7.幼き日々(1)
小時候
物心がついた時から、私の家族は四人でした。お父さん、継母、私、そして後から生まれた妹。時々手伝いに来るおばさんたちは別として、この家族構成は一見すると、ごく普通で平凡なものでした。
でも、私の心の中には、誰にも話したことのない秘密が隠されているのです――私がまだとても小さかった頃、「影のお姉さん」が私に会いに来ていたのです。
影のお姉さんは息をのむほど美しく、まるで古典絵画から抜け出してきた登場人物のようでした。彼女の顔立ちはいつも整っていて、あまり笑わないのに、不思議と目を引く魅力がありました。
彼女に会うたびに、彼女はまっすぐに私を見つめてきました。その眼差しはとても不思議で、私を見ているようでいて、私の魂の奥深くまで見透かしているような、そんな感覚でした。
彼女に初めて会ったときのことは、今でもはっきりと覚えています。
その日、私は兄と庭で遊んでいて、ベビーシッターのおばさんは家の中で忙しくしていました。突然、彼女は静かなそよ風のように、音もなく私の目の前に現れたのです。
兄は彼女を見た瞬間、警戒するように低く唸りましたが、彼女が手を軽く振ると、兄の態度は一変しました。まるで長年会えなかった親友にでも会ったかのように、尻尾を振って興奮しながら彼女のまわりをぐるぐる回り始めたのです。
「やっと会えたね、ララ。」
彼女の声は、遠い夢の中から聞こえてくるような、優しい音色でした。
私は戸惑いながら彼女を見つめ、思わず尋ねました。
「あなた、誰?」
彼女はくすっと笑って、どこかお茶目な瞳でこう言いました。
「私は“影のおばさん”…って呼ばれるかもしれないけど…」
そこで少し言葉を切って、いたずらっぽい笑みを浮かべながら言いました。
「やっぱり、“影のお姉さん”って呼んで。」
彼女の存在はまるで当たり前のように、自然と私の世界に溶け込んできました。その日は、彼女と庭でたくさん遊びました。まるで時間が止まったかのように感じたのを覚えています。
別れ際、彼女はしゃがんで小指を差し出し、こう言いました。
「はい、指切りしよう。私はあなたの秘密の友達。他の人には内緒だよ。」
まだ何も聞けていないのに、疑問が頭の中をぐるぐる回っているうちに、彼女は来た時と同じように、静かに姿を消してしまいました。頬を撫でるような柔らかい風だけが、そこに残っていました。
私はその場に立ち尽くしながら、彼女の言葉を反芻しました。心の奥が不思議で、でもどこか温かくて、しばらくの間、胸が高鳴るのを止められませんでした。
それ以来、影のお姉さんの存在は、私の心の一番奥にしまわれた秘密となったのです。このことを知っているのは、私と、あの影のように寄り添うお姉さんだけでした。
あの日から、影のお姉さんはいつも私ひとりの時に現れるようになりました。まるで、彼女は私だけの存在であるかのように。家族の誰も気づかないとき、そっと現れて、私と一緒に遊んでくれるのです。
私は彼女のことを、ずっと一番大切な友達だと思っていました。私たちの秘密は、私の心の中で最も大切な宝物となったのです。
ある晩、彼女は私が寝ようとしていたとき、音もなく窓辺に現れました。その夜、私はベッドに横たわり、薄いカーテン越しに月の光が静かに部屋に差し込むのを見ていました。
すると突然、彼女はいつものように静かにやって来ました。そよ風のように、ふわりと部屋に入ってきたのです。彼女はゆっくりとベッドのそばに近づき、私の額を優しく撫でました。彼女の指先はひんやりとしていましたが、その手のぬくもりはどこまでも優しくて、私はとても安心しました。
「今日は、寝る前にお話をしてあげようか?」
彼女は夢の中から聞こえてくるような柔らかな声で、そっと囁きました。
私はこくんと頷き、目を輝かせながら彼女を見つめました。
「むかしむかし、あるところに…」
彼女は物語を語り始めました。その声はまるで静かな湖に吹くそよ風のように澄んでいて、どこか遠くまで続いていくようでした。
「メクロという美しい少女がいてね、忠実なしもべを連れて、不思議な冒険の旅に出たんだよ……」
彼女の声は泉のように澄んでいて、言葉ひとつひとつがそっと私の心に染み込んできました。
物語の中のメクロは賢くて勇敢で、神秘的な森を抜け、険しい山を越え、不思議な生き物たちと出会いました。その冒険は常にスリルに満ちていて、どんな危機も知恵と勇気で乗り越えていくのです。
私は物語に夢中になり、まるでメクロとそのしもべが広大な世界を駆け抜けていく姿が見えるようでした。彼らの足取りは軽やかで、けれど決して止まることはありませんでした。
影のお姉さんは美しいだけでなく、その声にも不思議な魅力がありました。彼女が物語を語り始めると、私の心は自然と静けさに包まれ、まるで果てしない夢の世界に漂っているような気持ちになりました。
彼女の物語はいつも鮮やかで、細部まで息を呑むような描写にあふれていて、私は悩みや不安をすべて忘れ、ただ続きを聞きたいという思いに満たされていきました。
それ以来、パパとママが寝室を出た後、私は窓のほうを見つめながら、心の中でそっと願うようになったのです。どうか、影のお姉さんがまた来てくれますように。私のそばに座って、あの優しい声で、あの不思議な世界へ連れていってくれますように。
私たちの秘密の絆はどんどん深まっていきました。影のお姉さんは、夜の時間に欠かせない存在となり、眠りにつく前の、最もあたたかな待ち遠しさになったのです。
昼間、日差しが庭の芝生に降り注ぐと、家の中はいつも異様なほど静かになる。屋内ではベビーシッターのおばさんが忙しく動き回っているだけ。
私は兄と一緒に、そんな時間が好きだった。柔らかな芝生に寝転がって、ただ静かに空を見上げるのだ。
あの青空は、どこまでも広がっていて、ふと疑問に思う。
――この塀の向こうの空は、私たちの頭上に広がる空と同じなんだろうか?
もっと広いのかな? それとも、もっとたくさんの謎が隠れていて、私たちがそれを見つけるのを待っているのかな?
私はいつもパパが羨ましかった。パパは毎日仕事に行くために門の外へ出ていく。まるで自由の鍵を持っている人のようだった。
でも私は、家の中に大人しくいなきゃいけなくて、まるで鳥かごに閉じ込められた小鳥のようだった。
そんなとき、私はよく癇癪を起こした。普段のわがままなら、泣いて騒げば誰かが折れてくれる。でも、このことだけは違った。
――外に出たい。
それだけは、どれだけ泣いても、どれだけ駄々をこねても、誰も許してくれなかった。まるで乗り越えられない高い壁のように。
けれど、今日は特別な日だった。
なんとパパが、私を外へ連れて行ってくれると言ってくれたのだ。
久しぶりに感じる自由の風に、私は胸が高鳴った。
街は人でにぎわい、車が行き交い、見るものすべてが新鮮で、音ひとつひとつが心に響いた。
「なんて広い世界なんだろう……!」
私は興奮して、手のひらに汗がにじむのを感じながら、周囲をきょろきょろ見渡した。
でも、楽しい気持ちは長くは続かなかった。
あの、いけすかないイヴェットが現れたのだ。しかも、見たこともない怪しいおばさん二人を連れて、私たちの後ろについてきた。
その二人は、笑顔を作ってはいたけれど、目は冷たくて、まるで私たちを監視しているようだった。
私は気に入らなくて、思いきって振り返り、ぺろっと舌を出して変な顔をしてみせた。怖がらせてやろうと思って。
通りには、あちこちから呼び込みの声が飛び交い、屋台には色とりどりの品物が並んでいて、目移りしてしまうほどだった。
私はパパの手を引き、あちこち見に行きたくて仕方なかった。
でも、次の一歩を踏み出そうとしたその瞬間――
ママの冷たい視線が、私の衝動をぴたりと止めた。
彼女は少し離れた場所に立っていて、言葉ひとつ発さなかったけれど、その鋭いまなざしでパパと私をじっと見ていた。
その目はこう語っていた。
「調子に乗るんじゃないわよ。」
少しして、彼女はほんの少しだけうなずいた。
ようやくパパは、私の手を慎重に引いて、そっと前に進みはじめた。
……だから私は、彼女のことがどうしても好きになれない。
彼女はいつも厳しくて、高い場所からすべてを見下ろしているみたいだった。
まるで自分の手の中に全てを収めている女王様みたいで、周りの誰にも、ほんの少しの余裕すら与えてくれない。
彼女の存在は、目に見えない鎖のように、自由の空気を締めつけてしまうのだった。