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短編2

流行はあくまで安全が前提

作者: 猫宮蒼



 ――魔女の呪い。


 そう聞くと何だかすごく恐ろしいものに聞こえるが、実際確かに恐ろしい。

 いや、もしかしたら思っていたのとはちょっと違うかもしれないけれど、それでも恐ろしいものにかわりはないのだ。


 呪い、と聞けばそれだけで命が失われそうな恐ろしいものを想像するかもしれない。

 けれども、呪われたからといってすぐに死んだり、時間の経過とともに命が削られ苦痛にのたうち回り死ぬ、なんてことが必ずしもあるわけでもない。


 実際にそういった苦痛にまみれていっそ死んだほうがマシで楽になりたいために死を望むような恐ろしい呪いもあるとは聞くけれど。



 カランコリナ伯爵家には、大層美しいと評判の三姉妹がおりました。

 長女のゲルダは大輪の薔薇のような美貌を持ち、ひとたび社交の場に姿を現せば周囲の視線を奪う程。

 次女のサリアは姉とは異なり、白いユリのような美しさを持った娘で性格も姉とは反対に大人しく、どちらかと言えば引っ込み思案。

 三女のリーネはまだ幼いため美しい、というよりは愛らしいという表現がピッタリではあるものの、将来はきっと姉二人に劣らない程綺麗な娘となることが約束されたかのようで。


 年頃の長女と次女には、是非とも嫁にという結婚の誘いが多く向けられておりました。



 ――そう、おりました、という過去形です。


 カランコリナ伯爵家には三姉妹だけではなく、長男がいたので家の跡取りはこの長男でもあるヒューゴに決まっていたために、三姉妹はいずれどこかの家に嫁入りするのは決まっていた事です。

 だからこそ多くの家から釣書が届けられていたのですから。



 おっと失礼。

 私の名前はシナモン。魔女です。


 大丈夫、魔女だけど別に目があっただけで人を殺したりなんかしないし、ましてやその日の気分で呪ったり殺したりなんかしないから。

 そりゃあ勿論喧嘩売られたら最高高値で買い取ったりもするけれど。でもあくまでも攻撃されなきゃ反撃ってしないから。ねっ?

 こっちから先に手を出しちゃうとすーぐ人間ちゃん人の事化け物扱いして殺そうとしてくるからね。被害者面と数の暴力において人間ちゃんには敵わないよ。


 なのでどうしても気に食わない相手を仕留める時はバレないようにこっそりとやれ、っていうのが魔女仲間での常識ですが。

 そうは言っても、よっぽどの事が無い限りはこっちから仕掛ける事はない。呪いをかける場合だって、自分の意思でやると決めて実行するか、人から頼まれて、その内容を聞いて真偽を確認した上で、あー、こいつぁ呪っておかないと駄目な奴っすわ、ってなった場合である。

 自分の意思で呪う場合だって、喧嘩売られて直接ぶん殴るわけにもいかない状況だったりする場合であって。こんにゃろう今に見てろよ、の精神。



 で、そんな魔女でもある私がなんでカランコリナ伯爵家について語っているかと言うと。


 そこの家の次女、サリアとは一応友人関係だから。

 控えめで嫋やかな美女、と言われてはいるけれど、私から言わせてもらえば人見知りの激しい根暗女なんだけどね。物は言いよう。確かに人間ちゃん基準で美人だから良い方に言われてるけど、そうじゃなかったら根暗陰湿ブスとさぞ陰口を叩かれていた事でしょう。


 根暗で悲観的な部分もあって、人によってはいらいらするタイプかもしれないけれど私はあまり気にならないから友人関係を続けている。

 というか、以前使い魔が迷子になってた事があるんだけどその時にうすぎたねぇ野良犬みたいになってたのにそれでも保護してくれてたんだよね。ある意味恩人ってやつ。下手したら殺されててもおかしくなかったんだわ。汚れてたのを使用人に命じてとはいえ綺麗にもしてもらったし。


 サリアの妹のリーネは私の事を魔女と知ってるかどうかは微妙なところだけど、サリアは知っている。姉のゲルダはどうだろ。社交的な性格で明るくてサリアとは正反対、と言われてるみたいだけど、正直私は波長が合わないタイプだと思っている。

 というか、あっちも美人だから多少の粗は見逃されてる部分があるかもしれないけど、私から見たら調子乗ってる系の奴ですよ。自分に自信を持つのはいい事だけど、それも過ぎるとどうしようもない。


 サリアに招待されて私はよくカランコリナ伯爵家にお邪魔させてもらってるんだけど、ゲルダはそんな私の事をサリアにパッとしない友人とのたまい、ま、あんた地味だものね、お似合いか、などと言い放ったのである。誰がパッとしない地味顔だコラ。


 こいつ私に喧嘩売ってる……? と思いはしたけど、これだけで私だって別にゲルダを呪おうとは思っていない。


 あ、うん。前置きから察せられたと思うけど、この話私がゲルダを呪った話ね。



 私がゲルダを呪おうと思った切っ掛けはサリアを馬鹿にされたからである。

 いや、ゲルダはしょっちゅう地味な妹を小馬鹿にしていたようだけど、呪おうとした明確な切っ掛けがあったわけだ。


 社交界で華々しく脚光を浴びるのは自分だけで充分なのに、自分目線で地味で冴えない妹まで称賛されてるとなって、ゲルダ的に面白くないっていう気持ちも少しくらいはわからないでもないのだけれど。

 でも、外から見るのと内側から見るのとではやっぱ見えるものが違ってくるわけで。


 サリアが後ろ向きで根暗な性格をしているなんて、ツラ見てるだけの周囲からじゃすぐにわかるわけもない。ある程度交流していけば察するかもしれないけれど。



 要するに、ゲルダは自分とサリアが同レベルとして周囲に語られてるのが面白くなかったわけだ。

 でも、別にサリアだって注目を浴びたくて目立とうとしているわけではない。周囲が勝手に自分のツラと体型を見てあれこれ言ってるだけだ。サリアにとってはいい迷惑。けれども、いずれ嫁として家を出ていかないといけないから、見た目には気を使うしかないわけで。


 人間ちゃん大事なのは中身とはよく言われてるけど、その中身をすぐさま見抜ける目を人間ちゃんは持ってないからね。じゃあ外側のパッケージを綺麗にして少しでも良く見せようってなるのはわかる。


 私だっていくら中身は王都で人気のスイーツですよって言われてもそれが入ってる紙箱がボロボロな挙句、生ごみの汁でも吸ってゲッショゲショになってたらいくら中身は美味しいお菓子ですからって言われてもそんな物に入れられてる時点で拒否るし。



 美人三姉妹と言われているせいで、サリアは否が応でも外見をある程度維持しなければならなくなったのである。美人には美人の苦労ってあるんだにゃあ。

 ちなみにサリアの旦那様希望は外見に惹かれるのはさておき、あまり気を張らなくてもいい相手だそうで。ま、探せばいるんじゃないかな。



 ともあれゲルダはより良い素敵な殿方を将来の夫とするために、サリアはまぁそれなりにゆる~く生活するために、と伴侶を得るべく社交に力を入れたりしてたわけだ。

 ガツガツしてるゲルダとそれなりにまったりしてるサリアは、そういう面も周囲から正反対だと思われていたのである。周囲の認識は社交的なゲルダ、内向的なサリアである。フィルター交換ってどこでやるんだろね?



 そんなゲルダを呪う切っ掛けは、サリアが施した刺繍が原因だった。

 淑女の嗜みの一つでもあるらしい刺繍。

 ちまちました作業が苦にならないタイプのサリアはよく色んな絵柄を刺繍していた。

 ゲルダはあまり得意としてないみたいだったけど。最低限できないわけではないけれど、そんな事をするくらいなら別の事に時間を使いたいタイプね。


 サリアが刺繍したハンカチが、伯爵家なんかよりもっと上のお偉いさんの目に留まったのである。

 そうしてお褒めの言葉を貰い、サリアは一時的に注目を浴びた。


 更にそのお偉いさん――とある公爵家のご夫人は、自分の娘が近々結婚を控えているけれど、ドレスに施す刺繍について、是非ともサリアの手を借りたいと言ってきた。

 本来やるはずだったプロがいるのだけれど、なんとそのプロ、馬車の転倒事故に巻き込まれ腕を骨折。全く動かせないわけじゃないけれど、繊細な刺繍を施すのは到底無理となってしまったのだ。


 このままでは本来予定していたデザインのドレスを仕上げるのは不可能。他のプロに頼もうにも、そちらは別のドレスにかかりきりになっているため手が回らない。では更に他の刺繍ができる相手は……となっても、本来予定していたプロよりも腕は劣るらしく、仮にやったとしても想定していたより三割から五割くらいクオリティが下がるかも、となっていたらしいのだ。


 一体どんな超絶技巧の刺繍を施そうとしてたんだ。

 だがしかし、そこでそのプロに並ぶかもしれない可能性を秘めたサリアである。

 サリアはドレスのデザインを見せられて、えっ、これ本気でやろうとしてる……? と思ったらしいし、それくらい難易度の高いものだったようなのだけれど。


 家にいてもゲルダが鬱陶しいからという理由で引き受けた。

 年の離れたリーネとの会話はまだしも、ゲルダとの会話は趣味が合わなすぎてかみ合わないし、そうでなくともゲルダは自分の方が上だというマウントをとってくるのでサリアもうんざりしていたのだ。

 多分サリアの欝々とした性格の一部を形作ったのはゲルダで間違いないと思う。


 ともあれ、家でのんびりする時間がとれないなら、少々大変な事になってもまだドレスの刺繍をちまちまやってる方がマシと判断したサリアは公爵令嬢のドレスの刺繍を己の持てる技術を駆使して完成させたのである。凄いよサリア! あんたやればできる子だよ!

 ちなみに私は魔法でパパッと終わらせるけどね。や、頼まれてないからやらんし。


 そのドレスの出来は、私が見ても「ほえー」と間の抜けた声しか出せないくらいわけわかんない完成度だった。人間ちゃんたまにこっちの予想軽く超えてくるのなんなの?



 ともあれ、その一件でサリアの社交界での注目度は大きくなった。

 あちらがあの……まぁ、あのドレスの刺繍を? とても素敵だったわ。

 なんてあちこちで起きる称賛の声。

 他の家にもできればうちのドレスにも刺繍を、だとか、ドレスが無理でもハンカチに……だとか、まぁ声をかけられる頻度が増えたのである。

 注目を浴びるのはあまり得意じゃないサリアだったけれど、人脈作りの切っ掛けになったのは確かで。


 結果としてカランコリナ伯爵家へのサリアへの求婚のための釣書はドドンと増える事になったのである。


 当然面白くないのはゲルダだ。自分の方が上だと信じていたのに、そんな自分より圧倒的に人気者の立ち位置になってしまった地味で根暗な妹。ゲルダの中ではそんな認識だったのかもしれない。


 その日、私はサリアにお茶に誘われていて、一緒に話をしながらも、今お友達にこういった刺繍をしようと思っていて……といろんな図案を見せられていた。

 ドレスに刺繍は無理でも、結婚して嫁いでしまえばもう簡単に会う事もできなくなりそうだから、という事でお守りのような感じでサリアはハンカチに刺繍をしようとしていたのである。

 友人一人一人に合わせた絵柄。

 えっ、これを手作業で? わぁ、と私だって思わずビックリするくらい緻密な物。


 そこにゲルダはやって来た。

 や、ゲルダの家でもあるのだから、いておかしな話ではないんだけど、でもわざわざ私とサリアがお茶をしていた部屋に乗り込んできたのである。


「サリア、貴方最近ちょっと調子に乗ってるんじゃない? 確かに貴方の刺繍、出来は良いかもしれないけれど、でもそれだけじゃない。

 そっちは自分で考えた図案かもしれないけど、でも元はと言えば公爵家のドレスのデザインは貴方がやったわけじゃない。ただ刺繍を完成させただけ。

 それなのに、自分でこの流行を作りました、みたいな態度はどうかと思うのだけれど?」


 呼んでもいないのにやってきてこの言いよう。

 なんだこいつ? と私が思うのも無理はない。

 だって完全に言いがかりでしかないもの。


 私は事情を知ってたからいいけど、もしこれがたまたまお呼ばれした事情を知らない人だったなら。

 ゲルダの言い分に一理ある、みたいに思うかもしれなかったのだ。

 社交界で流れてる噂は知ってるけど、家族がそんな風に言うのならもしかしたらそういう面があったのだろう、と信じられる可能性はゼロじゃなかった。


 それに、サリアは別に自分で流行を作った、なんて考えてもいない。

 そもそも流行になってるわけでもないし。

 刺繍の腕前の凄いお嬢さんがいる、と確かに社交界でちょっと今サリアの事が噂になっているけれど、刺繍そのものが流行になっているわけではない。大体刺繍は結構な昔から淑女の嗜みの一つとして存在しているし、デザインの流行り廃りも確かにあるけどサリアはそのデザインを一から作っているわけでもない。


 友人たちへの刺繍のデザインだって、友人が好きな物をモチーフにして、割とありがちな絵柄にサリアなりのアレンジをしているだけだ。私が見せてもらった図案だって元が存在していて、そこにサリアがこういう感じに手を加えようと思っているの、といったやつだった。


 まぁ、サリアは案外凝り性なのか、元々ある絵柄に自分の手を加えた結果最初から最後まで自分でデザインしましたよ、みたいにクオリティが上がっているのもそうなんだけど。

 でも、わかる人が見たらわかるものなので。サリアもそれを言われれば、そうですその絵を参考にしました、と答えるから。


 別に一から自分で全部考えましたなんて言っていないし、刺繍を贈られた側だってそれをきちんと理解している。


 だからこそ余計にゲルダの今の言葉は言いがかりにしか聞こえなかったのだ。


 サリアも今まで散々言われてきたこともあって、いよいよ我慢の限界を超えたのかもしれない。


「自分で流行を作った、など私一度も言った事はありませんわ。

 それはむしろお姉様の方でしょう?

 いつも流行の最先端を追いかけていらっしゃいますけど、でも王妃様や公爵夫人といった方々の後追いしかできていないじゃありませんの。

 それなのに流行の最先端に自分がいるかのように見せかけて、自分を無意味に大きく見せているのはどちら?


 二番煎じどころか五番煎じくらいの出遅れでいらっしゃいますのに」


「なんですって!?」

「私に僻む時間があるなら、それこそ社交界で自分が一番最初であると知られるような流行を作ればよろしいじゃありませんの」

「できるわよそれくらい! 今までは他の方々を考慮してやらなかっただけで!

 私の手にかかればどんなものだって流行させられるんだから!」


 多分、売り言葉に買い言葉だったんだと思う。


 私はあまり社交界に詳しくないけれど、それでも社交界の流行に関しては王妃様が率先して、だとか、そうでなくともその次に身分の高い人――公爵家とかのご夫人とか令嬢――あたりから広まるものだとはふんわり知っている。

 異国の商人から買った品を社交の場で身につけて、これ良いでしょう? とかそんな感じで。

 異国じゃなくても、自分の領地で見つかった宝石とかを装飾品にして、だとか。そういった品を上に献上して是非とも領地共々我が家をよろしく、なんてやつとか。


 そういうのを考えたら、カランコリナ伯爵家が流行の最先端になるにはまず、侯爵家とか公爵家あたりの知り合いを巻き込んで、広告塔になってもらう必要が出てくると思われる。

 王妃様と直接伝手があるならそっちいった方が確実だけど、一介の伯爵家が気軽に王妃様に会えるか、って言うと向こうだって多忙だろうしよっぽど重要な案件でもなきゃ会おうとは思わないんじゃないかなぁ。


 サリアから特に王家に伝手があるとは聞いた事もないし、そうでなくともないんじゃないかなぁと思うから、そうなると王家に伝手ができそうな侯爵家か公爵家を足掛かりにする必要がでると思う。

 サリアの刺繍はたまたま公爵夫人の目に留まって、そうして刺繍の腕を買われてサリアは一応伝手ができたと言えるけれど、あくまでも刺繍繋がりなのでサリア以外のカランコリナ伯爵家の人間が公爵家と関わっているか、となるとそうではない。

 サリアを通してなら公爵家に話を持ち掛ける事ができるかもしれないけれど、下手をすれば夫人の不興を買ってしまう可能性だってある。


 それにサリアは元々そこまで人間関係にガツガツしていないのもあったから、夫人ともそれなりに上手くやっていけたと思うのよね。これがゲルダだったら公爵夫人も面倒そうな気配を察知して避けたかもしれない。


 ともあれ、ゲルダは自分の手で流行を作り出せると言い切った。

 どんなものでも、と啖呵まで切った。


「パッとしない友人侍らせていい気になってるアンタなんかより、凄い流行作ってやるわよ!」


 ついでに私に喧嘩も売ってきた。



 ゲルダは普段あまり言い返さなかったサリアに言い返された事でカッとなっただけなのかもしれない。それこそさっき始まった売り言葉に買い言葉の延長のつもりだったのかもしれない。


 でも。


 パッとしない、で私を指さしやがったのだこのお嬢さんは。


 そりゃあね? 私自分が平凡な地味顔なのは理解してますとも。魔女って言われて世間の皆が想像するような老婆とか、妖艶なお姉様みたいなのじゃないのは重々承知しておりますとも。

 でも別に不細工すぎて二度見される程のツラはしてないし、どっちかっていうと印象に残りにくい感じだから、人の多いところにしれっと紛れるのには都合がいいっていうね? 利点とかね?

 自分ではそういうの重宝してるから、そういう意味で私は自分の顔が地味で平凡でパッとしない事に関しましては? えぇ、むしろ都合が良いとさえ思っておりますけれどもね?


 でもそれを悪口みたいに言ってくるのは違うでしょうよ。

 こっちは長所だと思って受け入れてる事をさも短所みたいに言うのどうかと思う。

 私がゲルダと仲良くなれそうにないなって思ったの、こういうとこなのよね。

 サリアは私の事、一緒にいて落ち着けるし安心できるし何も話さない沈黙が続いても苦にならないって言ってくれたこともあったからさ、私もそうだなって思ったからお互いそれなりに仲良くさせてもらってますけれども。


 でもこの女はサリアの姉ってだけでサリアじゃないからさ。

 私の中で別にどうでもいい人間ちゃんなのよね。

 殺したらサリアがきっと悲しむから殺さないけど。

 こんなんでも家族だって思ってるみたいだからさ。殺さないけど。えぇ、殺しませんとも。

 前々からちょいちょい失礼な事言われてきたのもあって、いい加減私もブチッとなった自覚はある。

 でもだからって殺そうとは思ってないのよ? 本当に。


「ふぅん? どんなものでも流行にできる、ねぇ? へぇえ?

 大口叩くのだけは立派ですこと」

「なっ、本当よ! 嘘じゃないわ!」


 私が思い切り煽るような口調で言えば、既に頭に血が上った状態のゲルダはあっさりと食いついてきた。


「じゃあ、一つお前に呪いをかけるわ。死ぬような呪いじゃない。

 呪いを解く方法はただ一つ。お前にかけた呪いの状態を流行らせる事。簡単でしょ?

 流行にしてしまえば解けるんだから。

 あ、それともやっぱできませんでした、って今から泣きつく? いいよぉ? それでも」


 思い切り馬鹿にするように嗤ってみせれば、ゲルダは一度ぐっと唇を引き結ぶようにしたけれど。

 しかしここで引けばやっぱり自分にはできませんでした、と敗北宣言をするも同然だと思ったのだろう。


「いいわ。やってやろうじゃない」


 だからこそ、強気にそう言ってのけたのだ。


 勝負開始の合図を告げる鐘こそ鳴らなかったけれど、私はその時点でゲルダに呪いをかけた。


「貴族令嬢にできる事なんて限られてるものね。サリアが刺繍をドレスに施したりした事もあるから、そうね、貴方は美容関係でやってみせればいい。

 それを活かしたメイクあたりを流行にできれば呪いはその時点で解呪される」

「いっ……わかったわよ、やってやるわよ!」


 思わず目をぎゅっと閉じたゲルダではあったが、この時点でやっぱやめます、という泣き言は言わなかった。早々に負けを宣言しても呪いは解いてあげるつもりだったんだけどねぇ……



 私がゲルダにかけた呪いは、まつげがぐりんとカールする呪いである。

 このまつげのカールが上を向けばおめめパッチリ感を強調してくれて、いい感じになるんだろうけれど私の呪いでできたカールは下向きにカールしたので。

 カールしたまつげの毛先が下手をすると眼球に刺さるかもしれない。

 まつげは目元を強調する要素の一つなので、短いよりは長いほうが……というのが社交界というか女性たちの美に関する認識なんだけど、この呪いによってまつげが長すぎると最悪カールしたまつげが目に刺さって痛い事になってしまう。


 実際全てのまつげが刺さったわけではないようだけど、ゲルダも呪いをかけられた直後に何本かまつげが目に刺さったらしい。


 そのまつげを抜くにしても、一本二本程度ならいいけど、それ以上抜くとなると……

 どうなんだろう?

 人によってはまつげの有無なんて気にしないかもしれないけど、美を意識する女性目線だと問題よな。

 そうでなくても目にちっちゃい埃とか入らないようにくっついてるわけだし、まつげ。

 まぁ、まつげがあっても目にゴミが入る事はあるからな。無いより有った方がマシ、なんだろうとは思うけど。


 全てのまつげがぐりんと下側にカールした事で、まずゲルダは目に刺さらないようにするために、まつげの長さを調整する事にしたらしい。

 伸びたら刺さるけど、ある程度短くしてさえしまえば刺さらない状態でカールしてるわけだからね。


 でも、なんていうかその状態を活かしたメイクを、となってもかなり難航したのは言うまでもない。


 マスカラとか、毛先を短くしたまつげに塗ろうにも下手をすると眼球に入りそうだし、内側にカールしてるものだから、そこにキラキラした粉とか乗せようにも眼球スレスレ部分で作業しないといけない。

 メイドたちの手を借りてあれこれいろんなメイクを試したようだけど、上を向いた状態でカールしてるならまつげにあれこれ塗ったり乗せたりできるけど、その逆向きとなると途端に難易度が跳ね上がる。


 いや、乗せられない事はないんだ。むしろ乗せるだけなら結構簡単そうだったんだ。

 でも、長さが足りない。

 かといって伸ばせば目に刺さるから、なるべく刺さらない長さにしないといけない。


 上を向いたまつげはおめめをパッチリさせて少し大きく見せる効果を持ってくれるけど、眼球側にカールするまつげはなんというか……

 微妙なカーテンみたいな感じで変に影を作り出していた。


 元から目がぱっちりして大きい人であるならば、もしかしたらその微妙な影も上手く利用できるかもしれない。でもそうじゃない人だと、目に影ができてなんというか薄暗い印象なのだ。陰鬱な雰囲気というか、まぁ明るくみられる感じではない。


 正直まつげない方が変な影できないからマシまであった。


 でもまつげがない、というのは遠目なら気付かないかもしれないけど、いざ対面した時に気づく可能性は高い。その時に、相手がどういう反応をするか。態度に出なくても内心でどう思うか。

 たかがまつげ、されどまつげ。



 ゲルダは結構奮闘したかもしれないけれど。

 でも、あえてまつげを短くして眼球側にカールさせるなんて、呪われてない人間ちゃんがそんな面倒な事をする意味を見出せなかったようで。


 ま、流行るわけなかったんだよねー……


 まつげにあれこれ乗っけてキラキラさせて目に印象づける感じで……ってところで結構頑張ったみたいだけど、短くカットしたまつげにあれもこれもと盛れるわけもなく。無理に粉とかキラキラしたやつとか乗せても、重量オーバーしたら落っこちるしその落ちた粉が下手すると鼻先とかにくっついて、場合によっては折角のメイクが台無しに……なんてことにもなる。


 だから盛るにしても、その量は限られてしまうわけで。


 折角寝る前に美容液とか塗ってまつげを伸ばそうと育てている令嬢やご婦人方に、ゲルダの逆カールまつげメイクは不評であった。



 試行錯誤してそれでもある程度どうにかなったとゲルダ本人が思った状態で社交に出はしたものの。

 流行りの「は」の字も生まれる要素がなかったのであった。


 まぁそうだよね。折角育てたまつげを半分以下の長さにカットするか、抜くかしないといけないとか目にもよくないし。

 かといって伸ばしたまま逆カールは目に刺さってとてもじゃないけど生活に支障をきたすし。

 コルセットでウエストを極限まで細くするのも私からすると大概だなって思うけど、それでもあれは調整可能だし本当にきつくて無理ってなったらいっそ開き直ってある程度緩めるという選択肢もある。


 でもまつげをカットしたら伸びるまでまた数日かかるし、抜いたら生えてくるまでにやっぱり日数がかかる。コルセットはその場で調整可能だけど、まつげはそういうわけにもいかない。


 目に刺さった状態を良しとするレディは当然ながらいなかったし、むしろそんな危ないメイクを流行らせようとするゲルダに関して、社交界で彼女の迷走っぷりがちょっとだけ話題になりもしたけれど。

 やっぱり何をどう頑張っても流行にはならなかったのであった。



 この頃にはゲルダ宛に届いていた釣書も減って、以前釣書を送っていた家からも「あ、やっぱ無しで」となったりもして。

 ゲルダのプライドは粉々になったのである。


 私も鬼じゃないからね。この時点で敗北宣言をしたゲルダの呪いは解いてあげたよ。

 これに懲りたら余計な大口は叩かない事、と約束した上で。あと、自分が話題の中心になれないからってサリアに八つ当たりをしないように、とも。


 華やかな美貌に群がっていた男性が大勢去ってしまって、ゲルダの結婚がちょっと危ぶまれてしまいはしたけれど。

 あのまま増長してサリア以外にもあんな風な態度をとるようになったらいつか痛い目を見るのは間違いなかっただろうし、サリアも反省したようならそれでいいと今までのゲルダの暴言や態度を水に流したので。


 カランコリナ伯爵家で姉妹同士の醜い争いが勃発するような事にはならなかったのであった。



 実際のところ、少し前からサリアには相談されていたのだ。

 ゲルダの態度が日に日に増長していた事に。

 昔から確かにちょっと目立ちたがりで、自分が上にいないと気が済まない部分が見え隠れしてはいたけれど、最近特に目に余るようになってきていたのだと。

 お年頃で、婚約の話が出てくるようになって、大勢の殿方からの求婚にちょっと舞い上がっただけならいいけど、そのままの状態で突っ走っていけばいずれどこかで余計な敵を作って喜劇もかくやとばかりのドロドロな人間関係を作り出して殺されたりするのではないか、とサリアはサリアなりに一応姉の事を気にしていたのである。


 こんなに大勢の人に必要とされている私なのだから、もっと上を狙えるはず、と思ったのかもしれない。


 でもそうやって肥大した感情が、いつかサリア以外の――それこそ上の身分の人相手にも向いたら。

 結果ゲルダが恥をかくだけで済めばいいが、下手をして家全体の責を問われる可能性もあった。

 その時大人である両親や兄、サリアあたりはいいがまだ幼い妹にまでとなれば、流石にリーネが可哀そうすぎる、とサリアは嘆いていたのである。


 まぁそうよね。両親とかはそういう風に育っちゃった娘をどうにかできなかったって言われたらそうだし、兄も後継ぎとしてこの家に関する事でもあるわけだから。嫁に行って家を出るから、と放置したと思われたらそれはそれで……なんて言われるかもしれないけど。


 まだ幼女でもあるリーネにまで責任の矛先が向くのは流石に不憫だな、と私だって思うわけで。

 私は魔女だから人間ちゃんの事は全部わかってるとは言えないけれど、それでもある程度長い年月見てきたのだ。そういう風に思う心くらいは持っている。



 ――かくして、ちょっとここらで一度プライドをべきっとへし折っておこうという作戦は見事に成功したのである。


 ちなみに何か変な事しだしたなぁ、と思われて波が引くように婚約を求めていた相手が減ったけれど、全員がいなくなったわけでもない。

 残った相手の中から、サリアと両親、兄がこれでもかと吟味して、この人なら姉と上手くやっていけそう、と思った相手をゲルダと会わせた結果、何か上手い事くっついたらしい。


 ゲルダが調子に乗りそうな時は上手い事諫めたり宥めたりしているようなので、傍から見てると結構似合いの二人に見える。


 ゲルダが嫁入りした後で、サリアもまた求婚していた相手の中からささっと選んで結婚してた。

 姉より先に自分が結婚したら何か恨まれそうだったから……というのがサリアの言い分である。

 まぁ、確かにちょっと前のゲルダだったらサリアを無駄に見下してたのもあって、そうなってたかもしれない。


 そうやってある程度の年月が経過した頃、ゲルダの性格はすっかりと丸くなっていった。


 この様子なら余計な敵を作って殺される心配もないでしょう。




 今回は上手くいったけど、でも失敗した場合命を落とすなんてこともあるからね。

 魔女の呪い。

 その呪いの内容が大した事がなくても、甘く見てはいけない。

 これ、魔女からの忠告。よく心に刻んでおくように。

 そういやお正月なのにおもちもお雑煮も一切用意してなかったな、そんな気持ちから何故だかこの話ができあがりました。餅とまつげの関連性皆無ですが。

 ※このお話は先月の一月二日に作成されています。


 次回短編予告

 一人に一つスキルがある世界での、後の聖女と勇者のお話。ジャンルはハイファン。

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命の危険は無いが地味に嫌な呪いと、下まつげカール&メイクで流行りを作ろうとするもヤベー女扱いされる流れがリアル。まつげ、目に刺さるの痛いもんな…流行ってたまるかこんなの。 魔女の人間ちゃん呼びがいかに…
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