第一部 序章 病弱な少年と、村の守り神1
アストリア王国。その名を地図の隅っこに見つけるのもやっとな、小さな内陸国の、さらに辺境に位置する農村――カイム村。それが、僕、ノアが生まれ育った場所だ。
どこまでも広がる畑と、緩やかな丘陵。素朴な家々が点在し、風が運んでくるのは土と草いきれの匂い。平和で、穏やかで、そして少しだけ退屈な、世界のどこにでもありそうな村。
夜空を見上げれば、そこにはいつも二つの月が浮かんでいる。
一つは、柔らかい光を投げかける、黄色い月。
そして、小さい方の月は鈍い金属のような光沢を放ち、時に太陽の光をギラリと反射する灰色の月。そして、その二つの月は、細く長く伸びる光の橋で結ばれていた。村の大人たちは、あれを「親子月」と呼ぶ。生まれた時からそこにある、当たり前の光景。
地平線の彼方には、これもまた見慣れた影がそびえ立っている。雲を突き抜けるほど巨大な、しかし明らかに歪んで傾いた塔。「天つく塔」と呼ばれているけれど、あそこまで行った者は誰もいない。ただ、遠くからそのシルエットを眺めるだけだ。あれもまた、いつからそこにあったのか、誰も知らない。
そして、僕たちの村から少し歩いた先には、小高い丘がある。いや、丘というよりは、もっと巨大な何かが長い年月をかけて土と草木に覆われたような場所だ。「ガラクタ山」と呼ばれている。太古の昔は何か価値のあるものが掘り出されたらしいけれど、今はもう、ただの草ぼうぼうの荒れ地だ。ただ、その麓近くの地面からは、時々、変な匂いのする液体が染み出してくる。大人たちは「危ないから近づくな」と言うけれど、僕にはその正体は分からない。これもまた、この村の日常の一部だった。
そして僕自身は「どこにでもいる少年」ではなかった。
物心ついた頃から、僕は病弱だった。
「マナ過敏症」――それが村の医者が下した診断名。
この世界を満たすという根源エネルギー「マナ」に、僕の体は過剰に反応してしまうらしい。強い日差しを浴びすぎると熱を出すみたいに、マナの流れが乱れたり、濃密になったりすると、途端に体調が悪くなる。目眩がして、息が苦しくなって、時には意識を失うことだってある。だから、同年代の子供たちが野山を駆け回っている間も、僕の指定席はもっぱら家の中か、日陰の窓辺だった。
父さん(アレン)は元魔法使いで今は村の先生、母さん(ゲルダ)は元戦士で今は凄腕の狩人。元気いっぱいの兄さん(カイア)に、心優しい妹。家族はみんな僕のことを心配して、とても大切にしてくれた。それは痛いほどわかっている。
それでも……心のどこかで、いつも小さな棘が刺さっているような感覚があった。
みんなと同じようにできない自分へのもどかしさ。
そして、もう一つ。時折、僕の頭をよぎる奇妙な“記憶の断片”。




