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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第2卷 - 大学城編
58/105

2.大学城

挿絵(By みてみん)

 大學城


 北へ向かう旅路の中で、私は出発の時の情景を思い返していた。

 マクィス城を発ったあの日、照りつける太陽が地面を焼き、空気には重く湿った暑さが充満していた。

 あれは、私が最も苦手とする季節――夏だった。全身が不快感に包まれ、何もかもが煩わしく感じられる、あの季節。

 だが今、ここに至っても季節はすでに秋の入り口のはずなのに、気温はさほど下がっていない。むしろ北に向かうにつれて、空気は徐々に穏やかさを増しているように思えた。


 この旅は、想像していたよりもはるかに長かった。確かに馬での移動は馬車よりもかなり時間を短縮できたが、それでも大学都市近郊の宿駅にたどり着くまでには、ほぼ十日を要した。

 そして、ふと顔を上げたその時、かすかに地平線の向こうに浮かぶ影が、私の心に小さな期待を灯した。

 天と地の狭間に、まるで存在を主張するかのように立ち尽くす巨大な塔――それは否応なく目を引くランドマークであり、言葉なくして私の行く先を示しているかのようだった。


 翌日、ついに大学都市の外縁部へと到達した。

 私は馬を止め、丘の上から遠くを見渡す。すると、まるで書物で読んだとおりの光景が、目の前に広がっていた。

 威厳に満ちた城塞のような都市が、山頂に高くそびえ立っていたのだ。

 重厚な石造りの城壁は陽光を受けてほのかに光り、長い歳月と積み重ねられた歴史の重みを物語っているようだった。

 その一つ一つの石が、かつての賢者たちの叡智の結晶であるかのように積み重ねられ、知識と力を象徴する要塞を形作っていた。

 城の最上部には、天を突き刺すようにそびえ立つ一本の高塔がある。

 それはまるで幻想のように空に浮かび、「旧太陽塔」として知られる存在だった。

 孤高の見張り番のように、遥か下方の街を冷ややかに見下ろしているかのように感じられた。

 その影は地面に長く伸び、まるで無言の加護の網のように、都市全体を覆っていた。


 馬の蹄が大学都市の外側にある街路を踏みしめると、目の前に広がる光景は、私が思い描いていた静かな学術都市の姿とはまるで異なっていた。

 この地域は「城壁外がい」と呼ばれ、大学都市を囲むように広がる商業地帯――人々の喧騒と活気に満ちた、人間味あふれる場所だった。

 通りの両側には屋台がずらりと並び、軽食の屋台からは食欲をそそる香りが漂ってくる。店々はひしめき合うように建ち並び、色とりどりの商品で埋め尽くされていた。

 売り声や値段交渉の声が飛び交い、車輪の音や馬の蹄の音と混ざり合って、整然とした混沌がそこにはあった。

 人波は途切れることなく流れ続け、まるで川のようにこの地を満たしていた。

 華やかな衣をまとい、笑顔で談笑する貴族たちもいれば、荷車を押しながらせわしなく動く庶民の姿もある。

 通りの影では、機会を伺うようにじっと潜む浮浪者の姿すら見かけた。

 この「城壁外」は、まるで誰にも統制されていない無法地帯のようだった。大学都市の秩序には属さず、かといって外の法律に従うわけでもない。

 大学都市が発展するにつれてこの商業区域も自然と広がり、多様な人々を惹きつけ、そのぶんさまざまな勢力が入り交じる場所となっていった。


 私は馬に乗ったまま通りを進み、辺りをきょろきょろと見渡した。

 混沌とした空気の中にも、確かに活気と生命力があった。

 この場所は、まるで流動する世界そのもののようだった。

 裕福な商人も、夢を抱く学生も――この地に引き寄せられ、交差している。

 私の心には、かすかな興奮と不安が入り混じるように湧き上がり、馬の背を軽く叩いて、あの厳かなる城へと歩みを進めた。

 街道が山の上へと向かって伸びるにつれ、賑やかな商業区は少しずつ後方に遠ざかっていく。

 やがて、私の視線はそびえ立つ巨大な門にとどまった。

 大学都市の門は、深い灰色の巨石で造られており、堂々たるアーチ状の構造は近寄りがたい威厳を放っていた。

 門の前には警備兵たちが直立不動の姿勢で槍を握りしめ、冷ややかな眼差しで周囲を見渡していた。

 その場にいるだけで、容易には近づけないような威圧感があった。

 門前の坂道には検問所が設けられ、長い列がくねくねと続いていた。

 そこに並ぶ人々は皆、一様に緊張した面持ちで、門の内側に入れるかどうか、細心の注意を払っているようだった。


 私は列に並んでゆっくりと前へ進んでいた。時おり顔を上げて前方の様子をうかがっていたが、そのとき、一人の大男がこっそり検問を抜けようとして衛兵に見つかり、その場で容赦なく殴り倒され、あっという間に道端へと放り捨てられるのを目撃した。

 その光景に、私は胸が締めつけられる思いがして、よりいっそう慎重になった。

 どれほど待てばこの検問を通過できるのだろう――そう考えていた矢先、隊列の反対側から一台の豪華な馬車が素早く走り抜けていった。

 その馬車は金の装飾と家紋で飾られ、隣には鎧をまとった護衛たちが馬に乗って付き添っていた。どう見ても、名のある貴族の乗り物だ。

 馬車は列に並ぶことなく、まるで当然のように検問を通り抜け、そのまま巨大な石の門を真っすぐに通過し、大学都市の中へと消えていった。

 私はその光景をじっと見つめながら、胸の奥に小さな羨望と無力感が湧き上がるのを感じた。

 だが、それでも私はただじっと、知の聖域へと一歩ずつ近づいていくこの時間を、辛抱強く待ち続けるしかなかった。



 列に並んでいるうちに、私は少し退屈を感じ始めていた。

 そのときだった。不意に、みすぼらしい服をまとった痩せた小男がどこからともなく現れ、小声で話しかけてきた。

「お兄さん、その旅装と馬を見るに、相当遠くから来られたんじゃないですか?」

「……それがどうかした?」

 私はすぐに警戒心を抱き、鋭く彼を睨んだ。心の中で警鐘を鳴らしながら。

 男は私の警戒を察したのか、慌てて手を振って詫びた。

「すみません、自己紹介を忘れていました。私は東三街のなんでも屋でして。荷物が少ないところを見るに、大学都市の学生さんですか?」

「なんでも屋?」

 その言葉に私は一瞬だけ疑問を抱いた。

 マクィス城でも耳にしたことのある言葉だ。問題解決を請け負う万事屋――あらゆるトラブルを引き受ける何でも屋。

 だが、この痩せた男は詐欺師にも見えた。私は簡単に「そうだ」とだけ答えた。

「ということは、入学証明をお持ちですよね?」

 それは父が何度も「絶対に大切に保管するように」と念を押してきた、非常に重要な証書だった。私は無言でうなずいたが、それを見せる気はなかった。

 彼は私の警戒を見抜いたのか、目を輝かせて手を叩いた。

「素晴らしい! 一目見せてもらえませんか? もしかすると、快速通行ルートをお手伝いできるかもしれませんよ。」

「快速通行……?」

 脳裏に、さきほど豪奢な馬車が検問を通過した場面が浮かぶ。

 まさか、あれと同じルートを指しているのか?

 疑念は晴れなかったが、私は慎重に巻物を鞄から取り出し、しっかりと手に握ったまま、中身は見せずに差し出した。


 男は巻物の金色の装飾を一目見るなり、にんまりと満足げに笑い、私の肩を軽く叩いた。

「金の装丁ですね? それなら話は早い! お客様、そんな身分でなぜ庶民と一緒に並んでいるんですか?」

 返答する間もなく、彼は私の腕を掴んで列から引き出し、もう一方の手で手綱を取り、馬を引いて検問の別ルートへと進み始めた。

 その途端、彼の私への呼び方は「お兄さん」から「旦那様」に変わっていた。


「旦那様、快速通行の資格があるなら、迷うことはありません。私についてきてください。」

 私は反論する間もなく、その勢いのまま、列を外れて通用口へと向かった。

 検問所に着くと、万事屋の彼は自信満々に衛兵に声をかけた。

「衛兵殿、この方は長旅でお疲れです。学院区へ通していただけますか?」

 そう言って、私に入学証明の巻物を差し出すように示した。


 無表情だった衛兵は、その金色の巻物を目にした瞬間に態度を一変させ、恭しくそれを受け取った。

 内容を慎重に確認したあと、即座に門の柵を開け、私たちを通した。

 私は万事屋の男の後ろに続きながら、なんとも言えない疑問を抱き、列に並ぶ人々をふと振り返った。

 それを察したのか、男は笑顔で言った。

「旦那様が持っておられるその証明書は、ただの入学証明ではありません。これは学院区の通行許可証でもあります。

 学院区とは大学都市の内部区域で、この証書があれば検問を自由に通過できるのです。」

 私はうなずき、父が確かにそのようなことを言っていたのを思い出した。少し安心する。

 万事屋は私が気を許したのを見て、すかさず言葉を続けた。

「もしよろしければ、入学手続きの代行もいたしますよ。ところで、旦那様のお名前は?」

 彼は私と同年代に見えるが、その狡猾な目と機敏な振る舞いは、まるで老練な商人のようだった。私は簡潔に答えた。

「オットー家の次男だ。」

「オットー家……?」

 彼は驚いたように顔を強張らせ、ためらいがちにこう口にした。

「マクィス城主の……?」

 彼は即座に、私の家名と金色の巻物とを結びつけたようだった。

 少し考えた後、彼の態度は一段と丁寧になった。

「オットー様、こちらへどうぞ。」

 彼は私の馬を引きながら、城内の坂道を上へと案内した。

 そして――大学都市の門をくぐった瞬間、私の息は止まりそうになった。



 そこは外の商業区とはまったく異なる、落ち着きと知性に満ちた空間だった。

 学院区の街並みは整然として静かで、商業区にあったような喧騒や混乱は一切なかった。代わりに、厳粛さと規律の美しさがそこにはあった。

 下界のカラフルで雑多な街並みとは対照的に、学院区のあらゆる場所は見事なまでに整理され、清潔で明るい印象を与える。

 淡い色の石で舗装された道路と歩道は真っ直ぐに伸び、道の両側の建物も同じ石材で統一されており、調和と一体感を醸し出していた。

 家々は規則正しく並び、重厚で整った外観は、まさに学術の空気を体現している。

 道の端には小さな花が点々と咲いており、整然とした風景にわずかな彩りと生命を添えていた。

 華やかだが雑然とした「外」の街に比べ、学院区はまさに知識と理性の象徴であり、思わず深呼吸して味わいたくなるような静寂の美しさがあった。


 遠くには、天へと突き抜けるような巨大な塔がそびえ立っていた。

 それこそが、名高い太陽塔――この大学都市の象徴であり、背景を形づくる存在だ。

 塔は淡い石材で築かれ、陽光を浴びて仄かに輝き、空と溶け合うかのように立っていた。

 その高さは果てしなく、塔の頂は雲の中に隠れていた。思わず、その先に空へ手が届くのではないかと思ってしまうほどに。

 太陽塔は、大学都市の象徴であると同時に、幾多の学術成果と伝説を内包する存在でもあった。

 声もなく、しかし確かに、この地を見下ろし、夢と知識の息づく土地を見守っていた。


「こちらが学院区、旦那様のこれからの学びと生活の場所です。」

 万事屋の彼は、小さく声を落として言った。まるで、この静寂を壊すことを恐れているかのように。

 私は彼の後をついて歩きながら、心の中に未来への期待と、ほんの少しの緊張を抱いていた。

 この城のような学府が、私の人生の新たな出発点となるのだ。

 万事屋は、まるでこの都市の地図を頭に入れているかのように、迷いなく各所を説明しながら歩き、やがて私を石造りの二階建ての建物へと案内した。

 彼はためらうことなく扉を押し開け、そのまま受付のカウンターへと進み、管理人と直接交渉を始めた。

 しばらくもしないうちに、彼は私のために素早く宿泊先を手配してくれていた。


 やがて、彼は私を寮の前まで案内してくれた。

 それは二階建ての石造りの建物で、多少の古さは感じられたが、隅々まできれいに掃除が行き届いていた。

 万事屋さんの手際の良さには感心させられるばかりだった。管理人とのやり取りを素早く終え、さらには私の馬の世話までも済ませてくれた。

 そのうえ彼は執事のように私に付き添い、荷物を部屋まで運んでくれた。

 正直に言えば、彼の配慮はどこまでも行き届いており、私が何一つ手間をかける必要もなかったほどだ。

 すべての手続きが完了したのを確認すると、万事屋さんは私に向かって九十度の深いお辞儀をし、両手を差し出してきた。

 そこでようやく私は気づき、慌ててポケットからチップを取り出して、彼に渡した。

 彼はたちまち満足そうな笑みを浮かべ、感謝の言葉を口にした。

「ありがとうございます、旦那様!」


 彼は満足げな笑みを浮かべ、満足そうに廊下の先へと姿を消していった。

 彼の背中を見送り、私は部屋の扉を閉めた。そして、部屋の中をゆっくりと見渡した。

 この部屋は思ったより広く、快適そうだった。隅には木製の机と椅子が置かれており、窓から差し込む柔らかな陽光が室内を温かく照らしていた。

 私はまず落ち着くことを決め、荷物を整理することにした。

 今日の旅で心身ともに疲れ果てていた。

 そして明日からは、いよいよ大学都市での新たな学びの日々が始まるのだ――

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