小鬼は、眉を深くひそめ、その深い瞳の奥に怒りの炎を燃やしていた。

 指先はわずかに震えており、彼がどれほど必死に怒りを抑え込んでいるのかが伝わってくる。

 もしも隊長が素早く腕を掴んで制止しなければ、小鬼はすでに飛び出して、あの嘲笑する連中を片っ端から殴り倒していただろう。

 彼らは余計な衝突を避けるべく、さっさと厚重な扉の片側だけが開いた門を通り抜けた。

 すると、温かい光が迎え入れ、広々とした大広間を照らしていた。

 天井には巨大な鉄製のシャンデリアが吊るされ、そこから放たれる柔らかな金色の灯りが、夕陽の光と交じり合い、空間全体に幻想的な陰影を生み出している。

 石造りの床には、足音とともに揺らぐ光の模様が広がり、一歩進むたびに美しい光景が描かれていく。

 壁には深い色合いの木材と石が組み合わされており、夕陽に照らされることで、より神秘的で荘厳な雰囲気を醸し出していた。

 そこに刻まれた獲物の彫刻や古いルーンの紋様が、淡い光に浮かび上がり、まるでこの場所に刻まれた栄光と秘められた物語を静かに語っているようだった。


「こんにちは。我々は《鋼鉄の心》の隊伍です。今回は、戦利品の換金をお願いしたい。」

 隊長は人混みを抜け、カウンターへと進むと、落ち着いた口調でそう告げた。

 カウンターの奥にいた職員は軽く頷き、彼らが今回の狩猟で得た三つの駆動石ドライブストーン、獣の牙、その他の戦利品を順に確認し、手際よく換金処理を進めていく。

 そして、隊長は受け取った金を五等分し、それぞれの隊員へと渡した。


 多くのハンター隊伍が貢献度に応じて報酬を分配するのとは異なり、《鋼鉄の心》は全員に均等に分ける方針を取っていた。

 特に、新人ハンターである見習いにとっては、この制度は非常にありがたいものだった。

 《鋼鉄の心》が結成されてから、すでに二年以上が経過している。

 創設メンバーは隊長・大姐頭・小鬼の三人。

 大叔は一年前に加入し、見習いはまだ加入して一ヶ月ほどの新入りだった。


「隊名を聞くたびにツッコミたくなるわ。隊長のネーミングセンス、本当に最悪ね。」

 大姐頭(お姉さん頭)は冗談めかしてそう言った。

「だよな!最初から俺の案を採用すべきだったんだよ!『ゴールドハンター』――どうよ、カッコいいだろ?」

 小鬼ちびはすぐに相槌を打った。

 隊伍のメンバーは和気あいあいと軽口を叩き合いながら、公会を後にする準備を進めていた。

 しかし、ちょうどその時、酔っ払った男の声が背後から響いてきた。

「鋼鉄の心……げぷっ……確かにな。鋼鉄みてぇな心がなきゃ、こんなクソみてぇな隊伍にいられるわけねぇよ!」

 声の主は、顔を真っ赤にした酔漢だった。

 彼は乱暴にテーブルを叩き、声を大広間に響かせる。


 隊長はそれを見てすぐに小鬼を後ろへ押しやり、無視するように合図した。

 だが、その反応が逆に酔漢をつけあがらせてしまった。

 彼は大声で叫ぶ。

「無視してんじゃねぇぞ!」

 その怒鳴り声と共に、彼はそばにあった木製の椅子を勢いよく倒した。

 ドンッ!という鈍い音が響き渡る。

 彼は足元をふらつかせながらも、素早く立ち上がり、まっすぐこちらに向かってきた。

「またアイツか……」

 周囲のハンターたちはひそひそと囁き合う。

「昔はハンターだったが、公会を追放されてからというもの、酒に溺れては問題ばかり起こしてるらしい。」


 だが、酔漢はそこで引き下がるつもりはなかった。

 無視されていると気づくと、彼の怒りはさらに激しく燃え上がり、声も一層耳障りなものへと変わる。

「無視しやがって……おい、大姐頭(お姉さん頭)!お前、エリノアとか言ったな?」

 次の瞬間、彼の口から信じがたい言葉が飛び出した。

「城主の息子に買われた女か、それとも娼婦か?夜はご主人様の玩具にでもなってるのか?」

 その瞬間、隊長の表情が凍りついた。

 そして、彼の手が素早くエリノアの腕を掴む。

 彼女の全身から、今にも爆発しそうな怒気が伝わってきた。

 エリノアの顔には怒りの紅潮が広がり、その瞳は憎悪に燃えていた。

 彼女は今にも飛びかかりそうな勢いで酔漢を睨みつける。

 しかし、隊長が予想していなかったのは、彼女よりも早く動いた者がいたことだった。

 小鬼ちびはすでに堪忍袋の緒が切れていた。

 彼は近くにあった酒の入ったカップを掴み取ると、迷うことなくそれを酔漢に向かって投げつけた。

 バシャッ!

 酒が弧を描きながら飛び、酔漢の胸元をびしょ濡れにする。

 広間に静寂が訪れる。

 空気が凍りつくように張り詰め、誰もが息をのんだ。

 次の瞬間、低いざわめきと小さな驚きの声が、まるで波紋のように広がっていく。

 ――この行動が何を意味するか、馬奎斯城マークィスシティの者なら誰もが理解していた。

 これは、決闘の合図だった。


 この街のハンターたちは、力こそがすべてという価値観を強く持っている。若く血気盛んなハンターたちが集まり、しばしば喧嘩や殴り合いが勃発する。街として正式に喧嘩を禁じているわけではないが、「騒ぎを起こすな、無茶はするな」という不文律が存在している。

 決闘のルールは至ってシンプルだ。ドライヴストーンの使用は禁止、卑怯な手も御法度。審判? 観客がその役割を果たす。見物人たちは自然と、公平性を見届ける証人となるのだ。

 ギルドの中はいつも賑やかで、喧嘩が始まりそうになると、群衆は暗黙の了解でスペースを空ける。誰もが面白がって見物する。

 そんな中、いつも場を盛り上げる数人の常連がいる。中でもリーダー格のオジサンは、陽気に賭けを始め、まるで露店商のように叫ぶ。

「酔っ払いに賭ける奴はいるかー?」

 観客たちは大いに沸き立ち、次々と札束を彼の手に押し込む。場内は一気に熱気に包まれた。


「相手、すっごくデカい……あの子、大丈夫かな?」

 人混みの後ろにいた見習いは、不安げに姐さんの服の端を掴みながらそうつぶやく。心配そうな声には、緊張がにじんでいる。

 姐さんは見習いの耳元で何かを囁いた。それを聞いた見習いはにっこり笑い、勢いよく前に出て、オジサンのそばまで駆け寄ると大声で言った。

「ボクは小僧に賭ける!」

 賭けの輪が徐々に整うにつれ、人々の視線は自然とこれから始まる二人の対決に集中していく。

 喧嘩において、最も分かりやすい優位性は体格の差だ。

 酔っ払いは小僧より頭一つ分は高く、体重もおそらく倍近い。その明らかな体格差により、観客の九割は酔っ払いに賭けた。

 酔っ払いの身長は180センチを超え、体格は大きいが、ややだらしない印象で、日頃から鍛えているハンターには見えない。一方、小僧は彼の前に立つと、もはや大人と少年ではなく、大人と子供ほどの差があった。


 オジサンは興奮気味に実況スタイルを取り始めた。

「さあ皆さん、お待たせしました!ショーの始まりだ!試合開始!我らが酔っ払い、重たい足取りで前へ進む!おっと、こいつの拳はなかなか重そうだぞ!右拳をぶんと振りかざし、小僧に一直線!さあ、小僧は避けられるのか!?」

 果たして、小僧は身のこなしが見事だ。素早く身を沈め、その鋭い一撃を完璧にかわした。

「そして――小僧の反撃!後ろ手に拳を振り上げ、酔っ払いの左下腹を直撃だ!拳はたっぷりした脂肪にめり込んだが、残念!酔っ払いには全く効いていない!」

 オジサンは笑いながら実況を続ける。

「酔っ払いも黙っちゃいない!すぐさま左拳を繰り出す!おおっと、危うく小僧の顔をかすめるところだ!小僧はすばやく後退して距離を取る。お見事、反応が速い!

 酔っ払いの口も止まらないぞ!ははは、聞こえるか?『飯も食ってねぇのか?ガキ、お前の拳、股間と同じくらい柔らかいんじゃねぇのか?』

 うわぁ、こりゃキツい一言だ!酔っ払いは大股で詰め寄り、もう一度左拳を繰り出す!さて、小僧の対応はどうなるか?」


 オジサンの声はどんどん高ぶっていく。

「今回は小僧、さらに大胆な戦術を選んだぞ!見ろ!身体をわずかに傾けて……おおっと、ギリギリでかわした!なんという身のこなし!

 そして体をひねり、左手で素早くフックを放つ!見ろこの弧を描く一撃!パシッ!完璧に酔っ払いの顔面にヒットォ!観客の皆さん、これぞ見事なカウンターだ!」

 一拍おいて、オジサンは声をひそめて続けた。

「だが、これで終わりではない!顔を打たれた酔っ払いは、即座にフェイントだった左手を引き戻し、小僧の拳がまだ戻り切っていない一瞬の隙を逃さなかった!

 やばいぞ!酔っ払いの右拳、まるで砲弾のように放たれる!――うわっ、小僧、吹っ飛んだァ!まるで爆風に吹き飛ばされたかのように、数メートルも飛ばされて地面に叩きつけられる!ああっと、これはヤバい展開だ!」


 酔っ払いは冷たく笑いながら言った。

「俺には、こんなの痛くもかゆくもねぇ。」

 そう言いながらも、無意識に鼻から血をすすった。

 オジサンはさらに興奮して実況を続ける。

「しかし!小僧はそんなにヤワじゃないぞ!すぐに立ち上がった!血を吐きながらも、その目つき!まるで怒り狂った猟犬のようだ!

 小僧が突進する!身を低くして、酔っ払いの拳をかわした!今までとは違う!拳だけじゃない、見ろこの動き――

 両手がツルのように酔っ払いの右腕に絡みつき、右足はまるで大蛇のように背後から酔っ払いの右脚を狙って――鋭く、正確に、そして無慈悲に薙ぎ払った!」

 オジサンは手を振り回しながら熱く叫ぶ。

「酔っ払い、対応できなかった!バランスを崩して、ドスンと地面に叩きつけられたぞ!この鈍い音を聞け!まだ天井を呆然と見つめてる!起き上がろうとしてる?

 無理だ!小僧はすでに首を両腕でがっちりとロック!この角度……完璧だ!

 両腕は大蛇のように酔っ払いの首に巻きつき、酔っ払いはもがくが……ダメだ!もう抵抗できない!」


 小僧は立ち上がり、酔っ払いの体を物色して財布を取り出し、それをオジサンに向かってポイっと投げた。そして豪快に叫んだ。

「酒は俺のおごりだ!」

 オジサンは興奮のあまり腿を叩きながら、どんどん声を張り上げていく。

「最高だった!この盛り上がりを見てくれよ!会場中が大歓声だ!まさか、こんな短時間で小僧が逆転勝利するなんて……誰が予想した!?驚きの結末だぁぁ!」



 ──ギルドの外では、隊長が階段に腰を下ろしてぼんやりしていた。近づく足音に気づくと、顔を上げて、すでに全てを察していたように淡々と尋ねた。

「片付いたか?……なんか、殴られた音がしてたけど?」

 小僧の口元にはまだ血の跡が残っていたが、何も言わずに隊長の横をすり抜けていく。

 隊長はため息をついて立ち上がり、こう言った。

「飯はまた今度にしよう。ひとまず、家に帰れ。」

 後ろから見習いが駆け寄ってきて、心配そうに声をかける。

「ちゃんと冷やすんだよー!」

 小僧は手を振るだけで振り返らず、そのまま人混みに紛れて姿を消した。


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