短編 見習いのやむを得ぬ冒険夢
短篇 見習生不得已的冒險夢
――これは、いわゆる「死ぬ前に見る走馬灯」というやつだろうか?
意識は突然、遠い過去へと引き戻された。あの温かな家が、まざまざと蘇る。あの頃は、父も母もまだ生きていた。朧げな記憶の中で、母が優しく微笑みながら私の名を呼んでいた。
「ジャナ。」
その声は春風のように耳元を撫で、彼女の手は優しく私の頭を撫でていた。顔を上げると、記憶の中ではすでにぼやけていた母の顔が、なぜかはっきりと見えた。
だが、その幸せな映像は突然崩れ去った。
あの事故は、まるで暗闇に走る稲妻のように、私たちの静かな日常を打ち砕いた。
母は外出したまま、二度と戻ってこなかった。近所の人々は小声で彼女の行方を噂し始め、「もうこの世にはいない」と囁いた。
私は信じられなかった。信じたくなかった。父の瞳はその日から光を失い、生きる支えをなくしたかのようだった。そして程なくして病に倒れ、みるみるうちに衰弱していった。
私たちは小さな村に住んでいた。村の人々は優しく、よく助けてくれた。食べ物や日用品を分けてくれたり、父の介護を申し出てくれる人もいた。
けれど、どれほど人が親切でも、現実は無情だった。
私はあまりにも幼く、家計を支えることなどできなかった。家の物はすべて売り払い、それでも父の医療費には到底足りなかった。
あの夜、私は窓辺に跪き、両手を強く組み合わせて祈った。
「もしも天に神さまがいるのなら……どうか私たちを助けてください……」
その言葉を呟いた直後、涙と絶望に包まれて、私はそのまま眠りに落ちた。
そして、その夜――私は夢を見た。
それは、私の人生を変えてしまう夢だった。
夢の中で、私は家の前で遊んでいた。陽だまりは暖かく、柔らかく、家の中からは両親の笑い声が聞こえてきた。母は夕飯の準備をしていて、あの懐かしい香りが鼻をくすぐった。
まるで、母がどこにも行っていなかったかのような――そんな、嘘みたいな幸せな世界だった。
そのとき、同じ年頃の子どもが私の目の前に現れた。彼はキャンディを手に持って、じっと私を見つめていた。
「……欲しい?」
その声は不思議だった。耳ではなく、直接心に語りかけてくるような響きだった。
私は深く考えず、手を伸ばしてそれを受け取り、口に入れた。
噛んでいる間も、彼はこちらを見つめ続けていた。
不意に気づいた――彼には、顔がなかった。
目も鼻も口もない、ただの白い仮面のような顔。けれど、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、それが「当然のこと」のように思えた。
彼は再び口を開いた。
その声は、低く遠く、どこか機械的で空虚だった。
「君は……彼らのことを恋しく思ってるかい?」
その質問は、まるで何でもない日常の一幕のように投げかけられた。
私は答えず、心の中でこう呟いていた。
――どうして、恋しがっちゃいけないの?
すると突然、世界が歪んだ。
ぬくもりに満ちていた家は一転して、崩れかけた小屋へと姿を変えた。壁は剥がれ、屋根は壊れ、空気は黴臭く、湿っていた。
見下ろすと、可愛いワンピースはボロボロで、泥だらけになっていた。
……これが現実。今の「私」。
そして、彼もまた私と同じように背が伸びていた。だが、その顔には、いまだ何もない。
彼は壊れた家の前に立ち、さらに低く、静かにこう言った。
「一つだけアドバイスをあげよう。やるかどうかは、君次第だ。」
「アドバイス……?」私は思わず聞き返した。
彼はうなずき、抑揚のない声で続けた。
「明日の朝、村の南にある小道へ行くといい。果物をたくさん積んだ荷馬車が通りかかる。その車輪が外れて、果物が散らばる。商人が去ったあと、そばの茂みに三つだけ、きれいな果物が残っている。」
私は呆然としながら、その言葉を反芻した。
信じるべきか、疑うべきか。迷っているうちに――夢の中に突如、強烈な光が差し込み、私は目を覚ました。
目を開けると、私は布団の中にいた。
「……なんて、変な夢……」
そう呟いたものの、その夢の内容はなぜか鮮明に覚えていた。それは、まるで運命が差し出したヒントのようだった。
その後、私は「試しにやってみよう」という気持ちで、夢で言われた通りに村の南にある小道へ向かった。
すると、驚くことに――本当に果物を山ほど積んだ荷馬車が通りかかり、夢の通りに車輪が外れて、道端に荷がぶちまけられたのだ。
商人が慌ただしく後片付けをして去っていった後、私はそっと茂みに入ってみた。
そこには――夢の中で言われた通り、三つのきれいな果物が落ちていた。
心の底から、なんとも言えない不思議な感覚が湧き上がってきた。これは偶然なんかじゃない。何かが、確かに働いている……。
次の日、私はまた夢の導きを信じて、街へ向かう便乗馬車に乗った。
人々で賑わう大通りで、私は一人の男性と、わざとらしくぶつかった。
彼の名はトムリン。口数の多い親切なおじさんだった。
数言交わしただけなのに、彼はまるで前から知っていたかのように、私にお金を差し出してこう言った。
「これで、少しは生活が楽になるといいな。」
夢の通りだった。
私は心臓がバクバクするのを抑えながら、そのお金を両手で握りしめた。
運命が、本当に動き始めている……そう感じた。
そして、私はこの好機を逃すまいと、勇気を振り絞ってトムリンおじさんに告げた。
「わたし……ハンターになりたいんです。」
彼は驚いたような顔をした。眉間にしわを寄せ、しばらく沈黙してから、重々しくうなずいた。
「その代わり、まずは訓練を受けてもらうぞ。」
その瞬間、私は胸が高鳴った。
夢のようだった。いや、もしかすると、これは夢ではない「現実の奇跡」なのかもしれない――そう思った。
夢の中の「彼」は、かつて私にこう教えてくれた。
「君には前衛戦士の適性はない。でも、魔法の才能ならある。」
彼(それとも“彼”ではなく“神”と呼ぶべきか)は、私に多くの〈プログラム魔法〉の知識を与えてくれた。
その知識は、後の訓練の中で大いに役に立った。
やがて私は試験に合格し、晴れてハンターの資格を得た。
それから私は「彼」の助言通り、ギルドから融資を受け、青色の中級駆動石を埋め込んだ高価な氷系の魔法杖を借り受けた。
魔法戦闘には不可欠な装備だ。
続く二つの任務を成功させた私は、ついに「鋼の心」というハンター隊に所属することになった。
その隊の四人は、私のような新米にも分け隔てなく接してくれた。
そして驚いたことに、隊長は報酬を平等に分配する方式を取っていた。おかげで私はすぐに医療費と借金を完済することができた。
ある日、隊の仲間であるエリノアが私にこう言った。
「ねえ、“見習い”っていう呼び名、もうやめたら?」
私はそのとき、本気で考えた。でも、どんな名前もしっくりこなかったので、結局やめてしまった。
今では、“見習い”という名が、むしろ私らしい気がしている。
無力だった私が、一歩ずつ歩き始めた証。それは、私の過去と現在を繋ぐ、大切な記号になった。
そして私は、夢の中の「彼」をもうただの存在とは呼ばない。
今では「神さま」と敬意を込めて呼んでいる。
彼の助言は、まるで未来を見通しているかのようで、何度も私を導いてくれた。
その信頼は、もはや揺らぐことはなかった。
最近、神さまは再び私にお告げをくれた。
今回の指示は――トムリンおじさんの提案に乗り、大規模な任務に参加するように、というものだった。
作戦会議の席で、私はいつものように黙って座っていた。普段の私は、発言なんて滅多にしない。
でも、このときだけは違った。
私は神さまの言葉を胸に、思い切って口を開いた。
自分の意見を、まっすぐに伝えた。
そして――私のその一言が、最終決定を導いた。
他の隊員たちが頷いたとき、胸の奥にかつて感じたことのない誇りが湧き上がってきた。
私はもう、あの頃のような無力な少女じゃない。
今の私は、自分の言葉で状況を動かせる――そんな“ハンター”になったのだ。
出発の前、私は近所のおばあさんにお願いをした。
「どうか父のこと、留守の間だけでいいので見ていてください」と。
なぜなら、これは私にとって、とても大きなチャンスだったから。
神さまは言った。
――今回の任務はとても簡単で、報酬はきっと十分すぎるほどになる。
そのお金があれば、父を都の介護施設へ入れることができる。
それは私の長年の願いだった。父に穏やかで安心できる暮らしを送ってほしい――その夢が、ついに叶いそうだった。
でも、回想はここで途切れた。
まるで古いフィルムが巻き戻されるように、記憶が急速に後退していく。
目の前に迫るのは、死の気配だった。
私はただ、静かに、何もできずにそれを見つめていた。夢のようでいて、しかしそれは――容赦なく、現実だった。
次の瞬間、私は現実に引き戻された。
全身を焼かれるような激痛が襲い、声も出せない。
これは――負荷紋の反動だ。
魔法の代償として、肉体が限界を超えた証。
目を開けると、世界はぼやけて歪んでいた。
眼前には、鋭い黒い爪が振り下ろされようとしていた。
それは炎虎の爪。赤く燃える死の輝きがそこにあった。
――ああ、そうか。
ようやく、すべてが腑に落ちた。
神さまが「簡単な任務」と言っていたそれは、もう、当たらなくなっているのかもしれない。
心がずしりと沈む。
どこかに残っていた「このままじゃ終われない」という気持ちが、苦く胸を締めつける。
「ああ……私、死ぬんだ……」
意識が暗闇に溶けていくその最後の瞬間、私の心に浮かんだのは――たったそれだけだった。




