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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第2卷 - 大学城編
63/105

7.トリを飾る試合

挿絵(By みてみん)

 壓軸賽事


 ハーフタイムの終わりが近づくと、観客席に響き渡るのはおなじみの声だった。

 早口ザメがいつもの高らかな声で叫ぶ。

「さあ、休憩はそろそろ終わりだ!観客の皆さん、準備はいいですか?」

 一拍おいて、場内の空気に期待が高まる。


「次の試合は、皆さんご存じの選手が登場します!しかも、今日の解説と深い関係がある選手なんですよ!

 言うまでもなく、人気絶頂の〈暴徒のローズ〉。現在、下位ランキング第九位の彼女が、今日は12勝2敗の成績で挑戦権を獲得した無名の選手、チャフハルと(Chaefhar)対決します!

 暴風のローズ、あなたはこの試合、どう予想しますか?」

 早口ザメの隣に座る暴風のローズは、鋭く自信に満ちた眼差しを浮かべながら、さらりと言った。

「暴徒のローズの勝ちよ。」

 その答えに、早口ザメはため息をつきながらも、質問を重ねる。

「えーと……注目すべきポイントはありますか?」

 暴風のローズは腕を組み、少し考えてから言う。

「そうね……二人とも典型的な北方スタイル。おそらく、勝敗は五秒以内に決まるわ。」

 その言葉に早口ザメは一瞬きょとんとするが、すぐに興奮気味に返す。

「聞きましたか、皆さん!?これは見逃せませんよ!まばたき一つで決着がつくかもしれません!」


 彼の言葉が終わらぬうちに、一人の堂々たる女戦士がリングへと登場した。

 鍛え上げられた小麦色の筋肉を惜しげもなく見せるその姿に、華やかな薔薇のような戦装束。そして肩には巨大な大剣――それが本日の主役、暴徒のローズだ。

 対するチャフハルは、重厚な鎧に身を包み、方形の盾と短剣を手に構えている。言葉を使わずとも、「守って勝つ」という戦闘哲学が彼の構えから滲み出ていた。

 観客の視線が二人に集中し、空気が張り詰めていく。


 審判が腕を上げ、場内が静寂に包まれる。そして合図とともに、戦いの幕が上がる。

 観客が息を飲む中、暴徒のローズの姿が一瞬で消えた。

 誰も彼女の動きを捉えられない。

 その直後――

 轟音と共に凄まじい衝撃が響き渡り、チャフハルの体が宙を舞って壁に叩きつけられる!盾の破片が空中に散らばった。


 観客席は一気に沸騰し、歓声の波がアリーナ全体を揺らす。

 早口ザメは興奮のあまり立ち上がりそうになりながら叫ぶ。

「こ、これは……!」

「上段破滅斬よ。」

 暴風のローズがすぐさま補足する。

「暴徒のローズは、たった一撃で試合を終わらせたわ。信じられないわね。チャフハルは盾を構えていたのに、それでも防ぎきれなかった。」

 早口ザメがさらに尋ねる。

「暴風のローズさん、何か補足ありますか?」

 彼女は無感情な声で言い切った。

「特にないわ。これが、彼女の実力よ。」



 ランディはラフィールの隣に座り、腕を組んで試合を見つめていた。表面上は真剣に観戦しているように見えるが、よく見ると口元に抑えきれない笑みが浮かんでいた。

「へへ……」

 ランディは俯いてこっそり笑うと、視線を競技場から自分の腰にある小さなポーチへと移し、中にある三枚の紙切れをチラリと見て、その笑みをさらに深めた。

 ラフィールは彼の様子に気づき、横目でちらりと見て眉をわずかに上げた。

「何を笑ってる?」

 ラフィールは淡々と聞いたが、その声には少しだけ好奇心が混じっていた。

 ランディはハッとして、慌てて平静を装う。

「な、なんでもないよ!」

 だが、隠しきれない誇らしさが表情ににじんでいる。

「本当に?」

 ラフィールは目を細めてじっと見つめた。

 観念したランディは頭をかきながら、子どものような悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「仕方ない、話すよ! 俺さ、さっき手に入れた金を――」

 そこで一拍おいて、目を輝かせながら続けた。

「全部、賭けに使ったんだ!」

 ラフィールは一瞬きょとんとし、眉をひそめた。

「どういうことだ?」

 ランディは得意げにポーチをポンと叩いた。

「今日の三試合、全部に賭けたんだ!しかも、二試合的中!ガッポリ儲かったぜ!」

 そう言って、またも満足げに笑った。まるでイタズラに成功した子どものようだった。

 ラフィールはしばらく無言でランディを見つめ、その表情から「運がいいのか、それともただの無謀か」を測るようにじっと観察していた。やがて、肩をすくめて小さく笑った。

「賭け事ってのは、どこにでもある文化なんだな。」

 彼はぽつりと呟いた。その声には、どこか苦笑いのような響きがあった。


「さて皆さん!いよいよ本日最後のメインイベント!

 上位第三位、“永遠の三位”ブロットが、下位第六位の“オーク”と対決します!

 この戦いに大きな注目が集まっている理由は――そう、オークが上位へ食い込む可能性があるからだ!」

 早口ザメの声はすでに少しかすれていたが、会場のボルテージは最高潮。

 中でもオークを応援する観客たちの興奮はすさまじく、熱気が場内を包んでいた。


「暴風のローズさん、今回の試合の見通しはいかがですか?」

 彼女は微笑みながら、静かに答える。

「ブロットはもう若くない。長年、今の順位から上に上がれずにいるわ。

 “そろそろ引き際だ”って声もあるけど、それでも彼が残っている理由もある。

 オークの方は――」

 彼女は少し言葉を切り、高くてたくましいその戦士に目を向けた。

「彼の攻撃は大胆かつ豪快で、力は圧倒的。ただ、短時間で仕留められなければ、ブロットの持久戦術に巻き込まれるでしょうね。」

「ありがとうございます!さすが鋭い分析ですね!」

 早口ザメが頷く。

「それでは両選手、準備完了!さあ、試合開始です!」


 合図と同時に、オークが爆発的な勢いで突撃!まるで暴走した野獣のように、重い両手剣を振りかざしてブロットに突進する。観客の呼吸も止まりそうになる。

 ブロットはいつも通り冷静沈着。重厚な鎧に包まれ、剣と盾を構えながら、安定した足取りで後退しつつ、オークの一撃一撃を正確に受け流していく。

 オークは何度も防御を破ろうとするが、すべて無駄に終わる。

 ブロットの防御はまるで動かぬ城壁のように堅牢で、正確で、崩す隙がない。

「オークの攻めは激しい!一気に勝負を決めようとしているぞ!」

 早口ザメが興奮して実況する。

「しかし、ブロットの防御は完璧だ!一撃も通らない!」


 5分が過ぎ、観客の熱も徐々に冷めてきた。

 ついには不満のブーイングまで聞こえ始める。

 早口ザメが水を一口飲んで言う。

「二人の攻防は、まさに白熱の極み!」

 ――が、実際のところ、攻防はもはや消耗戦に変わっていた。

 オークは序盤の猛攻で体力を消耗し、今では明らかに動きが鈍っている。ブロットの堅牢な防御を破ることができず、完全に疲弊しきっていた。

 二人とも全身に傷を負っていたが、どれも浅く、勝敗を左右する決定打にはならなかった。

 裁判も手出しできず、ただ膠着する状況を静かに見守るだけだった。


「これがブロットの異名、“消耗王”の由来よ。」

 暴風のローズが冷静に解説する。

「彼は重装備と剣盾で徹底した守りを貫く。

 歩法も巧みで、攻撃をかわすタイミングと力の受け流しが非常に洗練されている。華やかさはないけれど、それでここまで登り詰めたのよ。」

「でもねぇ……正直、このスタイルは地味すぎて客ウケが悪い。

 そりゃあ、ブーイングも出るさ。」

 早口ザメが残念そうに付け加えた。


「おっと、皆さん!状況が動いたぞ!」

 早口ザメが突然声を張り上げた。

「オークの大剣がついにブロットの防御を破った!左手がもう盾を支えられない!」

 ブロットの左手がぶらりと下がり、明らかに動かせない。彼は後退を余儀なくされ、戦況が一変した。

 オークはその隙を見逃さず、勢いを増して追撃を開始する!

「さっきの衝撃で、ブロットの受け流しが間に合わなかったのね。左腕は限界だったんでしょう。あの一撃で骨が砕けたかもしれない。」

 暴風のローズが冷静に補足する。

「今の彼は、右手だけで戦うしかない。」


 この瞬間、早口ザメは再び実況に熱を帯びる。

「オークが全力で畳みかける!勝利の女神が、彼に微笑みかけているぞ!」

 ブロットは正面からの交戦を避け、アリーナを走り回ってオークの攻撃をかわす。

 その様子に、観客の苛立ちは頂点に達し、ブーイングの嵐が巻き起こった。


「審判、そろそろ試合を止めた方がいいんじゃないか?」

 早口ザメが冗談交じりに言う。

 戦場では、滑稽ともいえる追いかけっこが繰り広げられていた。

 ブロットは逃げるばかりで、もはや反撃の意思すら見えない――そう、観客の誰もがそう思っていた。


 だが、予想に反して――

 ブロットは突如立ち止まり、息を切らすオークに正面から向き合った。

 二人とももはや力を出し切っており、技を繰り出す余力すらなかった。ただ、本能だけが彼らを動かしていた。

「……ブロットは何をするつもりだ!?」

 早口ザメが叫ぶ。


 次の瞬間――

 ブロットは右手の剣を全力でオークに投げつけた!

 オークは反射的に大剣で受け止めようとする。しかし、その瞬間、ブロットは突進し、肩でオークを弾き飛ばす!

 そのまま腰の短剣を抜き放ち、切っ先をオークの喉元へと突きつけた――!


 早口ザメは目を見開き、呆然と呟く。

「まさか……それがブロットの切り札だったとは!

 こんな形で試合が決着するなんて!意外だけど……勝者は“永遠の三位”ブロット!ランキングキープおめでとう!」

 審判が勝者を宣言すると、会場の観客は一斉に立ち上がり、不満そうに席を後にしていく。

 多くの者が、この試合の結末に落胆していた。


「うそだろ……」

 ランディの目から光が消え、顔色がみるみる青ざめていった。

 彼は小声で何度も何かを呟きながら、自分自身に言い訳をしようとしていた。

 だが現実は容赦なかった。ランディが賭けた選手は敗れ、勝敗はすでに決してしまっている。

 審判が勝者を宣言するその瞬間、ランディの動きが止まった。

 口元の笑みは影も形もなくなり、その顔にはただただ驚きと失望が浮かんでいた。まるで自分の目を信じられないかのように。

 ラフィールは無言で彼を見つめ、口元に皮肉げな笑みを浮かべた。

「どうやら、運はいつも味方してくれるとは限らないらしいな。」



 夕暮れの陽光が街道を黄金色に染め、馬車の車輪の影が石畳の上に長く伸びていた。

 競技場を離れたラフィールの馬車は静かに街を進み、二人の間には沈黙が流れていた。

 その空気を破ったのは、ラフィールだった。彼はランディの肩を軽く叩き、合図する。

「ここでいい。少し歩いて帰るよ。」

 その穏やかな声に、ランディは一瞬驚いたが、すぐに頷く。

「今日はありがとう、ランディ。思ったより競技場って面白いもんだな。ああ、それと――これからは、気軽にラフィールって呼んでくれ。」

 ラフィールはふっと微笑みながら、ポケットから小銭袋を取り出し、ランディの手に押し込んだ。

 ランディはそれを受け取り、丁寧に頭を下げて笑う。

「ありがとうございます、ラフィール様。それでは、これにて失礼します。」


 ランディが馬車で去っていくのを見送りながら、ラフィールは街を歩き始めた。

 夕陽が彼の顔に差し込み、その表情を黄金に染める。心の中では、あの白熱の対決の余韻がまだ燃えていた。

 再び戦いに触れたい――そんな衝動が胸の奥でざわついていた。

 街の喧騒の中をぶらぶら歩いていると、ふと違和感を覚える。

 彼の視線が自然とある方向に向いた。


 そこでは、三人のチンピラが一人の若い少女を取り囲み、あからさまな下劣な態度でからかっていた。

 商業区では珍しくない光景――ラフィールにとっても、無関係な出来事だった。

 彼は通り過ぎようとした。だが、その瞬間――

 一人のチンピラが少女の手から飲み物をはたき落とし、その一部がラフィールのズボンの裾にかかった。

「……」

 ラフィールは足を止め、濡れたズボンの裾を見下ろして、しばらく無言だった。

「なんだよ?」

「突っ立ってんじゃねえよ、ケンカ売ってんのか?」

 二人のチンピラが目を見開き、先に声を上げる。その言葉には、あからさまな挑発が混じっていた。

 ラフィールは何も言わず、静かに自分の濡れたズボンを指差した。

「へえ……」

 一人がニヤつきながら近づいてくる。

「お前、てっきり“お姫様を助けに来た騎士様”かと思ったよ。」

 その言葉が終わるより早く――


「ドンッ! ドンッ!」

 次の瞬間、ラフィールは目にも留まらぬ速さで拳を繰り出し、チンピラ二人を瞬時に打ち倒した。

 二人は何が起こったのかも分からないまま、その場に崩れ落ち、意識を失っていた。

「悩みがないってのはいいな。倒れたら、そのまま寝られる。」

 ラフィールは何気なくそう呟いた。

 残された一人のチンピラは、その光景を見て足がすくみ、尻餅をついた。

 手を震わせながら、財布を取り出し、差し出す。

「ご、ごめんなさい!兄貴!これ全部差し上げますんで!」

 ラフィールは軽く眉を上げて財布を受け取り、中をちらりと確認する。

「素直でよろしい。じゃあ、これ以上は痛めつけないでやるよ。」

 そう言うと、彼はもう一発拳を放ち、最後の一人も昏倒させた。


 三人のポケットを手早く探って金だけを取り、ラフィールはようやく少女の方に視線を向けた。

 彼女はうつむき、濡れた髪が顔を隠していて表情は見えない。全身から陰鬱な雰囲気が漂っていた。

 ラフィールは彼女を一瞥すると、それ以上何も言わず、ズボン代に必要な分だけを抜き取り、残りを少女の手に押し込んだ。

「この三人じゃ、ウォームアップにもならなかったな。」

 ラフィールはぼそりと呟く。その口調はあくまで軽く、どこか投げやりですらあった。

 彼は少女の反応など気にすることなく、踵を返し、街の奥へと歩き出す。

 夕陽は彼の背中を長く伸ばし、その姿はやがて街の喧騒の中に消えていった――。


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