冒険者アロイス
「ちょっと、あんた達どういう関係なんだ?もしかして、恋人?」
アロイスと名乗った男が、面白そうに聞いてくる。
「・・・」
声も出ないぐらい驚いた、というのが正しい。サラは驚きで涙が止まったが、クロエは平気のようだ。
「違います」
大きく息を吐いて、サラは返事した。
「クロエは、私の護衛です。
少し社会から隔離されていたので、行動が奇異な事があるのです」
その少しは何百年ですが、とサラは心の中で思う。
「フーン」
言いながら、アロイスが近づいてクロエを見ている。
「あんた、血の匂いがする。
それに、すごい魔力だ」
アロイスは、クロエが護衛だと納得したらしい。
「どうして、こんな時間にこんな所にいるんだ?」
アロイスはサラとクロエのテーブルに、自分が座る椅子を持って来た。
聞いているのはアロイスだが、居酒屋にいる人間全てが興味を持って聞いている。
サラは躊躇したが、嘘をつく必要もない判断した。
言いたくない事を隠す話術は、身に付いている。それに、結果によってはクロエが始末するだろう。
「私はサラ、訳があって家名は名乗れません。浮気して暴力を振う婚約者から逃げて来ました。家同士の繋がりがあるので、家に帰る事もできなくって、クロエだけが私の供です」
「なんてこったい!」
アロイスを押しのけて、居酒屋の女将がサラの前に駆け寄ってきた。
「まったく男ってのはどうしようもないね。泣きたくもなるわな。
綺麗で、お姫様のようだと思ってたんだよ。うちに隠れていればいいよ、宿屋もやっているから部屋はあるんだ。
この人も、うちの客だよ」
女将が指さすのは、アロイスだ。
「私はベッキー、旦那は宿にいるから後で紹介するよ」
ベッキーは後ろを振り返ると、客たちに大声を上げた。
「聞いた通りだ。この子達の事を、他の人にしゃべったら承知しないからね!」
馴染み客ばかりなのだろう、皆が首を盾に振って頷いている。
「あんた、いいね」
アロイスが両手を組んで、クロエの前に身を乗り出す。
「欲情しているのか? 我としたいということか?」
「クロエ!」
サラがクロエの口を押えながら、アロイスから距離を取る。
「世間知らずだから、本気にしないで」
公爵令嬢のサラは庶民の生活は知らないが、クロエの場合は人間の生活を知らない。
まずはクロエの教育からだ、とサラは頭が痛い。
だが、クロエだけは絶対に裏切らない味方なのだ。
「クロエは食べれる?」
サラはクロエの前に、肉料理の皿を出す。
「涙ほどではないが、上手かったぞ」
クロエは魔力が糧だと言っていた。糧にはならないが食べる事は出来るということだと、サラは安心した。
人間の世界で暮らすのに、食事を取らないのは不審がられる。
「ベッキーさん、お世話になります」
サラが立ちあがると、クロエも真似て立ち上がる。
「ああ、いいよ、いいよ。座っとくれ。
まずは食事だ、食べたら宿に案内するよ」
ドン、とベッキーが次々と料理をテーブルに置いていく。
「俺の奢りだ、気にせず食べてくれ」
アロイスがエールの入ったジョッキを机に置いた。
「これは? 酒か?」
クロエは聖殿に供えられていた神酒は知っている。
贄の人間と一緒に、奉納されたこともあった。
「女将、ジョッキをもう一つ」
アロイスがクロエの為に追加注文をしたら、すぐに運ばれて来た。
サラは、このアロイスという男に警戒をしている。
タダほど高いものはない。
訳もなく、奢るなどないのだ。
そのサラの視線に気が付いたのだろう、アロイスがニッと笑った。
「俺、けっこう稼いでるんだ。
好みの女には、貢ぐタイプなんだ。サラちゃんはオマケ」
サラは納得した振りをして、可愛く笑った。
自分の容姿を利用することは慣れている。
アロイスは要注意人物だが、まずは宿の確保が最重要事項だ。