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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第1巻 - ハンター編(獵人篇)
49/105

27.ハンターの結末(1)

挿絵(By みてみん)

 獵人的結局


 事件の発生から一ヶ月が経った頃、ラフィルはようやくベッドを出られるようになった。だが、そこに安堵の色はなかった。傷は順調に癒えていたものの、肉体の痛みなど、彼の心に空いた深い裂け目に比べれば、あまりにも小さなものだった。

 その心の裂傷は癒えることなく、見えない鎖のように彼を縛り続けていた。


 マルクス城へ帰るため、家族と共に馬車に乗り込んだとき、車輪の軋む音がまるで彼の沈黙する心の中で挽歌を奏でているようだった。ラフィルは無表情に窓の外を見つめながら、抱えた骨壷の重みに押し潰されそうになっていた。

 旅路は重苦しい沈黙に包まれていた。誰も言葉を発しない。その静けさを破った瞬間、抑えていた悲しみが決壊し、全員を押し流してしまうのを、皆が理解していた。

 その骨壷の中には、老兄がいた。ラフィルにとって、老兄はただの騎獣ではない。守護者であり、人生そのものの一部だった。


 ふたりはわずか一時間違いで生まれたが、それはむしろ運命がふたりを常に共にさせるための配慮だったかのようだった。幼少期から共に笑い、ふざけ、祖母の厳しい訓練を受け、切っても切れない狩人の相棒として育ってきた。

 すべてが――あの日で止まった。

 ラフィルが昏睡から目覚め、老兄の死を知らされたとき、それは心臓を鋭く突き刺す刃となって襲いかかってきた。彼の世界は瞬時に崩壊し、取り戻すことも逃れることもできなかった。

 呼吸ができなくなるほど泣き叫び、涙は溢れ、地に膝をついて嘔吐し続けた。それは魂の底から湧き上がる絶望、張り裂けるような悔しさと痛みが交錯した洪水であり、どうにも抑えようのない苦しみだった。

 老兄だけではない。仲間たちも全滅したという事実は、ラフィルの首を締めつける鎖のようだった。生き残った者の罪悪感は毒蛇のように心に巣食い、彼の希望と理性を一寸ずつ噛み砕いていった。



 一週間後、ついに馬車はマルクス城へと到着した。簡単な荷ほどきの後、イヴェットは家族を連れて、一軒の質素な平屋を訪れた――そこは、アクセルの実家だった。

 ラフィルは隊長「アクセル」の骨壷を胸に抱き、複雑な想いを胸に馬車を降りた。辺りは不自然なほど静かで、風の音すら痛々しい。

 ラフィルはイヴェットと共に玄関前に立ち、イヴェットがそっと扉を叩いた。


 やがて、木の扉が静かに開き、白髪の老夫婦が現れた。ふたりは杖をつきながら、慈愛と不安の入り混じった目で彼らを見つめていた。

「城主夫人……」

 老夫婦はイヴェットの姿を見ると、すぐに深く頭を下げた。

 イヴェットは彼らを抱き起こし、低い声で言った。

「ギルドからの書状、お二人は……受け取りましたか?」

 老夫婦は顔を見合わせ、眉をひそめながら答えた。

「……受け取りました。でも、わしらは読み書きができませんでな。」

 ラフィルの手が震えた。抱えている骨壷の重みが、悲しみとなって波のように押し寄せてくる。

 イヴェットは喉から言葉を絞り出すように、ゆっくりと口を開いた。

「……お二人のご子息、アクセルは……任務中に、勇敢に戦って……命を落としました……」

 彼女はアクセルの遺品が詰まった箱を丁寧に差し出した。


 ラフィルもまた、そっと前に出て、骨壷とアクセルの使っていた野太刀を手渡した。涙がこぼれそうになるのを必死で堪えながら。

 老夫婦は一瞬言葉を失い、老母は顔を覆って泣き崩れた。嗚咽をこらえても、その悲しみは隠しきれなかった。

 老父は一歩踏み出し、小さな声で尋ねた。

「……息子は、イヴェット様のお役に立てましたか……?」

 イヴェットは深く頷き、敬意の込もった声で返した。

「アクセルは素晴らしいハンターでした。任務を完璧に遂行してくれました。」


 その言葉を聞いた老夫婦は、しばし沈黙した後、深く頭を下げて感謝を示した。

 すべての説明を終えた後、イヴェットとラフィルは別れを告げて屋敷を後にした。

 馬車へと戻る道すがら、ラフィルの胸にはぽっかりと穴が開いたような感覚が残っていた。風に運ばれて、家の中から聞こえてくる老母のすすり泣きが、かすかに耳に届いた。


 この世界において、「ハンター」という職業は――毎日、誰かが帰ってこないことを意味している。

 どれだけ心の準備をしていても、死が訪れるその瞬間の痛みは、決して避けられるものではない。

 イヴェットにできることは、アクセルが遺したふたりの老親の世話をすることだけだった。そしてそれが、彼女にとってできる唯一の慰めでもあった。



 馬車は再び進み始め、にぎわう市街を抜けていく。商人たちの掛け声、子供たちの笑い声――そのすべてが混ざり合って、街は活気に満ちていた。

 しかし、ラフィルの心は暗い雲に覆われていた。痛みは、進むたびに重くなっていく。

 やがて馬車は、粗末な木造の家の前に停まった。今回はラフィルひとりで、ある覚悟を持って降りた。

 彼は「おじさん」の遺品を胸に抱き、静かに戸を叩いた。周囲の喧騒と彼の重苦しい沈黙との対比が、いっそう彼の心の痛みを際立たせていた。


 扉がゆっくりと開く。幼い子供たちが顔をのぞかせ、あどけない声で尋ねてくる。

「だれ……?」

 その瞳には、無限の期待と、ほんの少しの不安が入り混じっていた。

 すぐにふくよかな女性が現れ、ラフィルの背に背負われた大盾を見て、その顔に不安の色が浮かぶ。

「……主人のことでしょう? どうぞ、お入りください。」

 彼女は隣の木棚に手を添え、その震える手がすでに最悪を察していたことを物語っていた。それでも、確かな言葉を聞くことだけは、拒んでいた。


 三人は木のテーブルを囲んで座った。ラフィルは遺品をそっと置き、大盾を両手で握りしめた。指先がわずかに震えていた。

 彼は顔を上げられなかった。女性と子供たちの顔を見る勇気がなかった。胸の内から込み上げる悲しみは、押し寄せる波のように彼を呑み込み、息すらまともにできなかった。

 静寂の中で聞こえるのは、自らの心音だけだった。

 喉が刃物で切られるように痛む中、ラフィルはどうにか言葉を絞り出した。

「……おじさんは……任務中に……勇敢に戦って、亡くなりました。」

 その一言は、まるで重たい鉄槌のように部屋中に響き渡った。

 女性はその場で凍りついた。言葉を失い、ただ静かに涙を流した。頬を伝うその涙は止まることなく、声も出せぬまま、彼女は顔を伏せた。

 彼女の手は震えながら遺品を受け取った。それは、今や唯一、夫の存在を感じられるものだった。

 子供たちは黙って母親のそばに寄り添い、その目には困惑と理解しきれない悲しみが浮かんでいた。母親は彼らに背を向け、声を殺して泣いていた。その姿が、言葉以上に心の痛みを物語っていた。


 ラフィルはようやく顔を上げ、勇気を振り絞って前に進み、大盾を手渡した。目は赤く腫れ、もはや何も語らずとも、彼の心はすべてその表情に現れていた。

 女性はその大盾を胸に抱きしめた。まるで、夫の最後のぬくもりがまだそこに残っているかのように――その重みに、彼女の膝は崩れ落ちそうだった。

 子供たちはまだすべてを理解してはいなかったが、それでも母親の背中に寄り添い、黙ってその光景を見つめていた。

 その沈黙の中、ラフィルの耳に、かすかなすすり泣きが聞こえてきた。その声はあまりにもか細く、そして絶望的で――すべての希望が、夫と共に消えてしまったかのようだった。

 やがて、女性は小さく息を吸い、嗚咽混じりに静かに語った。

「……おじさんの本名は、デレク(Derek)です。どうか……覚えていてください。」

 その言葉には、夫への深い敬意と、日常を失ったことへのやるせなさがにじんでいた。

 ラフィルは深くうなずき、黙って一礼した。その心の中で、彼は誓った――この勇敢な戦士の名を、決して忘れないと。


 玄関先で、イヴェットは女性に後の手続きを丁寧に伝えていた。女性は涙を浮かべながらも、何度もうなずいていた。目には深い悲しみが宿っていたが、その中にわずかながらも凛とした強さが感じられた。

 彼女は静かに感謝の言葉を述べると、イヴェットとラフィルに一礼し、そのまま家の中へと戻っていった。扉はゆっくりと閉じられ、やがてその小さな家と外の世界を隔てた。

 ラフィルが馬車に戻ったとき、先ほどまで抑えていた泣き声が、外の喧騒の中にかすかに響いていた。まるで風に運ばれるかのように、あの悲しみの旋律は彼の心に深く刺さり、しんしんと沁み込んでいった。

 そのすすり泣きのひとつひとつが、ラフィルの胸に針のように突き刺さり、喪失の深さと無力さを思い知らせるのだった。

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