帝国への逃走
ダン!
フィルベリーは机を大きく叩いた。
「殿下、お早く」
シャロン・イーストラ侯爵令嬢は、父親からの情報を持ってフィルベリーを尋ねていた。
重篤な状態は父親である王で、兄の王太子は毒の影響を受けていないと言うのだ。
イーストラ侯爵が用意した馬車で、帝国まで逃げるようにシャロンは来た。
この女を信じられるか?
誰も信じることなど出来ない。
フィルベリーは思考を巡らすも、睡眠不足の身体は朦朧とすることが多い。
「例え殿下が、王太子殿下への対抗だと私を抱いたとしても、私を求めてくださったのは殿下お一人です」
シャロンは、フィルベリーを助けようとしている自分に驚いていた。身体の関係を持った、それだけで好意を持つなんて単純だと思う。
王妃となるべく努力したし、自信もあった。
王太子殿下に捨てられ、弱気になっていたかもしれない。
それでも、政略であった王太子に婚約解消され、第2王子の部屋に向かったのは自分の意志だ。
自分のせいで、父は第2王子に協力した。
もう後はない。最後は自分の意志を貫こう。
「今なら、私の護衛が部屋から出るのを隠してくれます」
フィルベリーも、兄の毒殺が失敗したのは分かっていた。
厳しい犯人探しが始まっている。この場は逃げた方が正しい。
「わかった、すぐに出よう」
兄が多少なりとも毒を受けてるかと思っていたが、それもないなら急を要する。
フィルベリーはシャロンの手を引っ張ると、馬車の待機場所を確認した。
レイディンは、婚約解消した後、シャロンがフィルベリーの部屋を訪れるところから把握していた。あれだけ護衛に見られているのだ、隠す方が無理だろう。
当然、イーストラ侯爵の行動も監視させていた。
毒を用意しているのは、早いうちに確証を得ていた。
だが、イーストラ侯爵は実行に移すことがなく、レイディンが実行したのだ。
侯爵が持っている毒を、王と王太子が出席する会議の茶に混ぜた。
遅効性の毒に倒れたのは、王と毒を飲んでいない王太子、数人の出席者だ。
そして王に毒を盛った犯人として、イーストラ侯爵とフィルベリーを捕縛する証拠も作ってあった。
犯人を捜査するといって時間を稼ぐ間、レイディンは毒から回復し、王は死亡する予定だ。
レイディンの誤算は、シャロンが身を捨ててもフィルベリーを助ける気持ちがある事と、シャロンの行動力であった。
フィルベリーが睡眠を取れず、身体も精神も疲労して執務を休んでいたことで、フィルベリーが王宮にいないと判明したのは、フィルベリーが逃走してから半日も経っていた。
王妃教育を受けたシャロンの逃走ルートは完璧であった。
苦虫を潰したような顔で報告するラムゼルと、椅子に深く身を預け療養中の振りをするレイディン。
「今回は負けたな。
イーストラ侯爵令嬢は見事だった」
レイディンは深いため息と共に、シャロンを賞賛した。
コンコンとノックされ、ヨルイド・オーデアが入って来た。元々優秀であったヨルイドは、オーデア公爵の養子になった事で身分ができ、レイディンの側近として取り立てられていた。
「王か?」
レイディンは王が亡くなったのか、と聞いていることを誰もが分かっていたが、ヨルイドは首を横に振った。
「オーデア公爵が、殿下に面会を求めています」
ヨルイドは服毒事件から王宮に詰めており、義父であるオーデア公爵に会ったのは久しぶりであった。
「私は療養中だ、ここに案内してくれ」
レイディンが目配せすると、ラムゼル以外の人間は部屋を出て行った。
ヨルイドに案内されて執務室に来たオーデア公爵は、レイディンに体調を尋ね、人払いされていることを確認して言った。
「サラが戻って来てます」




