22.追跡者
追獵者
「俺があの杖を探してくる!」
オッサンが興奮気味に叫ぶと、待ちきれない様子で山突獣の残骸に向かって駆け出した。
隊長はその場に腰を下ろし、息を整えながら戦利品を漁る三人の隊員に目を向けた。――その時、不意に電流のような危機感が背筋を走る。彼は鋭く顔を上げた。
「危ない!」
「パンッ!」
隊長の叫びが空気を裂くとほぼ同時に、遠方から銃声が響いた。
次の瞬間、オッサンの悲鳴があがり、地面に倒れ込んだ。
「うああああっ、クソッ!」
他の者が反応するより早く、隊長は即座に命令を下した。
「伏せろ!遮蔽物を取れ!」
全員がすばやく身を低くし、崩れた壁や廃墟の陰に滑り込む。再び銃声が鳴り響き、銃弾の風切り音が危険を伴って耳元をかすめた。
「オッサン、大丈夫か?」
隊長は声をひそめつつも冷静さを保ち、鋭い眼差しで周囲を見渡しながら敵の位置を探っていた。
オッサンは歯を食いしばりながら痛みに耐え、蒼白な顔で苦笑を浮かべた。
「左肩をやられた……もう少しで死ぬとこだったぜ。」
傷口からは止めどなく血が流れ、服を赤く染めていたが、それでも彼は冷静さを失わなかった。
そのとき、若きガキが警戒心をにじませながら隊長と姐さんに目をやる。三人の視線が空中で交差した刹那、ガキはすぐに反応し、傍らの石を掴むと迷いなく横に投げつけた。
「パンッ!」
銃声が鳴り、石は一瞬で粉々に砕けた。
――敵の位置が判明した。
「1時方向、ビルの4階。」
姐さんは冷たい眼差しで即座に場所を特定する。
「追跡者か?」
隊長の眉がぴくりと動き、険しい顔になる。
「こんな所で出くわすとはな……厄介だ。」
ボンブロール市街の廃墟――
かつて古代人類の栄光を象徴していたこの街は、いまや朽ち果てた瓦礫の山と化し、時の流れに飲まれて久しい。空高くそびえた建物は風雨にさらされ崩れかけ、ひび割れた壁や陥没した床が至るところに点在している。
この場所は、狩人にとって非常に危険なエリアだ。その複雑な構造と崩壊した地形のせいで視界が制限され、偵察用の鷹さえも敵の動向を把握することができない。
黒潮の怪物たちが建物の陰に潜んでいることもあり、気づいたときにはすでに命を落としている、ということも珍しくない。
狩人にとって「先手を取ること」は狩猟の基本原則だ。偵察と戦術によって敵の行動を見極め、狩りを有利に進める必要がある。
だが、この廃墟ではその基本すら通用しない。
だからこそ、通常なら狩人たちはこのような街の遺跡に立ち入ることはない。
そして今、隊長たちはその廃墟の端にいるにもかかわらず、遠距離から「追跡者」に狙撃されるという絶望的な状況に陥っていた。
撤退しようにも、追跡者の銃弾がすでに退路を封じている。
恐狼を呼んで脱出する余裕もない。
隊長は頭の中で即座に状況を整理した。
――選択肢はない。
この場で追跡者を仕留めるしかない。そして、速やかにここを離脱する。
「ガキ、オッサンの止血を頼む!」
隊長が低く命じる。
「了解!」
ガキはすぐに身をかがめてオッサンのもとへ駆け寄り、手早く傷口の処置を始めた。
「姐さん、見習い――俺と一緒に突入する!」
隊長の声には揺るぎない指揮官の威厳が宿っていた。
「了解!」「了解!」
「目標は“追跡者”だ。見習い、お前はまだあいつを見たことがないだろうが、姿はカメレオンに似ている。尻尾にはスナイパーライフルを装着していて、姿を隠すこともできる。
壁に張り付いて待ち伏せするのが奴の常套手段だ。
いいか、電気属性の魔法でやつの姿を暴ける。まず俺と姐さんで注意を引きつける。その隙にお前は狙いを定め、電撃で炙り出せ。
至近距離まで詰めたら、あとは姐さんに任せろ。」
その説明が終わるか否かのうちに、姐さんはすでに行動を開始していた。
背中の大剣を素早く分解し、片手剣と四角い盾へと変形させる。
剣と盾を巧みに切り替えながら、姐さんは障害物を一跳びで越え、廃墟の間を疾風のごとく駆け抜ける。
銃声が響いた瞬間、彼女は落ち着いた動作で盾を持ち上げ、見事に弾丸を弾いた。火花が宙に舞う。
「さっさと片づけて、すぐに撤退だ。ここは長居無用!」
隊長は見習いをかばいながら前進し、杖を素早く振るって飛んできた弾を打ち払った。
姐さんは風のように軽やかに駆け、半壊した石柱を跳び登ると、そのまま隣のビル三階へと跳躍。
一瞬の迷いもなく階段を駆け上がり、目指すは四階――追跡者が潜むとされる場所。
彼女はよく知っていた。ここでは一秒の遅れが、獲物を取り逃がすことにつながる。
そして最後の一段を踏み込んだ彼女は、全力で跳躍し、二棟のビルの隙間を飛び越え、追跡者が潜む部屋へと滑り込んだ。
両足が床に着地した瞬間、彼女の体は自然と戦闘態勢に入る。
素早く前転し、盾を前に構えて、あらゆる方向からの攻撃に備える。
だが、立ち上がった彼女の視線の先にあったのは、誰もいない、静まり返った部屋だった。
ひび割れた壁、埃の積もった床、天井から垂れ下がる瓦礫――すでに生気のない空間。
その場に響くのは、自身の荒い息と、ブーツが床を擦るかすかな音だけだった。
姐さんは足音を殺しながら、慎重に部屋を進む。
追跡者は匿れる術に長けており、もし攻撃してこなければ、発見するのは極めて困難だ。
彼女は確信していた。あの狡猾なトカゲは、きっとこの部屋のどこかに潜み、反撃の好機をうかがっている。
「このクソトカゲ……絶対、どっかの隅っこに隠れてるな。」
姐さんは低く呟く。だが、その声音には焦りがなかった。
彼女は小さなナイフを取り出すと、床の埃をかき分けながら、そこに複雑な魔法陣を刻み始めた。
魔法陣が完成すると、姐さんは周囲を一瞥し、片手剣をしっかりと握りしめた。
そして、それを魔法陣の中央へ突き刺す。
「出てきな、死に損ないのトカゲ!――暴風衝撃!」
彼女の叫びと同時に、魔法陣が激しく発光し、剣に埋め込まれた駆動石が応えるように光を放った。
次の瞬間、目には見えぬ衝撃波が部屋の中心から四方へ爆発的に広がる。
粉塵と小石が舞い上がり、空気が唸りを上げる。
その見えない波は、部屋の隅々にまで一気に広がっていった。
やがて、天井の陰に隠れた一角――
そこに貼り付いていたカメレオンのような姿が、波に押し出されて現れた。
それは擬態して周囲と同化しようとしていたが、部屋に舞う埃によって完全に姿を露わにされていた。
姐さんは冷笑を浮かべ、目に勝利の光を宿す。
「見つけたよ……!」
彼女はほぼ同時に剣を構え、飛んできた銃弾を剣先で弾き返すと、間髪入れずに突進する。
追跡者は自らの存在が露見したことを察知し、即座に壁を突き破って逃走を開始した。
しかし、逃走しながらも、その尾の狙撃銃で姐さんの動きを牽制してくる。
一発一発が正確で、姐さんは不用意に近づくことができない。
それでも、彼女は必死にその後を追い続けた。
追跡者は砕けた壁を突き破ると、高所から跳躍して外へ飛び出した。
その尾に備えた狙撃銃は、すでに姐さんが現れるであろう位置を正確に捉えている。
まさにその瞬間――
「抜刀斬ッ!」
静寂を裂く鋭い声と共に、隊長の野太刀が空を切り裂く。
凄まじい速度と重みを帯びた一閃。彼の手には、まるで刀の鞘に見せかけた杖が残されていた。
追跡者はその隠蔽能力のせいで、正確に急所を狙うことはできなかった。
だから隊長は、直感だけを頼りに斬りかかった。
追跡者は空中で咄嗟に反応し、尾でその一撃を受け止めようとする。
だが――野太刀の切れ味は圧倒的だった。
狙撃銃のように変形されたその尾を真っ二つに斬り裂くと、追跡者の身体は地面へと叩きつけられた。
一撃必殺には至らなかったが、それでも致命傷に近い損傷を負わせた。
追跡者が地面に落ち、わずかに動揺している隙を突いて――
「十万ボルトッ!!」
長らく身を潜めていた見習いが、大声で詠唱を叫んだ。
瞬間、眩い雷光が空気を裂き、一直線に追跡者を貫く。
衝撃で擬態装置が機能を失い、その姿が完全に露わとなった。
それは黒く光沢のある小柄なトカゲで、体格は恐狼よりもずっと小さい。
体中に火花が走り、壊れかけた装置から「ジジッ」とノイズが鳴る。
追跡者の大きな両目がぐるりと回り、敵の数と位置を即座に把握した。
空中の隊長、上から降りてくる姐さん、そして遠くにいる見習い――。
その瞬間、追跡者は戦術を切り替える決断を下す。
――狙うべきは、一番脆弱な存在。
そう判断したかのように、獰猛な速度で見習いへと突進を開始した。
「やばいっ!」
「まずいっ!」
隊長と姐さんが同時に叫んだ。
誰もが予想していなかった――追跡者がまっすぐに後衛である見習いを狙ってきたのだ。
見習いの胸がドクドクと鳴る。
両手で杖を握りしめ、緊張から冷たい汗が手のひらを濡らしていた。
これまでの戦いでは常に前衛が彼女を守ってくれていた。だが今――彼女は初めて、自分ひとりで、迫り来る死と対峙しなければならなかった。
追跡者は目前に迫り、大きく口を開けた。
その舌は瞬時に鋼の槍へと変化し、雷のような速さで彼女を貫こうとした。
見習いは反射的に杖で防ごうとし、致命傷だけは避けることに成功した。
だがその鋼の舌は彼女の左腕を貫通し、激しい痛みが全身を襲った。
「ぐっ……!」
体が痛みに耐えきれず、彼女はその場に倒れ込む。
左腕からは血が流れ、赤い水たまりができていく。
追跡者はなおも近づき、じりじりと距離を詰めてくる。
その姿はまさに死神。見習いの瞳に、人生で初めて「死」の影がはっきりと映った。
だがその瞬間――
天から飛来する影が一閃。
姐さんの剣が、音もなく追跡者の頭部を真っ二つに断ち切った。
豆腐を裂くように、あまりにも簡単に。
追跡者の体が痙攣し、そして、――
「退避っ!」
姐さんは即座に見習いを抱きかかえ、猛スピードで建物の外へと飛び出した。
次の瞬間――
爆音と共に、追跡者の残骸が火花と共に四散した。
廃墟の一角が吹き飛び、煙と熱気があたりを包み込む。
煙の向こう、姐さんの腕の中で見習いはまだ息をしていた。
心臓が強く打ち続けているのが自分でもわかる。
――今、彼女は「生き延びた」のだ。
この戦いを通じて、彼女は初めて知った。
命とは、戦いとは、そして死とは何かを。




