10.真相
夜は深まり、静まり返った部屋には、かすかな月明かりがベッドのそばに優しく差し込んでいた。
ドアがきしむ音を立ててゆっくり開き、パパとイヴェットが一緒に部屋を出て行った。
「おやすみ、ララ。」
パパが優しく言った。その声は今も変わらず穏やかで親しみがあり、思わず私は安心して息をついた。
「おやすみなさい。」
これが三日ぶりに、パパが私に「おやすみ」を言ってくれた日だった。
あの出来事の後、パパは三日間もベッドに横たわり、まるで人々の視界から消えたようだった。
あの夜、彼が言った言葉は今も頭の中で反響していて、どうしても拭いきれない疑問が残る——何かが起きたのでは?
私の心の中は恐怖と不安でいっぱいだった。
この三日間、部屋に来たのは継母だけだった。
でも、彼女の「おやすみ」はどこか不自然で、何かを隠しているように感じられた。
きっと、心の中で私を嫌っているんだと思った。
でなければ、なぜ彼女はいつも私に対してあんなに冷たくてぎこちない態度なの?
彼女が背を向けて部屋を出るたびに、心の中には言いようのない違和感が残り、消えることはなかった。
今日は、少しだけ違う感じがした。
妹の小さな手が私の人差し指を握りしめて、「あうあう」と声を出しながら甘えた声を上げた。
その無垢な声に、思わず胸が温かくなった。
あまりにも可愛らしくて、あのイヴェットの子どもだなんて信じられなかった。
「こんな可愛い子を、あの女が産むなんてあり得るの?」
そんなことを考えながら、まぶたが重くなってきた。
ふと、「影のお姉ちゃん」のことを思い出した。もう三日も姿を見ていない。いったいどこへ行ったんだろう?
ぼんやりとした意識の中、思考がふらふらとさまよっていた。
もうすぐ夢の中へ落ちようとしたそのとき、窓が静かに開く音が聞こえた。
微かな風が部屋に吹き込み、頬をなでた。その瞬間、私はぱっと目を覚ました。
必死に目を開けると、見慣れた姿が窓辺に立っていた。
月光が水のように降り注ぎ、彼女の銀色の髪をやさしく照らしていた。
影のお姉ちゃんのシルエットは幻想的で優美で、まるでおとぎ話に出てくる妖精のようだった。
私は驚きと嬉しさで目を瞬き、眠気は一気に吹き飛んだ。
すぐに起き上がって、小さな声で叫んだ。
「影のお姉ちゃん!」
彼女は静かに私のベッドのそばへ来て、腰を下ろし、優しい目で私を見つめた。
「どこに行ってたの?」
「最近はね、大掃除をしてたの。」
彼女は笑顔で答えた。その声は変わらず穏やかで、そよ風のようだった。
「大掃除?」
私は首をかしげて、彼女の美しい顔を見つめた。その言葉の意味がよく分からなかった。
彼女は私の髪を優しく撫でながら笑った。
「さあ、お利口にして横になって。今日は最後のお話をしてあげる。」
私は素直に返事をし、彼女の膝に頭を預けて横になった。
影のお姉ちゃんの腕の中は、いつも静かで清らかだった。
彼女の身体からは、匂いというものがまったくしなかった。それは、まるで空気のような純粋さだった。
それは、他の人たちとはまったく違った。
パパはいつも汗とお酒の匂いがするし、ベビーシッターは料理の匂い。妹は甘いミルクの香り、兄は草と泥の匂いが混じっていた。
でも影のお姉ちゃんは違う。彼女には、何の匂いもなかった。ただただ、透き通るような存在だった。
お話はすぐに終わった。
姉は静かに言った。
「さあ、今日のお話はこれでおしまい。」
「えっ?もう終わり?」
私は目を大きく見開き、少しがっかりしたように口を尖らせた。
「それで、魔女メクロは?その子どもは?召使いが連れて行ったの?こんなに長く続いてたのに、なんで急に終わっちゃうの?」
私は頭をかきながら、まだ理解できずに彼女を見上げた。
「このお話、まだ終わってないんじゃないの?」
影のお姉ちゃんはベッドの脇に膝をついて、じっと私を見つめた。その眼差しはとても優しかった。
私は少し照れくさくなり、何か言おうとした瞬間、ふとあることを思い出した。
「そうだ、聞くの忘れてた!この前……あれって、影のお姉ちゃんがパパと私を助けてくれたの?」
彼女は微笑みながらうなずき、私の頭をそっと撫でた。
私は嬉しさのあまり、勢いよく体を起こして両手を振り回しながら、あの日の出来事を興奮気味に再現しようとした。
「だってさ、あの時、姉ちゃんはヒーローみたいに空から現れて、一瞬で悪いやつらをやっつけたんだよ!たしか、三人がこっちに走ってきてて……姉ちゃんが空中にいて、シュッ!バタバタッ!って、みんな倒れたんだ!すっごくカッコよかった!」
私が大げさに話しすぎたせいか、影のお姉ちゃんは珍しく照れたような顔をして、耳のあたりをかいた。
「本当は、あんな場面は君に見せたくなかったんだけどね。」
「えー?どうして?」
私は笑って言った。
「だって、姉ちゃんのカッコいい姿が見られてよかったよ!パパは……その、ああいうのちょっと苦手みたいだし。」
姉は困ったように笑ってこう言った。
「実はね、継母さんも日本刀で悪い人を倒してて、すごくカッコよかったよ。」
私は口を尖らせて、不機嫌そうに言った。
「それは全然興味ないもん。」
突然、ふと思い出したことがあって、私は少し緊張しながら彼女の手を握り、唾を飲み込んで、もじもじと言った。
「影のお姉ちゃん……僕、君のことが好きみたい。大きくなったら……結婚してくれる?」
彼女はびっくりして、その場にドサッと尻もちをついた。右手で胸を押さえ、そのまま私に背を向けた。
時間がじわじわと過ぎていく中、姉は何も言わなかった。
私は不安になって、ベッドから起き上がろうとした。
けれど、ちょうどそのとき、姉はくるっと振り返り、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ララったらもう!いったい何歳なのよ、そんなに口が達者で!」
私は彼女の手をぎゅっとつかみ、真剣なまなざしで彼女の目を見つめた。
「じゃあ……答えてくれる?」私は急いで尋ねた。
姉はもう一度私の前に膝をつき、小さな声で言った。
「お嫁さんにはなれないかもしれないけど……君が大人になるのを待ってるよ。」
私は眉をひそめ、不思議そうに聞き返した。
「それって、いいことなの?」
言い終える前に、姉は突然私をぎゅっと抱きしめた。
きっと、これが答えなんだろうな……私はそう思った。
この瞬間がずっと続けばいいのにと思った。
でも彼女は、突然私の耳元で何かをささやいた。
くすぐったくて、思わず私は彼女を押しのけた。
姉は私の頬を両手で包み込み、今までとは違う真剣な口調になった。
「これから言うこと、ちゃんと聞いてね。」
彼女は真面目な表情で言った。
「これまで毎日君に話していたお話、あれは全部、本当のことなの。
あれは絵本や作り話なんかじゃない。魔女メクロは……君の本当のお母さん。私は彼女の忠実なしもべ、“影”なの。」
私は息を飲み、思考が一瞬にして真っ白になった。
「君——ラファエルは、彼女が何よりも大切にしている息子なの。
すべてを失っても、君を守るって決めてた。」
姉の澄んだ瞳が私の視線をしっかりと捉え、まるで「この現実から逃げないで」と訴えているようだった。
頭の中で何かが爆発したような衝撃が走り、その後、彼女が何を話しても、もう耳に入ってこなかった。
——まさか……あの物語の主人公が、自分の母親だったなんて?
そして、僕がその……?
私は頭の中で情報を整理しようとしていたが、姉はもう立ち上がり、出て行く準備をしているようだった。
私は無意識に手を伸ばして彼女の服をつかんだ。
彼女は足を止め、もう一度しゃがみこんで、私を抱きしめてくれた。そのぬくもりに、少しだけ安心した。
「姉ちゃん、すごく遠くに行かなきゃいけないの。戻って来られるか分からないけど……」
彼女は小さな声で言った。そこには、あきらめと迷いが混ざっていた。
「でも、ララには幸せに育ってほしい。
君が受け継いだもの、どうか忘れないで。」
私はその言葉の意味を全部理解できなかったけれど、涙が止まらなくなった。
「やだ……姉ちゃん、行かないで……」
私はしゃくりあげながら懇願した。
けれど、姉は私の言葉に従ってはくれなかった。
もう一度、優しく私の頭を撫でてから、風のように静かにその場を離れた。
その瞬間、私の心はぽっかりと穴があいたようだった。
この気持ちが何なのかは分からない。
でも、こんなに泣いたのは、おばあちゃんの家に行く日以来だった。
*
影は風のように静かにラファエルの部屋を出て、瞬く間に別の場所へと移動した。
そして、軽やかにもう一つの窓から、まったく音を立てることなく別の部屋へと忍び込んだ。
その動きは一枚の落ち葉のように静かで、ゆっくりと部屋の中へと溶け込んでいった。
「夜中にこっそり他人の部屋に入るなんて、娼婦のすることね。」
イヴェットが冷たく言い放ち、影に視線を向けた。
その眉間にはわずかに皺が寄っている。
彼女は化粧台の前に座り、手には櫛を持っていた。
トムリンは椅子に姿勢正しく座っていたが、影が入ってきたのを見るなり、すぐに立ち上がって、丁寧に一礼した。
「どうぞ、お掛けください。」
だが影は彼の言葉に応えず、窓辺に立ったまま冷ややかなまなざしを向けていた。
「今夜のララは少し情緒が不安定ね。
ちゃんと様子を見ておいたほうがいいわよ。」
「そんなこと、あんたに言われなくても分かってるわよ。」
イヴェットは鼻で笑い、不愉快そうに返した。
「それより、あんたが数日前にやらかした『偉業』のせいで、城中が大騒ぎだったわ。」
影は肩をすくめ、まったく気にしていない様子だった。
「これから、最後の厄介事を片付けに行くわ。」
その声は冷静でありながら、どこか予感めいた冷たさが含まれていた。
トムリンは眉をひそめて尋ねた。
「誰を探しに行くつもりなんだ?」
「“あの人”よ。」
影はさらりと答え、目には一瞬だけ冷ややかな光が走った。
「あなたたちは知らないほうがいい。巻き込まれたくないなら、近づかないことね。」
「……勝算はあるのか?」
トムリンの声には、不安の色がにじんでいた。
「正直、分からないわ。」
影は静かに答えた。声は平坦でありながら、わずかに迷いを含んでいた。
「私たちは同じ場所の出身。実力は互角。あとは現場でどう動けるかにかかってる。」
「それじゃ、ただの自殺行為じゃないか!」
トムリンは焦燥を隠せず、声を荒らげた。
「じゃあ、ララはどうする?あの子は君のことをとても慕ってるんだぞ!」
影の目は揺るぎなく、口調には決意が宿っていた。
「私がここにいる意味は、ララを守ること。
彼にとっての脅威は、すべて排除する。それが私の存在理由。」
夫妻はそれ以上、何も言わなかった。静かな沈黙が部屋を満たした。
トムリンは一つの袋を手に取り、影のもとへと歩み寄った。
その声には真剣さがにじんでいた。
「何か、俺たちにできることはないか?」
影はすぐに手を上げて、断る意思を示した。
「知ってるでしょ。私はそんなもの、必要としていない。」
トムリンは袋を開けた。中には、さまざまな種類の駆動石が詰められていた。
「これを現金に換えれば、旅の途中で多少は役に立つはずだ。」
影は再び、それを突き返した。声は冷ややかだった。
「お金なら、困っていないわ。」
トムリンは気まずそうに苦笑し、深々と頭を下げて、低い声で言った。
「恩に報いる言葉もない……本当にありがとう。」
イヴェットもわずかに頷き、感謝の意を表した。
彼女と影の視線が交錯し、その奥にある複雑な感情をお互いに隠そうとしているようだった。
影はふたりの感謝にはまったく動じず、軽く手を振った。
「私は、あなたたちのために動いているんじゃない。
これは、メクロから託された任務。」
部屋を出ようとしたその瞬間、影はふと立ち止まり、振り返った。
声は静かだったが、どこか優しさがにじんでいた。
「そろそろ考えた方がいいわ。ララをおばあさんのもとへ送って訓練を受けさせるかどうかを。
あなたたちじゃ、あの子を一生守りきることはできない。」
そう言い終えると、影は再び風のように姿を消した。
部屋には、きちんと閉められていない窓が一つだけ残り、夜風に揺れていた。