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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第1巻 - ハンター編(獵人篇)
21/105

13.1 引退ハンターの村(2)

挿絵(By みてみん)

 田舎道を走っていると、幸いにも最近は雨が降っていなかったため、道はぬかるんでいなかった。もし雨が降っていたら、きっと泥だらけになっていたことだろう。前回来たときは靴もズボンも泥だらけになって、祖母にこっぴどく叱られたのを思い出す。あの時のことは、今でもちょっとしたトラウマだ。

 道すがら、見覚えのある村人たちに出会った。名前までは思い出せないけれど、大抵はおじいさんやおばあさんたちで、皆が私に笑顔で手を振ってくれた。私も笑顔で手を振り返しながら、胸の中に温かい感情が広がっていった。

 この「引退した狩人の村」はそれほど大きな村ではないけれど、ほとんどの人の顔は見たことがある。ただ、名前をちゃんと覚えている人はあまりいない。前に来たのはもう一年も前のことだから無理もない。

 私にとってより親しみがあるのは、やはり同年代の子たち、たとえばグライムだ。グライムは私の一番の友達で、私より少し年上。体も大きくて、初めて会った時には本当に「小熊」だと思ったほどだった。


 目の前にある、少し古びた木造の家。ここがグライムの家だと記憶している。私は戸を叩きながら、大きな声で叫んだ。

「グライム! ララだよ!」

 一秒ほど間をおいて、私はそのまま扉を開けて中へと入った。

 家の中は少し散らかっていたが、リビングのソファでぐっすり眠っているグライムをすぐに見つけた。

 彼の体は、私の記憶よりもさらに大きくなっていて、思わず小声でつぶやいた。

「大人より大きいかも……」

 そう言いながら、私はそっと後ろに下がり、こっそりと驚かせる準備をした。

 そして次の瞬間、全力で助走をつけて跳び上がり、グライムのお腹にドスンと飛び乗った!

 突然の衝撃でグライムは飛び起き、目をこすりながら大きく見開いた目で私を見つめて言った。

「ララ……本当にララなのか?」

 そのゆったりとした口調は、まさにグライムそのものだった。

 私は大笑いしながら興奮気味に答えた。

「ふふっ、そうだよ! 久しぶりに遊びに来たの!」

 グライムは私をぎゅっと抱きしめた。その腕の中には温かさがあったけれど、すぐに息が苦しくなってきて私は叫んだ。

「苦しい! もっと優しく抱いてよ!」

 私の叫びを聞いて、グライムはようやく力を緩めてくれた。彼はゆっくりと起き上がり、私を見つめた。私はすかさず言った。

「本当に前より大きくなってるね。」

 グライムは少し照れくさそうに頭をかいた。

 私は話題を変え、心配そうに尋ねた。

「おじいちゃんの具合はどう?」

 グライムには両親がいないことを私は知っている。彼はずっとおじいちゃんに育てられてきた。去年会ったときには、おじいちゃんは体調が悪くて、ほとんど寝たきりだった。


 グライムはしばらく黙ってから、私をそっと内側の部屋へと案内した。

 そこにはベッドに横たわるおじいちゃんの姿があった。かつては大柄で力強かったその体は、今ではすっかり痩せ細っていた。

 グライムは足音を立てないように、そっと私をリビングに戻した。しかし彼の巨大な体がきしむ床の上を歩くと、どうしても「ギシ、ギシ」と音が鳴ってしまう。

 彼はゆっくりとした口調で言った。

「最近は、あまり起きなくなったんだ……。」

 その言葉が意味するものを私は理解していた。けれど、グライム自身はまだきちんと受け止められていないようだった。

 この村では、グライムはよく一人ぼっちにされていた。反応が遅く、少し不器用で、周囲と馴染みにくかったからだ。

 私がグライムと友達になったとき、祖母に珍しく褒められたのを覚えている。

 私は気持ちを切り替えるように、グライムの手を握って元気に言った。

「じゃあ、外で遊ぼう!」

 彼の大きな頭が三秒ほどかけて反応し、こくりと頷いた。



 夕暮れの柔らかな光が、村の隅々にまで差し込んでいた。夕日の余韻が道を金色に染め、あたりをほんのりと温かく包んでいた。

 私は倒れた大きな木の幹の上に立ち、自分の泥だらけの服を見下ろして不安を感じていた。祖母はきっと、この格好を見たら機嫌を悪くするに違いない。あの厳しい眼差しと小言が、頭の中で響いていた。

 足元のグライムもまた、顔中が泥だらけで、まるで泥の精のようになっていた。

 私は一瞬、良からぬことを思いついた。全部グライムのせいにしちゃえば、怒られるのを少しでも免れられるんじゃないかって。そんな考えがぐるぐると頭を巡り始めた。


 そのときだった。遠くから父がこちらに歩いてくるのが見えた。私は手を振りながら、ぎこちない笑顔を浮かべた。

 父は近づいてきて、まず私たちに声をかけた。

「晩ごはんの準備ができたぞ。グライム(Glime)も一緒にどうだ?」

 父がグライムの名前を呼んだのを聞いて、私は少し驚いた。グライムもわずかに反応し、戸惑ったように動きを止めた。

 それに気づいた父は、優しく言葉を続けた。

「それとも、せめておじいさんの分だけでも持って行こうか。」

 グライムはしばらくじっと立っていたが、やがて静かに頷いた。


 夕陽がゆっくりと沈んでいくなか、土の小道が金色に染まり、世界が静かな輝きに包まれていった。私は父とグライムの隣を歩きながら、その道を進んでいた。胸の中は、不思議なほど穏やかで満ち足りていた。

 この村の空気、自由に笑うグライム、そして街では決して味わえない、外で過ごす自由な時間。ここはまるで、心が羽を伸ばせる避風港のようだった。


 少し先で、訓練生たちの一団とすれ違った。二十人ほどのグループで、皆疲れた足取りをしていた。どうやら訓練を終えたばかりのようだった。

 先頭には年上の先輩たちが数人いて、全身泥と汗まみれになりながらも、必死に歩いていた。

 彼らは私たちに気づくと、親しげな笑顔を見せ、元気よく挨拶した。

「こんにちは、トムリンさん!」

 父はにこやかに応えながら、一人ひとりに声をかけた。

「こんにちは、こんにちは。ご苦労さま。早く帰って、晩ごはんにしなさい。」

 彼らの父への敬意に、私は少し後ろめたさを感じた。私は彼らのことをよく知らなかったし、彼らがどれだけ忙しく厳しい訓練をしているかも、まだ実感がなかった。

 泥だらけで遊んでいた自分が恥ずかしくなり、私はそっと父の後ろに隠れた。グライムはというと、相変わらずにこにこしながら、皆に手を振っていた。


 そして私たちがその一団とすれ違おうとしたとき、グライムが突然バランスを崩して転んだ。私も巻き込まれて、一緒に地面に倒れてしまった。

 倒れた瞬間、グライムが「あっ!」と声を上げた。

 父はすぐに反応して、私たちのもとへ駆け寄り、両方を起こしてくれた。そして心配そうに言った。

「歩くときは気をつけなさい。」

 父の温かな手が私の背を軽くさすり、安心感を与えてくれた。

 しかし、そのとき。私の視線の端に、ある人物の姿が映った。

 訓練生の中の一人が、こちらを冷ややかな目でじっと見つめていた。その視線には、どこか陰険なものが含まれていた。

 私は心の中に小さな疑念を抱いた。もしかして、彼がわざとグライムをつまずかせたのではないか——。

 けれど、それを問いただす暇もなく、父は私の手を取り、再び歩き出した。



 道の脇には、狩人たちの訓練場が静かに佇んでいた。そこは簡素そのもので、広く空いた地面には粗末な訓練器具と、ところどころに壊れかけた藁人形が置かれていた。

 木製の器具には風雨にさらされた跡があり、朽ちかけた藁人形は過ぎ去った年月の厳しさを静かに物語っていた。すべての傷が、かつての努力と苦労の証のようだった。

 この場所の質素さに、私は思わず考えた。アメリンおばあちゃんは、こんな場所でどうやって狩人たちを鍛えていたのだろうか——。

 そう思っていた矢先、アメリンおばあちゃんの姿が角から現れた。彼女は慎重な足取りで一歩一歩、静かにこちらへ向かってきた。

 父はそれを見て、急いで彼女のもとへ駆け寄ろうとした。

 だが、アメリンおばあちゃんは左手をひらりと振り、助けは不要だと合図した。その仕草はあくまで軽やかだったが、決して逆らえない強さがそこにあった。


 おばあちゃんの体は、狩人のようにがっしりとはしていなかった。年齢のせいか背は少し曲がり、簡素な衣服に身を包んでいた。右足の裾の奥には、木で作られた義足がちらりと見えた。それが、彼女の過酷な過去を静かに語っていた。

 彼女の右手には、身の丈の二倍ほどもある長い棒が握られていた。アンバランスなその姿は、かえって彼女のたくましさを際立たせていた。

 私が泥だらけの姿をしているのを見て、祖母は少し眉をひそめたが、何も言わずに背を向けて去っていった。

 彼女の足取りはゆっくりと、少し引きずるようで、まるで記憶のなかの重みを踏みしめて歩いているようだった。その背中は、夕陽に照らされながら、静かに過去に別れを告げるように見えた。


 父はかつて私に語ってくれたことがある。

 祖父と祖母は、とても優秀な狩人だった。さらに、叔父のオットーも加わり、かつては一家そろって狩人の世界で名を馳せたものだった。

 しかし、「Code-0事件」が起きたとき、祖父とオットー叔父さんはその任務中に命を落とし、祖母もその時に片足を失った。以来、彼女は前線を退き、この素朴な村での生活を選んだのだった。



 夕食は祖母の家で、質素ながらも温かな雰囲気の中でいただいた。食後には、夜のとばりが静かに降り始めていた。

 私は父と一緒に、庭の木製ベンチに座っていた。長年、風雨にさらされたそのベンチは滑らかで丈夫だった。静かな庭の雰囲気に、どこかぴったりと馴染んでいた。

 父の表情は真剣そのもので、月明かりに照らされたその横顔には、深い憂いが浮かんでいた。

「ララ、明日から君は訓練を始めるんだ。祖母の言うことを、しっかり聞くんだよ。」

 私は少し緊張を覚えながらも、勇ましくふるまおうとして、きっぱりと答えた。

「うん、パパ。私、ちゃんと一人前の狩人になって、パパを見返してやるんだから!」

 父はその言葉を聞くと、満足げに笑いながら私の肩を軽くたたいた。その笑い声には、限りない期待と信頼が込められていた。

「きっと、君ならできるさ。」

 彼の目は温かく、そしてどこまでもまっすぐだった。

「ただな、祖母ってのは、そんなに簡単な相手じゃない。だけど……君が本気でぶつかって、覚悟を見せれば、きっと見直してくれるはずさ。」

 私はうなずいたが、胸の奥に重たいものが沈んでいるのを感じた。言葉にはしなかったけれど、その重みが何かを変えてくれると信じていた。


 父の言葉が、私の心の中に深く響いていた。

「祖母はああ見えて、小さな体に大きな責任を背負っているんだ。

 あの人は、どんな子にも厳しい訓練を課してきた。なぜなら、この村を出てから待ち受けているのは『黒潮』と呼ばれる脅威、そして狩人という危険な職業だから。

 この仕事はあまりに過酷で、村を離れた子どもたちの中には、二度と戻れなかった者もいるんだ。」

 いつも厳しくて怖い存在だった祖母にも、誰にも見せない苦しみと覚悟があったことを知り、私は胸の奥から強い決意が湧き上がってくるのを感じた。

 ——私は、祖母の期待に応えたい。

 そしてこの土地に、自分の名前を刻むような、立派な狩人になると誓った。


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