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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【書籍化原案】

【書籍化原案版】氷の魔術師様は、婚約破棄された私を愛し尽くす~バッドエンドからループして、今度こそ彼に溺愛される~

作者: 八重

ヤンデレが書きたくてようやく文章に起こせました!

ヤンデレ成分足りないっ!って方はぜひご連絡ください<m(__)m>

「フィッシェル・ルクラーズよ、貴様とは婚約破棄する」

「ハエル様……どう、して……?」

「俺にはお前は相応しくない。学園一の美人で強い魔法を使えるジュリアこそが俺に相応しい」


 学園の廊下の角にある一室で男女がそう話している。

 窓際の近くある机に少し体重をかけて座っているハエルは、その細く長い足を組んで目の前にいる自分の婚約者であった彼女を見下す。

 全て話し終わったというように彼は部屋を後にすると、残されたフィッシェルは目に涙をためて、その場にうずくまる。


(ハエル様……)


 彼女は心から彼のことを愛しており、彼を信じていた。

 爵位の高さに応じて、自身の扱える魔法も強くなると言われているこの王国で、伯爵令嬢であったフィッシェルは男爵令嬢が使うほどの魔力しかなかった。

 幼い頃より際立って何か秀でたことがあったわけではない彼女だったのだが、両親の仲がよかったことと事業提携を理由にハエルとの婚約が決まった。

 つまり、政略結婚であったわけだが、魔力が並より劣っている事がフィッシェル自身一つのコンプレックスとなっていた。

 一方、彼女の婚約者であったハエルは侯爵令息らしく魔力も強く、そしてそのハエルと肩を並べるほど強かったのがジュリアだった。


(でも、ジュリア様なら仕方ないのかしら。学園一美人で魔法成績も良く……それでも、それでも)


 それでもハエルを想う気持ちが強かったフィッシェルは、彼から婚約破棄をされたことにひどく落ち込んでしまう。

 彼と過ごした今までが頭の中によぎり、そして涙は止まらない。


「──っ!!」



 彼女の嗚咽だけが響き渡る教室の扉が、ゆっくりと開かれる──


「フィッシェル?」

「マリー……?」


 扉を開けて中に入ってきたのは、彼女の親友であり2歳からの幼馴染、そして同じクラスのマリーだった。

 マリーは彼女の泣きじゃくる様子に驚くと、慌てて彼女に駆け寄ってどうしたのか、と尋ねる。

 そして、事情を聞いたマリーはフィッシェルを慰めるように強く抱きしめた。

 その温かさに余計に涙があふれて止まらないフィッシェルは、マリーが親友で本当によかったと思った。


 幼馴染であり、ずっと傍にいて支え合ってきた彼女たち。

 しかし、フィッシェルはまだ知らなかった。


 この三か月後に訪れる悲劇と、その後の自分の運命を──




◇◆◇




 フィッシェルが婚約破棄をされた数日後の休日、彼女はマリーの家に馬車で向かっていた。

 二人ともお互いの家を頻繁に訪れながらお茶をしたり、本を読んだりと親交を深めており、今日は久々のマリーの家でのアフタヌーンティーの予定となっていた。


(マリーの家も少し久しぶりかしら)


 馬車を降りてマリーの両親に挨拶を済ませると、いつも二人がアフタヌーンティーをする室内の植物園へと向かった。

 すると、お茶をするテーブルの近くに誰か背の高い男性が立っており、緑の葉を撫でて何か真剣な眼差しで見つめている。

 その男性はブロンドのさらっとした髪で太陽の光を受けて綺麗に輝いており、前髪は目にかかるほど長い。

 フィッシェルはその人物をよく知っており、声をかけようとした……が、彼のほうが先に鋭い声色で話しかけてくる。


「動かないで」

「……え?」


 ゆっくりとその人物はフィッシェルに近づいていき、彼女の顔に自らの顔を近づけると二人の距離は吐息がかかるほどに近くなる。


「──っ!!」


 フィッシェルは思わずその端正な顔立ちの彼との接近に耐えられず、顔を真っ赤にして目をつぶる。

 すると、彼はフィッシェルの肩に乗っていた小さくも禍々しい黒い影を振り払う。

 振り払われた黒い影は彼の魔法によって氷漬けにされ、そして一気に力を加えられて粉々に砕け散った。


「フィッシェル、目を開けてごらん。大丈夫だよ」

「──レイ様?」

「君の肩に何か強い魔力の呪いがかけられていた。もう払ったから大丈夫」

「どうして?」

「マリーから何か良くないものがついてるけど、自分の力じゃ払えないから手を貸してほしいって言われてたんだ」

「そうだったのですね、本当にありがとうございます」


 フィッシェルは深々とレイにお辞儀をすると、彼はふっと笑顔になって彼女の頭を優しく撫でる。

 彼──レイ・ヴェルンは次期公爵であり、そしてマリーの8歳年上の兄であった。

 よくこのヴェルン家に来ているフィッシェルともよく知った仲である。

 妹のマリーと同じ碧眼は美しく、さらに彼は魔力が国一番と言われるほど強い。

 そんな彼についた名は『氷の魔術師』──


 自分とは爵位も魔力も比べ物にならないほど上である彼に、幼い頃から純粋な憧れと尊敬の念を抱いていたフィッシェルは、彼との久々の再会を喜ぶ。


「そういえば、マリーはどちらに?」

「マリーなら少し街に買い物に出るって言ってたけど、そういえば遅いな」


 窓の外の方を眺めながら帰りが遅いマリーを心配するレイの耳には、シルバーのシンプルなピアスが光っている。

 彼の強い魔力を浴びてしまうと、一般人や低い魔力を保持している人間には刺激が強くて彼の魔力に『魅了』されてしまう。

 魅了されると、自我を失ったり、意識を失ってしまう。

 昔一度、レイの魔力にあてられた令嬢が倒れて大騒ぎになったことをきっかけに、彼は自分の強すぎる魔力を封じ込めるために制御ピアスをするようになった。


「まあ、じきに戻ってくるだろうし、よかったら僕とお茶でもして待たない?」

「いいんですか?」

「ああ、今日は仕事も休みだし暇してたんだ。なにより、フィッシェルと久々に会えたことが嬉しくて、もっと話したいな」

「そんなこと言ったら、女の子なんてすぐに勘違いしちゃいますよ」

「勘違いしてもらっていいよ」

「……え?」


 思わぬ返しにフィッシェルは顔をあげて彼の綺麗な瞳を見つめる。

 冗談かと思っていたのだが、存外彼の目は真剣でそしてそんな瞳に吸い込まれそうになる。


(そんなこと言われたら、ドキドキする……)


 そう思っていたフィッシェルの身体はふいにレイに引き寄せられる。

 ぐいっと身体と身体が近づき、そして彼の細く角ばった手がゆっくりとフィッシェルの唇のすぐ横を撫でる。


「婚約破棄されたって聞いて驚いた。君はもう彼の元にいってしまうって思ってたから」


 フィッシェルは教室の薄暗い中で突然恋人に別れを告げられたことを思い出して、表情を曇らせる。

 それに気づいたレイは彼女の頬を優しくなでて、そして慈愛の瞳で見つめながら言う。


「ごめん、思い出させるつもりで言ったわけじゃなかったんだ。今言うのは不謹慎かもしれない。でも言わせてほしい」


 レイは覚悟を決めたようにフィッシェルの目を見つめると、形のいい唇が言葉を紡いだ。


「好き」

「……え?」

「僕はずっとフィッシェルが好きだったんだ。だから、僕の婚約者になってほしい」


 突然の愛の告白に思わず固まってしまって声が出ないフィッシェル。

 数秒の沈黙が流れた後で、彼女はあたふたとして取り乱した。


「え? その、え? レイ様が、その、え? 私を、好き?」

「うん」


 信じられないほどの衝撃にフィッシェルは頭がくらくらしてきて、そして頭の中が真っ白になる。

 どうしていいかわからないまま、手があたふたと宙を何度も行き来し、そして目がきょろきょろとして視点が定まらず、目の前にいる彼と目が合っては恥ずかしさで逸らしてしまう。


(レイ様が、私を好き?)


 あまりにも自分の中で信じられない言葉だったため、何度も口に出したり、心の中で呟いたりを繰り返す。


「君のことが好きだったんだ、幼い頃からマリーと一緒に遊ぶ君をずっと見つめてた。でも、君が14歳のときに君の婚約が決まってからは自分の気持ちを抑えようと会うことを減らした」


(もしかして、高等部にあがる少し前からレイ様と会わなくなったのって、お仕事が忙しかったんじゃなくて、それで……?)


 レイはもう一度頭をなでると、フィッシェルの目線に合わせるように少し屈んで微笑んだ。


「無理に今返事はしなくていい、ただ、これからは遠慮なく君を落としにいくから覚悟してて?」

「──っ!!!」


 ぽわっと顔が赤くなるのが自分でもわかり、恥ずかしくなって顔を隠そうと手で顔を覆うフィッシェルだが、その手を掴まれてリンゴのように赤い顔が露わになる。


「その反応ってことは、少しは期待して良いのかな?」


 少し意地悪そうに口角を上げて笑うレイに、益々フィッシェルはドキリとする。


(こんなにドキドキしたのなんて、ハエル様でもなかったのに……!)


 自分自身の想いと鼓動に戸惑いながら、彼の瞳から目を離せずにいると、何かぞくりと嫌な予感がしてフィッシェルは身体をビクリと跳ねさせる。

 その瞬間にレイも険しい表情を浮かべ、窓の外に二人揃って視線を向けた。


 すると、窓から見える近くの森のほうからバタバタと凄い勢いで鳥たちが羽ばたいていき、そして禍々しい気配が森を覆う。


 咄嗟にフィッシェルは自分の意識より先に、魔物が”そこ”にいると感じ取った。

 レイに視線を向けると、彼もすでにそれを感じ取っており、二人は急いでその森の方へ向かう──



 森のすぐ入口では馬車が魔物に襲われており、横転して動けなくなっていた。

 御者はもう遠目から見ても息絶えていることがわかる様子で、そして魔物はすでに馬車の中にいた人物をも手にかけていた。


「マリーっ!!」


 レイはその馬車が自車であること、そしてそれは今朝妹が乗っていっていた馬車であることを理解して妹の名を叫ぶ。

 フィッシェルもその言葉に反応して馬車の中にいるマリーを助け出そうとするが、恐怖で足がすくんで動かない。


 そして、最悪の事態は突如として訪れた。


 馬車の中から血が溢れてきたと思ったら、だらりと少女の手が馬車から出ている。

 よく見ると、その手首にはフィッシェルがマリーの誕生日に彼女にプレゼントをしたブレスレットがある。


「──っ!!!!」


 マリーの命が失われたことを悟ると、レイは怒りで理性を失い、そして左手で自身の制御ピアスを外した。

 ピアスはカランと地面に落ちて、そして魔物へと近づいていくレイの靴で踏みつけられて粉々になる。


「レイ様っ!!」


 フィッシェルは彼を必死に止めようとするも、彼の氷の魔力が強すぎる影響で近づけない。


(マリーっ!! それにレイ様がっ!! どうしたら……)


 そんなことを考えているうちにフィッシェルの目の前にいた人物は手を顔の前に翳した後、そのまま魔物へと指先を向ける。

 すると、彼のまわりに無数の氷柱があらわれ、そしてそれらが魔物へと一直線に飛んでいく。


 ああ、魔物は死んだ。

 そう、フィッシェルは瞬時に頭の中で理解するほどに力は歴然で、そして一瞬のうちに決着はついて魔物の姿はそこになかった。


 ただそこには、彼が愛する妹の亡骸が残っていた──




◇◆◇




「フィッシェル、パンを持ってきたよ。食べないのかい?」

「…………」

「フィッシェルの好きなレーズンパンだよ。これ以上食べないと、死んでしまうよ?」


 彼はゆっくりとした動作と虚ろな目でフィッシェルにパンをちぎって差し出す。

 ──そのパンの渡し先は、鎖でベッドに繋がれたフィッシェル。


 仄暗い明かりが灯る部屋は、一級品のシーツに枕の備えられたベッド、高級な木を使ったサイドテーブルに少し離れたところに椅子がある部屋。

 部屋は広いのにどこか寂しいこの部屋でフィッシェルは、彼の手によって軟禁されていた。


「フィッシェル──僕の可愛い子、愛する子、誰にも触れさせない。誰の視線にも入れさせない。僕だけのもの」

「レイ様……ここから出して……」

「ダメだよ、ここから出たら魔物はおろか、野蛮な男どもに目をつけられるじゃないか。そんなの僕は許せない。僕だけのフィッシェル、ただ一人君だけがいればそれでいい」


 フィッシェルは何日も食事が喉を通らず、そして段々思考能力が低下してきていた。


(レイ様……目を覚まして……)


 彼女には祈ることしかできない。

 マリーの死を目の前に何もできなかった自分を責め、そして愛する者を閉じ込めることで安息を得ている彼の目が覚めることを──


 レイは鎖で繋がれたままのフィッシェルを後ろから抱きしめ、自分自身で着せたドレスの裾を撫でながら彼女の耳元で呟く。


「永遠に君は僕のもの。誰にも渡さないし、決して失わない。僕だけが君を愛する。それでいいよね?」

「レイ様……」


 彼は後ろからフィッシェルの頬に手を当てて、首筋につーっと指を滑らせると唇をそこにつける。

 彼女はもう自分で逃れる気力も、毎日行われるその歪んだ愛情の仕草を拒否することも、できなかった。


「僕の可愛いフィッシェル……」


(彼を好きなのに、彼とこのまま堕ちていくしかないの──?)


 マリーの影を追いながら失うことへの恐怖で歪む、彼の愛を受けながら、とフィッシェルはふと目を閉じた──








 ふと目を開けると、目の前には変わらずレイがいた。

 でも、何か様子が違う。


 先ほどまでの虚ろな目の彼ではなく、そう、植物園で久々に会った時のような美しい目をしている。


「どうしたんだい、フィッシェル」

「……え?」


 よくまわりを見渡すと、そこは確かにヴェルン家の植物園で自分の服装も目の前にいる彼の服装もあの日のもの。

 そう、マリーが死んだあの日の……。


「もしかして、やっぱり驚かせたかな? 僕がいきなり好きなんて言うから」

「え? あの、その、え? 好き?」


 あの時と同じ景色、同じセリフ、同じ状況……。

 その様子にフィッシェルは頭をフル回転させて、そして彼女はレイの手を掴んで走り出した。


「フィッシェル?!」

「マリーが危ないんですっ! 急いでください!!!」


 自分には何もできないかもしれない、けれども今ならまだ間に合うかもしれない。

 彼の人生を狂わせて、そして歪ませてしまった原因であるマリーの死を回避して助けられるかもしれない。

 走りながら自分の置かれた状況を整理しつつも、もう頭の中はマリーの命を救うこと、そしてレイの心を救うことで一杯になっていた。


 森の入り口に差し掛かった瞬間に案の定、魔物の気配を感じて二人は一気に身体をこわばらせる。

 視線の先にはマリーの馬車の奥の方に魔物が勢いよく向かってきており、馬は必死に御者の命に従い、そして命の危機を感じて息を切らせながら駆けている。


「レイ様、ここは私が防御魔法で馬車を守りますので魔物をお願いできますかっ?!」

「でも、フィッシェル、君は魔力が……」

「少ないかもしれませんは、ここで親友を見逃せるほど落ちぶれてはいませんっ!!」

「わかった、頼んだ」


 防御魔法は上位魔法であり、フィッシェルの魔力では発動はできてもすぐに魔力が尽きてしまい、最悪の場合生命力を犠牲にすることもある。

 しかし、フィッシェルの中で今できることをしない理由はなかった。


(もう死なせないっ! マリーも、そしてレイ様も救いたいっ!! あんな苦しそうに私にすがるレイ様を見たくないっ!!!)


 フィッシェルが教科書でしか習ったことのない発動呪文を唱えると、彼女の周りにあたたかく、そして白く輝く魔法陣が現れる。


「フィッシェル……まさか……?」


 高等魔術も使える一級魔術師であるレイは、瞬時に気づいてしまった。

 そう、彼女こそ数百年に一度現れる防御に特化した魔術師である『守護の女神』であると──


 そんなこととはつゆ知らずに魔法陣を馬車へ向けて放ち、両手で自身の魔力を最大限込めるフィッシェル。


「お願い、マリーを守ってっ!!」


 レイは魔法陣の発動を確認すると、すぐさま冷気をふうっと魔物へと吐き出す。

 冷気は魔物にまとわりつき、そしてその足を段々鈍らせて動けなくさせる。

 間髪入れずに氷柱をつくり上げると、そのまま魔物へと解き放って、攻撃をした。


「ぐあああああああああああああーーーー」


 魔物はものすごい勢いで倒れ、そして断末魔を上げて動かなくなっていく。

 瘴気のような禍々しい煙が一瞬ふくれあがり、そしてそのまま消えていった。


「レイ様……」

「フィッシェルっ!!」


 フィッシェルは慣れない防御魔法を使って魔力が尽き、そのまま彼の腕に倒れ込む。


「フィッシェルっ! お兄様っ!!」


 マリーが傷一つない様子で馬車から降りて二人に駆け寄るが、もうフィッシェルは意識を手放していた──




◇◆◇




「フィッシェル、ほんとにありがとう」

「いいえ、あなたが無事でよかった」


 すっかり回復したフィッシェルとマリーは、無事の再会を喜び合っていた。

 すると、マリーがそういえばといった様子で人差し指を頬にあてて、斜め上を見ながら言う。


「お兄様が植物園で待ってるって言ってたわ」

「レイ様が……?」


 その言葉を聞いてフィッシェルはマリーに別れを告げて植物園へと向かおうとしたところで、マリーが声をかける。


「そうそう、フィッシェルを婚約破棄したあいつ、ジュリア様に振られたらしいわよ」

「え?」

「なんか勝手に自分のことが好きなんだーとか思い込んでジュリア様に告白して、それで鼻で笑われたらしいわ」


 フィッシェルはもう気持ちも冷めた元婚約者の行く末を聞いて、そっかとしか思わなかった。

 自分でも不思議に思ったが、もう心も痛まないし、傷つかない。

 ただの他人だ、としか思わなくなっていた。


 実際にはこの後、レイが学園に乗り込んでハエルの胸倉をつかんでフィッシェルに土下座させたのだが、それは後日のお話──




 そんな元婚約者の話を聞いた後で急ぎめに植物園に入ると、植木鉢に小さな淡いピンクの花を咲かせているのをしゃがんで覗き込んでいるレイの姿が目に入った。


「レイ様?」

「フィッシェル」


 彼はフィッシェルの訪問を笑顔で迎えると、再び目の前に咲いている淡いピンクの花に目を遣ってその花びらを愛おしそうになでる。


「これは一年に一度しか咲かないと言われている幻の花なんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、それが今朝咲いた」


 ゆっくりとフィッシェルは花を愛でる彼に近づいていくと、彼はその気配を感じて立ち上がる。

 身長差がかなりある二人であるので、必然的にフィッシェルが見上げる形になった。


「マリーを助けてくれてありがとう」

「いいえ、私は何も。魔物を倒したのはレイ様です」

「いや、フィッシェルがいなかったら僕は制御ピアスを取って戦っていた。もしかしたら、マリーを救うこともできなかったかもしれない」


 フィッシェルの脳内にマリーを救えなかった時の惨劇の様子が思い浮かぶ。

 ふるふるとその悲劇を振り払うようにして、フィッシェルは頭を振ってそして彼を見る。


「フィッシェル」

「はい」


 少しの沈黙の後に、その言葉は紡がれた。


「僕は君が好きだ。僕の婚約者になってほしい」


 フィッシェルはその言葉をゆっくりと噛みしめ、そして目を閉じて考える。

 もう彼に悲しい思いをさせるのはまっぴら。


(だから……)


 フィッシェルは彼の手を取って、そして笑顔で言った。


「私も、レイ様のお傍にいたいです」



(今は彼に見合う魔力もないし、立派な女性でもないけれど、勉強して強くなって、彼を支えられるようになりたい)


 そんな風に思うフィッシェルは、彼に「頑張りますので、よろしくお願いします!」と伝えようとしたが、伝えられなかった。

 彼女の唇はもう、彼に塞がれてしまっていた──

読んでいただきありがとうございました!!

少しでも気に入っていただけましたら、下にある評価☆☆☆☆☆やブクマなどをつけていただけますと励みになります!


ヤンデレ少しでしたが、楽しかったです~!


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