招かざる客
食事の後は宿に案内されて、サラとクロエは部屋に入った。
当然、二人は同室である。
「これがベッド。枕と布団はわかる?」
サラはクロエに人間の生活の基礎をレクチャーする。
部屋の家具の名前と使い方を教える。
「たまに魔力と共に記憶が入ってくることがあった。
いつの時代か分からないが、衣食住の知識は安心するがいい」
ベッドに座って、クロエがニッと口角を上げる。
クロエの言葉は信用できない、と思っても何も知らないよりはずっといい。サラは安堵して、テーブルに宝飾品を包んだ布を置いた時、クロエが立ち上がりサラの前に立った。
「出て来い」
驚くほど低いクロエの声だ。
「凄い魔力量だ。しかも、僕が知っている聖獣と同じ魔力の質だ」
カタンと、窓が開けられ、男が入って来た。
「夜分に失礼するよ」
フードで顔を隠し、いかにも怪しい身なりの男である。しかもこの部屋は、2階だ。
「サラ、殺していい?」
「ちょっと待って。殺すのはクロエには簡単でしょ?」
「サラ? クロエ?」
男が確認するように、二人の名前を復唱した。
「どうして、君がここに居る? 死んだはずではないのか?
サラ・シルバー・オーデア公爵令嬢」
名前を呼ばれて、サラは男を凝視する。その声に聞き覚えがあった。
「フードを外して、お顔をお見せください、レイディン王太子殿下。
どうして、とこちらもお聞きしたいです」
男がフードを外すと、濃い金髪が現われた
「サラ嬢で間違いないようだな。
もっとフワフワしたご令嬢と思っていたが、こちらが本当の姿か?」
「王太子殿下の弟で、私の婚約者に殺されそうになって、今までと同じにいれません。
聖殿に連れていかれて、穴に落とされたのですから」
ニッコリ笑みを浮かべるサラは、とても可愛い。
そしてクロエが暴走しないように、手を握っている。
同じように笑みを浮かべていても、レイディンは冷たい笑みだ。
「サラ・シルバー・オーデア公爵令嬢は、事故で聖獣の穴に落ちて助けに行けない、と報告を受けている。
あの穴に落ちて、戻ってきた者はいない。
全てが、聖獣の贄となる。
どうやって、穴から出れた?
僕は、聖獣の魔力の気配を辿って、ここに来た」
「我が連れて出た。サラは誓約者だからな」
クロエが答えるのを、サラが訂正する。
「クロエ、我ではなく、私というのが普通よ」
「誓約者だって?! 貴女は聖獣殿なのか?」
レイディンは、クロエに駆け寄り跪く。
「たしかに、聖獣殿の気配だ。間違いない。
お姿を見れるなど、想像もしていなかった」
「殿下、お立ちください。
お聞きしたいことがあるのです」
サラが言うと、レイディンは立ち上がり、サラに身体を向ける。
「奇遇だね、僕も聞きたいことがあるんだ」
サラとクロエがベッドに座り、向かいに椅子を持って来て、レイディンが座る。
「フィルベリー殿下に穴に突き落とされた私は、洞窟でクロエと出会い、誓約をしたのです。
もう聖獣は贄を必要としません」
「贄を必要としない?」
サラの言葉に、レイディンが反応する。
「そうだ。
我、私はサラの涙を食べるから、贄は必要ない」
サラに訂正されたので、クロエは私と言いなおしている。
「何てこというのよ、涙じゃない」
「では、血をくれるのか?」
「血をあげたら、死んじゃうじゃない」
目の前で言い争う二人の一人は、自分が知っている令嬢に間違いないのだが、知っているサラ嬢とは違う。
レイディンの知っているサラは、第2王子の婚約者で、国内トップの有力者であるオーデア公爵の一人娘だ。深窓の令嬢らしく、物静かで、美しく愛らしい容姿である。
建国の祖といわれる初代王が封じたのが、王宮に眠る聖獣であり、何百年も姿を表していなく、誰も見たことがない。
毎年、魔力の強い贄が必要である為、王族には側室を持つことを推奨されている。
贄になる王族を増やすためだ。
王太子であるレイディンは、幼い頃から贄の儀の立ち合いをしてきた。
贄を無くしたくて、聖獣の事を調べている。
その聖獣の住む穴で事故があり、聖獣の気配が消えたのだ。
その気配を探し、追って、ここに来たのだった。