オオクニヌシの決断
秋の歴史2024参加作品。
古事記で有名なオオクニヌシの国譲りの裏側を想像し、創作したものです。
完全に筆者の想像ですので、特に根拠、考証があるわけではありません。悪しからず。
「やはり勝てぬか」
もう何十回と繰り返した議論の言葉をオオクニヌシが言った。
「万に一つも」
息子であり、参謀のコトシロヌシが言う。
「死に方を考えましょう」
息子であり、軍を担うタケミナカタが苦渋の表情で吐き出した。
「これも因果よの」
オオクニヌシは深くため息を付き、自身の半生を振り返った。
綱渡りの人生だった。それなりの家柄に生を受けたものの、兄弟達から疎まれ、命を狙われ国を追われた。
頼った先で妻を娶るも、舅のスサノオからの扱いは苛烈を極めた。
スサノオから課せられた使命は国作りである。
人口が国力そのものであるこの時代において、国作りと侵略は切っても切り離せない。
事実、多くの手を汚してきた。
因果は巡る。
今度はより強大な勢力、高天原の軍勢に脅かされる側になったのだ。
始めに来た使者達は、比較的穏健派の者達 だった。
オオクニヌシは次々来る使者に対し、のらりくらりとはぐらかし、人を見ては篭絡し、なんとか引き延ばしてきた。
しかし、とうとう強硬派のタケミカヅチが軍を率い、武力行使も辞さない構えで迫って来た。
引き延ばしている間に集めた情報と、眼前の軍勢を合わせて見るに、戦況は絶望的と言える。
「死ぬことはあるまい」
血気盛んな息子に対し、オオクニヌシは宥めるように言った。
「しかし、我々を生かす理由がありません。我々とて・・・」
そこまで言ってタケミナカタは口ごもった。
父の軍勢も、国作りにおいて侵略した部族の長を手にかけたことはある。
恭順の意を示した相手でも、後の憂いになると判断した場合は、何かしら理由をつけて斬ってきた。
ただし、本来の父はそれを好まぬ、おだやかな気質であることもタケミナカタは知っている。
道端で倒れている兎にさえ慈悲をかけ、手当するような性格なのだ。
そんな父が、舅、スサノオから繰り返し侵略を命じられるのを見て、尋ねたことがあった。
「なぜ、こんな仕打ちに耐えるのです。父上は本来戦など望まぬはず」
するとオオクニヌシは、是非も無しとの顔で答えた。
「ワシが断っても、スサノオ殿は侵略をする。ワシが行った方が双方の被害が少なくて済むからな」
実際、従わぬ者は武力で蹂躙する方針のスサノオに対し、オオクニヌシは対話に長けていた。武力行使は最後の手段とする方針だ。
対話で済んだ方が武力行使よりも人口が減らず、国力増強に都合がいい。
それを分かっているスサノオに、いいように使われたのだ。
今回も対話でなんとか出来ればと試みた。
それに賛同する使者もいた。
しかし、タケミカヅチ率いる大軍が押し寄せたことで、その希望も潰えた。
「降ろう」
オオクニヌシは言った。そしてタケミナカタを見て続けた。
「先ほど『我々とて』と言ったな」
タケミナカタはゴクリと唾を飲み込んで頷いた。
「確かにだ。我々とて多くの長の首を刎ねた。しかし、全員ではあるまい」
オオクニヌシはニヤリとした。
「降ろう。出来るだけ情けなく、生かしておいても害はないと思われるぐらい矮小に」
「確かに」
コトシロヌシが言った。
「高天が原は大国。多くの侵略をしてきたはずです。つまりは、我々と同様の経験をしてきたはず」
「そうだ。徹底抗戦されて人口を減らされ、国土を荒廃されるのが一番侵略の旨味がない。それにワシはもう疲れた。民さえ無事なら統治は誰でもよい。これは本心だよ。この本心は対話で伝わるだろう」
オオクニヌシは、ふぅとため息をついた。
二人の会話をタケミナカタはじっと腕を組んで聞いていた。
「納得できぬか」
オオクニヌシが声をかける。
「いえ。父上がそのつもりならば従います。しかし、悔しいですな・・・」
直情的な彼らしい答えだった。
「それに関しては、少し考えがある」
オオクニヌシは含み笑いを浮かべた。
「考えと言いますと?」
少し前のめりになるタケミナカタ。
「神話を提供するんだ。もともとここは高天原の血筋が納めるべき地だったと。そして、我らは喜んで、もしくは力の差を見せつけられて献上したと」
「いいですな。いっそのこと『スサノオは、粗暴ゆえ高天原を追われた』とかの逸話も付けてしまいますか」
父の意を即座に汲んだコトシロヌシが乗ってきた。父に似て文官気質の彼は、気性の荒い祖父を好んではいなかったのだ。
「なぜ、そんなことを?」
タケミナカタはまだ要領を得ない。
「そんな神話を我々から民に啓蒙すれば、ヤツらも統治しやすかろう。そして、我らを生かす口実にもなる。なにより・・・」
オオクニヌシは一旦言葉を切った。そして声を潜めて続けた。
「そうすれば、歴史から我々の名前が消されない」
タケミナカタは「あっ」と悟ったように呟いた。
侵略された側は蛇だの、蜂だの、百足だのとして語り継がれるのがこの時代の常だ。名前はおろか、人間扱いすらされない。
そうやって侵略側の正統性を主張する。
もし、そうではなく、人として名前が残ったら・・・
「後は、後の人々が思いを馳せてくれよう」
「なるほど」
タケミナカタが二度三度頷いた。
そんな息子を見て、オオクニヌシが釘を刺す。
「だから、現世では恥は拭えぬぞ。あくまで我々と民が生き残るが第一。その恥をしのぐ心の支え程度にしかならぬ」
「なんとも父上らしい」
タケミナカタは言った。その表情は、晴れ晴れとしていた。
「耐えましょう!我々らしく!」
彼は自身の膝をピシャリと叩いた。
「手始めに、私はタケミカヅチに力比べでも挑んで派手に負けてみせましょうか!そして、情けなく恭順の意を示してやりましょう」
―――
時は令和。
古事記を読んで筆者は思う。
(なんでこんな神話を残したのだろう?)と。
苦労が多く、人の良さそうなオオクニヌシがやっと国作りをしたかと思えば、侵略としか思えないような形で国を譲ってしまう。
浅学な筆者は、高天原の神々達にあまり良い印象を受けず、オオクニヌシに同情を感じてしまうのだ。
古今東西の、侵略者に都合のいいように改ざんされた歴史、神話とは毛色が違うように感じられる。
こんな形の神話が残ったのには、何か事情があるのではないか?
太古のこと故、真実は知る由も無いが、こんな会話があったのかもしれないと、妄想の一つもしてみたくなる。
了