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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第2卷 - 大学城編
68/105

11.ボスに会う

 挿絵(By みてみん)

 會會老大


 チャイムが鳴ると同時に、私は足早に訓練教室へ向かった。

 開け放たれた教室の扉から、数人の話し声が微かに聞こえる。中へ入ると、目に飛び込んできたのは数名の上級生たち。皆どこか不良じみた雰囲気を漂わせ、階段状の椅子にだらしなく座っていた。

 私が入ってくると、彼らの笑い声と会話が少しだけ静まった。教室の隅には佐コがいて、彼らに媚びを売るように何かを告げ口している。表情は滑稽で卑屈そのものだった。


 私はざっと周囲を見回し、ひときわ体格の良い、肌の黒い上級生に目を留めた。彼はこちらを睨みつけ、その目には挑発と威圧の色が宿っていた。あの腕の太さは、私の太ももほどもある。

(こいつが「ボス」ってやつだな)と直感した。歳は少し上なだけなのに、圧倒的な存在感と筋肉量からして、この勝負が簡単には終わらないことを悟った。


「お前が佐コの言ってた奴か?」

 重く低い声で彼が話しかけてくる。その口調には敵意があった。

「そうだよ、ボス! こいつが文句つけてきたんだ!せっかく俺たちが保護料を集めてたのに!」

 佐コがすかさず言い添えた。その声には媚びと卑屈さが滲んでいて、聞いているだけで不快だった。

「はあ……佐コ、前にも言ったよな。クラスメイトにはちょっかい出すなって。校長に呼ばれたくねぇんだよ。」

 ボスの声には苛立ちがあったが、それは私にではなく、佐コの姑息な行為に対するものだった。

 佐コはバツが悪そうに口ごもった。

「だって……だって、ボスに渡す金が足りなくなっちゃうし……」

 そのとき、横にいた別の上級生が、佐コの頬を軽くペチペチと叩き、あざ笑うように言った。

「ボスの名前使って好き勝手やってんじゃねーよ。それで保護料チャラにできると思ってんのか?」


 その時だった。まるで周囲とは別格の気配を纏った一人の上級生が、椅子から立ち上がってゆっくりと私の方へ歩いてきた。彼には先ほどの連中のような粗暴さはなく、むしろ「美男子」と呼ぶにふさわしい雰囲気を持っていた。

 すらりとした体に、洗練された所作。まるで貴族の子息のような優雅さがあり、周囲の不良たちの中で明らかに浮いていた。その顔立ちは反則級に整っており、深く彫られた輪郭に整った五官——一目で女子の人気を集めるタイプだとわかる。

 口元には微笑を浮かべていたが、その瞳の奥には鋭い光が隠れていた。

「戦闘の授業で毎回満点取ってるんだって? かなり期待してるんだよ、君には。」

 私は思わず身構え、冷たく返した。

「だから?」

 彼は微笑を崩さず、制服の袖をゆっくりと捲り、引き締まった前腕をあらわにしながら、落ち着いた口調で言った。

「さあ、後輩。俺が“素手格闘”の授業をしてあげるよ。」

 意表を突かれた。まさかこんな美男子が出てくるとは。場違いな光景に戸惑いはあったが、相手が整った顔をしていようが、容赦するつもりはなかった。

「鼻、折れても知らないぞ。」

 私はそう言い返しながら、心の中では可笑しさを感じていた。この貴族気取りが、本当に戦いの厳しさを理解しているのか?


 私は構えを取り、相手の体格や姿勢を素早く分析した。確かに訓練は積んでいるようだが、私の一撃を受けきれるとは思えなかった。

 私は踏み込むと同時に右拳を振り上げ、全力で彼の顔面を狙った。渾身の一撃。これで決着をつけるつもりだった。

 拳が空を切る音が響き、脳裏には彼の鼻が潰れるイメージが浮かんでいた——しかし、次の瞬間、

 衝撃は来なかった。


 彼はほとんど動いていない。ほんのわずかに体を傾けただけで、私の拳を軽々とかわしていたのだ。拳が彼の耳元をかすめ、空振りの勢いでバランスを崩しかけた。

 彼の目には一瞬、私の攻撃を見抜いたような侮蔑の光が走った。

「悪くない動きだけど……遅いな。」

 まるで稽古の相手にでもしているかのように、余裕のある口調だった。

 私は唇を噛み、すぐに姿勢を立て直し、左拳で腹部を狙って攻撃を仕掛けた。今度こそ、と思ったが、彼はまたもや華麗に身をかわし、まるで水のように滑らかに動いて距離を取った。

「ちょっと焦りすぎだよ、後輩。」

 彼は微笑を浮かべたまま、腕をだらりと下げたままで、一切の反撃すらしてこない。


「チッ。」

 その余裕ぶった態度に、私の中の怒りがさらに煽られた。私は簡単に感情を爆発させるタイプではないが、この男の余裕と嘲りの笑みに、戦闘本能が完全に点火された。

 私は気を取り直し、立て続けに連打を浴びせた。右、左、右——間を空けずに打ち込み、彼の防御を崩そうと試みる。

 だが、拳はまるで空気を殴っているかのように何も当たらなかった。彼の動きは相変わらずシンプルだが、回避のタイミングが完璧だった。まるで踊るように、華麗かつ正確に私の攻撃を避けていく。

 距離を詰めて圧をかけようとしても、彼はまるで濡れた石鹸のように滑るように逃げていく。


「どうやら君はただ突っ込んで殴るだけのタイプみたいだね。そんな戦い方じゃ、いずれ痛い目を見るよ。」

 彼の口調は厳しくはなかったが、どこか指導的な響きを帯びていた。本当に先輩が後輩に教えているような雰囲気だった。

 私は足を止め、やや荒い呼吸を整えながら、内心で驚きを隠せなかった。こいつ……ただ避けるだけでなく、防御に徹しながらもここまで余裕を保っているなんて。

「じゃあ、そっちから来いよ。」

 私は冷たく言い放ち、より堅固な防御姿勢を取った。もはや、彼を甘く見ることはなかった。

 彼は薄く笑い、ついに片手を上げた。まるで「これからが本番だ」とでも言うように。


 次の瞬間、彼は私の右側に突然現れた。その速さは目で追うのも困難なほどだった。動作には一切の前兆がなく、私は反応する間もなく、側腹に強烈な衝撃を受けた。

「うっ……!」

「防御のフォーム、合格点にはほど遠いね。」

 彼は拳を素早く引き戻し、依然として落ち着いた口調で言った。

 見た目には軽く打っただけのようだったが、その一撃は鋭い痛みを伴っていた。まるで肺の中の空気を一瞬で奪われたかのように、私は本能的に身体を丸めた。

 彼は休む間も与えず、続けざまに下からのサイドキックを放ち、私の顎を打ち抜いた。その瞬間、視界が数秒間霞んだ。

「これが本当の素手格闘の授業だよ。」

 彼はそう言いながら、軽やかに数歩後退した。まるで何かの精密な動きを披露するかのように、優雅さすら感じさせた。

 私は痛みに耐えながら両足で踏ん張り、顎に手をやった。そこには温かい感触——血が滲んでいた。

「まだ続行しますか?」

 彼は少し離れた位置から、変わらずの余裕ある笑みを浮かべて問いかけてきた。その目には、わずかに期待すら滲んでいるように見えた。

 私は口の中の血を吐き出し、自然と笑みを浮かべた。やっぱり、この男……ただ者じゃない。

「うるせえよ……まだ始まったばかりだろ。」


 私はその場に立ち尽くし、目の前の相手を鋭く見据えた。彼は明らかに身長もリーチも私より優れており、このまま距離を保っていては、完全に彼のペースに呑まれてしまう。

 少しの間考えた末、私の選んだ唯一の戦法は、強引に間合いを詰めて近距離で戦うことだった。彼の長所を封じるには、それしかなかった。

 私は彼の攻撃範囲のギリギリを旋回しながら、その細かな動きの変化を感じ取り、わずかな隙を探った。彼が横蹴りを放った瞬間、私は素早く身をかわし、一気に間合いを詰めて拳を振るい、彼の前腕を打ちつけた。


 次の一撃を繰り出そうとしたその時、私はすでに反撃を警戒していた。案の定、彼の拳がこちらに飛んできたが、私はそれを予測しており、反射的に体を横に捻って回避した。

 すぐさま腹部を狙って拳を繰り出したが——今度は彼の方が速かった。彼の姿がふっと視界から消えたかのように動き、私の拳を軽やかに避けた。

 そして三撃目を放とうとしたその瞬間、突然、彼が足を高く振り上げ、正面から蹴りを放ってきた。私は反応が遅れ、胸に強烈な衝撃が走った。

「ぐはっ……!」

 私は蹴り飛ばされ、体が宙を舞い、そのまま勢いよく背中から床に叩きつけられた。背中が床に触れた瞬間、耳元には周囲の不良たちのクスクスとした嘲笑が聞こえてきた。


 不良たちの笑い声が耳障りだったが、そんなものに構っている余裕はなかった。私の意識はただ戦いに、そして立ち上がることに集中していた。

 屈辱と闘志が同時に燃え上がり、私は素早く身を翻し、地面に手をついて立ち上がると、すぐさま相手の次の動きを警戒して周囲を見渡した。

 彼が再び襲いかかってきた。先ほどよりも速く、一撃で決めるつもりなのか、拳をまっすぐ私の顔面へと振り下ろしてきた。

 私はとっさに両腕を持ち上げ、頭部を防御した。拳は私の腕に軽く当たったが、そこに衝撃らしい衝撃は感じられなかった。

(……妙だ)

 違和感が走った。それは、本気の攻撃ではなかった。

 腕の隙間から彼の動きを確認すると、すでに片脚が持ち上がっているのが見えた。

(しまった……!)

 私は心の中で自分の浅はかさを罵った。慌てて両腕を下げ、今度は胴体への攻撃に備える。

 だが、その瞬間——

 彼の脚は、私の体ではなく、予想を裏切って私の頭部を目がけて振り下ろされたのだ。

「パシッ!」

 重たい蹴りが私の頬を直撃し、耳元で鋭いノイズが鳴り響いた。視界も一気に霞み、意識が遠のきかける。

 私は仰向けに倒れ、四肢の力が一気に抜け落ちた。

 その一撃がただの蹴りではなかったことを、その瞬間に理解した。

 それは、途中で軌道を変える「変化蹴り」だった。

 私は胴体を守ろうとしたタイミングを見計らい、彼は空中で足の軌道を変更し、私の頭部を正確に狙い撃ったのだ。


 頭の中にはまだジンジンと鈍い響きが残っていたが、私は歯を食いしばり、自分に無理やり立ち上がるよう命じた。身体はふらつき、視界もまだぼんやりしていたが、かろうじて目の前の相手の輪郭を捉えることができた。

 だが、耳に届く彼の声ははっきりとは聞こえず、ただその口調に侮蔑の色が滲んでいるのだけが、ぼんやりと伝わってきた。

 この瞬間、私ははっきりと悟った——これ以上、彼の遊びに付き合ってはいけない。このまま弄ばれ続ければ、本当に「敗北」する。

 私は一か八か、全身の力を両脚に込め、一気に彼へと突進した。最初にフェイントのパンチを放ち、彼に「また同じパターンか」と思わせた。そして、彼が身をかわそうとした瞬間、私は一気に体を沈め、肩から彼の腹部めがけて突っ込んだ。

 その衝撃により、彼は数歩後退し、そのまま私たちはもつれ合って床に倒れ込んだ。私は彼の上に馬乗りになり、頭はまだぼんやりとしていたが、怒りが痛みを吹き飛ばしていた。


 今度は技術なんて気にしなかった。ただ、拳を何度も何度も、容赦なく振り下ろした。

 そして——ついに拳に「当たった」感触があった。それは確かな実体感で、私の身体中に勝利の快感が駆け巡った。

 私は拳を止め、荒い息を吐きながら、見下ろした。あの偉そうだった先輩は、今や情けないほど両手で頭を守り、必死に防いでいるだけだった。

 その姿に、私は思わず口元を緩め、満足げな笑みを浮かべた。

 今度こそ確実に狙いを定め、彼の腕の隙間に拳を突き入れた。拳が顔に命中した瞬間、何かぬるりとした感触が拳に残った——鼻血だった。

 その瞬間、世界には私と彼しか存在しないような感覚に包まれた。打ち倒された彼は地面に横たわり、私はその上から見下ろしていた。完全に、主導権は私の手の中にあった。


 私がもう一発叩き込もうとしたその瞬間、突然、横から強烈な衝撃が襲ってきた。私は蹴り飛ばされ、数回転がってようやく止まった。

 その瞬間、私はようやく気づいた。この連中は最初から一対一で勝負するつもりなどなかったのだ。すでに袋叩きにする準備をしていたのだ。

 私は苦痛に顔を歪めながら地面にうずくまり、両腕で頭を覆い、必死に自分の身を守ろうとした。しかし、無数の拳と足がまるで雨のように降り注いできた。

 四方八方から痛みが襲いかかり、身体はほとんど感覚を失いかけていたが、意識だけは必死に保ち続けていた。


 もう限界だと思ったそのとき——

「やめろッ!」

 低く、しかし力強い怒声が耳元に響いた。

 その声は空気を切り裂くように教室中に響き渡り、その瞬間、袋叩きの暴力はピタリと止まった。周囲の拳も、足も、すべての動きが止まる。

 痛みはなお肌のあちこちに残っていたが、少なくとも、私はようやく呼吸ができるようになった。

 私は何とか頭を持ち上げようとしたが、視界はまだぼやけていた。何が起きたのか理解しようとする中、さっき私に鼻血を出されていた美男子が、ゆっくりとこちらへ歩いてくるのが見えた。


 彼は鼻血を軽く拭いながら、まるで何事もなかったかのように落ち着いた表情を浮かべていた。その様子に、私は思わず呆然とした。

 さっきまで軽薄で挑発的だったこの美男子が、今は冷静すぎるほど冷静で、まるで別人のようだった。その沈着さは、むしろ恐ろしさすら感じさせた。

 そして、つい先ほどまで私を蹴り殴っていた不良たちはというと——誰一人として口を開こうとせず、縮こまったように教室の隅に立ち尽くしていた。誰もが沈黙し、もう手を出す者など一人もいなかった。

「……ボス。」

「俺たちは……」

 彼らのか細い声に、美男子は冷ややかな視線をゆっくりと向けた。その目には底知れぬ冷気が宿っていた。

 口元をわずかに吊り上げ、嘲笑にも似た微かな笑みを浮かべながら、彼は冷徹な声で言い放った。

「……恥ずかしくないのか?」

 その声は大きくはなかったが、まるで鋭利な刃のように鋭く、彼らのプライドを真っ向から切り裂いた。

 その一言はまさに雷鳴のように響き渡り、さっきまで威勢よく暴れていた連中は一斉にうつむき、誰もが黙り込んだ。息をするのも憚られるほどの緊張が、教室を包んでいた。

 彼らの目には羞恥と恐怖の色があり、反論する気配すらなかった。

 その瞬間、教室の中には私の荒い息づかいだけが静かに響いていた。


 目の前で起きた急激な状況の変化に、私はまだ状況を飲み込めずにいた。そんな中、彼が突然こちらに手を差し伸べてきた。

 その顔には、先ほどまでの冷淡さは消え、穏やかな表情が浮かんでいた。

「さあ、立て。」

 その声は落ち着いていて、もはや敵意のかけらも感じられなかった。

 私は一瞬戸惑ったが、反射的にその手を握っていた。彼は軽く力を込めると、難なく私を地面から引き起こした。

 立ち上がったものの、頭の中はまだ混乱しており、耳の奥では血の脈打つ音がかすかに響いていた。

 ぼやけた視界を無理やり彼に集中させながら、私は無意識のうちに、改めて彼の姿を見つめていた。

 さっきまでただの“戦闘要員”だと思っていたこの美男子が——実は、この一団の「本当のボス」だったのだ。


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