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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第1巻 - ハンター編(獵人篇)
6/67

4.侯爵都市

挿絵(By みてみん)

 馬奎斯城


 昼の陽光が薄い雲を通して大地に降り注ぎ、ほのかな熱気が世界を包み込んでいるようだった。一行は小道を進みながら、やがて平坦で賑やかな街道へと合流した。

 道の上では他の隊伍が行き交い、時折、低い囁きや軽い会釈が交わされた。車輪が地面を踏みしめる音が彼らの穏やかな会話と混ざり合いながら、一行マーケスシティ城(Marquess city)とオットー野営地(Otto camp)を結ぶ幹線道路を進んでいく。


 この道は二つの都市を貫く生命線であり、長城が二つの世界を明確に分け隔てている。

 北は新人類の領域であり、秩序と安定に満ちた世界。一方、南はブラックタイドの影に覆われ、南へ進むほどその脅威は増し、強大なブラックタイドに遭遇する可能性も高くなっていく。

 この広大な危険地帯の中で、オットー野営地は最も安全な避難所とされていた。そこは数多くのハンターたちの補給基地であり、ハンター協会の任務が集まる拠点でもあった。

 隊伍は定められた歩調で前進する。大叔が乗るドレッドウルフは堂々たる風格を放ち、その背にはスチールサイズテイルスネークの尾が吊るされていた。それは獲物の戦利品であり、過去の勝利と挑戦の証だった。

 また、小鬼と見習いはそれぞれマウンテンラッシュビーストの牙を携えていた。これらのブラックタイドの残骸には多少の損傷があったが、職人の手によって精巧に加工されれば、再び輝きを取り戻すことだろう。


 昼の日差しがますます強くなる中、一行の進む道の先に巨大な輸送車が現れた。

 その車両は威圧的なほどに大きく、前方には数十頭もの馬がそれを牽引していた。車輪の轟音と馬の蹄の音が重なり、前へと進む力強いリズムを刻んでいた。

 運搬されている貨物は隊伍の注意を引いた。すでに原形を留めていないブラックタイドの遺骸ではあったが、その重厚な装甲や見たことのない散乱した部品からは、かつての威厳が今も感じられた。


 ブラックタイドとの戦いの一つひとつが、人類の知恵と勇気を試す鍛錬の場である。協会が研究隊を派遣し、この巨大な獣の遺骸を運搬させるのも、その戦いの細部にこそ、人類の英知の結晶が詰まっているからだ。

 ブラックタイドは単なる脅威ではなく、鍛錬と学びの過程でもある。幾度もの敗北の中で、血と涙が交錯し、それが対抗手段としての貴重な経験へと昇華されてきた。

 協会はすべての新人ハンターに詳細な攻略本を用意している。基本的な注意事項はもちろん、最も重要なのは各種ブラックタイドの解析と戦略的な指南である。

 ハンターたちは積極的に行動し、ブラックタイドの兆候をいち早く察知し、事前に万全の準備を整え、効果的な狩猟計画を立てる。そうすることで、人間という取るに足らない存在であっても、巨大な獣に勝利するための方程式を見出すことができるのだ。


 隊伍はそんな思考を巡らせながら歩を速め、輸送車と研究隊を追い越していく。小鬼の目には期待と興奮が宿り、たまらず隊長に問いかけた。

「今回の任務が終わったら、俺たち昇格できるよな?オットー野営地の南方で狩りをしたいんだ。」

 隊長は淡々と答える。

「昇格は協会の制度に従うものだ。俺が決められることじゃない。」

 小鬼はため息をつき、ほんの少し落胆した様子で答えた。

「……わかったよ。」


 地平線の向こうに長城の輪郭がはっきりと浮かび上がる。その壮大な石壁は数千キロにわたって続き、高さはおよそ三十メートル。まるで空そのものを抱きかかえるかのようにそびえ立っている。

 目前に広がる巨大な裂け目は偶然できたものではなく、意図的に作られた罠である。ブラックタイドを誘い込み、一網打尽にするための策が施されているのだ。

 城壁の外では、隊伍がひしめき合い、活気に満ちていた。精悍なハンターたちは狩猟のために出発の準備を進める一方で、白布をかぶせた馬車の隊伍は無念の帰還を遂げていた。そのほか、都市間の物流を担う商人の隊伍も忙しなく往来していた。

 その裂け目を通り抜けると、目の前には広大な空き地が広がっていた。そして、その向こう側には、さらにそびえ立つ巨大な城壁が構えていた。


 この城壁は甕城おうじょうの構造をしており、強化された金属板の表面には、幾度もの戦火を耐え抜いた傷跡が刻まれている。それは、この地で繰り広げられた壮絶な戦いと、かつての栄光を物語っているかのようだった。

 この空き地は、人類がいかに全力を尽くし、無数のブラックタイドを討ち滅ぼしてきたかを証明する場所でもある。特に、極めて希少な「Code-1」、さらには伝説級の「Code-0」とされるブラックタイドが現れた際には、ここで激闘が繰り広げられた。

 城壁の外では、ハンターたちは莫大な犠牲を払わなければ討伐に成功できない。しかし、甕城の内側では、地形を活かした優位性により、戦闘の難易度は大幅に低下する。


 隊伍は人の流れに沿って内城の門をくぐり、周囲の人々も馬を降りて徒歩へと切り替えた。

 やがて、馬奎斯マークィス城の大通りが目の前に広がっていく。

 この都市は大陸南部最大の城塞都市と称され、通りにはひしめき合うほどの人々が行き交い、店には様々な商品が所狭しと並べられていた。衣食住から娯楽に至るまで、あらゆるものが揃っている。

 中でも、ハンター向けの店が特に多く、狩猟用の装備や補給品がずらりと並んでいた。


 隊長は少し声を張り上げて指示を出した。

「三十分後、公会の前で集合するぞ!」

 大叔と見習いはその指示に軽く頷き、手を振って別れを告げると、それぞれの騎獣を連れて去っていった。

 大姐頭は二人の姿を見送ると、すぐに隊長へと向き直り、焦ったように訴えた。

「アクセル(Axel)、お腹ぺこぺこだよ!」

 アクセルが返事をする間もなく、小鬼がすかさず口を挟んだ。

「エリノア(Eleanor)、ネギ餅好き?すぐ買ってくるよ!」

 エリノアはその言葉を聞くと、目を輝かせ、にっこりと笑った。

「ララ、今日はやけに積極的ね!じゃあ、三つお願い。……私のは辛口でね。」

 本名を「ラファエル(Lafilr)」と言う小鬼は、それを聞くと少し不満げに振り返り、鋭い視線を向けた。

「もう子供じゃないんだから、ララって呼ぶのやめてよ!」

 そう言い残し、足早に歩き出す。彼の隣では、相棒のドレッドウルフも軽やかに歩を進めていた。


 街角にある屋台の前には、いつも長蛇の列ができていた。人々は、その誘惑に抗えない「ネギ餅」を求め、辛抱強く順番を待っている。厨房から立ち上る熱気が、濃厚な香ばしさとともにあたり一帯に広がり、食欲をそそる。

 黄金色に焼き上げられたネギ餅の表面は、サクサクとした軽やかな食感を持ち、ほのかに香ばしい。ひと口噛めば、外はパリッとしつつも、中の生地はふんわりと柔らかく、舌の上で滑らかにとろける。焼かれたネギの風味が生地の香りと絡み合い、まさに絶品の味わいだった。


 ラファエルは、香ばしい香りを漂わせるネギ餅を四つ手に持ち、店を出た。すると、鋭い視線を感じる。

 彼は横にいるドレッドウルフへと目を向け、にっこりと笑いかけた。

「わかったよ、兄貴。お前の分も買ってあるからな。」

 彼は街道の隅にあるちょっとしたスペースに腰を下ろし、特別に大きな肉を挟んでもらったネギ餅を袋から取り出すと、相棒へと差し出した。


 多くのハンターがドレッドウルフを借りて乗るのに対し、「兄貴」と名付けられたこの狼は、ラファエルが幼い頃からの相棒だった。

 この狼はラファエルよりわずか数時間早く生まれたため、彼は自然と「兄貴」と呼ぶようになった。

 ともに成長し、数々の狩猟を経験し、ラファエルのハンターとしての人生をずっと見守ってきた存在である。


 ラファエルがネギ餅を数口かじる間に、「兄貴」はすでに自分の分を豪快に平らげてしまっていた。

 彼は苦笑しながら、ため息をついた。

「お前、もうちょっと味わって食えよ……」

 そう言いながら、残りのネギ餅を袋にしまい、相棒とともに公会へ向かって歩き出した。


 夕陽の黄金の光が斜めに差し込み、広場の石畳に暖かな輝きを落としていた。ラファエルは気ままに人混みを縫うように歩き、その足取りはどこか気だるげで、視線もまた無造作に漂っていた。

 だが、その目の端に、一つの見覚えのある姿が映る。

 紳士帽を被り、丸いサングラスをかけた中年の男が、街角のカフェのテラス席に腰を下ろしていた。目の前には、湯気を立てるコーヒーが一杯。


 二人の視線が交差する。

 男の感情はサングラスの奥に隠されていたが、口元にかすかに浮かぶ笑みが、その反応を物語っていた。

 ラファエルは口元をわずかに歪め、どこか挑発的で、わずかに下卑た笑みを浮かべる。そして、次の瞬間、彼の指が静かに動き出した。

 リズミカルで流れるような指の動き――それは、まるで暗号のような手話だった。

 中年の男は一瞬、驚いたように眉を動かす。だがすぐに何かを悟ったように微笑し、片手を上げて親指を立てた。称賛のジェスチャー。そして、続けざまに三本の指を立てる。

 ラファエルは片眉を上げると、軽く指で男を指し、まるで何かの警告のように示した。それ以上の言葉も、視線も交わすことなく、彼は踵を返し、そのまま歩き去る。

 夕陽を浴びた彼の背中は、長く伸びた影とともに揺れ、やがて人混みの中へと消えていった。

 カフェの席に残された男は、静かにコーヒーを手に取り、何事もなかったかのように口をつける。

 しかし、その口元に浮かぶ微かな笑みだけが、この無言のやり取りの背後に、未だ語られぬ物語があることを示していた。


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