短編 グレイムの記憶
短篇 格萊姆的回憶
それは嵐が荒れ狂う夏の夜だった。村を吹き抜ける暴風は、まるで空に見えない巨獣が咆哮しているかのように怒り狂っていた。
耳をつんざく雷鳴が轟き、時おり稲妻が天を裂いて走り、今にも崩れそうな村の木造家屋を白く照らし出す。
容赦ない雨は地面を叩き、泥と混じり合って低地に流れ込み、あらゆるものを飲み込もうとしていた。
グライムは自分の壊れかけた家の前に立ち尽くし、複雑な思いを抱えていた。かつて馴染み深かった我が家が、今では嵐の前にあまりにも脆く、壁板はきしみ、屋根の瓦は今にも吹き飛びそうだった。
彼は拳を固く握りしめ、指の関節が白くなるほど力を込めていたが、どうすることもできなかった。
「グライム! こっちに来いよ!」
すぐ近くから、聞き慣れた声が響いた。ラフィールが土砂降りの中、骨だけになった古びた傘を差しながら近づいてくる。
彼は腕を振って大声で叫んだ。
「うちに来て泊まれよ! こんなとこにいたら危ないって!」
グライムは少し戸惑いながらも、その温かさを断ることはできなかった。
祖父が亡くなってからというもの、グライムはこの家の常連のようになっていた。
アメリン先生の家は質素ながらも温もりにあふれ、三度の食事の合間に響く笑い声や、ラフィールとの他愛ないやり取りが、彼に久しぶりの家庭の空気を思い出させてくれた。
しかし、今回はこれまでとは違っていた。
一時的な客ではなく、完全な「居候」として暮らすことになったのだ。
グライムの心には落ち着かない思いが広がっていた。自分が空間を取りすぎているような気がして、アメリン先生への恩も返せていないことが気がかりだった。
だから、食後になると彼は率先して皿洗いをし、慣れない手つきで皿や箸を拭き取り、さらには部屋の掃除まで買って出た。
誰にも気づかれないよう、こっそり衣類やシーツを洗ってベランダに干すこともあった。
汗だくになりながらも、グライムの胸にはひとつの誇らしさが湧いていた。これで少しは恩返しができている気がしたのだ。
ある夜遅く、薄雲を通して月の光が静かに裏庭を照らしていた。
グライムは水場にしゃがみ込み、黙々と衣類をこすっていた。
他の人の眠りを邪魔したくなかったし、自分の「居候」という立場をさらに目立たせたくもなかった。
手の中を流れる水の音が、彼の心の焦りを洗い流してくれるように感じられた。
「グライム、こんな夜更けにまだ起きてるのかい?」
背後から、優しくも少し心配そうな声が聞こえてきた。
彼は驚いて振り返ると、アメリン先生の姿が暗がりから現れた。杖の音が小さく地面を叩き、安定した足取りで近づいてくる。
「まだ眠くなくて……洗濯だけ済ませようと思って……」
グライムは小さく答えたが、視線を上げて彼女の目を見ることができなかった。
「ふふ、ウソおっしゃい。ララ(ラフィール)はもう豚みたいにぐっすり眠ってるよ。残りは明日やればいいさ。」
グライムは俯いたまま、どう返せばいいか分からず口ごもった。
そんな彼の様子を見て、アメリン先生は軽くため息をつき、そっと彼の背中を撫でた。
「見た目はクマみたいにゴツいけど、案外繊細なのね。でもね、あんたはまだ子どもよ。子どもらしくしていれば、それで十分。もし先生を助けたいって思うなら――ララと一緒に、思いきり楽しく成長してくれるだけでいいの。」
その言葉に、グライムの心は春風が吹き抜けたように温かくなり、自然と笑顔がこぼれた。
アメリンもその笑顔を見て、つられて笑い、軽く杖で彼の頭をトントンと叩いた。
「まだまだ先生は元気なんだから、あんたたち二人くらい軽く面倒見てやれるわよ。さ、片付けて、早く休みなさい。」
グライムはアメリン先生の背中を見送ると、心の中でそっと決意を固めた。
その夜、月光は静かに降り注ぎ、彼の心もまた、暗い夜の中で新たな道を見出していた。




