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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第1巻 - ハンター編(獵人篇)
27/105

短編 グレイムの救出作戦

挿絵(By みてみん)

 短篇 格萊姆的救援行動


 夜の村は静まり返り、虫の鳴き声だけが微かに響いていた。

 しかし、その静けさは突如として響き渡る悲鳴に破られた。

「火事だ! 誰か、助けてくれ!」

 夜空を切り裂くように、燃え上がる炎が二階建ての木造家屋から噴き出した。橙赤の火光は夜闇を呑み込み、村の一角を白昼のように照らし出す。

 黒煙はうねる龍のように夜空に渦巻き、息を詰まらせるほどの煙霧を吐き出し、焦げた空気が鼻を突く。熱風が村を襲い、混乱が一気に広がった。

「早く! 消火しろ!」

 飛び起きた村人たちは一斉に戸を開け、不安と恐怖の表情を浮かべたまま外へ飛び出す。叫び声を上げながら走る者、バケツを手に駆け寄る者……それぞれが必死に火を抑えようとした。

 しかし炎はあまりにも激しく、すでに家の一階は火に呑まれ、炎の舌が狂ったように木の梁や壁を貪っていた。それはまるで生きているかのように、飽くことなく燃え広がっていく。


「おじいちゃんと妹が中にいるんだ!」

 群衆の中から、少年の悲痛な叫びが響いた。彼の指差す先、燃え盛る家の中に祖父と妹が取り残されていた。

 祖父は足の不自由な老人で、一階の部屋に取り残されていた。壁にもたれながら、燃え盛る炎を濁った目で見つめ、何とか立ち上がろうとしたが、むせるような煙に倒れてしまう。

 その上の二階、窓辺では幼い少女が窓枠をしっかりと掴み、蒼白な顔で絶望と恐怖に満ちた目を見開いていた。

 彼女は必死に手を振り、助けを求めて泣き叫んだ。涙と汗が混じり合い、頬を伝って流れ落ちる。しかしその声はあまりにもか細く、すぐに炎の咆哮にかき消されてしまった。

「アンおばあちゃんを呼んでこい!」

 年配の村人が叫び、すぐに数人が走り出した。バケツを手にした者たちは燃える家に水をかけるが、勢いを増す火勢の前では焼け石に水だ。わずかに勢いを弱めるのがやっとだった。

 残りの者は村の反対側へと駆け出す。唯一この炎を鎮められる人物――水の魔法を操る「アンおばあちゃん」を探すためだ。

 彼女が杖を持って現れさえすれば、あの水系魔法の力で、この大火はすぐにでも鎮火できるはずだった。


 村全体が混乱に陥る中、一人の大きな影が群衆を押し分けて火の前に躍り出た。

 炎の光を浴びて浮かび上がるその背中は、揺るぎない意志の影を描いていた。

 ――グライムだ。

 その目は深淵のように沈みつつも、抑えきれない炎を宿していた。

 激しく脈打つ心臓、焦げた空気を吸い込むたび、彼の呼吸は荒れた。

 崩れ落ちる一階、耳元に響く子供の泣き声と老人のかすかなうめき――それらすべてが彼の胸を焼き尽くし、怒りと焦燥が血の中を激しく駆け巡っていた。


 もう、待ってはいられない!

 グライムは勢いよく横の水瓶へ飛びかかり、両手で縁をつかんだかと思うと、そのまま冷たい井戸水を頭から浴びた。

 冷気が一瞬で肌に染み込み、濡れた衣服は引き締まった筋肉にぴたりと張り付き、水のカーテンのように彼の体を覆った。

 深く息を吸い込み、拳を握り締めると、その瞳にはもう一片の迷いもなかった。

「グライム! 無茶だ! アンおばあちゃんを待って――!」

 村人たちは悲鳴を上げ、無鉄砲な若者を止めようとしたが、その声が届く前に、グライムは低く唸り、獣のように火の海へ飛び込んでいった。


 周囲の熱風はまるで巨大な獣の牙のように、彼の肌を容赦なく引き裂く。視界はぼやけ、熱せられた空気が肺に流れ込み、呼吸のたびに鋭い痛みが走った。

 だが、そんな苦しみを気にする暇はなかった。彼の目は、ただ中に取り残された者たちだけを見据えていた。

 一階の炎はすでに制御不能で、焼け焦げる木がパチパチと音を立て、暗闇の中で炎が狂った鬼のように踊っていた。

 グライムは歯を食いしばり、むせかえる煙に耐えながら身をかがめ、火の中を突き進んだ。そして、床に倒れていた老人を見つけると、迷わず膝をつき、肩に抱え上げた。

 その視線が二階の階段へと向けられる――

 まだ子供が残っている。


 時間がない。

 グライムは深く息を吸い込み、床を蹴って階段へと駆け出した。しかし、階段の板はすでに炎に蝕まれており、踏み込んだ瞬間、ギシギシと不安定な音を立てた。

 退路はない。彼は全力で駆け上がる。一歩踏み出すたびに「バキッ」と木が軋み、今にも崩れそうな階段を登りきった。

「来い、しっかりつかまれ!」

 彼は飛びかかるように子供を抱き上げ、その小さな体をしっかりと胸に抱いた。すぐに背を向け、窓の方へと突進する。

 下では火が荒れ狂い、熱風が容赦なく吹き上げてくる。彼の服はすでにいくつもの焦げ穴が空き、皮膚にはじりじりとした痛みが走る。



「グライム、無事に見つけたのか?」

 その頃、村人たちは家の外で固唾を飲んで待っていた。誰もが険しい表情で拳を握り、滲む汗が手のひらを濡らしていた。

 そのとき、突然二階の窓から一つの影が飛び出した――

 グライムだ!


 右肩に老人を担ぎ、左手にはしっかりと子供を抱きしめていた。たくましい腕が二人を守るように包み込み、まるで英雄のように救い出してきたのだった。

「ドンッ!」

 彼は重く地面に着地し、その衝撃で膝が一瞬沈み込んだ。足元の土がわずかに揺れたが、グライムはしっかりと立ち上がっていた。

 その体からは、まだ燻る熱気が立ちのぼり、まるで地獄から戻った戦士のように見えた。

 低く息を吐き、新鮮な空気を深く吸い込むと、彼は肩の老人を静かに降ろし、子供もそっと地面に下ろした。そして素早く二人の容態を確認する。

「早く! 二人を安全な場所へ!」

 その声に、村人たちはようやく我に返り、一斉に駆け寄ってきた。老人と子供を受け取り、口々に無事を確かめる声が飛び交う。

 グライムの胸は大きく上下し、焦げ跡の残る衣服には汗がにじんでいた。見るからに疲れ切っていたが、その姿には強靭さと覚悟がにじんでいた。

 彼はゆっくりと顔を上げ、今なお燃え続ける木造の家を見つめる。その目には、悔しさと譲れぬ強い意志が光っていた。


「お前ってやつは……命知らずにもほどがある!」

 誰かが呆れたように叫んだが、その声には隠しきれない心配と感動が混じっていた。

 次の瞬間、拍手が起きた――

 最初はぽつぽつと数人から。だが、それはすぐに広がり、夜空の炎をもかき消すような大きな拍手へと変わっていった。

 その音は、恐怖と焦燥を吹き飛ばすように響き渡り、感謝と感動、そして言葉にならない誇りを伝えていた。

 グライムは一瞬戸惑いながらも、振り返って村人たちを見つめた。見慣れた顔ぶれ。彼の育ったこの村の人々。

 その眼差しには、もはや心配だけでなく、深い敬意と信頼が込められていた。

 夜の闇はまだ完全には明けず、炎の光が揺れ続けていた。

 だがその中で、グライムの胸には今まで感じたことのない、誇りと確かな実感が芽生えていた。


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