旅立ちの時
「クロエー!」
部屋の外から大きな声がして、サラは目が覚めた。クロエはサラの隣に控えていて、眠ってないのかもしれない。そして、外の声を無視している。
「クロエ、あれは?」
サラがベッドから降りてドレスの裾を払い、昨夜王太子から持たされた紙をテーブルに置いた。
昨日のドレスのまま寝たので、皺になっているが着替えはない。後で、平民の服を買いに行こう。宝飾品を売れば、宿代と服代を払っても余るだろう。
「あれは、アロイスです」
クロエが興味なさそうに答える。
「五月蠅いので、殺しますか? 静かになりますよ」
「殺す必要ないわ、黙らすだけでいい」
サラも五月蠅いと思っていることは、否定しない。
「手加減しても、死にます」
さすが聖獣様である。
その間も、部屋の外で、クロエ、クロエ、と呼んでいる。
「仕方ないわね。食堂で待つように言ってちょうだい」
公爵令嬢として、身だしなみを整えずに他人に会うなど出来ない。昨日までは侍女が着替えも化粧もしてくれたが、今は人間の生活の知識に乏しいクロエだけである。
自分でするしかない。着替えはないが髪ぐらいは整えたい。
30分後に食堂に現れたサラとクロエが見たのは、アロイスだけではなかった。
「こっち、俺の仲間のセイダとクレマチス」
紹介された二人が立ちあがり、優雅に膝をおる。
それは、平民の冒険者では身に付くはずのない礼だった。
「セイダといいます。美しいご令嬢お会いでき、光栄であります」
「クレマチスです。朝から訪問して申し訳ありません」
「どうぞ、お座りください」
これは自分が言うしかないと、サラが返事する。
「クロエ、今日も綺麗だ!」
アロイスは通常営業のようである。自分達のテーブルに、サラとクロエの椅子をひいて座らせると、サラの聞きたい事を先に答える。
「俺達も訳アリなんだ。サラちゃんと同じだね」
これぐらいの礼を身に付ける家の生まれということだろう。苗字のない平民ではなく、苗字を名乗らないか名乗れないということだ。
テーブルの上には、朝からどうかという程の大量の料理が運ばれてくる。
クロエは躊躇なく食べ始めたが、サラは量を見ただけで食欲を無くしている。
「少しでも食べたほうがいい。何のために逃げて来たんだ?」
アロイスが食べる手を止めずに、サラを見る。
「俺たちは、明日北部に魔獣討伐に行く。
あんた達も連れて行ってあげようか?
昨日の話だと、しばらくほとぼりが冷めるまで隠れたいんだろう?」
明日ということは、昨日であった時には決まっていた話なのだろう。
断ったとしても、別れてお終い、となるだけなのかもしれない。
昨夜は、本当に助けてくれただけ、なのかもしれない。
サラは、そう考えると笑みが浮かんできた。
「地方の生活も見て見たいと思っていたの。これを換金して宿代と旅費を出せるかしら?」
ジャラリと宝飾品を出せば、セイダが手に取った。
「本物だね。十分だよ、生活必需品も欲しいだろ?
換金してくれるとこ教えるから、買い物もしたらいいよ」
宝石の鑑定をするセイダに、サラは、やはり貴族だと確信した。
サラは平民の生活を知らない。街にお忍びで出る時も護衛に囲まれてだった。
自分が死んだことで、誰が動くのかも知りたい。
その為にも、しばらく身を潜めて死んだと浸透させた方がいい。
少し王都を離れるのは、いいかもしれない。それは地方の生活を知ることも出来る。
「北部って、どれぐらい遠い?」
クロエがアロイスに聞けば、嬉しそうにアロイスが答える。
「馬で3日ぐらいかな。クロエは俺が一緒に馬に乗せるから」
「ふーん」
と返事するクロエは、そっとサラに囁く。
「我なら、飛んでいけるぞ。すぐだ」
アロイスも王太子も全てを信用することは出来ないけど、私にはクロエがいる。
サラは、クスクスと笑った。