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第四の魔女:消えた痕跡  作者: Test No. 55
第1巻 - ハンター編(獵人篇)
14/85

9.影姉の怒り(1)

挿絵(By みてみん)

 影子姐的怒火



 夜は深まり、静寂に包まれた部屋の中で、トムリンはそっと目を開け、隣で眠るイヴェットに一瞥をくれた。

 彼はできるだけ彼女を起こさぬよう、慎重かつ苦しげに身を動かした。身体に刻まれた過負荷の痕跡は徐々に薄れていたものの、副作用は依然として消えず、痛みは波のように襲いかかり、立つことさえ困難だった。彼は身をかがめ、音を立てぬよう、そっと部屋を抜け出した。

 トムリンとイヴェットは一戸建ての家に住んでいた。庭は広く、周囲を高い塀で囲まれている。

 ラフィールの安全を守るため、彼はこの家を購入し、塀を増設した。周囲の家には警備兵を配置し、昼夜問わず巡回させていた。それは、ラフィールがこの地で平穏に育つことを願っての措置だった。


 彼は裏口を押し開け、杖にすがりながら、庭の奥へとゆっくりと進んでいく。

 薄暗い塀の陰、そこにはすでに一つの人影が佇んでいた。トムリンの足取りの遅さに、待ち人はやや苛立った様子で歩み寄る。月明かりが彼女の銀髪のショートヘアに差し込み、まるで夜の妖精が舞い降りたようだった。

 しかし、彼女の青藍の瞳と視線が交差した瞬間、トムリンの心に冷たいものが走った。――その目は、妖精のものではない。死神のそれだった。


「そんな身体で、ララを守ろうなんて、本気で思ってるの?」

 皮肉に満ちた声でそう言い放ったのは――影子だった。

 冷たい目でトムリンを見下ろし、その口調には明らかな軽蔑が滲んでいた。


 トムリンは姿勢を正し、かすかな苦笑を浮かべた。彼は二度咳き込み、胸の痛みに耐えながら、絞り出すように言った。

「今日は……助けてくれて……ありがとう……次は、もう……こんなことは起こさない。」

 影子は黙って彼を見つめ、その視線はまるで刃のようにトムリンの皮膚をえぐっていく。やがて、彼女の声は冷たくなり、濃厚な殺気を帯びた。

「奴らを一掃する。ララに二度と手出しさせないために。」

 トムリンはごくりと唾を飲み込み、声を低くして言った。

「君が怒ってるのは分かる……でも、今はまだその時じゃない。夜鷺の拠点、全部はまだ見つかっていないんだ。今動けば、敵に察知されてしまう。」


 影子は何も答えなかった。しかし彼女の身に纏う圧力に、トムリンの膝は震え、背中には冷たい汗が滲み出していた。

 何かを言おうと口を開きかけたその時――背後から冷たい声が響いた。

「そんな体で、こんな夜中にコソコソ出かける理由が、女と密会するためだったとはね。」

 トムリンは驚愕し、振り返った。そこには寝間着姿のイヴェットが立っており、左手には刃の柄を握っていた。ゆっくりと近づいてくる彼女に、トムリンは慌てて二人の間に立ちはだかり、手を振って説明を始めた。

「ま、待ってくれ!説明させてくれ!」

 二人が動かないのを見て、彼は続けた。

「彼女は“影子”だ。昼間、俺たちを助けてくれたんだ!」

 イヴェットは目を細め、影子を一瞥してから、疑わしげな口調で言った。

「続けなさい。」

 ここで影子が口を挟んだ。

「あなたも夜鷺の情報を密かに集めていたでしょう?二人の情報、私に渡しなさい。私の分も合わせれば、十分なはず。」

 イヴェットはふっと笑みを浮かべ、鞘付きの刃を草地に突き立てた。両手をその柄に重ね、鋭い視線でトムリンを睨みつける。

「トムリン、」冷たい声で問うた。

「あなた、まだ隠してることがあるんじゃない?」


 トムリンは、まるで痛みを忘れたかのように背筋を伸ばし、表情は一層緊張していた。彼は口ごもりながら、震える声で話し始めた。

「ラフィールは……俺の元恋人、メクロの子なんだ。昔、俺たちは結婚するつもりだった。でも、母のアメリンが猛反対して……俺には、ハンターの名門との政略結婚をすべきだと言い張って……」

 彼はそっとイヴェットを一瞥し、すぐに視線を下げ、不安げな声で続けた。

「……この辺の話は、君も知ってるよな。それで……俺は君を選んだ。」

 その言葉に迷いが込められていたせいか、イヴェットの視線は一層冷たくなり、刃のようにトムリンの心をえぐった。彼はその圧に気付き、慌てて続けた。

「でも……でも俺は本気で君を愛してる、これは本当だ。」


 トムリンは苦しげに息を吐き、その一言を口にしただけで全身の力を使い果たしたかのようだった。イヴェットは沈黙を保ったまま、ただ刀の柄を握る手に力が入っているのがわかる。その空気は、ますます重くなる一方だった。

「メクロは子供を産んだあと、ララを連れて出ていくつもりだった……」トムリンの声はさらに低くなり、まるで重たい秘密を語るようだった。

「でも、その子、ララは……生まれつき心臓が未発達で、長く生きられないって診断されたんだ。」

 トムリンの背筋に冷たいものが走り、冷汗が衣服を濡らしていく。彼はイヴェットをちらりと見てから影子を見やり、急に言葉のスピードを上げた。

「ま、待って、今から大事なところを話す!」

 彼は大きく息を吸い込み、早口で説明を続けた。

「メクロは……自分の命を犠牲にして、人工心臓を手に入れた。それで、自分の子供に新たな命を与えようとしたんだ。

 最終的に、影子――この彼女が、ララを無事に俺のもとへ届けてくれた。そして、彼女は言ったんだ。“雷系の魔術には気をつけろ”って。」

 トムリンは一息つき、懇願するような目でイヴェットを見つめながら、落ち着いた口調で語りかけた。

「その後、ララが外出した時に、夜鷺が彼の人工心臓の存在に気づいた……そのときも影子が教えてくれた。それで君が、毎回外出の際に俺たちを守ってくれたんだ。」


 トムリンはイヴェットの表情をうかがいながら、彼女の顔がまだ硬いままなのを見て、ごくりと唾を飲み込み、話を続けた。

「夜鷺――この組織は極めて神秘的で、その名の通り、普段は闇に潜み、音もなく行動する。だから、人々はその存在すら忘れてしまうんだ。

 だが、一度その時が来れば、彼らは夜の鷺のように現れ、致命的な精度と冷酷さで堂々と殺戮を行う。突如として始まるその流血劇は、誰にも無視できず、再び人々に彼らの恐怖の名を思い出させる。」

 彼は一度言葉を切り、低い声で続けた。

「この組織がもっとも知られているのは、“黒潮”に関連するいかなる技術にも、強い敵意を持っているという点だ。

 すでに世間で広く使用されている黒潮製の武器や装備については手を出さないが、それ以外の黒潮技術の応用を試みた者は、すべて彼らにとって“排除すべき対象”になる。」


 トムリンの声はどんどん低くなり、まるで恐ろしい伝説を語るかのようだった。

「かつて、ある者が黒潮技術を義肢に応用しようとした。その革新的な設計は、多くの人の注目と期待を集めたんだ。

 だが、ある夜――夜鷺が突如現れ、研究所を完全に破壊した。そこにいた百名近い研究者は、一人も生き残らなかった。」

 彼は顔を上げ、複雑な表情でイヴェットを見つめ、重々しい口調で言った。

「黒潮技術の発展を推し進めようとする者たちは、まず“警告の手紙”を受け取る。それでも耳を貸さない者には、次に“公開処刑”が待っている。容赦なく、無慈悲に。」


 トムリンは息を詰めるようにしてすべてを語り終えると、イヴェットの反応をじっと観察し始めた。彼女は依然として考え込んだような表情をしており、眉間には深い皺が寄っている。情報量があまりにも多いため、彼女がすぐに理解できないのは当然だった。

 だが、トムリンにはわかっていた。――イヴェットはあくまで平静を装っているだけで、実際のところ、彼女の頭の中は混乱している。むしろ、思考が止まってしまっているかのようだった。


 しばらくの沈黙ののち、イヴェットはようやく口を開いた。その声は鋭く刺さるようだった。

「つまり……あなた、この女をララのそばに隠していたってわけ?それも、私たちの家の中で?」

 トムリンの心の中で悲鳴が上がる――どうして話の焦点がそこに飛ぶんだ!?

 内心では苦笑しながらも、彼はなんとか冷静さを保ち、答えた。

「だからこそ……影子は、俺たちの味方なんだ。ずっとララを守ってくれていた。」


 トムリンが影子に話しかけようと振り返ろうとしたそのとき、何かが飛んできて、影子の手元に二本の巻物が落ちた。彼が慌てて腰に手をやると、自分の隠していた巻物がなくなっていることに気づく。

 背後からイヴェットの冷たい声が響いた。

「全部渡したわ。さっさと行って。これ以上、うちのことに関わらないで。」

 トムリンが慌てて声を上げた。

「ま、待ってくれ――!」

 だが、影子はすでに巻物を開いて一瞥し、次の瞬間には影の中へと溶けるように姿を消していた。まるで、最初から存在すらしていなかったかのように。

 その様子を見て、イヴェットは内心ほっと胸を撫で下ろした。――さっきの自分が軽率に動かなかったのは正解だった。彼女は、影子の実力が自分をはるかに上回っていることを、本能的に理解していたのだ。

 彼女は涼しげな態度で背を向け、家の方へ歩き出しながら、軽く言った。

「さ、寝るわよ。」

 トムリンはその場にぽつんと取り残され、まるで冷たい風に吹かれているかのように心が乱れ、立ち尽くしていた。


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