23.1 次々と(2)
爆心地では、ガキが爆発の直前、直感で身を翻して逃げ出していた。
しかし、自分がすでに粉塵濃度の高い範囲に入っていたことには気づいていなかった。
衝撃波が彼の体を宙に舞い上げ、木の葉のように吹き飛ばす。
地面に叩きつけられたその体は、大きく跳ね返りながら火の海の縁へと転がった。
幸い、致命傷には至らなかった。
だがその衝撃で、彼の意識は完全に途切れた。
耳元には「ブーン……」という鈍い響きだけが残り、世界はぼやけて遠く、火の明滅が視界の端で揺れていた。
「瞬歩斬――!」
その時、煙を切り裂いて現れたのは隊長だった。
彼の姿はまるで雷のごとく、手にした野太刀を一閃させながら、焰虎めがけて一直線に斬りかかる。
鋭い斬撃が焰虎の胴体を捉える――が、
「ギィィィン!!」
その刃は、焰虎の鋼の爪に防がれ、火花を散らした。
金属同士のぶつかり合う甲高い音が周囲に響く。
「うおおおおおっ!」
その直後、姐さんが上空から巨剣を振りかぶり、真上から力任せに叩きつけた。
その一撃が焰虎の体を数歩後退させ、地面が震えた。
「見習い、ガキの様子を確認してくれ!」
隊長が冷静に指示を飛ばす。
その間にも彼と姐さんは左右に展開し、包囲するように焰虎を挟み込んだ。
隊長が野太刀を構え、姐さんと目を合わせる。
互いに無言の合図を送り、同時に再び攻撃を開始する。
「こいつは“焰虎”……コード2級だ!」
戦闘の最中、隊長が短く情報を伝える。
「背中の砲台の横、あそこが弱点だ。粉塵に気をつけろ、爆発する!」
その警告を最後に、二人は交互に斬撃を繰り出した。
野太刀と大剣が交互に焰虎に襲いかかり、火花と金属音が交錯する。
焰虎は鋭く唸りながら、鋼の双爪で二人の斬撃を受け止め続けていた。
金属と金属のぶつかり合いが、絶え間なく火花を散らす。
そのとき――
背中の大砲が「カチッ」と不気味な音を立てて変形を始めた。
「オッサンッ!!」
隊長と姐さんが同時に叫ぶ。
大砲の砲口が開き、炎のうねりを内包しながら、焰虎が低く唸った次の瞬間――
「ゴォォォォォォ!!」
灼熱の火炎が前方へと一気に噴き出され、扇状の炎の壁が地面を焼き尽くす。
その直前、オッサンが飛び出した。
「うおおおおおっ!!」
彼は渾身の力で巨大な盾を掲げ、隊長と姐さんの前に立ちはだかった。
火焰の奔流が盾に直撃し、金属が真っ赤に焼ける音が響く。
全身でその熱を受けながら、彼は必死に叫びながら耐えた。
炎は十秒近く続き、やがて砲口が沈黙する。
オッサンは全身汗だくになりながら呻き声を漏らし、そのまま力尽きたように地面に倒れ込んだ。
盾の裏側から伝わる熱で、彼の右腕は真っ赤に腫れ上がり、もはや動かすこともできなかった。
隊長と姐さんはすぐさま反撃に転じるが、焰虎は巧みに距離を取り、爪で攻撃を受け流しながら後退していく。
その素早い動きと判断力は、単なる獣とは思えぬ知性を感じさせた。
再び低く唸った焰虎は、大気中に粉塵を拡散させながら、追撃を牽制する。
「チィッ……厄介な奴だな。」
姐さんは壁の陰に身を隠し、荒い息をつきながら顔の汗をぬぐった。
そのとき――
「シュッ!シュッ!シュッ!」
焰虎の砲台がモードを切り替え、小型砲弾を連続発射し始めた。
砲弾は鋭く空を裂きながら飛来し、隊長と姐さんは必死に身を翻して回避する。
だが――
そのうちの一発が、倒れていたオッサンに向かって一直線に飛んでいった。
「まずいっ!!」
隊長が咄嗟に跳び出し、野太刀で砲弾を打ち払う。
直撃は防いだが、爆発の衝撃で彼の視界は白く霞み、熱と灰に包まれた。
隊長は片膝をつき、息を荒げながらつぶやいた。
「……あと一人、誰か……いてくれたら……」
その言葉を聞きつけたかのように、焰虎が鋭い目を向け、砲身を隊長へと向けた。
目前に砲口――
もはや動けぬオッサンを庇い、隊長はそこから逃げることができなかった。
「――絶対零度ッ!!」
その叫びとともに、氷の奔流が戦場を駆け抜けた。
冷気の波は地面を這い、風を巻き込んで轟音と共に前進する。
空気そのものが凍りつくかのように、周囲の岩や瓦礫、そして空中を漂っていた粉塵までもが、瞬時に透明な氷珠へと変化していく。
キラキラと舞い降りる氷の粒は、まるで静かな雪のように美しく、同時に残酷だった。
その冷気は止まることなく焰虎の足元へと到達し――
地を這う氷の道が、その巨大な身体をも飲み込んでいった。
鋼の爪、金属の外殻――それらすべてが一気に凍りつき、焰虎は動きを封じられた。
最初は暴れようと身体を震わせていたが、その動きも次第に鈍くなり……ついには、完全に動きを止めた。
まるで巨大な氷像のように、焰虎はその場に凍結されたのだった。
その体表の約八割以上は厚い氷に覆われ、わずかに熱気の残る部分だけが氷の中でゆらめいていた。
まるで未完成の芸術作品――美しくも、危うい一瞬の静止。
「今よッ!」
姐さんの叫びが響く。
彼女はすかさず大剣を構え、光る刃を振りかぶって――
凍結した焰虎の背にある砲台の突起へと、全力で叩き込んだ。
――ドガァァァン!!
轟音と共に、砲台が吹き飛ぶ。破損した装甲が砕け、金属の破片が辺りに散った。
しかし――その瞬間、焰虎の高熱が再び表面へと現れ始め、凍っていた氷が一気に蒸発していく。
その目が、再びギラリと光った。
焰虎の視線が向かった先――それは、今まさに限界を迎えていた見習いだった。
焰虎の標的――それは見習いだった。
彼女は地面に片膝をつき、今にも崩れ落ちそうな姿勢で、かろうじて立っていた。
右手は杖を支えるように必死に地面を押さえ、顔は紙のように蒼白で、血の気がまったくなかった。
負荷紋はすでに首筋まで広がり、連続する戦闘と莫大な魔力の消耗によって、彼女の体力は完全に枯渇していた。
先ほど放った強力な「絶対零度」は、彼女が放てる最後の魔法だった。
息を荒げ、全身を震わせながら、彼女の瞳には無力感と深い疲労が色濃く滲んでいた。
隊長は大きく息を吸い込み、手にした野太刀を強く握りしめると、迷いなく焰虎へ向かって突進した。
火花が四散し、鋭利な刃と焰虎の鋼の爪が激しくぶつかり合い、耳をつんざくような金属音が鳴り響く。
しかし――
隊長の野太刀も、姐さんの大剣も、その厚く堅牢な装甲を貫くには至らなかった。
二人は渾身の力で近接攻撃を仕掛け続けたが、焰虎を抑え込むことが精一杯で、それ以上の決定打にはならなかった。
そのとき――
焰虎が低く唸り声を上げたかと思うと、周囲の粉塵が再び一斉に引火。
連続する爆発音が轟き渡り、地面が砕け、焦げた大地が四方へ飛び散る。
濃厚な炎があたり一帯を呑み込み、視界も空気も灼熱に染まっていく。
隊長と姐さんはすでにこの攻撃パターンを見切っており、即座に後退して致命的な爆発範囲から脱出することに成功した。
立ちこめる黒煙の中、二人は遠くに身を隠し、大きく息を吐いていた。
体力はすでに限界に近く、額から汗が滴り落ち、呼吸は荒く重くなっていた。
見習いは必死の思いで地面から立ち上がった。
右手で杖を支え、左腕の傷口からはまだ血が滲み出ていた。
ぐらつく足取りのまま、彼女は朦朧とした目で周囲を見渡す。
その刹那――
濃煙の中から焰虎が突然姿を現し、猛スピードで彼女の背後に回り込む。
その金属の爪が冷たく光を放ち、容赦なく振り下ろされた。
「見習いっ!!」「やめろぉぉっ!!」
隊長と姐さんの叫びが重なり、焦燥と無力が入り混じった声が戦場に響く。
だが、あまりにも遠かった。二人には、あの一撃を止める術がなかった。
――ザシュッ!!
金属の爪が空気を裂き、鈍く響く衝突音。
直後、鮮血が花開くように四方へと飛び散った。
赤い液体が空中に血の弧を描き、焦土と残骸を紅に染め上げていく。
その中で、見習いの淡い紫色の長髪がふわりと舞い、血と交じり合いながら――
残酷でありながらも、どこか幻想的な一瞬を描き出した。
時間が止まったかのようだった。
焰虎の爪は低く垂れ、その先からぽたり、ぽたりと血の滴が地面に落ちる。
見習いの身体は硬直したまま、後ろへと傾く。
ふらついた足取りで後退しながら、彼女の目は焦点を失い、ぼんやりと宙を見つめていた。
――まるで、何が起きたのかまだ理解していないかのように。




