表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第1巻 - ハンター編(獵人篇)
37/105

20.空から降ってきた幸運(1)

挿絵(By みてみん)

 天上掉下餡餅


 マークィス城の酒場では、揺らめく灯りがこの都市の魂を具現化したかのように、木製のバーテーブルの上で淡く跳ねていた。

 賑やかな光景の中で、「鋼鉄のハート・オブ・アイアン」の五人のメンバーは隅の席に座っていた。まるで生命力あふれる一枚の絵画のように、彼らの友情とチームワークは騒がしい空気の中でもひときわ鮮明だった。

 グラスが鳴り、快活な笑い声が響き、親密で温かな空気が漂う。まるで空気にまで酒の香りが染み込んでいるようだった。


 姐御とオヤジは並んで座り、陽気にグラスを掲げる。ビールが彼らの笑いと共に弾け、金色の泡が立ち上る。隊長はその隣でステーキを悠然とナイフとフォークで切っており、金属音が思索のリズムと重なって静けさを演出していた。

 小僧の前には食べ物の山。彼はがつがつと食らいつき、満足げな笑みを浮かべながら、ときおり他の仲間たちをちらりと見て、心の底からの喜びをかみしめていた。

 その中で、見習い(インターン)は対照的に静かだった。手にしたジュースを見つめながら、ゆっくりと皆の顔を眺めていた。その目には、ほんの少しの羨望が滲んでいた。

 突然、オヤジが豪快にグラスを掲げ、朗々とした声で叫んだ。

「かんぱーい!」

 彼の熱意はまるで強烈な酒のように周囲を包み込み、皆もそれに応じて立ち上がり、グラスが空中で交差した。続いて、オヤジは一気に酒を飲み干し、それがまるで今日一日の気合と覚悟であるかのようだった。


「オヤジ、それ何杯目~?」

 姐御がいたずらっぽくグラスを逆さにして見せながら、口元に笑みを浮かべて尋ねる。その瞳には挑発的な火花がきらめき、まるで勝負を挑むようだった。

「げっぷ……今回は絶対負けねぇからな!」

 オヤジは大きなげっぷをしながらも満足そうに笑い、すぐに手を挙げて店員を呼ぶ。

「もう二杯、持ってきてくれ!」

 その声はまるで雷鳴のように店内に響き、周囲の客たちも思わず振り返った。


 そのとき、見習いの視線がどこかためらいがちになった。口を開きかけて、やめるような様子に気づいたのは、隊長だった。

「言いたいことがあるのかい?」

 隊長はやさしい口調で問いかける。その声には励ますような温かさがあった。

 見習いはしばらく黙った後、ようやく勇気を出して口を開いた。少し緊張したような語調で――

「えっと……私、『鋼鉄の心』に入ってもう一年になります。借金も返し終わって、皆さんともだいぶ仲良くなれて……。それで、もしよかったら、皆さんの本当の名前を教えてもらえませんか?」

 その声はどこか遠慮がちで、だがずっと心に抱えていた願いが滲んでいた。


本名ほんみょう」というのは、マークィス城では極めてプライベートで重要な存在だ。

 この混沌とした都市では、人々は基本的に偽名やコードネームで呼び合うのが常であり、よほどの信頼関係が築かれない限り、本名を明かすことはない。

 その一言に、オヤジと姐御は思わず目を合わせ、驚いたような表情を浮かべた。

 一方、隊長は静かに頷き、その気持ちを理解していることを示した。


 隊長は考え込んだ。

 姐御と少年に関してはすでに信頼を置いていたが、オヤジと見習いにはまだ少し警戒心が残っていた。

 特にオヤジは、陽気で気さくな反面、酔うと何を言い出すか分からないところがある。

「もちろん、いいよ!」

 隊長が答える前に、姐御がふらふらと見習いの隣に歩み寄り、肩を抱き寄せた。

 そして彼女の淡い紫色の髪を指でくるくるといじりながら、親しげに言った。

「ウチのカワイコちゃんにだけ教えてあげる♡

 オヤジには絶対ナイショね!」

 その口調はいたずらっぽく、まるで秘密を共有する仲良し姉妹のようだった。

 オヤジは舌打ちし、口いっぱいに串焼きを頬張りながら、どうでもいいといった仕草で手を振った。

 姐御と見習いがこっそりと本名を交換する中、隊長は軽くテーブルを叩いて皆の注意を引いた。顔つきは真剣だった。


「俺たちはこの一年、共に戦って信頼を築いてきた。だが——

 宴には終わりがあるように、いつかこのチームも解散する日が来るかもしれない。

 そのときに余計なトラブルを避けるためにも、本名の交換は控えておいたほうがいい。」

 その口調は落ち着いていたが、どこか有無を言わせぬ重みがあった。

 見習いの顔には、ほんの少し落胆の色が浮かんだ。

 姐御は口を尖らせ、不満げな表情を見せた。

 すると隊長はため息混じりに、やや肩をすくめて補足した。

「……もっとも、二人が個人的に交換するぶんには、俺が止めることはできないけどな。」


 そのとき、ずっと食事に夢中だった少年チビが、果汁を飲み干してコップを置き、顔を上げて言った。

「でさ、オレたちっていつ昇格できるの?もっと南の方、行ってみたいんだよね!」

 その目には期待がきらきらと宿っており、未来への好奇心に満ちていた。

 隊長はその言葉に対し、静かにこう答えた。

「もう少し待ってくれ。チャンスを探してみる。」

 だがその胸中では別の思いが渦巻いていた。

 ――実際、このチームでは昇格はほぼ不可能なのだ。

 ギルドの会長が直接後押ししない限り、現状のままの等級でとどまるしかない。

 そして、さらに南の地域に巣食う“黒潮”は、あまりにも危険すぎる。そう簡単に挑めるものではない。



 酒場の中は依然として陽気な空気に包まれ、笑い声と音楽が混ざり合い、まるで熱狂の交響曲のように響いていた。

 そんな中、突然オヤジがグラスを置き、静かに手を上げて「シー」と小さく声を出した。

「……しーっ。ちょっと、後ろのテーブルに耳をすましてみな。」

 姐御はオヤジに白い目を向け、その言葉を軽く受け流しながら、自分の酒を楽しみ続けた。

 店の喧騒は変わらず賑やかで、むしろその一言により、周囲に少し好奇の空気が加わった。


 しばらくして、オヤジが再び興奮気味に声を上げる。

「今の、ちゃんと聞こえたか? 後ろのテーブル、すっげぇ儲かる任務の話してるぞ!」

 実のところ、オヤジが耳を澄まさずとも、酒場の他の客たちはすでにその話題に気づいていた。

 後方のテーブルでは、数人の酔ったハンターが声高に話しており、その内容は店中に響き渡るほどだった。

 彼らの話題は――「高位の土属性ドライブストーンが埋め込まれた杖の捜索任務」。

 報酬は莫大で、その上、任務の背景にはギルド副会長・マルコムが関わっているという。


 噂によれば、マルコム傘下の高位ハンター部隊が帰還途中、襲撃を受けたらしい。

 襲撃者は「コード2級」に分類される赤い“異種”サントゥビーストであり、隊の魔術師の腕ごと、あの杖を飲み込んだのだという。

 唯一の手がかりは、仲間たちの反撃によってそのサントゥビーストの右目に大きな傷が残されたことだった。

 だが、負傷者の治療を優先するため、その場での追撃は諦めざるを得なかった。

 この赤いサントゥビーストは、“黒潮”に属する色違い個体であり、通常種よりもはるかに強く、行動パターンも異なるため、「コード2」に指定されている。

 赤色というだけでも価値があり、しかも体内に高位ドライブストーンを飲み込んでいるとあって、この任務の魅力は一気に跳ね上がった。


 今や「鋼鉄の心」だけでなく、酒場にいた他のハンターたちもざわつき始めていた。

 報酬の大きさはもちろんのこと、マルコム副会長との縁ができることが、今後のハンター人生において大きな後押しになると皆が理解していたからだ。

 たとえマルコムの副会長という肩書に実権があまりなくても、彼の配下には複数の精鋭チームが存在し、この街では侮れない影響力を持っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ