最後の炎
アカリの犠牲を胸に、私はミドリと共に、制御者打倒の道を模索していた。都市は完全に制御者の支配下に置かれ、ゾンビの数は増え続ける一方だった。私たちは、生き残った抵抗組織のメンバーと合流し、最後の決戦に向けて準備を進めていた。
制御者の力は絶大だった。彼は、まるで自分の手足のようにゾンビを操り、私たちのあらゆる作戦を事前に察知していた。私の「視る」力も、彼の強大な力の前に、断片的な未来しか捉えられなくなっていた。
それでも、私たちは諦めるわけにはいかなかった。アカリの遺志を継ぎ、この絶望的な状況を打破するために、最後の望みを託した作戦を実行することにした。
それは、制御者の注意を惹きつけ、その隙に、彼の制御能力を無効化する特殊な装置を起動させるという、極めて危険な作戦だった。装置の設計はミドリが担当し、起動役には、小柄で身のこなしが軽い少女、サキが選ばれた。
決戦の日、私たちは、制御者の本拠地であるスタジアムへと向かった。以前の戦いで多くの仲間を失ったが、残された者たちの目は、決意に燃えていた。
私の役割は、未来を「視る」ことで、制御者とゾンビの動きを予測し、仲間たちに指示を与えること。ミドリは、後方で負傷者の治療と、装置の最終調整を行う。そして、サキが、制御者の隙を突き、装置を起動させる。
スタジアムに近づくにつれて、異様な静けさが辺りを包んだ。しかし、一歩足を踏み入れると、無数のゾンビのうめき声が、地鳴りのように響き渡ってきた。
制御者は、スタジアムの中央の玉座のような場所に座り、私たちを冷たい目で見ていた。彼の周囲には、異形のゾンビたちが、まるで護衛のように控えている。
「愚かな人間どもが…まだ抵抗するつもりか」
制御者の声が、スタジアム全体に響き渡る。彼の指先がわずかに動くと、無数のゾンビたちが、一斉に私たちに向かって襲いかかってきた。
激しい攻防が始まった。アカリの炎の記憶を胸に、私は力の限り未来を「視」る。迫り来るゾンビの動きを的確に捉え、仲間たちに指示を出す。
「右!一体来る!」
「後ろに回り込め!」
「今だ!撃て!」
ミドリが設計した特殊な閃光弾が炸裂すると、一瞬、ゾンビたちの動きが鈍った。その隙に、サキが驚異的な速さで制御者に近づこうとする。
しかし、制御者は、サキの動きを予測していたかのように、指先を動かした。巨大な異形ゾンビが、サキの行く手を阻む。
絶体絶命の危機。私の「視る」未来では、サキは異形ゾンビの鋭い爪に貫かれてしまう。
その瞬間、私の体は、考えるよりも早く動いていた。私は、サキに向かって走り出し、彼女を突き飛ばした。次の瞬間、私の背中に、異形ゾンビの爪が深く突き刺さった。
激痛が全身を駆け巡る。視界が歪む。
サキの悲痛な叫びが聞こえる。
制御者は、嘲笑うかのように、私を見下ろした。
「無駄な抵抗だ」
しかし、私の目は、制御者ではなく、サキに向けられていた。
「まだ…終わってない…」
私は、最後の力を振り絞り、自分の能力を使った。それは、未来を「視る」だけでなく、ほんのわずかに、未来を「歪める」力。これまで、制御が難しく、ほとんど使うことのなかった力だった。
私が意識を集中させると、制御者の周囲の未来が、一瞬だけ揺らいだ。ほんのわずかな時間。しかし、その一瞬の歪みが、制御者のゾンビを操る力に、僅かな混乱を生じさせた。
その隙を逃さず、サキは制御者の懐に飛び込み、手に持っていた特殊な装置を、彼の胸に突き刺した。
強烈な光がスタジアム全体を包み込む。制御者は苦悶の表情を浮かべ、その体から、黒いオーラのようなものが消えていく。同時に、操られていたゾンビたちの動きが、一斉に止まった。そして、まるで糸が切れた操り人形のように、次々と崩れ落ちていった。
制御者は、力を失い、その場に崩れ落ちた。彼の目は、信じられないものを見るように、虚空を見つめていた。
私たちは、勝利したのだ。アカリの犠牲、そして、多くの仲間たちの命が無駄ではなかった。
しかし、私の体は、もう限界だった。異形ゾンビの爪による傷は深く、意識が遠のいていくのを感じた。
サキが、涙ながらに私の手を握っている。
「ありがとう…あなたのおかげで…」
私は、かすかに微笑んだ。
「アカリ…約束…守ったよ…」
遠くで、ミドリの呼ぶ声が聞こえる。仲間たちの安堵の叫びも聞こえる。
私の意識は、闇に包まれていく。しかし、心は穏やかだった。この世界に、わずかながらも希望の光を灯すことができたのだから。
最後に見たのは、朝日が、瓦礫の街を優しく照らす光景だった。ゾンビのいない、静かな朝が、いつかきっと来るだろう。そう信じながら、私の意識は、永遠の眠りについた。
これは、終わりではない。アカリの炎は消えず、私の視た未来は、仲間たちによって受け継がれていく。ゾンビが溢れた世界で、私たちは確かに生きた。そして、その証は、未来へと繋がっていくのだ。