王太子も曲者
「殿下、ここは女性二人の部屋、夜も遅いのでお帰り下さい」
公爵令嬢にあるまじきストレートな言葉で、サラがレイディンを追い返そうとする。
「これが本当のサラ嬢か」
両手を組んで、、レイディンが楽しそうに言う。
「本当の意味が分かりかねますわ。誰でも多面性があるものですわ。
今の殿下のご様子は、王宮でお会いした王太子殿下とは違いますわ。でも、それも王太子殿下ご自身でしょう?」
サラは笑顔を作ると、言葉のトーンを変え、指の先まで神経を尖らせて優雅な仕草で、高位貴族らしく言った。
「これはご令嬢に配慮が足りず失礼した。明日、正式に訪問するとしよう」
王太子の正式な訪問、先触れがら始まり、大量の護衛と侍従を引き連れて来る、と言うのだ。
「いいか?」
勝利宣言の如くレイディンが言うのが、サラには悔しい。
「お忍びでいらした殿下など、人知れず葬ることが出来ましてよ」
昨日までなら、こんなこと言えなかった。
クロエに出会って、サラは変わった。
「それは王に成って寿命を迎えるより、楽しい死に方のようだ」
命を大事にする人間なら、こんな所に一人で来はしないだろう。
見つめ合っていたサラとレイディンだが、先に目を逸らしてのはサラだ。
「殿下がこんな方とは、知りませんでした」
「それは僕の方こそ驚いている。公爵令嬢の君がこんな所にいるんだから。
しかも君が手にしたのは、この国を壊す程の力を持っている聖獣殿だ。僕を殺すぐらい容易いだろう」
自分の事を言われたクロエは、フフン、と機嫌がいい。
「サラ、こやつよく分かっておるではないか。しかも、こやつの魔力はサラより強いぞ」
もう王太子を味方にするしかない、サラは覚悟した。
「今日あったことをお話します」
居酒屋で話したより詳しく、出来るだけ冷静に話そうとしたが、クロエが苛ついていった。
「その男がサラを殺そうというのか。
サラが生きていないと、極上の魔力が摂れぬではないか」
クロエにとって食事の質が問題らしい。
「サラ嬢、聖獣殿、どうか僕を貴女達の陣にお入れください。
我が弟とはいえ、聖獣殿の誓約者を裏切った事は許せる事ではありません」
レイディンは、クロエを宥めながら希望を言う。
王子妃教育を受けたサラも、レイディンの考えは理解できる。
王にとって国が最優先なのだ。
王太子として育ったレイディンは、聖獣であるクロエを懐柔する為には何でもするだろう。
クロエは国にいれば頼もしい結界であるが、他国に行けば恐ろしい兵器になる。
「殿下の周りは信用できますか?」
侍女に裏切られたサラは、疑ってかかっている。
「僕が選んだ側近だ」
「そう・・」
サラは、それだけ言うと部屋にあったメモを手に取りサインをする。
「これを、オーデア公爵に渡して欲しいの」
レイディンはゆっくり立ち上がると、メモを受け取った。
「たしかに。
明日の夜、また来る」
入って来たように、窓に足を駆けると、ヒラリと外に消えた。