公爵邸に帰宅
アロイスの部屋から物音が聞こえて、サラはお茶の準備を始めた。
アロイスとセイダがすぐにサロンに来るだろう。
戴冠式の準備で忙しいアロイスが、館に来るのは久しぶりである。
レイディンも昨日は来なかった。
アロイスが廊下を歩いて足音で、急いでいるのが分かる。
扉を大きく開けて、アロイスが姿を現すと表情が硬いのが見て取れた。
「アロイス、どうした?」
クロエも様子が変だと分かったらしい。
「サラ、ランデルウェア国王と王太子に毒が盛られた」
ランデルウェア王国王太子はレイディンだ。
「遅効性の毒で、昨日の夜に発症したらしい。どの時点で毒を盛られたかは調査中だ」
ランデルウェア王国に潜ませている間諜からの連絡が入ったのは、さっきの事だ。
「サラ!」
クロエがサラからポットを取り上げた。
震えるサラの手は、今にもポットを落としそうだったからである。
「レイは大丈夫なの?」
サラがアロイスに確認するも、首を横に振るばかりである。
「そこまでの情報は取れていない。王宮全体に厳しい戒厳令がでて魔力強化がされ近寄れない」
クロエはポットをテーブルに置くと、サラの手をとった。
「今すぐ、行こう」
「今まではレイの補助があったから秘密裏に王宮に入れたけど、王宮近くに転移しても、警備強化した王宮には入れない」
否定をしながら、王宮に入る方法をサラは考えた。
私は、オーデア公爵令嬢だ。
「クロエ、行くわよ」
サラは、もう迷わなかった。
「帰るわ」
ランデルウェア王国のオーデア公爵邸に帰る。
そして、正面から堂々と王宮に入るのだ。
「サラ、クロエ」
アロイスは、足早に二人の前に回ると、クロエの前に膝を折った。
「とうか、無茶はしないでほしい」
アロイスはクロエの手を取り、キスをした。
クロエに抱かれてサラは、宙に舞い上がった。
そのまま、ランデルウェア王国のオーデア公爵邸に向かう。
空からゆっくり、サラとクロエは、オーデア公爵邸の正門前に降りた。
その様子は、正門で警備の兵達に見られて大騒ぎになった。
ましてや、サラは行方不明となっていて、兵士の一人がオーデア公爵邸に報告に走る。
サラがクロエを引き連れ、正門をくぐり公爵邸の玄関に歩いていると、公爵邸の玄関扉が大きく開き、オーデア公爵が、駆け寄ってきた。
「サラ!」
心配したのであろう、公爵はサラの思い出のなかより少し痩せたようだった。
その後ろに、公爵夫人が走って来るのを見ると、サラの涙腺は崩壊した。
こんな
走る事などない人だった。
「お母様」
サラが両手で口元を押さえると、駆け寄ってきた公爵夫人に抱きしめられた。
「サラ、よく無事で戻ってきてくれました」
甘い公爵夫人の香りに包まれて、サラは帰って来たのだと実感する。
「お父様、お母様、ご紹介します。クロエです」
サラが、クロエを紹介すると、クロエは妖艶に微笑んだ。
それは美しく、誰をも魅了する姿だった。
「ゆっくり話を聞きたい、中に入ろう」
公爵に促されて、サラとクロエは公爵邸に入った。
公爵邸のサロンで使用人をさげると、サラは今までの事を話した。
公爵夫人には、王宮に聖獣がいて贄を捧げていたのは始めて知る事であり、ショッキングなものだったようだが、サラが穴に落とされた事の衝撃ごと受け入れたようだった。
公爵は、クロエが聖獣であるとわかると膝を降り、最大の礼を表現した。
「案ずるな、サラは我が誓約者、必ず守る」
クロエは、公爵家の茶菓子が気に入ったらしく、たいそう機嫌が良かった。
そんなクロエの姿は、公爵と夫人の緊張を和らげた。
「お父様、お母様、私は王太子殿下に拝謁するために、戻って来ました」
サラは強く強く言い放った。
通常ならともかく、王太子と王に毒が盛られた時に、公爵令嬢とはいえ、王宮に入るのは難しい。
それを公爵の力で入場させろ、ということなのだ。
「わかった」
公爵はゆっくりと答えた。




