8.1襲撃(2)
トムリンの身体は傷だらけで、激しい痛みに苦しんでいた。イヴェットは細心の注意を払って彼をベッドに寝かせ、その一つひとつの動作に神経を集中させた。
彼の筋肉はまるで無数の刃で裂かれたように痛み、あの呪われた「負荷紋」が炎のように皮膚を這い、焼けつくような感覚を全身に広げていた。それは彼の肉体を牢獄のように縛り、自由を奪っていた。
これこそが、駆動石の不適切な使用による代償だった。訓練を受けていない一般人が、その力に手を出せば、このように悲惨な結果を招くしかない。
本来、ハンターとは無色の駆動石と適合できる資質を持った者たちだ。最も基本的な身体強化すら使えない者にとって、ブラックタイドと戦うことなど到底不可能なのだ。
トムリンは左手でイヴェットの手を握りしめ、右手をゆっくりと持ち上げてラファエルを招いた。
その様子を見て、ラファエルは慌ててベッドに登り、父の冷たく力のない右手を握りしめた。父の苦しみは言葉で語れないほど深いものだと分かっていたが、それでもトムリンは必死に声を絞り出した。
「……ごめん……もし俺にハンターの資質があったら……こんなことには……」
イヴェットの目には涙が浮かび、優しく彼を慰めた。
「そんなこと言わないで……あなたは必死でララを守ってくれた。」
トムリンは深く息を吸い込み、すべての力を振り絞るように再び口を開いた。
「……ララ……もっと近くに……顔を見せてくれ……」
ラファエルの涙が止まらず、顔を伏せるようにして父に寄り添った。トムリンはその顔をじっと見つめ、寂しさと誇りが入り混じった眼差しを向けた。
そして、ふと天井を見上げながら、かすかな声で続けた。
「……俺がいなくなったら……あとは頼んだぞ……ララ、イヴェットの言うことをよく聞いて、分かったな?」
イヴェットは眉をひそめ、唇をかみしめながら、ついに問いかけた。
「……それって、遺言のつもり?」
だがトムリンはその言葉を聞こえていないかのように、ただ息子を見つめていた。ラファエルが力強くうなずくのを見て、彼は苦しげながらも穏やかな笑みを浮かべた。
「妹のことも頼む……大事にしてやってくれ……」
イヴェットは呆れたように目を見開き、ため息まじりに言った。
「もう、話は終わった?」
トムリンはかすかに笑い、弱々しいがどこか茶目っ気を感じさせる声で言った。
「……一度こういうの……言ってみたかったんだよ。どんな感じか、さ……」
イヴェットは怒ったように彼の手を振り払って立ち上がり、ぷいと背を向けて部屋の出口へと向かった。
「もう知らない! どうせ死なないくせに!」
部屋の中は一瞬で静まり返った。ラファエルは母の背中を見つめ、呆然とした表情でその場に立ち尽くした。
イヴェットがリビングに戻ると、共に戦った二人の護衛がそこにいた。彼女たちは血まみれの傷を包帯で手当てしながら、静かに座っていた。
そのうちの一人がガーゼを手に立ち上がり、心配そうにイヴェットへと近づいた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
イヴェットは軽く手を上げて「問題ない」と合図したが、それ以上は何も語らなかった。彼女は上着を脱ぎ、内側に刻まれた深浅さまざまな刀傷を露わにした。血の珠がその傷の上をつたって、ゆっくりと滲み出てくる。
思えば、自分たちは三人で十数人の訓練された刺客を相手に戦っていたのだ。これまでの鍛錬と経験がなければ、今頃この場に生きてはいなかっただろう。
イヴェットの傷の手当てをしていた護衛が顔を上げ、声を潜めて尋ねた。
「中の旦那様の容態は……?」
「どうせ死なないわよ。」
と、イヴェットは淡々と答えた。
部屋の反対側では、もう一人の護衛が左肩の深い裂傷を押さえていた。手にしていたガーゼはすでに血で真っ赤に染まっている。
その傷は縫合しなければ止血もままならないだろう。しかし、彼女は痛みに顔をしかめることなく、落ち着いた声で話し始めた。
「今日の刺客は、ただ者じゃありません。あの配置……完全に事前に計画されていました。遠くの屋根から落ちてきた死体、あれはきっと術師です。もしあいつの魔術が先に発動していたら、どうなっていたか分かりません……」
「エドナが(Edna)、大丈夫なの?」
「お嬢様、ご心配なく。止血は済ませました。まずはお嬢様の手当てを優先させてください。」
「今日の件は――」
「お嬢様!」
エドナが突然声を張り上げ、イヴェットの言葉を遮った。その声には、確固たる決意がこもっていた。
「私たちは幼い頃からお嬢様に仕え、共に育ってきました。私たちはあなたの剣です。剣が主を守って傷つくのは当然のこと。それは誇りの証です。」
その言葉に、イヴェットは一瞬言葉を失い、そして苦笑いを浮かべた。彼女は視線を落とし、自らの包帯の巻かれた傷を見つめた。眉をひそめながら、痛みを和らげようと深く息を吸い込んだ。
だが、彼女の思考は一向に静まらず、むしろますます重く沈んでいった。
「この刺客たちは……ラファエルを狙っていた。以前から動きを見ていたのね。普段は彼を外に出さないようにしていたのに……まさか、今日を選ぶとは……」
その言葉に、もう一人の護衛が無言のまま目を伏せ、手の動きがわずかに止まった。場の空気には、かすかな不安が漂った。
包帯を巻き終えた護衛は立ち上がり、慣れた手つきで縫合用の針と糸を取り出した。そして、ふと視線を窓の外へと向け、夜空を見上げた。
数秒の沈黙の後、彼女は何かを思い出したようにぽつりと口を開いた。
「そういえば、あの屋根にいた刺客……誰が倒したんですか?」
その問いに、三人の間に言葉はなかった。代わりに、ただ沈黙だけが残された。