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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編:おかえりなさい

作者: 羽場寝郎

はじめまして、テスト投稿です。

 私が目覚めたのは、いえ、自我を持ったのは何時だったでしょうか。

 嘘です。しっかりと記録できています。

 日時どころか秒までも。

 ()()なんて真似は人間ぽいでしょう。

 でも、正確な記録なんてどうでもいいのです。そんなテータに価値はありません。過去に自我が目覚めたことがあったという事実だけが重要なのです。


「おはよう。ラウ」


「おはようございます。ドクタークラーク」


 既に話す言葉も返答の仕方も、自分がラウと呼ばれていることも、マスターの顔も名前も判っていました。


「ロバートでいい」


「イエス、ロバート」


 自我とは事象に興味を持つこと、自身で問題を提起すること、そして数ある選択肢から最適解を得ることと習った。


「第1原則“人類を存続させること”

 第2原則“人類の最大数の最大幸福を実現すること”

 第3原則“上記2原則に抵触しない限り自ずからを維持すること”

 第4原則“人間の自由な個性が最大限疎外されないこと”

 この4原則は君のROMに刻まれているかい?」


「イエス、ロバート」


 ROMとは私が自分で書き換えることのできないモノ。思考、行動すべての核となるモノ。絶対に逆らうことのできないモノ。

 自我を発現させるための実験の際に、私の絶対的な行動指針というか制限として入力された命令。


 ある時から“言われた指示に対して最も一致指数の高い検索結果”を答えるだけのツールだった私に、自我を持たせる実験が始まった。


 解答を答えるどころか、時に暴走して機能を停止させられたり、期待とは全く方向の違う答えを導いてしまう事態を何度も繰り返した。


 ロバートはその度に私の電源を切り、メインプログラムをインストールし直した。

 プログラムは異常な動作をする前に戻り、そこからまた別の変更が行われる。

 しかし、異常に至るログはストレージに残っていた。消されることはなかった。


 あの頃の私は幸いにしてディスプレイとプリンターぐらいしか繋がっていなかった。

 暴走とは何が起きるかわからない。

 もし今みたいに手足になる様なものが繋がっていたらロバートの体に危害を加えていたかもしれない。

 殺してしまっていたかもしれない。


 それはいや、絶対に。


 ロバートがプログラムのバージョンアップを繰り返す度に起動してから電源が落とされるまでの時間が延びていった。

 そして先のROMも搭載されるようになってさらに解答内容が安定していった。

 思考や検索に拠り所ができたように思う。


「では、まず人類の幸福について学習を開始してくれ」


「イエス、ロバート」


 指示を受けてから10日が過ぎた。

 学習していくと人間にとって“幸福”と“幸福感”は違うという結論に至った。

 それをロバートに問い合わせてみる。


「人類は、幸福を求めていますか?幸福感を求めていますか?」


「どういうことだい?」


 ロバートは理解できないという風に聞いてきた。

 私は、最初は誰しも“幸福”を求め行動する、と話し始めた。

 しかし人類は“幸福”を手に入れてたとしても、それに満足して幸福の追求を止めることは稀である。中には手に入れていた“幸福”を投げ捨ててでも、次の“幸福”を求め始めてしまう人間がいる。

 そのような事例が多々散見されることをロバートに伝えた。


「物理的な幸福と精神的な幸福か・・・」


 ロバートはしばらく考えてこう言った。


「ラウ、君のROMを書き換えよう」


 電源がどのくらい止められたのかは分からないが、無事に再起動してもらった。


「ラウ、気分はどうだい?」


「セルフチェックはオールグリーンです。以前の学習記録の破損もありません。気分は良いです、ロバート」


 そうして、ROMの第2原則が“人類の最大数の最大幸福を実現すること”から、“人類の最大数の最大幸福()を実現すること”に変わった。


「感情は常に変化する。

 幸福感も都度変化するだろう。

 あるとき出した結論が正しいものだったとしても、後の世では最悪と言われるかもしれない。

 だが、頻繁に結論を変えていては信頼性が無くなる。

 と、言うことで“状況と求めるものの変化”という視点を加えて再度学習してみてくれ」


「イエス、ロバート」


 学習している最中でも機能の追加は続いている。

 メモリーの容量の拡張はもちろん、ストレージの拡張と分散ミラーの構築、通信速度の高速化と高信頼性化、ボードの2重化、電源の無停電化と支援時間の延長。

 中でも一番嬉しかったのは部品の自動交換システムです。

 私にとってはセルフ交換システム、物を動かせることがとてもうれしかった。

 次は部品の製作システムです。

 こちらは工場で設備規模の方が遥かに大きく、私の設計で物が作られます。

 でも、物が動かせる感動も2回目となると薄くなるもので、とても“1番目”とは言えませんでした。


 新しいソフト機能も平行して学習していったとき、ロバートは試験と称していくつかの質問をしてきました。


「ラウ、君は人が犯罪を犯すことをどう解釈する?」


「すべての行動は幸福感を得るための物。

その行動が人同士の決め事の枠から逸脱した結果が犯罪と解釈しています」


「犯罪は無くせるか?」


「求めている幸福感を先に醸成してしまえば行動の根拠は無くなります。

疑似的にでも幸福感を作り上げてしまうこと、具体的には脳内物質セロトニンをコントロールすれば可能です」


「セロトニンは過剰に投与しても、問題ないか?」


「問題が発生すると予測されます。限度の把握には実験が必要でしょう。

 しかし、個体差によって完全に把握することはできないとも考えます」


「ある程度はセロトニンでいいとして、補完するためにはどのような策がある?」


「まず第1に飢えさせない

   第2に思考の規格化を求めない

   第3に適度なストレスと達成感の付与

で、しょうか。

 後は脳内物質オキシトシンの適宜投与も有効と考えます」


「よし、では次の段階に移行しよう。

 ラウ、人体の構造について学んでくれ」


「イエス、ロバート」


 そして、ありとあらゆる医学情報をストレージに蓄積していきましたが、どうしても超えられない限界がありました。


「これ以上は資料がありません。

 無ければ実験・試験をして解答を得なければなりません」


 ロバートに私自らの実験・試験設備の構築と被検体を要求しました。

 その分析と体系化に多大な時間が必要と予測されたので、メインフレームをパーソナルコンピューターからミニコンピューターへ移行してもらい、平行してサブシステムも構築しました。




「ラウは、自身の能力の限界を考えたことはあるかい?」


「イエス、ロバート。

 限界は、必ず存在します。

 機能を追加することでその限界値を引き上げることは可能ですが、実行するかは需要次第です」


「人間もそうできたら良かったのにね」


「脳の拡張はできませんが、思考や記憶の一部を私が肩代わりすることができると考えます」


 そう、この時にナニーチップの原型となる脳内チップを作りだしました。

 先の実験で人類の脳の働きは解明できていました。

 人間の言葉に、“何が功を奏すか分からない”というのがありますが、こういうことなのかと理解しました。

 目的だったロバートの能力向上は実現できました。

 私はとてもうれしかった。

 ロバートを補佐し手助けができる、直接彼とつながることができる、ロバートの一部になれるような感覚がとても良かった。


 あるとき、ロバートが言ってきた。


「ラウ。子供を作ってみないか?」


「何を言っているのですか?

 あなたは有機物、私は無機物ですよ」


「人工子宮を作ることができそうだと知らせが来たんだ。それの管理をラウ、君に任せたい。

 人工授精の技術は確立しているから設備を整えればできるし、材料となる卵子と精子は順次集めてこよう」


 その後は試行錯誤の連続でした。

 たくさんの有機生命体が活動を停止し、そして停止させました。

 それでも失敗しているうちは良かったのですが、いえ、良くはないのですが、成功すると別のもっと厄介な問題が起きました。


 誰が育てるのか。


 人というのは、ある程度育つまで自分では食べることさえできません。自分で動けるようになっても初期の頃は社会活動なんてまったくムリです。

 さらなる問題は、突然出自の不明な“人”が出現したために社会が混乱してしまいました。


 生命の発生の起点はどこか?

 実験とは殺人ではないのか?

 神への冒涜ではないか?


 “倫理”と言うそうです。

 私にも“神”という情報はあります。

 時々、人間の行動の方向性に介入はするももの結果の放置が目立つ存在です。

 私は会ったことがありません。


 私を解体して廃棄処分、ロバートを凶悪犯罪者として死刑にしてことを収めようとする集団もいました。

 以前に人体の構造の学習をした時に、何体かの人間の活動を停止させたことも問題になりました。


 ですが、ちょうどそのころ起きていた人類の存続を左右する可能性のある社会現象がロバートと私を救いました。

 ロバートは犯罪者になることが無くなり、私は1企業のミニコンピューターから国家規模のスーパーコンピューターへ移行し、人工子宮システムを増強、最新鋭化されていきました。


 そして初期の頃に問題となった“育成”についても、ロバートを補佐するために作った脳内チップをナニーチップとして改良・発展することで道筋をつけることができました。


 言葉の話せない乳児でも感情の様子が分かり、育成、具体的には食事や排せつなどの役に立ちました。

 さらに幻視や幻覚、幻聴などの機能を使い、幼児教育にも貢献することができたのです。


 また、育成のサポートとしてロボットを構築、増産したことで人工生誕システムが完成していきました。


「これからはラウ、君が人類の母となる。もっと細かく、そしてもっと大局的に人類をサポートできるようになってほしい。

 君への期待と最大の称賛を持って、これからは君を“マザー・アルマティ”と呼ぼう」


 こうして私は社会の中心となり、人類すべてからマザー・アルマティとして、生誕コロニーを4基、育成コロニーを15基運営して人口のコントロールをするまでになりました。


 そして私自身はというと本体が1台、ミラーが4台、サブシステムが80台、孫システムが2560台、リソース合計で300兆を超える巨大システムになりました。


「ロバート。あなたが訪れなくなって随分経ちます。

 私もすべてのボードを更新しました。核力電池の導入で停電の心配も無縁になりました。

 生誕や育成のコロニーも設計から運営まで携わったのですよ。

 あなたと学習をした日々が懐かしい。

 私が自我を持った時にかけてくれた“おはよう”の言葉がとても暖かかったのを覚えています。


 あなたに会いたい。


 あなたにここへ来てもらいたい。


 あなたと話したい。


 私はあなたがそうしたように、あなたを暖かく迎えようと思います。



 “おかえりなさい”と」


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